この研究所は日米共同のもの。
当然、研究者やスタッフも両国から出ているわけだが、米国側のスタッフ達は密かにある指令を受けていたらしい。
「本国、あるいはナタリーから指示があった場合は研究所を占拠するように、と」
向こうの国では銃器はごく普通に手に入る物。
研究所に持ち込む荷物は当然、セキュリティチェックを受けているが、日本国内のような厳重な体制を敷くことは困難で抜け道は存在する。また、不測の事態に備えて施設内にも一定量の銃器が配備されている……という、微妙に本末転倒な状態にあったらしい。
最重要機密を取り扱うナタリーが噛んでいるなら、施設内の地理やセキュリティの解除はとても容易になる。今回の実行にあたっても、一部スタッフが発電施設を操作し、電力の供給を封じた上で作戦に踏み切ったらしい。
「目的は……」
「当然、そいつだ」
世界に数個しか現存しない未知の隕石。
しかも人化して意思を持ち、コンタクトが可能――制御するための人員まで一緒に付いてくるとなれば奪わない手はない、という考えらしい。
「でも、そんなことしたら捕まって」
「何に捕まるというんだ? ここは米国でも日本でもないぞ」
加えて言えば、この島の存在自体が機密事項。
もしも知愛を奪われた後、日本政府が米国を批判しようとしても、そのためには「米国と共同で秘密裏に研究をしていた」事実をも公表しなくてはならない。
隠したままだとすれば、この島も知愛も公的には「存在しないもの」であり、奪われたところで何の文句も言えない。
公表する場合、政府は研究内容の公表をも覚悟する必要がある。
「島に残っている研究内容は破棄、持ち出しもできる。後ろ暗い事実だけを後から各所に送りつけて『暴露』すれば世論を操作できるだろう?」
「国際問題に」
「ならないさ。何しろこの島は存在しない。そして隕石だって存在しなかったことになるんだから」
確かに、もし知愛を奪われた場合、日本政府が泣き寝入りする可能性は高い。
証拠の足りない主張では世論、他国を味方に付けられるか怪しい。むしろ利を考えて米国に付く国もあるだろう。それでも米国を批判しようとするのなら――それは最悪、世界大戦の引き金を引きかねない。
しかも今回は『落とし物』という新たなファクターを加えて、だ。
「米国の誰が、どういう風に主導した計画かは知らないがな。島のデータが公表されないなら、俺達がやったことも闇に葬られる。何のお咎めもなしってわけだ」
「……それだけペラペラ喋ったら、仲間に消されかねないと思いますけどぉ」
はっ、と、男達が笑った。
「計画が失敗すればそうかもな。だけど、この計画は成功する」
「どうしてですかぁ?」
「簡単だ。こっちは全員が共謀してる。そっちは平和ボケした日本人ばかり。銃を見ただけでブルっちまうのが落ちだろ?」
再び気が大きくなり始めたのか、男達の口が悪くなっている。
……だが、彼らの言うことにも一理ある。
日本側のスタッフも、全く備えていなかったわけではないだろう。しかし心構えと訓練の面で大きく劣っていたとしてもそれは仕方ないことだ。
もし、銃に対抗できるとすれば。
「姉さん、和泉楓がいる。あの人には拳銃程度じゃ通用しない」
「……ああ、Aランクだったか」
それでも男達は怯まない。
恐らく、殺されはしないと確信したのだろう。
「だが無駄だぜ。こっちは密かにSランクが二人、それも戦闘向きのが島に派遣されてきてるらしいからな」
☆ ☆ ☆
Sランク能力者の詳細までは男達も知らされていなかった。
しかし、彼らの言うことが本当なら危険だ。放っておけば研究所は占拠され、敵側の思惑に従うしかなくなってしまう。
――どうにかしないといけない。
曖昧ながら切迫した共通認識を持った知尋達は、とりあえず拘束した男達を監禁しておくことにした。
ただ、内側から開けられない個室なんて便利なものはないので。
「トイレに五人詰めとけば良くない?」
という李狐の案を採用した。
一人用としてはやや広いトイレも、大人の男五人を放り込むとぎゅうぎゅう詰めだ。手足を拘束された状態でこうされれば容易には脱出できない。
ついでにトイレ前に簡単なバリケードを作っておく。
「おい、そこのファニーボーイ。こんな狭い所で男の臭いばっか嗅いでたら趣味が狂っちまうよ。男ならわかるだろ?」
「知りませんよ。勝手に狂っててください」
心底どうでもいい。
ばたん、とドアを閉じて冷蔵庫を立てたら後は無視。中から喚き声が聞こえてこようと、泣き声が聞こえようと知ったことではない。
リビングルームに戻り、私服に着替えて作戦会議を始めた。
「……これじゃ本当にアクション映画の世界じゃないですかぁ。早稀ちゃんが変なこと言うからですよぉ」
「いや、ボクのせいにされても。わけのわかんないこと考える奴らが悪いんでしょ」
かなめと早稀の軽口が、張りつめそうになる気持ちを和らげてくれる。
……大丈夫。きっとなんとかなる。
少なくとも今、仲間達は全員無事なのだ。ここから皆で生き残るための作戦を練ることができる。そうして何としても生き延びないといけない。
日頃の戦闘訓練も、この間の四校対抗戦も、こういう非常事態に冷静に対処するためのもののはずだ。
「――最低限、僕達は全員、助かろう」
最悪、他の研究員は見捨てても構わない。
暗にそういうことを含めて知尋は言った。自分達はヒーローじゃない。できることは限られていて、その範囲に収まらないものは諦めるしかない。
そして、こんな非常な決断を他の誰かにさせるわけにはいかない。
知尋が言ったから、仕方なかったのだ、という免罪符を与えてやる。
「知尋君」
「……パパ」
愛華が囁き、続けて知愛が呟いた。
「あはは……。僕のことも呼んでくれるんだ」
きっと物凄く不安だろうに。
小さな少女の傍にしゃがみ、頭をそっと撫でてやる。
と、遠慮がちに四葉が口を開いた。
「ご主人様。助かる方法には、敵方への投降も含みますか?」
「………」
生き残ることを考えるなら、おそらくナタリーに媚びるのが一番だ。
知尋と愛華、知愛が揃って身柄を差し出す代わりに、他のメンバーの無事も保証してもらう。向こうも無駄な死体を増やしたくはないだろうし、この程度の交渉になら応じてくれる可能性は高い。
ただしその場合、おそらく日本国内には帰れない。
事情を知っている重要人物を家に帰すメリットがないのだ。国籍も人権も捨てて一生外国で飼い殺される、くらいの覚悟をしないといけないだろう。
だから。
「投降はしない。なんとか他の方法を考えよう」
誰がが、ほっと息を吐いた。
李狐が笑みを浮かべて言う。更に真里亜も続いた。
「なら、この状況をどうにかするしかないよね」
「敵方の人間をできる限り無力化し、首謀者を拘束する――結果的には、大勢の人を助けることになるはずです」
華も「仕方ない」と言った苦笑顔。
誰も知尋の決定に異を唱えようとはしなかった。
おそらくこの選択は、考えられるうちで最も困難な道だというのに。
「……皆、物好きすぎるよ」
「仕方ないよ。皆、うちに帰りたいもの」
どうしても叶えたい望み。
そのためなら、道理を引っ込めてでも無理を通す。それが思いの力によって超常の能力を手に入れた『落とし物』らしいやり方だ。
形振り構わないのは、これまで知尋が散々やってきたことでもある。
「幸い、研究員やスタッフにはほぼ『落とし物』がいないはずです。私達の持っている能力が相当なアドバンテージになります」
加賀見やナタリーのような「研究者としての能力」を高めているタイプは除くが。
戦闘や諜報に使える都合のいい能力者がそうそう含まれているはずがない。人員の選定にあたっては実務能力や機密保持能力を優先するはずだし、大人世代の『落とし物』率は学生に比べると低いのだ。
華の発言に知尋は頷き、かなめと早稀を振り返った。
「二人は、僕達に付き合う必要はないよ。投降したかったらしてくれていいし、VIPルームのどこかに隠れていてくれてもいい。燕条さんへ連絡が繋がれば、助けが来るかもしれないし」
しかし、ボーイッシュな少女とパンクロリータのアイドルは揃って首を振る。
「まさか。ボク達も協力するよ」
少し意外だと思ったものの、
「あの方の無事も確認しないといけませんからねぇ。まあ、あの方がこの程度でどうにかなるとは思えませんが」
「なるほど」
凄く納得のいく理由だった。
とはいえ実際、灰人は何の問題もなく無事だろう。彼の場合、事態に気づかず睡眠中だったとしても驚かない。
たまたま部屋に押し入ってきた女性スタッフをノータイムで押し倒し、そのまま行為に突入していても驚かない。
いや、彼だって殺せば死ぬはずなのだが、どうにかなっている所が想像できない。
それはそれとして。
「じゃあ、皆で頑張ろうか」
相談の結果、まずは加賀見達の研究室へ向かうことにした。
おそらく加賀見は研究室に詰めていたはず。もう殺されているのでなければ、きっとまだそこにいる。もしかしたらナタリーも一緒かもしれないので、色々な意味で手っ取り早い。
ナタリーを発見、無力化できれば最高。
もしナタリーを取り逃がすか発見できなくても、加賀見を助け出せれば施設内の地理を把握できる。
発電施設を復旧しに向かうこともできるかもしれない。
『鈴さん、どうですか?』
『ついさっき、ゆーちゃんから連絡先聞き出して燕条さんに連絡したよ。すぐ動いてくれるけど、色々連絡取ってからだからすぐには行けないって』
『連絡って』
『事後の抗議か、最中の抗議かが重要みたい。あの人も無駄に行き来はできないから』
タイムラグの問題らしい。
観月の『開門』は遠い距離をほぼ一瞬で移動できるが、実際には距離に応じて僅かな時間がかかるらしい。具体的には、日本からこの島までで五分弱。
……知尋は言われるまで気づかなかったが。
お偉いさんが重い腰を上げるまでは待てないものの、できる連絡は済ませてからでないと来られないとのこと。
『ありがとうございます。十分です』
これで、生存確率は飛躍的に高まったはず。
後は知尋達がいかに敵をやり過ごし、数を減らし、時間を稼ぐかにかかっている。
もちろん、大人しく観月を待つ手もある。一方、さすがの観月でも多勢に無勢な気もする。特に『開門』が銃器相手にどこまで通用するのかは未知数。
万全を期すならむしろ打って出るべきと考える。
こういう時、頼れるのは自分達の能力だ。
「九人分の制御はさすがに面倒だなぁ……かなめ、手伝って」
「それくらいはお安い御用ですよぉ」
移動中は早稀の能力を使い全員透明になっておく方針。これは、かなめの『端末』の効果もあって問題なく全員消えられた。
やや大変だったのは、早稀の能力は姿を消す能力だということ。
認識されなくなる鈴の能力と違い、『支配』の影響下でも互いの姿が見えないのだ。
そのため、一列になって前の人間の肩に手を置くというムカデ状態で進まざるを得なかった。
「知愛は、僕と一緒にいてくれるかな?」
「………」
少女は相変わらず静かで、どこまでわかっているのかは謎だったが。
自身を片手で抱く知尋に腕を伸ばし、抱き着いてくれた。
「じゃ、出発」
最も怖かったのはVIPルームを出る時だった。
何しろ一度ドアを閉めてしまったため、外の様子が中からは確認しきれない。ちさとに頼み、壁をすり抜け顔を出してもらって状況を窺い、誰もいないのを確かめてから外に出た。
以後、VIPルームはドアを開けたまま放棄。
スマホや財布などの最低限の荷物だけを携帯し、残りの荷物は最悪、どうなっても仕方ないと諦めた。閉じ込めた男達が解放されるのも、まあ仕方ないだろう。
奪った銃器は、浴槽へ熱湯のシャワーを出しっぱなしにした挙げ句、その中に沈めてきた。これで火薬や制御機構が駄目になるのかは知らないが、少なくとも熱湯を浴びてシャワーを止め、浴槽に手を突っ込まないと回収できない。
「無音を作る、なんてやったことないんだけど」
李狐は初めての作業に挑戦し、知尋達の足音をかなり削減してくれた。
殆ど物音を立てず姿も見えない知尋達の移動はスムーズに進み、時折、銃を持った外国人とすれ違ったものの事なきを得た。
……今は移動が優先。
移動中に戦闘することも考えたが、そうすると「全員で」「透明のまま」研究室に着くのが難しくなるので仕方なく無視。
施設内の地理には疎い知尋達だが、さすがにVIPルームから研究室へのルートは把握している。知尋の次に行き来の多かった愛華を先頭に迷いなく進んだ。
そして、事前の相談にて唯一「どうしようもない」としか言えなかった関門に差し掛かる。
カードキーによって開錠するセキュリティである。
現在、電源が通っていない状態――系統が別なのか敵達の移動用か、小さい非常灯だけはところどころ点いているものの、当然、電子ロックの解除は不可能だ。
銃器で破壊するのも難しく、迂回するルートも無い。
正直、何かの間違いで開いていることをかなり期待していたのだが、そんな都合のいい展開はなかった。
早稀の透明化能力をいったん解除。
代わりに、李狐の『幻影』でダミーのセキュリティゲートを作り、知尋達の姿を覆い隠して。
知尋は小さく息を吐いた。
「……どうしよう」
と、天を仰ぎかけた知尋の頬に小さな手が触れた。
知愛のつぶらな瞳が知尋を見上げ、目が合った途端、頭に声が響いた。
『非常事態確認』
それは紛れもなく、精神世界で聞いたあの隕石の声だった。