知尋は精神世界での出来事を順に説明した。
当事者の一方はただ首を傾げるばかりのため、残った知尋が語るしかないわけだが、体験した本人ですら碌に理解していない事柄を語るのは骨が折れた。結局、見たまま感じたままを口にするしかなく、十分に伝えられたかはわからない。
説明を熱心に聞いていたのは加賀見だ。
一つ一つの事象に目を輝かせながら、録音と並行してメモにペンを走らせる。知らないことを知るのが嬉しくてたまらないという様子は、本当に研究が大好きで仕方ないのだと思わせた。
灰人は興味があるのかないのか、余裕の表情でコーヒーを飲んでいて、楓は表情を変えないまま一同の動向を見守っている。
そしてナタリーは、加賀見と同じようにメモを取りつつも、瞳はどこか冷めた状態のまま。加賀見の反応とはある意味真逆である。
「……なるほどね。それで、この姿になったのか」
金髪の研究者は軽く息を吐いて腕を組んだ。
胸が腕によって押し上げられるが、知尋はそれよりも彼女の視線が気になった。真っすぐ少女を見る目、対象を観察する研究者の視線から、少女はふいっと顔を逸らしてしまう。
ふっ、とナタリーが笑った。
「そう嫌わないでよ。ね、お嬢ちゃん?」
「………」
「あの、この子、もしかしたら言葉が」
「ええ。わかってないかもね」
推測はしていたようで、あっさり肯定される。
と、楓が静かに口を挟んだ。
「済まない。一度、現状を纏めて貰えるか。暗黙の了解で話が進んでいては『上』への報告を行いにくい」
「いいわ」
首肯してナタリーは加賀見に視線を送った。
彼女は、老研究者が頷くのを待ってからあらためて話し始める。
「つまり、その子は『より効率よく人を観察するため』に人の姿を取ったということよ」
精神世界での口ぶりから、かの隕石は以前から周りの人間達を観察していたようだ。おそらくは人の性質を理解するために。
しかし、観察はあまり捗らなかった。
隕石の周囲に現れる人間の多くはお偉方や役人、研究者などで、彼らが取る行動は、人の営みのごくごく一部に過ぎなかった。それでは観察の効果としては不十分であったものと考えられる。
「おそらく、その子が最も知りたいのは人の心なんでしょ」
友情や愛情、あるいは怒りや悲しみ等――感情の発露を見る必要があるのに、物として扱われ研究を受ける立場ではなかなか叶わない。
何年も大人しく扱われていたことを考えると、自分からアプローチはできず、何らかのきっかけがなければ動けなかったのだろう。
かといって加賀見達が連れてくる『落とし物』達の干渉は一方的過ぎて、身を委ねることができない。
「で、ようやくチヒロが現れたってわけ」
相互理解を目的とする知尋の『読心』はうってつけだった。
知尋に害意がないことを確認した隕石は、視線――『読心』の使用条件が満たすため、それに類する現象を造った。
「造った、って」
「だって、その子はどう考えたって『落とし物』でしょ。この場合は能力者の方の意味で」
隕石が人に変身するなんて、他の理由では説明がつかない。
世界に『落とし物』が発生した原因が隕石にあるなら、少女自身が知尋達のような超常の力を持っていてもおかしいことはない。
むしろ、今回の出来事を受け、ナタリー達は「隕石原因説」が裏付けられたと考えているようだ。
うむ、と加賀見が頷く。
「おそらくはそんなところだろう。本人に確認できれば一番いいのだが……」
相変わらず少女は無反応。
「……今は我慢しておくとしよう。彼女は今も学習中のはずだ」
「学習、ですか」
「そうだ。言葉に、表情の動かし方、動き方――ありとあらゆることを」
「まるで赤ちゃんみたいですね」
愛華が優しく呟いた。
そうだ。身体こそそこまで小さくはないものの。
「ほぼそのものだと考えていいだろう」
本当に最低限の部分はあらかじめ知尋からラーニングしているものの、現状はほぼ、まっさらな状態。あるいは蓄えているデータの活用方法がわからない状態。
中途半端な年齢に変身、擬態したのは、小さすぎると活動に支障をきたすからだと思われる。
「同時に『成長』をも学習するつもりなのかもしれん」
「この子、人間と同じように大きくなるんですか?」
「おそらくな。詳しい検査を行ってみないと実際にはわからないが」
推測上は人と変わらない身体、遺伝子構造をしているはずだという。
「何しろ、その子は和泉君と高槻君の遺伝子をベースに肉体を構築したらしい。ならば構築段階でエラーでも無いかぎりは人――能力者と同じだと考えていい」
「……え、それって、つまり」
加賀見の説明を聞いた愛華が驚きを見せた。
彼女はちらりと知尋を見て、何故か恥ずかしそうに頬を染める。
「じゃあ、この子って私と知尋君の」
そこで知尋もようやく愛華の言いたいことを理解した。
データ的というか、現象的な方面から考えていたので気づかなかったが――。
加賀見も何やら一瞬、言葉を詰まらせてから答えた。
「……遺伝子情報上は、君達の娘ということになるだろうな」
少女に視線を向け直す。
何気なく見つめ返してくるつぶらな瞳からは、純粋な信頼の情が伝わってきた。
☆ ☆ ☆
「まさか、愛華さんがこんなに早く子供を作るなんて思わなかったわ」
「真里亜、わざと言ってるよね?」
「ええ。もちろん冗談よ」
真里亜は微笑むと、手にしていたカップをソーサーに置いた。
ことん。
食器同士が触れる小さな音に、知尋に抱かれた少女が反応する。彼女がカップに手を伸ばそうとするので、知尋は困った。
自由に弄らせてあげた方がいいのか。しかし子供に割れ物は。
「危ないよ」
声をかけると、少女はきょとんと見上げてくる。
……どうしたらいいものか。
愛華に助けを求めてみても、にこにこと笑顔が返ってくるだけ。自分で何とかしろと言われた気がして、プレッシャーがかかる。
「ええと、ほら」
自分のティーカップを取って、ことん、と置いてやる。少女がそちらに興味を示したので更に何度か、視線が別の方向を向くまで続けた。
一応、何とかなっただろうか。
「あはは。知尋、凄く困ってる」
「あのね、李狐」
笑いごとではなかった。
末っ子の知尋には小さい子をあやした経験はない。子供は正直苦手で、それが女の子となれば猶更だ。男の子ならある程度、やんちゃをさせておいても許容範囲だろうが、柔らかい肌に傷でもついたら大変だ。
まあ、隕石を女の子と指定したのは知尋なのだが、あの時点ではこんな風になるとは思いもしていなかったし。
他人事のように笑っていた李狐は「ごめんごめん」と言いつつ、
「でもさ。お蔭でこんないい部屋に移れたわけだし」
ぐるりと見渡した室内は、さながらホテルのスイートルームである。
知尋達が泊まっていた部屋の数倍の広さがあり、ユニットバスにミニキッチン、ふかふかのソファ等を完備。また、二部屋ある寝室にはシングルベッドが二つずつ。ソファや敷布団も活用すれば八人で泊まっても十分すぎる。
ここは、一般エリアではなく居住エリアに位置するVIPルームである。
本来は偉い人が泊まる用に用意された部屋なのだが、加賀見達が厚意で手配してくれたのだ。
今、知尋達――かなめや早稀も含めた計八人は、この部屋に荷物を運び込み、ソファで軽いティータイムである。
「……あはは。この子が僕から離れないからね」
言いつつ、そっと頭を撫でる。少女は軽く目を細めてされるがままだ。
――隕石が少女に変わったことでまず問題になったのは、彼女の生活をどうするか、ということだった。
下手な者には任せられないし、一人で歩き回られて何か起きてもまずい。知尋から離れたがらないことを考えると知尋、愛華のペアにひとまず世話させるのが無難だが、彼らが泊まっていた部屋ではセキュリティに難がある。
ということで、奥まった位置にあり、監視カメラが備え付けられたこの部屋に全員で移ったのだ。
「まあ、どうせ監視込みでしょうけど」
華が言って肩を竦める。
部屋のセキュリティは厳重で、流石に寝室やトイレ、風呂は除くものの、このリビングにもカメラが設置されている。
これに、知尋達が妙な真似をしないか見張る意味があるのはその通りだ。
キッチンのあるこの部屋なら、飲食などで食堂に行く回数も減らせる。李狐などは、むしろ料理ができることを喜んでいたが。
実を言えば、部屋を移る話を持ち掛けられた際、知尋と愛華はナタリーからはっきりそう告げられている。きちんと見張っているから不用意な真似はしないように、と。
ただし、他の面々にはそこまでは伝えていない。
伝えなくても皆、理解しているだろうから。
「……正直、信用されていないようで落ち着きませんね」
四葉が呟く。
当然の反応だろう。元柴鶴学園組のように、のほほんと気にせずいられる方が変わっていると言わざるを得ない。
(私は兄さんの中に隠れられるけど、皆はそうもいかないもんね)
(うん。特に女の子ばっかりだし)
男である知尋自身もそこまで抵抗はないものの、少女達にとっては普段の何気ない姿を見られるのは苦痛のはずだ。
基本的には。
「ボクはあんまり気にならないかな」
「私も、見られるのは慣れてますし。むしろ和泉君と同じ部屋っていうのが鬱陶しいですぅ」
「……あはは」
早稀、かなめの物言いに、知尋は苦笑するしかなかった。
小さい子のいるところで険悪な雰囲気は勘弁して欲しいものである。何かあったのか、と見てくる少女に、知尋は微笑みを返した。
そんな時、李狐が不意に言ってくる。
「ところでさ。その子、名前はないの?」
「え? うん。隕石だった頃は『落とし物』って呼ばれてたみたいだけど」
固有名称はないはずである。
また、もし仮にあったとしても、女の子の姿になった今の彼女に似つかわしい名前だったかは微妙なところである。
返答を聞いた李狐はぱっと顔を輝かせた。
「じゃあさ、名前付けようよ。無いと不便でしょ?」
「名前か。勝手に付けていいのかな?」
「いいんじゃない? 別に他の人にも使えとか言わなきゃ」
そういうものか。
愛華も「そうだね」と微笑んで頷く。それを皮切りに、少女達は楽しげに意見を交わし始めた。
あまり子供が得意そうではない真里亜などもぽんぽん名前の案を口にするのを見て、知尋は不思議な気分になる。こういう時、男と女では何かしらの差が生まれるのだろうか。
よくわからないので、自分は少女と遊んでおくことにする。今、まさに名前を付けられようとしている当人はよくわかっていない様子で、知尋の差し出す指に自分の指を絡めてくる。
そんな風にしている間も、少女達の議論は進んでいた。
「やっぱり定番は花の名前じゃないでしょうか」
「んー……梅とか、桃子とか?」
「ふふ。李狐ったら、わざと古風なものを挙げているでしょう。花というか、植物の名前は定番だし、色々あるわ。私の『四葉』だってそうだもの」
「最近は新しい名前も増えているんじゃないかしら。杏樹(あんじゅ)だとか、世羅(せら)だとか、横文字をもじるのも良いと思うわ」
「真里亜様。それ、下手したら小学校とかで虐められる系の名前だよ」
「私はもっと珍しい名前でも良かったですけどねぇ。目立った得をする場面も結構あると思いますよぉ」
微妙に、自分の名前自慢が混じっている気もした。
そこに、ちさとが実体化。目ざとく反応する少女へにっこり微笑むと、李狐達の方を振り返った。
「楽しそうですね。愛華姉様はどう思いますか?」
「え、私?」
どちらかというと大人しかった愛華は、話を振られて目を瞬いた。
それから少し恥ずかしそうに俯いて言う。
「私は、二人の名前を一文字ずつ取るのが、その。やっぱりいいかなって」
「あ、いいですね。それ、私もいいと思います」
「そ、そう?」
ちさとが明るく声を上げると、愛華はほっと息を吐いた。
思えば、ちさとの名前も元は知尋のもじり。考え方としては愛華の提案に近いので、妹としては親しみが湧きやすかったのだろう。
知尋も、まともな意見に安心する。
他の少女達はといえば、皆で顔を見合わせ「やっぱり」「愛華はずるい」などと呟いた後、誰からともなく言い合いを再開。
「真尋(まひろ)」
「千狐(ちこ)」
「知葉(ともは)」
「知稀(ちき)とか?」
「早稀ちゃんまで乗っからなくていいと思いますけどぉ」
「……ですね」
呆れた様子のかなめ、華以外は四人とも、自分の名前とのコラボレーションだった。一応、少女は知尋と愛華の遺伝子から生まれた子……まさかこの歳でこんな大きな子供を持つとは夢にも思わなかったし、嬉しさと同時に気恥ずかしさがあるものの、ともあれ、敢えて言うなら「愛華の娘」なはずである。
まあ、心配しなくても皆、それは理解していたようで、ひとしきり言い合った後は一つの方向に意見を収束させていった。
当事者である愛華、知尋の意見も参考に、最終的に収まった名前は。
「えへへ。これから、あなたの名前は知愛(ちあ)ちゃんだよ」
知尋の「知」と、愛華の「愛」を取って知愛。
生まれたばかりで、これだけ多くの人から愛される彼女にはぴったりの名前に違いない。
「……?」
微笑む愛華の顔を、少女――知愛がきょとんと見つめ返した。