※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第百八十八話 研究所への襲撃 7

 なんだか美味しいところを持っていかれたような気がするが。

 ともあれ、目前の危機は去った。

 

 知尋は、服をきゅっと掴んでくる愛華と知愛の頭をそっと撫でてから、三人で入り口に向けて歩み寄った。

 

「ありがとうございます、燕条さん。助かりました」

「――いえ、遅くなってしまってすみません。本当はもう少し早く来るつもりだったんですけど……連絡や、援軍を集めるのに手間取ってしまって」

 

 研究室内の惨状を見渡した観月が、しゅん、と肩を落とす。手早く着替えたためか、ジーンズにトレーナーにコートを羽織ったラフな格好だ。髪が微妙に乱れていることからも急いでいたことが窺える。

 バスケットボールが次々『門』に収納されていく中、知尋はひとまずしゃがみこむ。

 倒れている『ライジン』を指でつんつん突いてみると、電撃による自動防御は発動しなかった。どうやら完全に気絶しているようだ。

 

「この人、縛っちゃいますね」

「手伝おう、和泉君」

 

 加賀見と二人、大柄な黒人男を縛り上げた。

 縄はナタリーが用意したものが部屋に残されていた。いざとなればこれで知尋達を拘束するつもりだったのだろう。結構な量があったため、両手両足をしっかり拘束したうえに縄で口も封じる。

 とどめに観月が日本へ送って終了。送った先は警察の特殊部隊なので、電撃の通じない金属製の手錠などをあらためてかけてくれるはずだ。

 

「じゃあ、私は皆を治すね」

「高槻さんは休んでてください。私がやります」

 

 愛華から『治癒』を『略奪』した華が順に処置を施していく。

 まずはダメージが大きい楓から。彼女がなんとか動けるようになったら、四葉と早稀、かなめを治す。本当は真里亜を治したい様子の華だったが、彼女はもう十分に自前で治っていた。

 

「――燕条さん。それで、援軍には誰が?」

「あなたの所属する二班の方々です。今、研究所内を順に回って皆さんを解放しているはずです」

「……そうですか。なら、研究所内は心配いりませんね」

 

 数名の『落とし物』が既に行動中らしい。

 楓が日本側を助け米国側を拘束、『ライジン』が逆を行って、今再び日本の特殊部隊が人質を解放中。どちらの人間にしてもたまったものではないが、これでひとまず落ち着くはず。

 

「後は、外にいる『ゴヴニュ』とやらだけだ」

 

 そう。

 Sランク能力者はまだ一人残っている。

 ステルス戦闘機を操ってここまでやってきた『兵器使い』。戦闘能力は未知数だが、能力から推察される攻撃性は『ライジン』以上。

 楓から状況、および敵に関する情報を聞いた観月は頷く。

 

「私達は施設の外には出ていません。まだ彼、もしくは彼女は外で待機しているはずですね」

「ええ。おそらくそいつが最終手段。ですが、既に戦況は決しています」

 

 ボロボロになった服を特に気にする様子もなく、楓がナタリーを振り返る。

 はあ。

 下着姿に亀甲縛りの女研究は溜め息と共に答えた。

 

「わかっているわ。私は抵抗しない。というか、抵抗のしようがない。さっさとどこへでも連れて行きなさい」

「ああ。なら、そうしよう」

 

 観月が『門』を開いてナタリーを送る。行き先は『ライジン』と同じだ。

 続けて彼女が振り返ったのは知尋達と加賀見だ。

 

「あなた達も安全な場所――病院に送ります。そこで一度、治療と検査を受けてください」

 

 何しろ電撃を食らった後だ。

 肉体の損傷は『治癒』で治せても、神経系の異常までどうにかなるかはわからない。調べてもらうついでに、ちゃんとしたベッドで休めるなら越したことはない。

 

「特に知愛ちゃんは絶対、今のうちに」

「そう、ですね」

 

 各勢力が争う理由は知愛の奪い合いだ。

 当の知愛がこの島から離れてしまえば争う理由自体がなくなる。ひとまずの平穏が訪れた今がチャンス。

 ……でも、戦っている人を残して。

 という気持ちが湧きあがるのを知尋は堪えた。さすがにそれは我が儘、というかお門違いだ。

 と、楓から肩をぽんと叩かれた。

 

「お前達はよくやった。協力が無ければ私は死んでいたかもしれない」

「姉さん」

 

 ふっと笑った楓が穏やかに告げる。

 

「後始末は大人の仕事だ。子供は大人しく休んでいろ」

「……うん」

 

 加賀見も含めた全員で並んだ。

 観月の『開門』が発動し、一瞬、意識がふっと暗くなる。

 そうして身体が島を離れる直前、拡声器か何かを使ったと思われる大声が聞こえた。

 

『研究所内にいる全員に告ぐ。直ちに『隕石』と共に出てこい。出てこないならば研究所ごと全て吹き飛ばす』

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 転移先は観月の言った通り病院だった。

 広い病室内にベッドが六つ。応接用のソファやテレビ等が置かれているところを見ると、本来はVIP用の個室なのだろうか。

 中央の床に降り立った知尋達は一人の女性に出迎えられる。

 

「お帰りなさい」

「……えっと、あなたは?」

 

 見覚えのない顔だった。

 服装もレディースのスーツ。およそ医師や看護師には見えない。ならば何故今、この場にいて知尋達の帰りを待っていたのか。

 疑問は、女性が発した声で氷解した。

 

「私達は、和泉楓さんの仲間です。班は別ですけどね」

 

 差し出された名刺には警察特別チームの名称。合わせて手帳も見せてくれた。

 

「私達三班は現在、二班のバックアップを実施中です。一応、私は警護役という名目ですね。むしろ荒事が苦手だからここに回されたんですが」

 

 ここは政府の息がかかった病院。

 この部屋も一般病棟からは離れているし、関係者以外は途中で止められる。

 安心して休んでいい、と微笑まれた。

 

「じゃあ、治療はこの部屋で」

「はい。後程先生を呼びます。でもその前に、心残りはありませんか?」

「え?」

「島の様子、気になっているでしょう?」

 

 彼女は部屋に置かれたテレビに歩み寄ると電源を入れる。

 据え付けのレコーダーも含めて何やら操作した後、裏に回りそっとテレビに触れた。

 

「あっ」

 

 誰かが声を上げた。

 ライン入力――黒い画面に何かが映る。女性の視界ぐらいの高さ。映っている場所は島の外だ。研究所外壁の照明のお蔭か、それとも夜間用のカメラでも使っているのか、情景は意外なほどクリアだ。

 

「私の能力は遠くの映像を映すこと。そのためには撮影役が必要で、専用の受像機を渡す必要があるのですが」

 

 島へ行った援軍のうち、戦闘能力が低めな者にあらかじめ渡しておいたらしい。

 こうしてテレビに映した情景をレコーダーに録画しておいて後々「証拠」として利用する。彼女はこの能力を使い諜報を担当しているのだとか。

 ありがとうございます、とお礼を言ってから画面へ視線を戻した。

 

「燕条さん……」

 

 カメラは陸地側から海側に向いている。

 観月は、浜辺の入り口あたりには一人で立っていた。

 いつの間に移動したのか――いや。『開門』で日本に戻るには五分程度のラグがあるらしいから、単に歩いてきただけなのだろう。

 驚いたのは立っているのが観月だけだということ。

 日本から来た援軍が一緒にいない理由は、相手にあった。

 

 海上。

 一キロメートルほどの位置に大きなモノが浮いている。

 船だ。

 金属で出来た鋼の兵器。さすがにディティール程度しかわからないものの、全長はおそらく数百メートル。見るからに頑丈な装甲を持ち、太い砲門を複数帯びたそれが横腹をこちらに向けている。

 戦艦、という言葉が浮かぶ。

 軍事知識に乏しい知尋にとって、戦う船は全部「戦艦」なのだが、あの船については実際の分類上も「戦艦」で正しい。

 

「懐かしい船だ……旧日本海軍のシンボルだな。向こうのSランクは随分と趣味が偏っている」

 

 加賀見が目を細めて呟いた。

 更に、あれが何という船で、と解説してくれるのを頭の片隅に留めつつ、思う。

 

 ……わざわざ日本の船を選んだ理由。それは「格好良いから」でないなら示威行動、自国がかつて保有していた船を再現して能力を固持する狙いだろう。

 

 自由に設計できるなら、内部構造まで似せているとは限らない。

 それに、あの長い主砲で狙われたら多分、研究所などひとたまりもない。

 

「せ、戦艦って……そんなのアリなわけ?」

「……あるのだから、あるのでしょうね」

 

 李狐の呟きに、真里亜が引きつった顔で答えた。

 と。

 

『投降する気はないと認識した』

 

 戦艦から声。直後、主砲が火を吹いた。

 起こった現象は、規模と距離の違いこそあれ、イメージとしては拳銃のそれと大差ない。発射された後からでは回避は不可能。人の身でなすすべはない。

 来た、と思った時には当たっている。

 

 ドン!

 

 砲弾が海に落ちた。水柱が立ち、波が揺れた。

 

「外しましたか」

 

 観月の呟き。

 外したのは敵『ゴヴニュ』ではない。観月だ。彼女は主砲の弾を『開門』の能力で飲みこみ反転、逆に敵戦艦を狙った。

 敵の砲撃がもともと直線ルートではなかったか、反転する際の調整ミスか、直撃はしなかったが。

 

「相手はどう来るか。順当なのは……」

 

 主砲よりも小さな副砲が発射された。

 光ったのは三門。処理能力を計るためであろう攻撃の結果は同じだった。

 海面に水しぶきが三つ、ほぼ同時に上がる。その後、戦艦はしばしの沈黙を見せる。長考だ。どう対処するか検討している。

 

「向こうはあのサイズを一人で操っているのだ。火器管制も一苦労なのかもしれない。下手に電子制御にすればハッキングや電撃に弱くなるだろうし」

「なら、最初から砲門だけを作ればいいでしょうに」

 

 四葉が顔をしかめる。加賀見は肩を竦めた。

 

「相手は、それでも見た目のインパクトや堅牢性を取ったのだろうな」

 

 沈黙の後、戦艦側が選んだのは戦闘の継続だった。

 副砲、主砲を織り交ぜた砲撃が立て続けに行われる。それらは全て『開門』の効果により反転して海面に直撃した。

 何十度目かの水柱を最後に再びの沈黙。

 息切れを待つことも、ミスを誘うことも不可能だと判断したのだ。おそらく、観月は発砲の都度『門』を開くのではなく、両者の間にあらかじめ『門』を展開している。

 そこを過ぎる物があれば自動で反転するように。

 

 ――相性の問題だ。

 

 観月を相手にする場合、戦艦を操る『ゴヴニュ』は大きく不利。

 砲撃は全て防がれ、それどころか反転した砲弾で戦艦が傷つけられる恐れもある。また、その気になれば甲板に人員を送り込むことも可能なはず。現状で観月がそれをしていないのは、『ゴヴニュ』が能力を解除した場合、あの戦艦が消失する可能性があるからだろう。

 研究所の殲滅、という観点では決して間違った選択ではなかっただろうが。

 結果から見た場合、普通に戦車や戦闘機、あるいは重火器を出した方がマシだった。とはいえ今からそうしたとして間に合うか。日本側が戦力を残していることを鑑み、深追いするメリットがあるかを考慮すべきで。

 

 やがて、戦艦がゆっくりと回頭を始めた。島側ではなく沖合いに向けて、だ。

 撤退していくのだ。

 ほう、と、皆が合わせて息を吐いた。そこへ早稀がぽつりと。

 

「後は時間との勝負だね」

「というと?」

「あんな太いのなら遠くまで届くでしょ。というか、本当なら見えるような位置から撃つ意味がない」

 

 今回は『ライジン』を下ろす必要があり、その後も米国勢を受け入れる準備のために島に居ただけ。もしも最初から島を問答無用で攻撃できていたのなら、遠間から主砲を連発していれば良かった。

 そして、今からでもそうすることは可能。

 

「ま、あらかたの片づけはもう済んでるだろうから、撤退は間に合うはずだがな」

 

 あっけらかんと言われた通り、十分もせずに観月は病室に現れた。

 

「終わった、んですよね?」

「はい、終わりました」

 

 彼女は知尋達に向け、にっこりと微笑んでみせる。

 

「研究員もスタッフも、怪我をしている人はいますけど、今のところ死者はいません。連れて行って働かせるつもりで生かしておいてくれたんだと思います」

 

 ついでに米国側の人員も捕縛して連れてきている。ナタリーと『ライジン』も含め、彼らからの証言も大きな力となるだろう。

 

「皆さん、危険な目に遭わせてしまってごめんなさい。それから、ありがとう。生きて帰ってきてくれて。皆を助けてくれて」

 

 こうして、南の島への旅行は終わりを迎えた。

 時計を見れば、時刻は午前零時四十二分。ナタリーが言っていたほどスムーズにはいかず、気づけば新年を迎えていたが。

 どうにかこうにか、雑煮と焼き餅にありつくことはできそうだった。

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