大テーブル等、邪魔になる調度品は部屋の奥に移動。
楓主導、李狐達の協力のもと行われたそれは、戦闘スペースを少しでも確保するためであり、同時に壁の奥へ移動しづらくする悪あがきでもあった。
……そんな模様替えの間、知尋はずっと動けずにいた。
「和泉君」
楓がここを訪れてからほんの数分。
あらかたの準備が終わった後、真里亜がそっと呼びかけてくる。
どうするのか、と。
暗に尋ねられているのがすぐにわかった。
愛華と知愛、加賀見以外――残った少女達はどうするかと言えば、殆どの者が壁の向こうへの避難を決めていた。
壁の向こうからでも『幻影』を操れる李狐、直接戦闘能力の高くない華と四葉、楓に義理立てする理由のないかなめと早稀もそうだ。拘束されたままのナタリーも一緒に壁の向こうへ引きずられている。
残ったのは知尋と真里亜、二人だけ。
……そういう真里亜はどうするのか。
尋ねかけてやめる。
聞くまでもない。彼女がどうするか、どころか、どう答えるかまでなんとなく想像がついたからだ。
『私はこちら側に残ります。私の『報復』は攻撃系の能力者に有効ですし、私が存在するだけで抑止力になるはずです』
そんな風に言って、知尋達を守ろうとするに決まっている。
なら、知尋は。
「――僕も残る」
血を吐くような思いで楓と真里亜、そして皆に告げた。
「知尋君!?」
「……パパ?」
「あんた、正気?」
愛華が、知愛が、李狐が。
他の面々までもが即座に声を上げた。
そして、楓もまた眉を顰めて知尋に告げる。
「意地を張る意味はない。この場合、真実『逃げるが勝ち』なのだ。大人しく向こうに居ればいい」
おそらく、楓の言っていることは正論だ。
従ってしまえばいい。
そうしたところで誰も知尋を責めないだろう。
「……駄目だ」
それでも知尋は首を振った。
本当は逃げたい。
隠れて震えて、ギリギリの瞬間まで助けよ来いと祈っていたい。
四校対抗戦――競技的な催しでさえ全く歯が立たなかったSランク能力者。それと、本当の、命をかけた戦いなど絶対にやりたくない。
「姉さんと真里亜が一緒なら、僕も逃げる。でも、どっちかが戦うなら僕も戦う」
「馬鹿か、お前は」
「……うん。馬鹿だと思う」
大馬鹿だ。
思えば先日も、命を賭けて隕石との対話に挑んだばかり。
死にたがり。
もしかしたら、そんな救いようのない性質さえ備えているかもしれない。
「でも、駄目なんだ。良く知らない人が死ぬのなら我慢できる。でも、よく知っている人が死ぬのは我慢できない。帰るなら皆で帰ろう。姉さんも含めて」
それに、と続ける。
なけなしの理論武装で説得するために。
「よほどのことがない限り、敵は子供を殺さないはずなんだ。僕と愛華は特に。なら、僕がいることも抑止力になる。少しくらい攻撃されたって死ぬ気はないし、僕にも攻撃する方法はある」
例えば『願望暴露』。
男に向けて使うのは正直嫌だが背に腹は代えられない。一分一秒を稼ぐ前提、チームプレイを前提とすればこの能力は貴重だ。
加えて、ちさととの共闘。
いきなり分身する例の技は初見なら十分に通用するはず。
きっと視線を送ると――例によって目を合わせることはできなかったが――楓は、はあ、と深いため息を吐いた。
「……馬鹿だな、お前は」
諦めを含む声。
「わかった。好きにしろ」
「じゃあ……」
「ただし、知尋と深海の二名。これが限界だ。他の者が参加するつもりなら気絶させてでも壁の中に放り込む」
知尋が残るなら自分も残る。
次々に少女達が続こうとしたのを先んじて楓が制した。
何も言えなくなった少女達をよそにPCが操作される。
愛華が、李狐が、華が、四葉が知尋を見た。
「死なないで。生きててくれれば私が治すから」
「もちろん。死ぬつもりなんかないよ。まだまだやりたいことがたくさんあるんだ」
「……お雑煮。お餅はいくつ入れる?」
「ん……三つかな。焼き餅も食べたいし」
「ご武運を」
「あはは、大丈夫。運のいい人が傍に居てくれてるから」
それぞれと言葉を交わし――四葉からは『幸運』を受け取った後、頭に声が響いた。
(兄さん。兄さんが死ぬと私も巻き添えなのも忘れないでね)
(うん。だから絶対に生き残ろう。協力してくれるかな)
(もちろん。私はまだ兄さんに抱いてもらってもいないんだから)
透明な壁が閉じた。
敵が研究室にやってきたのは、それから一分後のことだった。
☆ ☆ ☆
研究室のドアが壊れそうな勢いで開かれ、男が入ってくる。
年齢は三十代後半。
黒い肌をした、身長百八十センチ以上の大男だ。スキンヘッドに鋭い目つき、十分に鍛えられた身体はそれだけで「危険」だというイメージを与えてくる。服はいかにもな迷彩で長袖の上下。
前情報からすると、彼が電気使い。
能力名はおそらく『ライジン』か。
「一人か」
楓が英語で尋ねると、英語で返事が返ってくる。
通訳を受けている場合でもないので、知尋にはニュアンス程度しか理解できないが――。
「ああ。もう一人は置いてきた。もしもの時の備えと、帰る時楽なようにな」
肩を竦めた大男が逆に尋ねてくる。
「女一人に子供二人か。まさか、そんな面子でヤる気か?」
「無論だ。ただで殺されてやるつもりはない」
「……へえ。俺をSランクの『ライジン』だって知ってて言ってるのかよ」
にぃ、っと凶暴な笑み。
どうやら見た目通り、好戦的な性格らしい。
同時にある種の陽気さというか、会話に付き合ってくれる軽薄な部分も持ち合わせている、といったところか。
おそらくは余裕の表れでもあるのだろうが。
「知っているが。……ちなみに、コードネームの由来は日本語か」
「ああ。格好いいだろ。うちの国のSランクはインパクト重視なんだ」
それで、もう一人もギリシャ神話由来なのか。
だとすると、彼に日本人への手心を期待するのは無理そうだ。楓も似たようなことを思ったのか、ふっと息を吐いて首を振った。
「……まあいい。なら、さっさと始めようか」
彼女の眼光が鋭いものに変わる。
戦闘モード――それも、本気の姉は初めて見る。味方のはずの知尋まで妙なプレッシャーに震えそうになる。
大男は。
笑みを浮かべたまま立っている。その表情に怯えの色は見られない。
……知尋は真里亜とアイコンタクト。
最初は楓に任せる。
二人は邪魔にならないよう部屋の隅に寄った。知尋と真里亜がそれぞれ反対の壁につく形。
壁の外に「子供」がいる時点で、広範囲の電撃は封じたはず。
狭い閉鎖空間内。
個人戦闘能力では突出している楓なら、あるいはSランクに匹敵できるか。
「……ふっ」
「っ、と!」
仕掛けたのは楓だった。
たんっ、と鋭い踏み込みの直後、一気に距離を詰めた彼女は右足で蹴りを繰り出した。大男は左腕を動かしてそれをガード。跳ねのけるような形でいなした。巨体に似合わぬ反射神経。
ばちっ!
二人の交錯した箇所で何かが弾けるような音がした。
「へえ」
簡単の呟きを漏らす『ライジン』。
彼は無造作に右腕を振るった。リーチを生かした大振りの一撃。
ばちっ!
「……くっ」
大男に対する楓の選択もパリィ。
交差した両手で攻撃を逸らそうとするも、接触の瞬間に再び例の音。楓がかすかに顔を歪めて舌打ちする。
「面倒だな」
と、『ライジン』の方も唸ってみせる。
「そりゃ、こっちの台詞だぜ。俺は長旅で疲れてるってのに、お前、俺の能力を逃がしてやがるな?」
「お互い様だろう」
楓は『ベクトル操作』により、持てる身体能力を最大限に発揮できる。
男女の差、体格の差がある『ライジン』にも十分なダメージを与えうるが――どうやら大男は自らの身体、体表面を帯電させているらしい。
接触と同時、相手の身体に電気が流れ込む仕掛け。
電気の『流れ』を逸らすことで楓は事なきを得ているものの、もし能力の操作を誤れば、電流はすぐさま身体を襲うだろう。
肉弾戦はどうしても躊躇せざるを得ない。構わず攻めるにせよ、電流への防護に能力を回す分、気勢はどうしても削がれてしまう。
――武器がいる。それもできれば飛び道具が。
「姉さん!」
知尋は、念のため手にしていた『もの』を姉に投擲した。ナタリーが所持していた拳銃。一発は発射されているものの、まだ弾は残っている。
受け渡しは成功。
さすが現職の警察官か――楓はすぐさま発射の準備を終えると、片手で立て続けに弾を発射した。大きな音に思わず顔をしかめる間に、銃弾はもう『ライジン』の元へ到達しようとしている。
しかし。
数発の弾は、いずれも大男の身体に到達する前に勢いを喪失。小さな音を立てて床に転がった。
「はっ」
嘲笑か、単なる掛け声か。
大男の声と同時に、楓が銃を手放す。直後、大きめの音が室内に響き、表面を焦がした拳銃が床に落ちた。
はあ。
楓が息を吐く。
「銃弾に磁力を与えて反発でもさせたか。化け物め」
「おいおい。それこそお互い様だろ? というか、サイキックってことで片付かないお前の能力の方が俺には怖いっての」
これは、駄目だ。
二人を放っておいたら楓が負ける。
真里亜がちらりと知尋を見た。参戦の合図だ。
返事を待たず、黒髪の少女は足を踏み出す。
「はぁっ!」
気合は十分。
少女の鋭い蹴りが横合いから『ライジン』を襲う。
これに対し、大男は何の防御行動もとらなかった。ただ、靴が迷彩服の表面に届こうとした瞬間に、ばちっと音がした。
「ぐ……あああっ!」
「な……にっ!?」
少女の悲鳴に、疑問の声が重なる。
真里亜の攻撃はほぼ不発に終わった。インパクト直前に攻撃を受けたことで力が抜け、体勢も崩れてしまったためだ。靴は『ライジン』の服を軽く叩いたもののそれだけ。
代わりに、本命の『報復』は見事に機能した。
どうやら電圧はしばらく痺れる程度に調整されていたらしい。真里亜は膝をついただけで無事。つまり大男へのダメージもノックアウトには程遠いが、
しかし、生じた隙を逃す楓ではない。
「ふっ!」
「がっ!?」
渾身の回し蹴りが『ライジン』の足を打った。
電撃による自動防御は『ベクトル操作』が防ぎきる。
ぎりっ。
大男が声を荒げた。
「調子に……乗ってんじゃねえぞ!」
ばちばちばちばちっ!
研究室全体に電撃音。知尋の身体にも軽い痺れが走る。『刺激共有』と『苦痛軽減』の合わせ技によりほぼ無害。裏返せば、他の三人には有効な一撃。
びくんと跳ねる真里亜。
攻撃した当人もまた『報復』による痺れに襲われるも、彼は勢い任せに蹴りを放つ。能力で雷を殺していた楓がそれを食らった。床を擦るように吹き飛ぶ。
「おいおい、雑魚ばっかりだと思ってたらヘビーなボスがいたじゃねえか」
悪態をつきつつ、大男は黒髪の少女に手をかけた。両手で軽く持ち上げるようにすると放り投げ、壁に叩きつける。
「ぐっ……ったく、なんだよこの能力」
真里亜はまだ意識を保っている。
電撃の体内ダメージは治しにくいのか殆ど動けない様子ではあるものの、瞳はしっかりと敵を捉えたまま。彼女の場合、生きてさえいれば少しずつ回復に向かってくれるだろう。
楓も健在だ。足をふらつかせつつも立ち上がり、構えを取る。
(兄さん!)
(うん)
割って入るなら今しかない。
強く床を蹴って接近。敵がこちらを振り返った。身構え、タイミングを合わせようとしてくる。そのまま行けば迎撃されるだけだ。
だから、ちさとが分身のように現れ先行する。反射的に拳を繰り出した『ライジン』は、攻撃がすり抜けたのを見て声を上げる。
「何……?」
一呼吸の間。
いったん立ち止まり体勢を整えた知尋は再び床を蹴った。
身体全体でぶつかっていくように、フルパワー以上の力を籠めた右ストレートを相手の腹に叩き込む。電撃による自動防御は無視。どうせ知尋には致命傷を与えられないし、慣性による動きは止まらない。
入った。衝撃が腹に伝わるのを確認。
しかし、手ごたえが固い。
頭上から低い声がした。
「……思ったよりは重いな。だけどよ、これは子供の喧嘩じゃないんだぜ!」
あの神代にすら通用した攻撃が。
おそらく、攻撃が来る場所を察知して腹に力を籠めたのだ。それでダメージを軽減、更に自動防御も全くの無駄ではなかっただろうから、複数の要因で耐えきられたと考えれば不思議ではない。
不思議ではないが、戦慄する。
殺し合い。Sランク能力者との本気の戦い。
――これで、相手は万全じゃない。移動による疲労等を加えた上での実力。
反撃の拳を知尋は両腕で受けた。
重い。日本人とは基礎の身体能力が全く違う。伝わってくる衝撃、痛みは神代のそれとほぼ同じ。攻防一体の電撃が、知尋の『刺激増幅』と似たような効力を齎しているのか。
ならば。
知尋は視線を上げる。
大男、『ライジン』を睨みつけると『読心』の追加能力――『願望暴露』を起動させた。