「知尋様、何かをご覧になったんですか?」
「……それはわからない。見たのかもしれないけど、何も覚えてないんだ」
見たとしても、ほぼ理解はできなかったはずだ。
何しろ、『読心』の制限により「最も強い思考か感情」に絞ってもなお、脳の許容量を超えてくるような代物だ。
しかし。
「あれは長い間、自分と違う生き物に寄ってたかって研究されたり、無理矢理心を覗かれそうになったりしていたはずなんだ」
「……それは」
「人と同じ感性がある、と仮定すればそうなりますが……」
知尋の主張に、真里亜達は困惑顔だ。
彼女達も孤独については思うところがあるのだろう。否定したいがしきれない様子で言葉を濁す。
しばしの沈黙の後、ぽつりと呟いたのは李狐だった。
「でも、赤の他人より、あたしは知尋の方が大事だよ」
「李狐」
「そりゃそうでしょ。慣れたから次は大丈夫、なんて何の保証もなく言われたって、信じられるわけない」
確かにその通りだ。
大丈夫と言われて試してみたら駄目で、今度こそ死にました……で終わる可能性だって決して低くはない。
知尋の感覚的には今回と同じことがもう一度起きる可能性は低いと思うのだが、何の根拠もないのは加賀見達の見解と変わらない。
「それでも、って言ったら?」
「……兄さんも頑固だよね」
はあ、とちさとがため息を吐いた。
「それが兄さんの個性なんだろうけど。私は『読心』を持ってないから、兄さんの気持ちが完全にわかるわけじゃないんだよね」
知尋とちさとは記憶を共有しているが、完全に同じ記憶を持っているのは「ちさとが生まれる前」までだ。
以降は知尋とちさと、それぞれの人格として起こった出来事を記憶している。
体感した事実は、二人が身体に同居している状態であれば共有できるが、隕石と繋がった時、ちさとは外に出ていたので、外から見た事情しか知らない。
直接『読心』で感じたことは知尋にしかわからない。
「駄目、かな」
沈黙が下りた。
少女達が黙り込み、それぞれ床や天井に視線を向ける。複雑な気持ちと戦い、答えを探す彼女達を待つ間、知尋はベッド上で半身を起こした。
痛みはもうないものの疲労が濃い。
十二時間も意識が無かったにしては酷い状態だが、苦しんでいる時間が長く、休めた時間は短かったということだろう。体力を回復させるには少なくとももう数時間寝る必要がありそうだ。
そして。
「駄目……っていうのはもう言ったんだけどね」
深いため息を吐いて愛華が首を振った。
「知尋君は優しすぎるよ。本当、いくら心配しても足りないくらい」
「……ごめん」
「本当です」
謝ったところに真里亜他、それぞれから似たような言葉が飛んでくる。
う、と言葉が詰まらせると、愛華が顔を近づけてきて。
「だから、まだ続けるつもりなら、いくつか約束して」
「わ、わかった」
彼女の剣幕に、知尋は了承することしかできなかった。
☆ ☆ ☆
「それで、こうなったわけか」
愛華を連れて研究室を訪れると、それを見た灰人が興味深そうに呟いた。
あの後、数時間たっぷり休んだ午前十時。『睡眠促進』の効果で体調をばっちり回復させ、簡易診察を受けてお墨付きをもらった後のことである。
超然とした眼差しを向けられた愛華は知尋の腕を抱き寄せ、むっと頬を膨らませる。
「いけませんか?」
「俺は構わないさ、もちろん」
言って灰人は軽く笑った。
「そいつがこんな所で死ぬわけはないし、死にかけたならタダで転ぶはずはない。信じていたさ」
客観的に見れば格好いいのだろうが――それを見た少女は苦々しく顔を歪めた。更に灰人が視線を逸らした途端に舌を出す。
「和泉君」
振り返る。加賀見が真剣な目で知尋を見ていた。
彼は椅子から立ち上がると深く頭を下げてくる。還暦を迎えていそうな老人が、まだ高校生に過ぎない少年に、である。
「済まなかった。許して貰えるとは思っていないが、謝らせて欲しい」
「………」
加賀見の頭を見ながら、知尋はどう答えようか考える。
やめてください、と言って微笑むこともできる。しかし、殺されかけておいてそれはさすがに楽天的過ぎるか。
ここに来たのはあの隕石と交流するためであって、加賀見達を全く恨んでいないわけではないのだ。
「知っていたんですよね、僕が死ぬかもしれないって」
結局、出てきた声はやや硬いものになった。
ゆっくりと顔を上げた加賀見が口を開くも、それより先に、自席に座ったままのナタリーが答えてきた。
「ええ、知ってたわよ。あなたの試みがもしうまく行って、かつ、私達の立てた根拠の薄い『仮説』が正しかった場合、低確率でそういうことが起こりえるだろうってね」
真摯に謝意を示す加賀見とは対照的に、金髪の女性研究者は悪びれない。
「でもあなた、知ってたら拒否したでしょ? それじゃ困るのよ」
「だから、黙っていたんですね」
「そうよ。お子様の我が儘で可能性を潰されたらたまらないし。こっちだって遊びで研究してるわけじゃないもの」
隕石の研究は二国合同で行われている、最重要項目。
当然、それだけの責任が付いて回るし、成功した場合には世界が大きく変わることだろう。もちろん加賀見とナタリーの個人的地位や名声、財産にだって影響が出る。
高校生一人の命で行き詰った研究がどうにかなるなら安いもの、そう考えるのは別段、おかしいことではない。
そもそも成功すると思っていなかった、というのもあるだろう。
「いい加減にしてください!」
同時に、人の命を何だと思っているのかと愛華が憤るのだって当然だ。
普段は温厚な少女が、今は瞳に怒りを宿して声を荒げている。彼女はテーブルを蹴り倒しそうな勢いで一歩を踏み出して、
「高槻、そこまでにするんだ」
やや離れた壁に背を預けていた楓が、静かに制止の声を上げた。
愛華は立ち止まり楓を振り返った。ナタリーの肩を持つのかと、そんな思いが全身から溢れている。
「君の言いたいことはわかる。だが、荒事になるなら止めないわけにはいかない。それも理解してくれ」
「……はい」
渋々、愛華が引き下がった。
知尋は感謝の意を込めて彼女の手を握り、優しく力を籠めた。表情を緩めた愛華が同じように握り返してくれる。
加賀見が申し訳なさそうな表情を浮かべた。彼は、少なくとも感情的には同情してくれているのだろう。そう言えば、実験を開始する際、何かを言いかけて止めてもいた。一応、知尋を騙すことに迷いもあったのだ。
「彼女も同席する、ということでいいかな?」
「はい」
こくりと頷く。
それが愛華の出した「条件」の一つだ。真里亜達が皆同席する案も出たが、さすがに人数が多すぎるということで取りやめになった。
なので、知尋と愛華以外、残りの少女達は自由行動である。とはいえ、海で泳ぐのもさすがに飽きたらしく、基本的に自室で待機らしいが。
「……燕条君も君に申し訳ないとしきりに気にしていた。できれば当人から伝えたかったそうだが」
「いえ、構いません。ありがとうございます」
せめてもの罪滅ぼしのつもりか、加賀見が教えてくれたところによれば、観月は知尋に命の危険があることまでは知らなかったらしい。教えれば確実に反対するだろうから告げていなかったとのこと。
彼女は普段の穏やかな態度とは裏腹に、物凄く怒ったらしい。
……確かに、ほんの少しだけ救われた気がした。
「始める前にお願いがあります」
静かに告げてナタリーを睨む。
研究者故――知尋達とは優先順位が違うからか、お国柄の違いかもっと別の事情か、彼女には悪い意味で遠慮がない。少なくとも彼女だけは『敵』と認識しておくべきだと思う。
相手もそれは承知の上か。敵意を向けられても飄々とした態度で。
「何?」
「誠意を見せてください。危険を冒すのに、報酬が旅行だけというのはおかしいと思います」
「『誠意』ね。金を貰わないと続きはやらない?」
「『内容によって』考えます」
暗に「気に入らなければ蹴る」と知尋は告げた。
取れるものは取っておく。実験の継続は知尋の望みでもあるのだが、それはそれとして少しでも報復のようなことをしておきたい。
「いいわ。なら、そうね……」
提示されたのはマンションのローンに換算して一年分以上の額。
こういうことの相場はよくわからない。しかし、学生の身で容易に稼げるお金でないのは確かだ。
知尋は頷いた。
「わかりました。それでいいです」
ひとまず契約書代わりに、約束した内容をスマホに録音させてもらう。
楓、灰人も証人だ。
もし、これで踏み倒されるなら知尋にも考えがある。
「じゃあ、始めます」
中央手前の大テーブルを回り込んで奥へ。スライドして開いた壁から中へ入り、隕石へと近づく。
石はきちんと台の上に戻されていた。
何事もなかったようにそこにある石を見て一瞬、足が止まったが、背後で透明な壁が閉じる音を聞いて思い直す。
ここまで来て尻込みしてどうするのか。
「大丈夫だよ、知尋君。私も、皆もついてるから」
「うん。ありがとう、愛華」
愛華が出したもう一つの条件。
それは、前回と同じことがもう一度起こってもいいよう最大限備えること。具体的には、島に来ているメンバーはもちろん、来ていない三人――鈴と七瀬、万里歌とも『刺激共有』を行うことだった。
三人には「さすがに迷惑だろう」と、前回は共有をしていなかった。しかし、知尋に及ぶ危険を少しでも下げるにはこうするしかない。
『葉月先輩、鈴さん。七瀬さん。始めます』
『了解』
『うん。私はお家のベッドだから全然平気だよー』
『私も、危険な物は周りにないから大丈夫』
『ありがとうございます』
万里歌の『伝心』を通して皆にも実験開始を伝えた。三人にも守秘義務に抵触しない範囲で事情を話し、協力をお願いしてある。
これで、準備はOK。
前回もギリギリで生き残れたのだから、三人増えた今回は大丈夫なはず。それに、隕石を受け入れるべき知尋が恐れていてはいけない気もする。
(兄さん。私も応援してるから)
(うん)
深呼吸をして隕石を抱く。
前回と同じように座ると、愛華が向かいに座って手を重ねてくれた。
柔らかな手から伝わる恋人の温もりが力をくれる。
「……また、来たよ。君と話がしたくて」
一秒にも満たない間があって。
「っ、ぐ……っ!?」
知尋は再び激しい頭痛に襲われた。正面にいる愛華も同じ。苦痛に顔を歪め、意識を保とうと必死になっている。
もしも立った状態だったら危なかったかもしれない。
それでも座っていれば耐えられる。
前回は問答無用で気絶した。やはり、格段に楽になっている。これなら耐えられない痛みじゃない。
ただし、隕石と視線を合わせている限りこの痛みは消えないはず。
「――っ、はぁっ」
時間にして一分ほどだろうか。
やや余裕を持った状態で、知尋は隕石から視線を切った。途端に頭痛の質が変化し、今まさに襲われている感じから余韻のようなものになる。たっぷり五分ほど、目を閉じたまま休憩を取れば痛みが完全に収まった。
「ごめん、休んでからまた来るから」
ひんやりした石の表面を撫でて告げた。
「愛華。台の上に戻してあげてくれないかな」
「うん」
愛華の声もしっかりしていた。
『皆、とりあえずこれで終わりです』
『ん、これくらいなら大丈夫。和泉君も無事で良かった』
隕石が台に戻ったら、知尋は愛華と二人で隔離空間から出た。
「早かったな」
「焦っても仕方ないと思いますから。……というか、あなたはいつまでここにいるんですか?」
「結果が出るまでかな。ああ、性処理なら心配しなくても、部屋に丁度いいのを二、三人転がしてある」
「誰もそんなことは聞いてません」
放っておくと「貸そうか?」とか言われかねないので、きっぱり突き放したうえで睨んでおいた。
併せて、今回『読心』した際の感覚を加賀見達に伝える。
「へえ、やっぱり二回目は楽になったか。……でも、大勢で痛みを分け合ってもそれだけ痛いのか。他の能力者だったら即死だったわね」
「ありがとう、和泉君。……君には悪いが、その点に関しては不幸中の幸いだったかもしれないな」
礼もそこそこに思索へと向かう二人を置いて、知尋は研究室を出た。
コツコツと靴音を響かせつつ歩いていると、自然に口から吐息が漏れた。やはりどうしても緊張はしていたらしい。
愛華もふう、と息を吐いて微笑む。
「良かったね、何とかなって」
「愛華達のお蔭だよ」
部屋に戻ると、全員が一同に会して知尋達を待っていた。
真里亜達に元気な姿を見せて安心させたら途端に疲労が襲ってくる。痛みは分散できても脳への負担は知尋にのしかかる。やはりいったん休む必要があった。
「よし、じゃあ知尋、また寝てる間フェラさせてね」
「駄目。知尋君のお世話は私がするから」
早稀の空気を読まない主張はあっさり愛華に却下され、他の面々も「早稀に任せるよりはマシ」と愛華に同意。元柴鶴学園組が同室になるよう部屋割りが変更――最初からそうしておけ、というのは置いておいて――された。
……皆が出ていった後、愛華と一緒のベッドで眠ったのは二人の秘密である。
☆ ☆ ☆
知尋は仮眠と昼食を経て午後三時頃にもう一度、隕石への『読心』を試みた。
今度は三分近く耐えることに成功。少しずつでも着実に進歩していることを実感し、再び仮眠。
夜、この日三度目のチャレンジで記録を八分程度まで伸ばした。
「このペースだと、次は三十分近くまで耐えられるでしょうか」
「……どうかな。もっと劇的な変化が起こってもおかしくないかも」
ナタリーが鋭い目つきで呟いた通り。
翌日の朝に試みた『読心』で、知尋はこれまでとは全く異なる現象を経験した。
朝食後に研究室へ行き、加賀見達に挨拶して、愛華と二人隔離空間に入って隕石を抱き、呼びかける。
「……あれ?」
そうしたはずなのに、気づくと右も左も、上下左右もわからない空間にいた。
「ここは……」
明らかに普通ではない。
新たな不測の事態に、知尋は目を何度も瞬いた。