知尋は愛華から揺り起こされる形で目覚めた。
二人は寝室の片方でシングルベッド二つをくっつけ、そこで知愛を挟んで眠っていた。起きると愛華達は起きており、揃って知尋を見ていた。
「……何かあった?」
やや声を潜めて尋ねる。
知尋は『睡眠促進』の効果で眠りが深く目が覚めにくい傾向にあるが、大きな物音がすればさすがに目覚める。そういう意味では緊急事態の可能性は低く、実際、室内には特に変わった様子もないが。
「それが、知愛ちゃんが起きちゃって」
「そっか」
頷く。
子供が夜泣きをするという話は観月から聞いていた。聞いた話と比べるとかなり大人しい感じだが、そういうこともあるだろう。
食事や生理現象の方は大丈夫そうなので、宥めて眠るのが正解だろうか。
「知愛、まだ夜だからもう少し寝よう?」
微笑んで呼びかける。
すると、少女は「うー」と唸った。
何か気がかりなことがあるのか、それとも気づかないうちに知愛に嫌われるようなことをしてしまっただろうか。
……思考を探ってみても、あいにく思い当たることはない。
「一回起きちゃったから眠くないのかな」
「少し時間を置いてみる?」
「そうしようか」
頷きあい、知尋はベッドから降りて部屋の照明を操作する。全く見えないほど暗くはないが、起きているなら明るい方がいい。
しかし照明は点かなかった。何度か試してみても同じ。
気になったので廊下にも出てみるが、やはりそこの照明も同じだった。
「停電、とか?」
「でも、ここって――」
研究所は独自の発電システムを持っていたはず。にも関わらず電気が使えなくなっているということは、下手すると研究所の機能そのものが落ちていることになりはしないか。
知愛をぎゅっと抱いた愛華が眉を顰める。
「知尋君。それってまずい、よね?」
「うん、まずい。まずいけど」
どうしたものか。
知尋達はこの研究所の内情に詳しくない。停電が本当ならまずいのはまずいが、では「何がどうまずいのか」はわからない。
この状況ではすべきことは、傍にいる小さな少女を守ることではないか。観月からの忠告を思い出し、そう考える。
「知尋様、どうなさいましたか?」
廊下で話しているうち、真里亜達も続々と起きてきた。
皆にも事情を話して照明や電子機器を試してもらうと、全て電源が入らないのが確認できた。
「こういうのって、割とすぐ非常電源に切り替わるのが普通だよね」
「ええ、それはそうですが……」
四葉が言葉を濁した通り。
数分待っても電源が復旧する様子はなかった。代わりに、何やら部屋の外が騒がしくなってくる。
ここは一般エリアではなく居住エリア。
起きていた研究者達の中に、停電に気づいた者がいるのかもしれない。ならば、しばらく待っていれば何らかの対処が為されるか。
「―――っ」
そこへ、VIPルームの入り口がせわしなくノックされた。
知愛がびくっと震える。知尋達も息を飲んで顔を見合わせる。
「なんか洋画みたいだね」
「それ、絶対銃出てくる奴ですよね……」
早稀の呟きに、実体化したちさとが突っ込む。
絶妙に不安が助長された。
「私が出ます」
「待って、真里亜。せめて何か羽織りなって」
例によってセクシーなネグリジェ姿の真里亜に、李狐が着ていたパジャマの上を貸し出す。
そもそも、本来は知尋が出るべきかもしれないが――少々嫌な予感がする。
もし何かあった際、最も潰しが効くのは真里亜だ。だからこそ本人も出迎えを買って出たのだろう。
もちろん、何も無いならそれに越したことはない。
廊下から入り口に向かった真里亜とは逆に、知尋達はリビングルームへ移動した。
「ママ」
「大丈夫だよ、知愛ちゃん」
知愛は愛華の傍。
かなめが窓際に近づいてカーテンを軽く開く。窓の外は静かなもので、月明りがほのかに射し込んでくるだけだった。
一方で、彼女の仕草が刑事ドラマを連想させて余計に不安がよぎる。
「何の御用ですか?」
真里亜の声がリビングルームまで聞こえた。
敢えて大きめの声を出していることが知れ、知尋達は息をひそめた。
返ってきたのはたどたどしい日本語だった。
「『隕石』を渡せ。渡せば何もしない」
「っ!」
どうやら、最悪に近い事態が起こっているらしい。
――狙いは知愛だと、一同に緊張が走った。
ちさとが表情を硬くして『中』に戻り、知尋は素早く室内を見渡した。
そこそこ広いが、ソファなど調度品のせいで荒事には向いていない。
逃げ場は……ない。無理をすれば窓から外に出られなくもないが、このタイミングで全員が逃げるのは不可能。かといって何人か、例えば知愛と愛華だけを逃がしたとして事態が好転するとは思えない。
これが日本国内なら、とにかく遠くへ逃げる手もあっただろうに。
『五人。全員、外国籍です。それぞれ銃で武装しています』
真里亜から『伝心』を用いて報告が来る。
……さすがに、先程の早稀の呟きは関係ないだろうが。
『通すしかない』
一瞬、躊躇しつつも真里亜に答える。
詳しい状況がわからないまま抗ってもジリ貧になるだけだ。それに五人もの銃持ちを相手にしろ、などと真里亜に命じられるわけがない。
『わかりました』
真里亜も了承してくれた。
複数の靴音が部屋の中へゆっくり入ってくるのがわかる。
『何が起こってるの?』
『すみません、葉月先輩。ちょっと緊急事態で』
『それは別にいい。私にできることは?』
万里歌からの問いかけに知尋は少し悩んだ。
彼女がいるのは遠く離れた日本の地。『伝心』の能力が繋がっているだけで十分すぎるほど役立っているし、それ以外の協力と言っても――。
いや。
無線も携帯も使わずに日本と連絡できることが、もしかすると突破口になりうるかもしれない。敵がどれだけの数で、裏に誰がいるのかはわからないが、知尋達に万里歌が付いていることまでは把握していない可能性は高い。
『鈴さんの方が動きやすいかもしれませんけど……できたら燕条観月さんへ連絡を取ってもらえませんか。島でトラブルが起きた、と伝えて欲しいんです』
『わかった』
『んにゅ……それなら、わたしから連絡してみる。ゆーちゃんを通せば連絡先がわかるから』
鈴が請け負ってくれた。
二人にありがとう、と伝えている間に敵がリビングルームまで入ってきた。
真里亜の確認通り五人。全員男で、かつ日本人ではない。
彼らの手にはそれぞれ拳銃が一丁。また三人はもう片方の手に懐中電灯を持っている。
服装は全員黒で統一しているものの、タクティカルベスト等の物々しい装備ではなく単なる私服だ。服の中に銃を隠してしまえば、部屋の外ですれ違っても違和感はほぼ感じないだろう。
「ってか、研究所の人じゃん」
李狐が呟く。
見覚えがあったのだろう。ということは、彼らは研究者、あるいはその他のスタッフということか。それなら「どうやって研究所に侵入したのか」という疑問は片付く。単に内部分裂の結果ということだ。
と、金髪の少女の顔を敵の一人が照らした。
「黙れ」
「………」
突きつけられた銃口を李狐が睨む。
黒く重厚なフォルム――おそらく本物の銃だ。ここで玩具を持ち出してくる理由もあるまい。
撃たれれば一発でも致命傷。
多少なりとも鍛えている知尋達はともかく、知愛の場合、身体が見た目相応なら即死もありうる。
「全員、一か所に集まれ」
従うしかなかった。
男達を出迎えた真里亜も含め、知尋に愛華、知愛、李狐、華、四葉、かなめ。
計八人。
室内に早稀の姿は見えない。
「もう一人はどうした?」
「さあ? 散歩じゃないですかぁ?」
嘯くかなめに一人が銃を向けるが、それを別の一人が英語で制した。
何やら早口で言葉を交わす男達。内容は、高校レベルの英語能力では理解しきれない。せいぜい今後の相談をしていることがなんとなくわかる程度か。
「そいつを渡せ」
視線の先には、愛華に縋りついたままの知愛。
気休めになるかはわからないが、知尋は彼女達を隠すように立った。
「渡したら、この子はどうなるんですか?」
「いいから渡せ」
どうやら、無駄話をする気はないようだ。
「もしも断ったらどうなりますか?」
「対象物と和泉知尋、高槻愛華以外は殺していいと言われている」
返答は少し意外なものだった。
向こうはおそらく脅しのつもりで言ったのだろうが。
(知愛ちゃん以外は皆殺しかと思ったよ)
(……うん)
知愛のベースとなった二人には利用価値がある、とでもいうのだろうか。
もし、そうだとすれば、敵の狙いは知愛を何かしらの目的――おそらくは碌でもないこと――に使うことだろう。
許せるわけがない。
知尋は俯いた。
返答に迷う振りをして『伝心』を使う。
『真里亜、外にまだ仲間はいた?』
『いえ、少なくとも見える範囲にはいませんでした。それから、入り口のドアは閉じてきています』
『わかった。ありがとう』
なら、すぐに増援が来る心配はない。
また、多少なら物音を立てても見逃される。見た感じ敵は無線機等を持っていない。取り逃がしさえしなければ、当面の安全確保は可能。
ただし危険は付き纏う。
『皆、戦ってくれる?』
『仕方ないでしょ。タダで従うのとか絶対嫌だし』
『うん。知愛ちゃんを、こんな人達に渡せないよ』
『ええ。おそらく相手は私達を侮っているでしょうし』
『相手も特殊部隊とかじゃない、殆ど一般人です』
『無傷で勝てばいいんですよねぇ? 簡単じゃないですかぁ』
意思は、簡単に統一された。
全員、殴り合いには慣れている面々。たとえ相手が大人で、銃を持っていたとしても勝算はある。そして十分な勝算さえあれば恐怖を殺せる。
数で勝っていること、こんな状況でも会話が可能なことが気持ちを後押しして。
パァン!
リビングルーム入り口付近から響いた銃声が皮切りだった。
突然の物音に動揺したのは、知尋達ではなく男達の方。銃を持った何者かを警戒した彼らは揃って振り返るも、そこには誰もいない。
当然だ。
先の銃声は、李狐が『幻影』の能力で作り出した『幻の音』なのだから。
「と、いうわけで」
「がっ!?」
虚空からの声と共に、男の一人が股間を押さえて悶絶。取り落とした銃を華がすかさず拾う。
ようやく残りの男達が我に返るも、彼らが視線を戻して状況を把握するタイムラグが、今この状況においては命取りだ。
愛華が知愛を目隠ししつつ身体で守り。
立ち上がった真里亜、四葉、かなめがそれぞれ別の男の股間を、思いっきり蹴り上げる。
「~~~っ!」
そこは鍛えようのない急所。
たった一撃で彼らは激痛に呻き、戦闘どころの騒ぎではなくなる。そうなれば同じ場所や、足元、首などの弱点を狙い放題だ。
(こんな状況で、相手が遠慮してくれると思う方が間違いだよね)
ちさとの冷ややかな声を聞きながら。
知尋は残った最後の一人、その顔面目がけ、いつもの全力以上パンチを繰り出した。
ごっ!
固い手ごたえ。もしかすると鼻くらいは折れたかもしれない。そして痛みは『刺激増幅』により受けたダメージ以上となって彼を襲う。
後はやりたい放題だった。
敵が反撃する気力を失うまで殴る蹴る。大の大人五人が蹲って動けなくなったところで、彼らを拘束する。
銃器を奪い、服を脱がせて下着だけにしたら、脱がせた服で腕や足を縛る。手の空いた者が銃を突き付けている――撃つつもりはないが――状況では抵抗できるはずもなく、拘束はスムーズに終了した。
重い、黒色の塊を手に、知尋は男の一人を見下ろす。
「殺さないでくれ」
あろうことか、最初に出てきたのは命乞いだった。
一体なんだというのか。さっきまではあれだけ偉そうに振る舞い、人の命を狙ってきた癖に、立場が逆転した途端にこの態度。
なまじ『読心』により、相手の本気がわかってしまうから余計に腹が立つ。
はあ。
深いため息を吐いてから知尋は言った。
「仲間を殺すって宣言された後ですから、もしこの銃を撃ってもある程度、罪は軽くなると思うんです。だから、知っていることを正直に話してください」
正直、最悪の場合は撃ってもいいと思った。
そんな知尋の『本気』が伝わったのか、男達は大人しくなった。
顔を見合わせ、英語で相談し始める彼らに、四葉とかなめが。
「ちなみに、私達もある程度、英語を理解できますから」
「女の子の嗜みですよねぇ。というわけで、悪だくみなら他の言語でやってくださいねぇ」
今度こそ、男達は完全に観念してくれた。
悔しそうな、本当に悔しそうな表情で、彼らはこれが研究施設内の米国勢、共同での作戦であることを話してくれた。
「なら、だいたいわかりますけど……リーダーは」
「ナタリー・バロウズ。隕石の担当研究員だ」