結論から言うと、お餅は無事に食べられた。
食べられたものの、その代わり、一月一日のスケジュールは必然的にひどく慌ただしいものになった。
観月達も帰還し、ようやくほっとした知尋達。
まずは政府の息がかかった病院で検査や休養、着替えを行った。
幸い、知尋達に疲れと負傷以上の問題は見つからなかった。『落とし物』の医師による治療を受けたお蔭で傷の方も問題なし。ただし楓はかなり強力な電撃を受けていたので、念のため数日様子を見るらしい。
また、ちょうどいいので知愛の身体検査も行われた。ここで困ったのは、知愛が知尋もしくは愛華から離れたがらなかったことだ。そのため先に知尋と愛華が検査を受け、終わってから知愛の検査に付き添い。
こちらも健康そのもの。わかる範囲で健康上の問題は見つからなかった。
その後、何時間か仮眠を取れば時刻はお昼近かった。
なお、灰人は別の場所で軟禁中とのこと。敵対したわけではないとはいえ、少々自分勝手すぎる行動があった。落ち着くまでは行動を大きく制限されるものと思われる。
「詳しい検査結果は後日お送りします。それから、その子の検査に関しては追ってより詳しく行うことになると思います」
「わかりました」
知愛はとりあえず連れ帰っていいと言われた。
これは、偉い人達が「これからどうするのか」決めるまでの暫定措置だ。
あの島、あの研究がどういう役所を通していたのか不明だが、いずれにしても偉い人達のやること。新年早々という時期も手伝って、とても一日二日では方針が定まらないらしい。
どうするか決まるまでは、むしろ手元にいられても困ってしまうということで「特別に」当分の間は自由がもらえたのだ。
(要するに押し付けられただけだけど)
(私達としては願ってもないよね)
研究所から回収された荷物を受け取り。
出発した公園まで観月に送ってもらう。
なお、しばらくはマンション付近に護衛が張り込むらしい。外部の悪だくみを防ぐ、という名目の監視だと頭の片隅で理解しつつ、各々、疲れが勝ってそのまま皆で部屋に突入した。
ついでとばかりに早稀達も一緒に、だ。
「え、ボク達も参加していいの?」
「うん、もちろんいいよ」
「どうせ二人とも、部屋に帰ったって何もないでしょ?」
帰ると、部屋で鈴と七瀬が酒盛りをしていた。
テーブルの上にはビールの空き缶が散乱。おまけにどこかのメーカー製らしいお節の箱があった。中身はまだたっぷり残っている。
ただし、まあ。荒れているのはそこだけで、他は幸い綺麗だった。
出発前に聞いた通り、鈴は基本上で生活していたのだろう。お蔭で、逆にテーブルの荒れ具合が目立って変な感じである。
「あ、皆お帰りー」
「みんなが帰ってくるっていうから待ってたんだよ? 待ってたんだけど」
七瀬と二人、お酒とお節を前にお預け状態。
また、知尋達もなかなか帰ってこないものだから我慢できなくなったらしい。
……相変わらずの駄目な大人達に愛華が苦笑。李狐は眉を吊り上げかけ、ぎりぎりで堪えて代わりにため息。早稀が「うちにもこういう人いるよ」と笑いだし、知愛は知尋の服を掴んだまま首を傾げた。
そんな、何でもないやりとりが、なんだか妙にほっとした。
万里歌にも連絡を取ってみたところ、彼女はあいにく実家に帰っていた。
寮にいるなら飛んでいったのに、と悔しがるのがなんだか可愛くてふっと笑ってしまい、それを謎の感覚で察知されて怒られた。
帰ったらすぐ会いに来てくれるらしい。
綾瀬を引き合いに出したところ、優先順位に悩みだしたのも微笑ましかった。
四葉は実家に連絡を取るか迷っていた。
あれだけのことがあったのだ。無事を知らせてもいいのかもしれないが、そもそも、知尋達が危機に陥っていた事実が保護者には伝わっていない。観月にそこまでの余裕はなかったし、お偉方はそこまで気を回さない。
結局、彼女は連絡をしなかった。
日本へ帰ってくるドタバタで入国手続きも有耶無耶になっているので、今日のところはこのまま「海外にいる」ことにしておくらしい。
「……ふう。やっぱこの格好の方が落ち着く」
荷物を置いた李狐はすぐさまメイド服にチェンジ。
シャワーは病院で着替えついでに軽く浴びていたので、他の面々も部屋着に着替える程度。むしろ荷物の片づけや料理を先に始め、お蔭で一時間後――午後二時前にはテーブルを囲むことができた。
知愛は知尋の膝の上。
かなめに早稀まで加えた結果、物の少ないリビングが狭く感じる有様に。
それでもまあ、皆で集まれたので問題はない。
七瀬が買ってきたらしい先程のお節に加え、テーブルにはお雑煮と焼き餅。それからおかずとして、大皿に盛られた鳥の唐揚げが乗った。
「――では、知尋様」
真里亜が知尋を見つめ、同じく四葉が促してくる。
「新年ですから、しっかり締めていただけると」
「う、うん」
おずおずと頷く。
やらないのも味気ないが、あらためて言われると気恥ずかしいと思った。
……皆も似たような気持ちなのか、くすぐったそうな表情や、微妙な笑みを浮かべる。そうして皆、知尋の合図を待っていた。
と、知愛が「パパ?」と見上げてきた。
華が優しい笑みで小さな少女に話しかける。
「これから新年の挨拶をするんですよ」
「?」
知尋は、首を傾げる『娘』に笑いかけると、ゆっくり口を開いた。
紡ぐ声に皆が続く。
「じゃあ、皆。あけまして――」
「おめでとうございます!」
賑やかな声が居間に木霊し、一斉にお辞儀。
知愛が少しだけ遅れて、見様見真似で頭を下げた。
☆ ☆ ☆
「知愛。こうやって、少しずつ食べてみて」
切り餅の端を齧って引っ張る。
白い糸を引いて餅が伸びる様を、知愛は物珍しそうに見つめた。
そこへ愛華が、適度に醤油を垂らした餅を小皿に乗せて差し出す。
「はい、どうぞ」
小さな手が餅を左右から掴み、ゆっくり口に運ぶ。
知尋が、愛華が、他の皆が、喉に詰まらせやしないかとハラハラしながら見守る中、少女は日本の伝統食を口に含み、咀嚼した。
ごっくん。
飲みこんだ後に少女が浮かべた笑顔に、一同が安堵の息を吐いた。
そうして。
2kgパックの切り餅が全部、あっさりなくなった。
何しろ深夜に起こされた挙げ句、朝ご飯を食べ損ねた知尋達だ。
鈴と七瀬にしても、朝から酒とお節しか口にしていなかったわけで。主食代わりにお雑煮が振る舞われ、ついでに焼き餅を醤油やきなこで味わえば……この人数だ、用意していた分を消費しつくすのは簡単だった。
買いに行こうか、という話も出たが、さすがに面倒なので断念。
代わりに残った唐揚げやお節をつつきながら、和やかな食事の時間が過ぎていった。
「知愛ちゃんだっけ。この子が元は隕石だなんて信じられないな」
さんざんビールを飲んで顔を赤くした七瀬が呟く。
酒臭い吐息は少々、知愛には不評。一方、七瀬達の人格自体は、幼い少女にあっさりと受け入れられていた。
飲みたがりな駄目大人達も、さすがに小さな子相手に絡みはしなかったのが幸いしたかもしれない。
「七瀬さんとしては、この子の成り立ちが気になりますか?」
真里亜の問いかけに、『錬成』の能力を持つクリエイターは首を振って答えた。
「んー、不思議だけと、仕組みとかはそこまで気にならないかな。生きてるものは私の専門外だから」
可愛いから絵や写真には残したくなるけど。
と、七瀬が指を伸ばせば、知愛が「うー」と唸った。微妙に身をよじって避けようとしているあたり、やっぱり酒の匂いが嫌らしい。
くすっと愛華が笑った。
「知愛ちゃんと遊ぶのは、お酒が抜けてからにしてくださいね」
「残念」
素直に引き下がるあたり本人も心得ている。
また、もう一人の駄目大人、鈴はと言えば。知愛から一定の距離を取りつつにこにこ笑っている。
くぴくぴとビールを口にしつつ言うところには。
「……なんていうか、知尋くんと知愛ちゃんは親子だねー」
「そうですか?」
首を傾げる。
鈴が知愛と会ってからはまだ数時間。性格的な類似を語るには早いような気もするが、それとも彼女の能力で何かを見たのだろうか。
「知愛ちゃんもね、色が『透明』なんだよ。子供には割とよくあることだけど、その歳の子だともう珍しいかな」
「姉さん。彼女の能力の方は?」
尋ねたのは四葉だ。
核心を突いた問いに、鈴はんー、と間を置いてから答えた。
「わかんない」
観察時間が足りていない。
加えて、ぱっと見た感じでも、知愛の性質はかなり複雑らしい。
彼女とのコミュニケーションで知尋が死にかけたことを思えば当然の話で、となると無理して分析を求めるわけにもいかない。
ひとまず、国から正式な要請でもない限りはゆっくり、時間をかけて見てもらうことにする。
「でもさ。当分このままなのはいいとして、当分ってどれくらいなのかな?」
「……さあ?」
李狐の疑問はもっともだが、何とも言いようがない。
偉い人達の判断次第、受入れ状況が整い次第――要は状況次第、といったところだ。
「まー、日本の政治家だもんねえ」
のらりくらりはお手の物。
話し合いでやたら時間を使うケースも多いものの、かと思えばやたらと迅速に指示が飛ぶ場合もある。正直読めない。
早稀があっけらかんと言い、かなめが応じた。
「研究所での襲撃騒ぎは日本側の完全勝利と言っていいと思いますけど、どこまで活用できるかは怪しいものですよねぇ」
隕石の研究時代がアメリカと共同、かつ秘密裡に行われたのがネックだ。
外部に情報を漏らさない意図があったのだろうし、それは成功していたと言える――内部の人間が裏切るのは別問題だろう――が、日本側としてはこの事実を公表しづらいだろう。
何しろ「実はアメリカと共同研究してました。資金は国庫からこっそり出てました。しかもアメリカ側に裏切られて施設は使えなくなりました」だ。
はあ、と華がため息。
「裏切った相手が悪いのは自明でしょうけど」
「当たり前のことは放っておいて、税金の使い道とか管理の不行き届きとかで揉めそうだよね」
「その辺、向こうの国なら『秘密研究とか格好いいじゃん!』で流されそうな気がしますけどぉ」
……いや、さすがにそれは偏見が過ぎないか。
突っ込みたくなった知尋だが、止めておく。向こうの国に対して知識が無いのは知尋も同じだからだ。
「うーん。つまり、知愛ちゃんといつまで一緒にいられるかはわからないんですね」
隅に立ったちさとが唸った。
ちょっと似た境遇であることと、知尋の娘であれば彼女にとっても姪であることから、ちさとは割と知愛を気にかけている節がある。
知愛の方もちさとのことは気になるようで、姿を見ると手を伸ばしたりする。当然、ちさとが手を取ろうとすると透過してしまうのだが。
「今、一緒にいられるのが大事だよ。まずは知愛ちゃんがのんびりできるように、できることを考えよう?」
愛華の主張が結論だった。
年末に買った子供服は無事、回収されて手元に戻ってきている。
食事はそう気を遣わなくても平気なことがわかっている。スプーンやフォーク、箸の使い方をおいおい教えていけば、食べさせてあげなくても好きな物を食べられるようになるだろう。
目下の課題である言葉についても、冬休み中は皆が傍にいる。絵本を読み聞かせるとか、何か覚えさせる方法を考える必要はあるだろうが、少しずつ教えていくことが可能だと思われる。
入浴。これも問題ない。幸いここに居るのは女の子ばかりだし、唯一の男である知尋も、知愛にとっては「パパ」だ。知尋としても小学生の身体に欲情することはないので、双方とも支障はない。ただ、シャンプーハットを用意したり、十数えて上がる方式の徹底などがあるいは必要か。
となると――寝る場所が問題だ。
「私が寮に連れて帰ったら、まずいよね?」
「護衛する方が困るでしょうね」
知愛はこのマンションにいると認知されたはずなので、あまり動かすのはよろしくない。誘拐を疑われるところまではいかないにせよ、危険だし迷惑がかかる。
もっと言うと、愛華もなるべくここに居た方が良かったりするかもしれない。
「上の新しい部屋使う? そろそろ工事終わってるっしょ」
「あー、年末年始挟んだから、まだ仕上げが残ってたと思うよ。そろそろ終わるけど。それに、家具とか入れちゃうと面倒だから、まだ工事したいところがあるなら先にやった方がいいかも」
現状、マンションでの寝泊まりは主に寝室。知尋に抱かれない少女は真里亜の部屋を借りたり、居間に布団を敷いたりしている。
できれば知愛には性交の光景を見せない方がいいだろうから、そうすると。
「真里亜、知愛ちゃん寝かせるのに部屋借りていい?」
「ええ、もちろん。……明日あたりから、ベランダ側の部屋を片付けましょう」
いよいよ、この部屋だけでは手狭なことを実感。
知愛がやってきたことが、新たな生活の幕開けになりそうな予感だった。
と、鈴が知尋に抱きついてきて。
「ね、知尋くん。それはそれとして、えっちしよ? わたし、何日も我慢してたんだから」
「うー」
酒の匂いに反応した知愛が唸った。