頭をハンマーで割られたような衝撃に、無理矢理、意識が目覚めさせられる。
なおもズキズキと痛みが続く中、知尋はゆっくりと目を開けた。
白い天井。
「ここは……っ!?」
小さく呟いただけで頭が痛んだ。
「知尋君!?」
「知尋様!」
すぐ傍から愛華達の声が聞こえた。
大きな声にまた頭痛。いったい何が起こったのかも十分にわからないまま、頭痛をもたらした少女達へ理不尽な痛みが湧く。
(兄さん、早く痛みを共有して!)
心の中でちさとが叫んだ。
言われるまま、反射的に『刺激共有』を起動。そもそも停止した覚えがなかったし、能力を操作することにすら頭痛が伴ったが、お蔭で起動後は頭痛が何分の一かに軽減された。
「っ」
「うぁ……っ」
ぎゅっ、と、手が握られるのがわかった。
頭を動かして左右を見る。
知尋は病院のような場所にいて、そこにあるベッドの一つに寝かされていた。傍には愛華に真里亜、李狐、華、四葉、それからかなめと早稀までが揃っていて、両手は愛華と真里亜に片方ずつ握られていた。
また、『支配』により知尋と繋がっている五人は苦痛に顔を歪めている。
先程、知尋が『刺激共有』を起動したことで頭痛が等分されているせいだ。申し訳なくなって能力をオフにしようとして、
(駄目! 死にたいの!?)
(……え?)
あまりにも強い言葉に止まる。死ぬ、とはどういうことか。知尋自身に死ぬような怪我や病気の自覚はなく、そもそもこの頭痛が何なのかさえ理解できていないのだが。
愛華達と違い、かなめと二人で立っている早稀が目を細めて言う。
「許容量をオーバーしないようにすれば、痛いのはそのうち収まるらしいから、そのまま待って」
「………」
交わった視線から純粋な心配を感じ、沈黙をもって答えた。
――言われた通り、痛みは時間が経つごとに和らいでいった。効果は、それこそ数秒単位でわかるほど急激で、一、二分も経つ頃には殆ど痛くなくなるほどだった。
同時に、愛華達の表情も和らいだものになる。
と、握られた両手に痛いほどの力が加わった。
「……良かった」
呟いたのは愛華だ。
まるで――ちさとの制止が真実なら「まるで」では済まないのかもしれないが――知尋が今まで生死の淵を彷徨っていたような、万感を込めた声だった。
思えば愛華だけでなく真里亜も李狐も華も四葉も、全員が泣きそう、どころか泣けるだけ泣いた後らしく目元を赤く腫らしていた。
今は皆、笑顔である。
バツが悪そうに顔を歪めているかなめ以外は、純粋に知尋の回復を喜んでくれている。
「……えっと」
恐る恐る口を開き、もう頭痛が襲ってこないことを確認する。
「何が、あったの?」
「兄さんはね。研究室のお仕事の後、いきなり倒れたんだよ」
ベッドサイドに現れたちさとが答えた。
彼女の精神状態を表した結果か、妹の目元も愛華達と同様に赤い。
「加賀見さん達が慌てて医務室に運ぶよう手配してくれたけど、着く頃には凄く危険な状態だったみたい」
「危険、って」
「身体には何の異常もないはずなのに、心臓が物凄く早いスピードで動いていたみたい」
つまり、今知尋がいるのは島の施設にある医務室らしい。あの場に観月がいれば別の場所、例えば学園の医務室とか、都内の総合病院などに運ぶこともできたが、生憎彼女はいなかったため、ここで可能な限りの対処とメディカルチェックを行うしかなかった。
担当の医師によれば、血流の動きが活発すぎて血管や各臓器が傷つきかねない状態だったらしい。また、脳波が恐ろしく乱れていて、脳の側で何らかの問題が起きていることが推測された。
「そういう状態じゃ、愛華姉様の『治癒』も使えないでしょ?」
肉体を治癒する能力であるため、生命活動の活発化を効果に含んでいる。
過剰に活動している身体をこれ以上、活発化させてしまったら逆に知尋を殺すことになりかねない。
「……まあ、そもそも姉様達もそれどころじゃなかったんだけど」
「え……!?」
知尋の記憶通り、倒れた時点では『刺激共有』は起動されていた。
そのため知尋が倒れたのを同じもの――強烈すぎて痛みとすら認識できない程の頭痛、だと思われる――を愛華達も味わったのだ。
知尋も含め六人もの少年少女が相次いで倒れる……愛華達の傍にいたかなめと早稀を含め、施設内はちょっとしたパニックになったらしい。
「私達の方は、割とすぐに目が覚めたんだけどね……知尋君は全然目を覚まさなかったの」
おそらく気絶のショックか何かで『刺激共有』の効果、あるいは設定がリセットされたのだと思われる。
お蔭で愛華達はただの気絶、起き抜けの立ちくらみ程度で済んだ。
代わりに、知尋は何らかのダメージ――肉体に傷がなく脳に異常があることから、おそらくは精神的なもの――により命に関わる状態となった。
「って、今、何時?」
「午前三時だよ」
「……うわ」
倒れてから十二時間ほどが経過していた。
それだけの時間、意識がなかったこと……愛華達の取り乱しようからして、どうやら本当に危険な状態だったらしい。
突然、知尋がこうなった原因は。
正直、考えられるのは一つしかない。
「ちさと。……やっぱり、アレが原因なのかな」
少女達の憤りが加賀見達に向きかねないと、敢えて明確な言葉を避けて妹を見れば、答えたのはちさとではなく真里亜だった。
深い、深すぎるほどの愛情を知尋に真っすぐ向けながら。
「『落とし物』――前世紀の隕石、でしょう? 加賀見さん達から聞きました」
「な……っ」
思わず絶句してしまう。
そんな知尋を見て、四葉が複雑そうな笑みを浮かべた。
「状況からして、原因が例の『実験』なのは明らかなのです。研究者達の横暴のせいであなたが死にかけていると認識して、私達が冷静でいられると思いますか?」
「……思わない」
真里亜と李狐は、知尋が死んだら自分も死ぬと公言している。
他の少女達だって負けず劣らず知尋のことを思っていてくれるはずだ。傍に居るのも大事だが、責任者に事情を問い詰めようとしても何の不思議もない。
――もし、楓が阻むなら刺し違えてでも。
幸い少女達に怪我はなさそうなので、そこは安心である。
「加賀見さん達は、こうなった以上は隠すのは無理だと素直に話してくださいました。……まあ、守秘義務に同意することは署名させられましたが」
「そっか」
知尋が聞いたのと同程度の情報を、既に愛華達も持っているようだ。
なら、良かった。
隕石に関するアプローチの仕方は知尋の独断であって、加賀見達の指示で行ったものではない。よって研究者たちが責められるいわれはないことも伝わって――。
ほっと息を吐きそうになったところで、華がぎらりと目を光らせた。
「はい。最悪、和泉君がこうなる可能性は予期していなかったわけではないと、きちんと白状してくれましたよ」
「な……っ!?」
それは知尋も知らない、というか予想外である。
はっ、と、李狐が小さく笑った。どことなく昔の彼女を彷彿とさせる、凶暴で危険な笑い方だった。
「酷い話だよね。知尋をあんな風にしておいて、こうなる可能性はあったけど本人には伝えなかった、だもん」
「……それは」
何か事情があったのでは。
そうも思ったが、さすがに口には出せなかった。死にかけていた……一歩間違えればあのまま死んでいたと聞かされては、いくら知尋でも思う所はある。
はあ。
かなめが息を吐いて知尋に告げた。
「これは研究者のお二人による推測ということですが――和泉君は『実験』に成功したらしいですよぉ」
「成功……」
隕石に『読心』を使うことができたということか。
「はい。『読心』によって隕石の意思を読み取ろうとし、それに成功した結果、規格が違ううえ桁違いの量の情報を一気に流し込まれ脳がパンクした――非常に高度な『情報生命体』に無防備で接触してしまった可能性が高いそうです」
とあるOS用のプログラムを別種のOS、それも何世代も前の旧式で無理矢理起動しようとしてバグが発生した、とかそんなイメージ。
コンピュータなら致命的なバグが起こる前に「そもそも起動できない」で終わる可能性も大いにあるが、無理を通して道理を引っ込めるのが『落とし物』の能力。人間とは全く異なる生命体の思考回路をそのまま、翻訳なしで受け取ろうとして死にかけたようだ。
……そう聞くと知尋が物凄い間抜けのようだ。
言い訳としては、そんな専門的な予測、事前に話も聞かずに予測しろという方が無理、ということになるが。
「じゃあ今、あの隕石は?」
「特に何もなってませんよぉ。……あくまで和泉君が接触に成功しただけで、あれが活動を開始したとか暴走したわけではないんでしょうねぇ」
「なる、ほど……」
つまり、現状維持。
死にかけた結果、得られたものは「あの隕石はやはり生きている」という確証くらい。一歩前進とはいえ、次に繋がるとは思えない。
知尋としても、少しばかり隕石とのコミュニケーションを楽しみにしていたのだが。
「……残念だな」
小さく呟く。
すると、少女達が揃って、何かを迷うような表情を浮かべた。数秒の間に素早く視線を交わし合った末、愛華がゆっくりと口を開く。
敢えてだろう。淡々と、感情をあまり感じさせない声で。
「でも、知尋君は今回のことで『慣れ』が生まれているはずだ、って先生達は言ってたよ。次に『読心』する場合は今回よりもずっと負担が減るはずだって」
これも加賀見達の推測ではあるが、昨日、まがりなりにも一度、接触に成功したことで、ハード面――知尋の許容能力とソフト面――情報の処理能力が向上しているはずだという。
おそらく次は死にかけるまではいかない。
何度か『読心』を繰り返して少しずつ慣れて行けば、ごく普通に隕石とコミュニケーションを取ることも可能だと。
「へえ……」
なら、完全に望みが絶たれたわけではないのか。
「今日が三十日だから、二学期までにはまだ日があるよね」
知尋にも可能かもしれない。あの隕石との交流が。
僅かな希望に口元が綻ぶ。
そんな知尋を見た愛華が、繋いだままの手を持ち上げて強く握る。
「知尋君、もうやめよう」
「……愛華?」
目を瞬いて彼女を見つめる。
愛華が胸に抱いているのは変わらず、多大な心配の情だった。『感情増幅』の効果によって強くなるそれが知尋の胸を打つ。
真里亜や李狐、華、四葉も同じような顔をしていた。
「どうして、国の研究で知尋君が死にかける必要があるの? 一度死にかけたのに、もう一回やらなきゃいけない程のことなの? 報酬が前払いだからって言うなら、そんなの詐欺だよ」
「その通りよ、和泉君。……今回の件は学園側も了承しているはずだけれど、もし詳細を知っていて許可を出したなら、私は」
ぎりっ、と険しい表情で四葉が続けた。
「いや――皆、落ち着いて。実験に参加したのは僕なんだし」
「死ぬかもしれない、って知らなかったからでしょ? 知っててもやってた?」
この旅行自体が報酬だから、と、半ば脅す形で迫られていたら。
「……やらなかったと思う。でも」
「知尋様。それ以上は仰らないでください」
そういえば、さっきから真里亜の口調が身内用になっている。
ベッド周辺は薄いカーテンで仕切られているものの、全くの無人ではないだろうに、それだけ余裕がないのだろう。
「もしどうしてもと仰るなら、そして、彼らがどうしても知尋様を使い潰すつもりなら、私達はここの人間を皆殺す覚悟であなたを連れ帰らなければなりません」
「皆殺すって、大袈裟すぎるよ」
「別に大袈裟でもないでしょ」
あっさりとした早稀の声。
彼女の瞳にはさほどの怒りは見られない。当然だ。知尋を友人として心配したり、死を悲しむことこそあれ、怒るほどの強い感情を抱く理由がない。むしろ死んでいた方が灰人からの命令が撤回されて幸運だったかもしれない。
だからこそ、彼女の態度が恐ろしくもある。
「ボクだって灰人さんが殺されかけたら冷静じゃいられないと思う。灰人さん自身が何もするなって言うなら従うけどさ」
「私は迷わずそいつをぶっ殺しますよぉ」
かなめの発言は更に物騒だ。
だが――立場を逆に置き換えてみれば共感できる。例えばもし、愛華が誰かの都合で死にかけたとして、何の暴力も振るわずにいられるかといえばほぼ無理だ。
どんな手段を使っても、そいつに絶望を与えなければ気が済まないだろう。
知尋は小さく息を吸った。
「それでも、僕はもう一度『実験』に参加したい」
「どうして、そこまでするの?」
「気になるから。あの隕石が一人ぼっちで、誰かを待っているような気がするから……だと、思う」
それは嘘偽りのない知尋の気持ちだった。