声を聞くと同時に、頭の中でチャンネルが切り替わる。
感覚としては万里歌の『伝心』や、ちさととの脳内会話に近い。しかし、それらとは別経路で知愛――いや、隕石と繋がっている。
喋らなくても会話が可能だというのは即座に察した。
『君は、知愛じゃないの?』
『肯定および否定』
幼い少女と性質は近いものの細部の異なる声が答える。
『識別名「知愛」と我は同一であって同一ではない』
『え、ええと……?』
『我は汝らが隕石と呼ぶものの意思。或いは本能とでも呼ぶべき存在也』
噛み砕いた説明……らしきものもなお理解しきれない。
わかる範囲で解釈すると、つまり隕石自体の意思と「知愛の自我」とはイコールでないらしい。
言い方からすると全く別物でもなく――隕石が地球での行動用に人としての人格を新たに構築したものが知愛だ、とでも思っておけばいいだろうか。
『それで、どうして急に話しかけてきたの? むしろ、もうこういう話し方はできないのかと思ってたけど』
『負担を考慮』
知尋を心配して黙っていたということか。
『非常事態故、敢えて接触』
『……うん、確かに、今はちょっと困ってるんだ』
立ちふさがる障害を乗り越える術がない。
思うだけで状況は伝わったらしく、隕石は即座に答えてきた。
『助力する』
『助けて、くれるの?』
『肯定。汝の意思を起点、識別名「知愛」を媒介とし、限定的な事象変換を実行』
具体的には何がどうなるのか。
『識別名「知愛」の可動器官を対象物に接触』
『知愛の手を、触らせろってこと?』
『肯定』
言うだけ言うと、脳内から会話チャンネルが消失。
知愛が視線を彷徨わせたことで『読心』が切れたらしい。腕の中の少女は一同の行く先、閉ざされたセキュリティゲートを見つめる。
……自分が何かをするべきだ、とわかっているのだろうか。
「知尋君?」
「あ、うん」
小声で呼びかけてくる愛華に同じく小声で答える。
少女達が身を寄せる空間内をゆっくり前に進み出る。
知尋の動きに合わせて少女達は道を開けてくれ――あるいは逆に胸を押し付けてきてきつつ、知尋が何をするつもりか見守ってくれる。
深呼吸を一つ。
セキュリティの前に立ち、知愛の右手に触れる。
「………」
抵抗はなかった。
知愛の手が持ち上がってゲートに触れる。
すぐに反応があった。
ピッ、という音と共にゲートが開錠されたのだ。まるで、通電した状態でカードキーを通した時のように。
同時に、知尋の身体を疲れが襲った。
先程の隕石との交信による負担、それから今、知愛が行った開錠の代償が『親』である知尋に請求されたらしい。
……この疲労からすると濫用はできない。
「知尋様、一体何を?」
「ああ、うん。僕じゃなくて、知愛が開けてくれたみたい」
目の前で起きた現象、そして隕石との会話をアバウトに要約して伝えると早稀がぽつりと呟いた。
「何それ、凄い」
全くその通りだと思った。
☆ ☆ ☆
全員が通過するとゲートはひとりでに閉じた。
再びロックがかかり、今度は知尋達の味方――追手を阻む強固な壁となってくれる。先程の知愛は一時的に、必要な場所にだけ電力を供給、かつ電子ロックの構造を解析、開閉したということ。
(えっと……それ、もう人間業じゃないよね)
(まあ、僕達が言えた義理じゃないけど)
『落とし物』の能力は多かれ少なかれそういうものだ。
電子式、非電子式に関わらず『開錠』する能力者などというのも探せば居るだろうから、先の現象も飛びぬけておかしいわけではない。
知愛が今、その場で「状況に適応した能力」を組み上げたようにしか見えないのを除けば、だが。
「とにかく、進もう」
「ええ。後顧の憂いも、先行きの不安も消えましたものね」
再び早稀の能力で透明化。
途中の部屋で日本人研究者達が外国人研究者に拘束されているのを認めつつ、二度目のセキュリティロックに到着。
今度は透明化も解かないまま知愛の手を押し当てると、同じように開いた。
「ここまで来たら」
「後は突入するだけね」
奥にあるのは加賀見達の研究室だけ。
停電後、電力は復旧していないため、奥にいる者は閉じ込められたままだったはず。ここに多くの戦力が割かれているとは考えにくい。
ならば、慎重さよりも勢いを重視。
前衛、フォワードは真里亜と知尋。『治癒』を持つ愛華は知愛を抱いて後方にいてもらい、李狐が最後尾。残りの面々は中衛とする。
『刺激共有』は皆に恩恵が行くように調整。これなら一人に攻撃が集中しても即座に戦闘不能になることはない。まあ、もしもマシンガンなど、どうしようもない暴力に見舞われれば話は別だが。
「中にはナタリーさんと加賀見さんの二人だけです。加賀見さんは縛られて右の壁際に、ナタリーさんはテーブルの向こう側に座っています」
壁抜けで偵察したちさとからの報告。
一同は頷き、早稀とかなめが消えたのを確認してからドアを押し明けた。
眼前に広がったのは報告通りの光景。白衣に身を包んだ女研究者は悠長に足を組み、通信機らしきものをテーブルに置いて座っていた。
察知されていていた様子はない。物音に反応したナタリーは弾かれたように顔を上げた。
「っ!」
すぐさま懐に手を入れる彼女。
――銃を取り出すつもりだ。
もちろん知尋達に相手の対応を待つ気はない。突入の勢いを殺さないままテーブルに足をかけて上がり、目標へと。
「動くな!」
到達より一瞬早く、ナタリーの声が上がった。
知尋と真里亜は反射的に足を止めた。黒く重厚な武器が加賀見を狙っている。
人質だ。余裕を見せていた割に判断が早い。
二人は顔を見合わせて攻撃を断念した。
「……くっ」
真里亜が唇を噛む。
逆にナタリーは笑みを浮かべてみせる。
「あなた達の部屋に向かった者から連絡がないから、抵抗されたのは予想できていたけど。まさか、ここまで辿り着くとは思わなかったわ。どうやってセキュリティを突破したのかしら?」
大方……と、冷徹な視線が知愛に向けられ、
「その子が何かをした、といったところだろうけど」
「そんなこと」
「ない方がおかしいわ。その子は世界で最も純粋な『落とし物』――理論上、最強の能力者であるはずなのだから」
淡々とした口調が逆に恐ろしい。
彼女にとって知愛は『モノ』であり、守ろうとする知尋達も含めて略奪対象、どうなってもいい相手に過ぎないのだ。
ナタリーが静かに命じてくる。
「さあ、両手を上げて頭の上に付けて、壁際に並びなさい」
「……悪くない趣向ですね」
真里亜が場違いな感想を漏らした。
知尋以外を相手に素の性格を出している場合か、と、普段なら突っ込みを入れたくなる場面だが。
視認されていない二人がいる以上、優勢なのは知尋達の方だ。
「はい、アウト」
拳銃を持つ方の手を早稀が。
もう一方の手をかなめが。しがみつくように抑え、女研究者の動きを封じる。
襲撃してきた研究者達にも仕掛けたのと同じ手段。
「――やっぱり、ね」
誤算は、相手に読まれていたこと。
ナタリーは銃を離さなかった。しっかり握ったまま左腕を振り、かなめを振りほどきながら右腕を動かす。
早稀の制御を受けているせいで正確に狙うのは不可能。
曖昧に銃口が向けられた先は、知尋。
ぱん。
乾いた音が室内に響いた。
☆ ☆ ☆
相手の狙いは適切だった。
唯一の男を負傷させることで、調子に乗っている子供達に銃の威力を見せる。恐怖に飲まれれば動きや士気は鈍り、研究所内にいるナタリー派による鎮圧が用意になる。
『インスピレーション』の能力を持つ彼女は直感的な理解や判断に優れているのだろう。
だから、咄嗟の状況でも最適と思われる行動が取れる。
「ぐっ!」
「な……っ!?」
そんなナタリーも、きっとこの展開は予想外だった。
実弾を右肩に受けた真里亜(・・・)が苦痛に呻く。同時にナタリーからも悲鳴が上がった。
銃を持つ手が緩んだ隙に早稀とかなめが女研究者を押し倒す。
銃を奪い、後ろ手に関節を極め、二人分の体重を押し付ける。
「……まさか」
悔しそうな声が聞こえた。
「あのタイミングで、迷わず他人を庇うなんてね」
知尋とナタリーの間に真里亜が割って入ったのは、銃声とほぼ同時だった。
弾を受けた真里亜は負傷。『報復』の能力が発動し、ダメージがカウンターとなってナタリーを襲った。『自己治癒』が可能な真里亜だけはダメージの共有を切っていたため、銃の威力は100パーセント、攻撃者にも返っている。
……おそらくナタリーも予想していなかったわけではない。
研究所へ呼ぶにあたり、知尋達の情報は伝わっていたはず。早稀の透明化と同じように警戒はしていたのだろうが、同時に、何の躊躇もない献身など不可能だと踏んでいたのだ。
「生憎、私は傷つくのに慣れているの」
肩から血を流しながらも微笑んで真里亜が告げた。
話している間も傷口は徐々に塞がっている。弾が体外に押し出される感覚はさすがに不快なようだが、命に別状はない。
最後尾の李狐が息を吐いた。彼女は部屋の入り口を振り返ってドアを閉める。
「……君達は」
加賀見が呆然と呟く。
「なんという危険な真似を。大人しく抵抗していれば無事でいられたものを」
「加賀見さんこそ」
言い返しながら知尋は苦笑した。
「ナタリーさんから誘われませんでしたか? 僕達をさらってアメリカに行かないか、とか」
「………」
老研究者の沈黙が、何よりの肯定だった。
☆ ☆ ☆
危機を脱した知尋達はひとまずナタリーを拘束してしまう。
加賀見の縄を解き、その縄でそのままナタリーを縛った。縛る前のボディチェックも忘れず、ついでに服を脱がせて下着姿で拘束しておく。傷は出血が止まる程度に愛華が治癒。
なお、ボディチェックは華が担当したことを付け加えておく。
「加賀見さん、大丈夫ですか?」
「ああ。しかし彼女の格好は……」
立ち上がった加賀見も大事ないようだった。
彼は身体の各部を確かめながら、ちらりとナタリーを見る。大人の女性らしい肉感的なボディラインが男には少々目の毒だ。
と、華が首を振って答える。
「あの格好なら、もし縄抜けされても心理的に動きにくいからです」
「縛り方が妙に凝っているのもか?」
「女性を拘束するのに、あらゆる意味で適した縛り方ですから仕方ないです」
なかなか見事な亀甲縛りである。
もともと縛り方を知っていたのか、それとも最近習得したのか。
知尋にしても、前に真里亜を縛ってから何度か練習はしているものの、負けてられないかもしれない。
「で、これからどうするつもり?」
縛られたナタリーが知尋を見て尋ねる。
「悪いことは言わないから投降した方がいいわよ」
「はぁ? この状況で何言ってるんですかぁ?」
意地悪く、パンクロリータの少女が笑った。
「あなたは人質なんですよぉ? リーダーがこの状態で、手下が戦い続けられますかぁ?」
研究室にナタリー一人だったのは幸運だ。
VIPルームにやってきた男達の言っていたSランク能力者――彼らがもし、この場にいたなら話は拗れていただろう。
しかし、状況がこうなってしまえば後はこっちのもの。
ナタリーを人質として個々に投降を呼びかければそれでいい。真打の登場前に勝負を決められたのはそれだけ大きい。
ふっ。
四肢を封じられ、武器もない状態で。
反逆者のリーダー――ナタリー・バロウズは余裕だった。
「もし負けて捕まればどうなるかわからない――そんな状況で、リーダー一人がどうにかなったから諦めると思う?」
無事に研究所を占拠できればお咎めなし。
しかし、失敗して人員が捕らえられてしまえば、捕らえられた人員達が「悪事の証拠」になる。
捕まって臭い飯を食わされるか殺されるか、そうなるくらいなら、外国側の者達はナタリーを撃ち殺すことも厭わないと。
「もう聞いているかもしれないけど、とっておきの秘密兵器ももうすぐ到着する。それに、あなた達が味方だと思っている中にもこちらの味方はいる」
「……え?」
思わぬ宣言。
一瞬、硬直した知尋の耳に、聞きなれない電子音が入ってきた。
鳴っているのはテーブルの上、置きっぱなしになった通信機だ。
「噂をすれば、かしら」
「……私が出ます」
四葉が通信機を手に取り、知尋達の傍まで移動してからボタンを押す。
無線機特有のノイズを交え、男の声が聞こえてくる。
『よう、首尾はどうだ?』
ある意味では予想通り。
また、ある意味では最も予想外な声だった。
知尋は、かなめと早稀がさりげなく、ナタリーの傍に移動するのを認めながら震える声で言った。
「深海灰人。あなたが、ナタリーさんの協力者なんですか?」
一瞬の間。
灰人は通信機の向こうで笑みの気配を漂わせながら答えてきた。
『ああ。俺はナタリーと交渉して、協力を約束している。研究所の襲撃もあらかじめ知っていたさ』