昼食のメニューは朝食の残りを使ったサンドイッチになった。
同じ食材でもパンに挟み、辛子マヨネーズなどでアクセントを加えれば気分は変わる。空腹も手伝い、沢山あったサンドイッチはどんどん減っていく。
「昨日と今日って、学校どうだった?」
食事中、李狐は休んでいた間の学園について尋ねてきた。
彼女にとっては大きな出来事があった後だ。気になるのはよくわかる。とはいえ、あの一件は知尋達の間だけで収まったこと。他の生徒達にとってはただの日常だったわけで、あえて話す程の出来事はそう多くない。
「今日、先生から月末の試験について話があったよ」
「ふうん」
「それから昨日、真里亜と神代君が試合をした」
「え」
目だった二点を報告すると、李狐が後者に反応した。
ぴくりと顔を上げ、食事の手を止めると若干、勢い込んで尋ねてくる。
「どっちが勝ったの?」
「神代君よ」
真里亜が短く答えた。試合の勝敗について思うところはないのか、表情は特に動かない。
「……そっか。深海さんでも神代には勝てないんだ」
返答を聞いた李狐がしゅんと肩を落とす。その様子が妙に残念そうに見え、知尋はかすかな違和感を覚えた。
彼女は、神代に負けて欲しかったのだろうか。
「神代君と何かあったの?」
「ううん。別に何も」
首を振られた。
「神代に特別恨みはないけど、強い奴が順当に勝ってもつまらないでしょ。……あと、正直深海さんの方が強いと思ったのもあるかな」
「私は、別に強くはないわ」
真里亜が自嘲気味に呟いた。
彼女の言いたいことはわかる。何故なら、あの時、真里亜が神代に匹敵できたのは報復と自己治癒の力があったからだ。
そしてそれらの能力は彼女の『強さ』ではなく『弱さ』――抑えきれない性欲の具現だ。
だから真里亜は自身の力を誇れない。
しかし、事情を知らない李狐にはただの謙遜に聞こえたのだろう。
納得いかない様子で「そうかな」と首を傾げる。
知尋には李狐の気持ちも理解できたので、彼女に何も言えなかった。
源が何であろうと真里亜は力を持っている。
彼女の力は持たざる者からすれば憧れで、妬みの対象だ。
力は裏切らないで欲しいと思う反面、強者を圧倒し踏みにじりたい気持ちもある。
李狐は、神代個人ではなく「クラストップの存在」を同性の真里亜に倒して欲しかったのか。
「………」
知尋までが押し黙ると全員が口を閉ざす形になる。
話題を逸らそうと思考を巡らせると、知尋はもう一つ、学園で起こった出来事を思い出した。
ある意味クラス内頂上対決に関係する話だが、これは恋バナ。
李狐も興味があるかもしれないと口を開く。
「そういえば今日、神代君が高槻さんに告白したんだよ」
「……は?」
しかし、李狐の反応は「何言ってんだこいつ?」とでも言いたげなものだった。
訝しげな表情を浮かべる彼女に詳しく話して聞かせると、その顔は更に不機嫌になった。
「教室で告るとか、さすが神代って感じ」
呟く声も刺々しい。
髪を染め制服を着崩して奔放に見える彼女だが、神代にはあまり興味がないのか。
けなし気味に言ってサンドイッチを噛む。
思わず顔をひきつらせると、真里亜がちらりとこちらを見た。
仕方ないな、というようなため息と共に彼女は静かに告げた。
「和泉くんが帰ってからは何もなかったわ。周りが騒いでいるうちに二人は支度をして、別々に帰った」
「……そっか」
どうやら、どのみちあの場に残る意味はなかったようだ。
つまり、現状では単に告白が行われただけ。
カップルが成立したわけでもなければ、神代と愛華が急接近したわけでもない。
結局付き合いませんでした、で終わる可能性もなくはない。
「ふうん」
李狐の機嫌も多少直ったのか、生返事をしつつも表情が和らぐ。
知尋はほっと息を吐いた。
……しかし、正直あれは知尋にとっても衝撃だった。
『もし、僕が今度の判定でBランクになれたら、付き合ってくれないかな』
多数の生徒が見ている前での堂々とした宣言。
前例から言って一年生が最初の判定でBランクに上がるのは極稀。まず前提条件の成立自体が困難なのだが、神代の声には勢いでの告白とは思えないほど強い、やり遂げる意志が感じられた。
あの気迫ならもしかしたら、と思わずにはいられない。
そして、愛華も神代の申し出を断らなかった。
『ま、前向きに検討させてください……っ』
女の子がああ言った以上、実質的にはほぼ了承のはず。
……愛華は、神代と付き合ってもいいと思っている。
なら、もし神代がBランクになれなくても、これを期に付き合い始める可能性はある。
あの二人ならお似合いだが、何故だろうか。形容しがたいわだかまりが知尋の胸に浮かんでいた。
実は、似たような気持ちはあの現場でも感じていた。
不服なのか。あの二人の交際が。
「あら、和泉くんもご機嫌斜め?」
知尋の顔を覗き込んだ真里亜に言われてはっとした。
「……顔に出てた?」
「ええ。すごくつまらなそうな顔をしていたわ」
そこまでか。
そもそも、この件で知尋が何かできるわけでもないのに。
神代と愛華が自分達の意志で付き合うのなら仕方がないこと。
嫌だろうと、止めてくれと言う権利はない。
「和泉、高槻さんのこと好きなんだ」
「え」
いきなり李狐に睨まれ言葉に詰まった。
「……そうなのかな」
自覚はなかった。愛華のことは信頼しているが、恋愛感情があるかと言われると自信がない。
小さく呟くと、李狐の視線は更に重くなった。
「趣味悪い」
ぼそっと吐かれた言葉が胸に刺さる。
李狐に言われる筋合いはない気もするが、知尋に処女を奪われた彼女には言う権利くらいある気もする。
と、不意に真里亜が首を傾げて李狐を見た。
「西崎さん。神代くんに思うところはなくても、高槻さんには何かあるのかしら」
「………」
すると、追及された李狐は真里亜から視線を逸らした。
どうやら何か言いにくいことがあるらしい。
彼女は言葉を選びながら、ぽつぽつと言葉を紡いだ。
「なんていうか、あの子は信用できないんだよね」
「裏があるってこと?」
「そこまで言わないけど……なんか、苦労知らずって感じが気に食わない。絶対あたしとは話が合わないだろうな、って」
「……それは言いがかりなんじゃ」
「まあ、和泉に言ってもわかんないかもね」
「そうね」
真里亜まで李狐の意見に賛同してしまった。一体何だと言うのか。
困惑する知尋に、真里亜はくすりと笑って言った。
「つまり、彼女が苦労すれば西崎さんとしては嬉しいわけね。例えば、神代君に心を傾けかけた高槻さんを和泉くんが奪うとか」
「なっ」
突然何を言い出すのか。
抗議の声を上げようとした途端、ずん、と身体が重くなった。
真里亜が視線を合わせてきたせいだ。
身体が欲に支配され、思考までも解かされていく。
「嫌なの? 多分、あなたは高槻さんに惹かれてると思うけど」
「否定は、しないけど」
だからって奪うというのはどういうことか。
李狐にしたように無理矢理レイプでもしろというのか。それから写真で脅して奴隷にして、校内では恋人として振る舞わせる。
そうして、神代の傷ついた姿を嘲笑う。
――どくん、と。
胸に衝動が沸き上がった。想像した愛華の裸身に性欲が掻き立てられる。
理性では簡単に否定できるはずの提案が、今はとてつもなく魅力的に思えた。
「……和泉が、高槻さんを犯すの?」
何も言えなくなった知尋を置いて李狐が呟く。
「ええ、そうよ。あなたがされたみたいに、彼女も奴隷の身分に堕ちるの」
知尋を見つめたまま真里亜が答えると、李狐はにっ、と笑みを浮かべた。
「いいかも」
それは、どこか深い闇のようなものを感じさせる笑顔。
そして同時に、とても美しい笑顔でもあった。
☆ ☆ ☆
愛華を奪う件についてはその後時間をかけて話し合った。
むしろ知尋より少女二人の方が熱心な有様だったが、女の子に対しては同性の方が残酷になれるという奴だろうか。
そして、その方針も当初とは二転三転した。
初めは李狐と同様レイプして弱みを握る話だったのだが、あの愛華がレイプされた程度で心折れるかと誰ともなく疑問が上がった。
「……自分で言うのも絶対おかしいけどさ。あたしがあの時本気で『負けた』って思ったのは相手が和泉だったからなんだよね。和泉が相手じゃなかったら多分、あたしは弱みを握り返してた」
何度も痛めつけてきた相手が豹変し、徹底的に逆襲してきたからこそ心を折った。
ごく普通のクラスメートである愛華と知尋の場合、李狐と同じようにはいかないだろう。
愛華は最初こそ泣くかもしれない。
しかしきっと、あの少女は脅しに屈しない。毅然と警察に行くか、知尋の行動を正そうと諭すくらいはしてくる。
それを辛抱強く調教し服従させる時間も手管も知尋にはない。
「それに、どうせなら神代にも被害がないとつまらなくない? だったら和泉が試合か何かで神代に勝てばいいじゃん」
「成程。それを高槻さんに見せるのね」
公衆の面前で神代を負かし屈辱を植え付け、愛華の心を知尋に向ける。
形だけ見れば正々堂々とした素晴らしい案だった。
そもそも知尋が神代に勝てるわけがない等々、問題が山積みだという点を除けばだが。
「和泉が弱いのは知ってるって。でも、あたしをレイプした時は結構強かったじゃん。一回ぐらいまぐれで勝てるかも」
「そうね。私も可能性はゼロじゃないと思うわ」
……思わず正気を疑うも、口に出すのは我慢した。
知尋だって、もう奪うこと自体には賛成したのだ。自覚してしまった以上はもう目を逸らせない。
愛華への感情が恋なのかはやっぱりよくわからないが。
真っ当に神代と戦うのなら失敗してもリスクはない。
挑戦するだけタダなら、全力で挑戦してみるのも悪くないと思うことにした。
特訓か何か、勝率を上げる手立ても近いうちに練らないといけない。
それから、土曜日の午後はそれぞれ思い思いに過ごした。
李狐は寮に荷物を取りに行き、知尋は疲れを取るために真里亜の部屋で昼寝をする。真里亜は居間や自室を使って勉強や読書をしていたようだ。
李狐の持って来た荷物は大きな鞄二つ分ほどもあった。さすがに女の子だけあって知尋とは私物の量からして違う。彼女の衣服についてはキングベッドの部屋――便宜上寝室と呼ぶが――のクローゼットに収納された。
「そういえば、西崎さん。和泉くんと私に連絡先を教えなさい」
「うわ、命令なんだ。……まあいいけど」
真里亜に続き、李狐の電話番号とアドレスがスマホに登録された。
まさかクラスメートの女子二人分も登録することになるとは。
思いつつ電話帳をめくっていると、真里亜の項目、その続柄の欄が「奴隷」となっていた。おそらく最初に登録した時からこの状態だったのだろう。とりあえずその二文字は直ちに消しておく。
知尋は夕食までの時間を軽い勉強に宛て、その間、少女達は二人で協力して夕食の支度にあたっていた。
「さて、これから夕食を作るんだけど……」
「何、その目。……ああもう、わかった! どうせ手伝えって言うんでしょ?」
李狐も最初こそ喚いていたものの、程なく響いてきた調理の音は危なげなかった。真里亜も刃物を使いながらふざける気はないようで、二人の作業はてきぱきと進んでいく。
やがて室内に漂い始めたのは香辛料のいい香り。
カレーライス。形の残っている具材は牛肉だけのシンプルなもので、他に量が多めの野菜サラダが用意されていた。デザートはカットしたフルーツである。
「明日の朝も食べられるように、と思って。どう?」
「うん、美味しいよ」
お世辞ではなく本当に美味しかった。学食で食べたカレーとは全く別物、味わって食べるためのカレーだった。
食後に一休みし、少女達が後片付けを終えると本格的に夜になる。
「ねえ、和泉くん。私に提案があるんだけれど」
「提案?」
「ええ。三人で一緒にお風呂に入りましょう?」
艶めいた唇を上品に歪めて紡がれたのはそんな言葉だった。
「……ん」
多くを語るまでもなく、それがどういう意味なのかはすぐわかった。真里亜が前にしたいと言っていたことであり、知尋としても願ってもない。
三人目の少女の反応はまた別だったが。
「お、お風呂って。ここの浴室、三人で使ったら狭いでしょ!」
「あら、『使う』って、どういう意味なのか分かって言ってる?」
「そのくらいわかるっての、この変態っ」
言う通り、真里亜の言う「お風呂」がただの入浴で終わらないことはわかっているのだろう。李狐は顔を真っ赤にしながら反対の意を表した。
ちらちらと、知尋と真里亜の様子を窺いながら、
「……あたしは昼間シャワー浴びたし、別に入らなくても」
ここは押すところか、と感じた知尋は彼女の言葉に頷いてみせる。
「わかった。……じゃあ、真里亜。二人で入ろうか」
「ええ、ご主人様。お湯の準備ができるまでの間、まずはたっぷりとご奉仕させていただきますね」
二人で連れ立って浴室へ向かう。
数歩、足を進めたところで振り返ると、寂しそうな表情をした李狐が知尋達を見つめていた。
そこへ、真里亜が優しい声で言った。
「どうする、西崎さん?」
「……わかったわよ! 入ればいいんでしょ!」
半ばヤケになった様子で李狐が叫んだ。
そうと決まれば話は早い。
真里亜が嬉しそうに微笑んで浴室へ向かい、まずは浴槽へ湯を溜め始める。それを待ってから、知尋は顔を真っ赤にした李狐と一緒に洗面所(兼脱衣所)へ移動した。
いちど浴室を出た真里亜も含め三人で寄り添うと、少女達の髪や身体の匂いが直に伝わってきた。
どきどきしつつ、知尋は自身の服に手をかける。
「待って、和泉くん。私達にやらせて」
「え」
ここで他人に服を脱がされるのか。
しかも「達」ということは李狐も含めているわけで。
そっと様子を窺えば、彼女は真里亜の発言に驚いている様子だった。この調子では難しいのではないか。
と思いきや。
「さあ、西崎さん。そっちからお願い」
「……わかった」
真里亜が左側から知尋の服に手をかけると、李狐は素直に知尋の右側に立った。
「李狐、いいの?」
「いいも何も、あたしは和泉の奴隷なんでしょ」
ぶっきらぼうな返事。
……なるほど。普段は気の強い振る舞いを見せていても、本心から知尋達に反抗するつもりはないらしい。彼女は彼女なりに最低限、自身の立場を受け入れている。
ならば、変に遠慮しすぎる必要もない。
知尋は、真里亜と李狐が手ずから服を脱がせてくれるのに任せた。上着、ズボン、シャツに下着、靴下……李狐の手つきがたどたどしかったため時間はかかったが、彼女達の指が時折肌に触れるとその度に心地のいい快感が流れる。
脱いだ服は、真里亜が丁寧に洗濯籠へと収めた。
「では、私たちも」
「ん……」
二人は知尋を同じ空間に置いたまま、自分達の服へと手をかける。
しゅる。
先に衣擦れの音を響かせたのは真里亜。知尋を焦らすように多少の間を置きつつも、淀みない手つきで肌を晒していく。
一方、李狐は戸惑いを多分に含むゆっくりした動作で脱いでいく。それでも真里亜への対抗意識からか、手を止めることだけはなかった。
簡単に肌が触れ合うような距離で、二人はやがて全裸になった。
こうしてじっくり見比べる機会は初めてか。
男を悦ばせるためにあるような真里亜の身体と、少女から女になろうとしている李狐の身体。両者に優劣はつけがたい。
「あんまり見ないで欲しいんだけど」
胸を隠して身をよじる李狐。彼女へ向け、知尋は二人の裸身に感じた気持ちを素直に表現しておくことにした。
「綺麗だよ、二人とも」
「……っ」
ぱっと李狐が顔を背ける。
「すぐそういうこと……馬鹿」
「さあ、それじゃあ早く入りましょう。初夏とはいえ、ただ裸でいたら風邪を引きかねないわ」
「って、聞きなさいよ!」
もちろん真里亜は李狐の抗議を無視した。