李狐は九時前になって起きてきた。
三人でカレーの残りを食べた後、外出の話を彼女にも伝える。
「本やDVD、それから身に付けるものを買いに行くんだけど、西崎さんも一緒に行かない?」
「本に服? うん、そういう買い物なら行く」
真里亜の誘いに李狐も二つ返事で了承し、三人での買い物となった。まあ、真里亜の言い方は明らかに騙す気が満々だったが、話がややこしくなるので口は挟まなかった。
「ああ、和泉くん。人目が気になるならこれでも使う?」
「伊達眼鏡? どうしてこんなもの?」
「こんなこともあろうかと、よ」
渡された眼鏡はレディース物だが、デザインもサイズも知尋が使って違和感はなかった。眼鏡一つでも結構印象は変わるものなので、出先でクラスメートと会った場合を考え有り難く使わせてもらう。
知尋は休日に外出するタイプではないので、私服姿で知尋を判別できる人物も殆どいないだろう。
「それで、どこまで行くの?」
駅に向かって歩きつつ尋ねると、真里亜は少し考えてから答えた。
「そうね。あまり遠出しても大変だから、立川にしましょうか」
「ああ。ま、無難な線ね」
合格とばかりに李狐が頷く。この中だと彼女が一番、お洒落だの何だのにうるさいだろうから、納得してくれるのは何よりである。
真里亜が口にしたのは、近隣では割と栄えている駅名。だいたい電車で三、四十分くらいの位置にある。更に三十分程度かければ新宿まで出られるが、そこまで行くならもう少し早めに出たかったところ。
電車に乗って移動する時点で柴鳳の生徒に見つかる心配も減るだろうから、あまり無理する必要もないだろう。
「和泉くん、お金は大丈夫?」
「うん。真里亜のお蔭で生活費には手を付けてないから余裕がある。向こうで下ろさせてくれれば問題ないよ」
「そう、良かった」
柴鳳学園の最寄り駅周辺は、学園の影響でそれなりに栄えつつあるものの、まだまだ長閑な感じが残っている。程なく駅に滑り込んできた電車も割と空いていて、三人は並んで座ることができた。
……電車に乗り込むとシートの端が空いており、どの位置に座るべきか悩んだのはまあ、余談である。ちなみに結果的には李狐が何も気にせず端に陣取り、真里亜に半ば急かされて二人の間に座ることになった。
どこの王様だ。
今更思うも、真里亜達は特に気にしていないようだった。
李狐はスマホをいじり、真里亜は過激な言動を控えていたため注目を浴びなかったのも救いか。
目的の駅に到着しホームに出ると、邪魔にならない位置に移動した李狐がぐっと伸びをする。
「じゃ、どこから回る? 駅ビル? デパート? それとも安いとこ行くの?」
「そうね。とりあえず目星は付けてあるから、そこから行きましょう」
この時点で嫌な予感はした。
改札、そして駅ビル自体から出て、途中でお金を下ろしたあと人気のない道を進み、たどり着いた先は。
「……ねえ、服屋って言わなかったっけ?」
「私は『身に付ける物』を買うとしか言ってないわ」
いかがわしいものを売る店、つまりはアダルトショップだった。
「帰る」
「へえ、怖いの?」
「っ」
身を翻しかけた李狐は真里亜の一言で足を止めた。
しかしやはり納得いかないようで、知尋達に向けて抗議を始める。
「っていうか、学生が来る店じゃないでしょ!?」
「堂々としてれば年齢確認なんかされないわ。……というか、店の前で大声を出す方が非常識じゃない?」
「い、和泉」
「ごめん、諦めて」
「……わかったわよ!」
できるだけ短いやり取りで納得してもらい、店内へ入った。
狭い。店舗の面積自体はそれなりだが、扱う品物が雑多なせいで圧迫感があるのだ。中の空気は多少埃っぽさを感じるものの、特に臭かったりはしない。
棚やらラックやらに陳列されているのは色合いも多様な品々。卑猥な形状をした器具や、革と金具を組み合わせた装飾品、妙にヒラヒラした衣装等々。奥に座る店員が「いらっしゃいませ」を言わない辺りもアンダーグラウンドの匂いを感じさせる。
「うわ、絶対あたしたち場違い」
「それは確かに……」
李狐の呟きに小さく答えた。
知尋はともかく、真里亜と李狐が軽々しく来るような店ではない。ただ居るだけでも何を買いに来たのか、買ったものをどう使うのか、他の客や店員に妄想させてしまうだろう。
ただ、入ってしまった以上は覚悟を決める。
真里亜が言った通り、堂々としていれば咎められはしないだろう。それでも何かあれば、知尋が真里亜達を守らなければならない。
「それで、買いたいものって?」
真里亜に続いて店内をゆっくり歩きつつ、尋ねる。
「ええ、首輪よ」
「……誰の?」
「もちろん私と西崎さんよ。あなたに着けろなんて言わないわ」
最後尾をついてくる李狐が目を見開く。自分も着けるのか、と目が言っている。
真里亜が足を止めて微笑み、二人に唇を近づけた。
「奴隷の証。あると無いとでは気分が全然違うでしょう?」
気づけば首輪が陳列された棚に辿り着いていた。基本的に剥き出しではなく包装されているものの、写真もしくは包装越しにデザインや形状はきちんと確認できる。
奴隷の証……首輪。
真里亜と李狐がそれらを全裸で身に付けた姿を想像し、知尋はごくりと喉を鳴らした。
すかさず李狐が顔を上げてジト目で呟く。
「……変態」
「西崎さん。それより、好みがあるなら早めに言わないと、ご主人様の判断で決めていただくことになるわよ?」
真里亜に指摘されると李狐も顔色を変えて品定めを始めた。
真剣な目で商品を眺める少女二人を見やり、知尋は軽く息を吐いた。
どうやら最終的な決定権は知尋にあるらしい。有り難いことではあるが、気を引き締めて商品を見なければ。
そうして見ると、一口に首輪と言っても種類は様々だ。
まず色。黒と白、ピンクが多い。黒は重厚感があり、白は少女達の肌と親和性が高く清楚な印象を強めてくれそうだ。ピンクだとかなり可愛らしい印象になる。
素材と形。基本的にベルトに似た形状で、材質は革。しかし物によっては首に当たる部分にファーが付いていたり、手枷等がセットになっているものもある。ベルト部分の太さも物によってまちまち。
あとは金具の付き方か。ベルトを止める金具は基本として、ロックが外れないよう南京錠をかけられるタイプや、リードを繋ぐ金具が付いているもの、あとは金具と言うかリベット(鋲)が打たれたもの、外側が妙にトゲトゲしているものもある。
「……結構、種類があるんだね」
「ええ。趣味によって求められるデザインも色々だもの。拘る人はオーダーメイドする場合もあるのよ」
「その辺は服と同じかあ……一緒にしたくないけど」
李狐の気持ちはわからないでもない。
しかし、服と同じように考えるのはアリだと思えた。
用途が限られるとはいえ、首輪は結局のところ装飾品だ。身体を飾るものである以上、相手に合わせたものを選べばいいのではないか。
すると、例えば真里亜に似合うのは。
「あ、これ……」
知尋は目に付いた首輪を手に取った。
色は黒。幅は男性物のベルトと同じくらいで、鋲は打たれていないシンプルな外観。表面は艶があり、内側も滑らかに見える。ベルトの固定は締めるのではなく太い金具を穴に通し、錠を嵌めるタイプ。リードを通すためか反対側、首の後ろに来る位置にも金具が付いていた。
振り返った真里亜が、知尋の手にした品を見て目を細めた。
「へえ」
「どうかな?」
「いいんじゃないかしら。何より、あなたが気に入ったのならそれが一番よ」
彼女は微笑んで首輪を受け取り、撫でる。ビニールの袋で簡易包装されているため革の質感がわかるわけではないのだが、愛おしそうな仕草から彼女の気持ちは伝わってくる気がした。
と、それを見た李狐が首を傾げる。
「それに決めるの? 試着とか……は、できないか」
「ええ。あまり一般的ではないんじゃないかしら。それに、多少の調節は効くようになっているしね」
これで真里亜の分は決定。参考として値段を確認すると、五桁の大台に乗っていた。
「あ、結構するんだね」
「安物もあるけれど、ちゃんとしたものは高いわ。……むしろ、ある程度まともな品を求めるならこの辺りが最低ラインじゃないかしら」
革と金属を加工しているうえ、大量生産品でもない。考えてみればそこそこ値が張るのは当たり前とも言えた。
まあ、幸い買えない値段ではないので問題はない。
「じゃあ、これにしよう」
「あなたが買ってくれるの?」
「うん。さすがに真里亜に買わせるのは格好悪いよ。……李狐は、どうする?」
金髪の少女を振り返ると、彼女は目を伏せて首を振った。
「あたしは選べない」
「ご主人様に委ねるってこと?」
「違う。あたしはもっと普通の、チョーカーっぽいのがいい。それくらいは我が儘言ってもいいでしょ?」
強い意志を含む瞳が知尋と真里亜を睨む。
それが強がりだと理解している知尋はさほどのプレッシャーを感じないが、代わりに別の感慨から目を瞬いた。
「何?」
「……いや、自分から、外でも着けられるデザインを選ぶのは凄いと思って」
「な!?」
奴隷の首輪を着けて外出することを考えているのか、と思ってしまったのだ。もちろん、この少女に限ってそんなわけはないが。
「……っ、この、ど変態」
怒鳴りつけようとした息を飲みこみ、呟く李狐。
その背後で、真里亜が知尋に向けて良くやった、と深く頷いた。
☆ ☆ ☆
李狐の首輪を後に回した知尋達は、先にアダルトショップでの買い物を済ませた。ローターやバイブ、ローションなどを、主に真里亜が主導して幾つも購入する。
首輪を知尋が買うことに決めたため、代わりに他の小物類は真里亜が支払うことになった。
「あんた、こういうの沢山持ってそうだけど」
「いいえ。私が持っているのはローター一つだけよ。それ以上買い始めると際限がなくなりそうだから、これまでは我慢していたの」
「へ、へえ」
ついでに真里亜は、知尋のために成人向けのDVDや写真集などもいくつか見繕ってくれた。露骨に肌色成分の多い品はさすがに抵抗があったが、我慢して自分のカゴに入れる。
「どうせなら、首輪もあといくつか買っておいたら?」
更に、意味ありげにそう言われた。
不意に思い浮かんだ愛華の顔を振り払いつつ、知尋は追加で二つの首輪を選び取った。白とピンクの、どちらもシンプルなもの。併せてリードも三本購入しておく。
二人で購入した品物の総額は、気づけばかなりの額になっていた。
意外にも若い女性だった店員さんから驚きと羨望? の入り混じった表情で見られつつ、それぞれに会計を済ませて店を出た。
その後は駅前に戻り、ファミレスで昼食。
せっかくだからよさげなレストランに入る手もあったが、さっき散財したので節約である。なお、知尋と真里亜が日替わりランチを頼む中、李狐だけはエビフライハンバーグにチョコパフェを付けていた。
そうして、食事の後でようやく李狐の首輪を買う段に。
お洒落な雑貨屋のような店へ知尋達を引っ張っていった李狐は、いくつもチョーカーを吟味した末、ブラウンの細いタイプをチョイスした。首元に小さなプレートがあしらわれていて、確かに日常生活で使えそうなデザインだ。
「はい、これ」
上機嫌で手渡されたそれの値札には、真里亜の首輪を優に超える数字が書かれていたが、諦めて会計を済ませた。
「プレゼントですか?」
「はい、一応」
レジの店員から明るい声で聞かれ、素直に答える。すると彼女は李狐と真里亜を交互に見て首を傾げつつも、にっこり笑って知尋に尋ねた。
「お品物はどうなさいますか? すぐお使いになられるのでしたらタグをお取りしますが」
「あ、じゃあお願いします」
すぐにでも身に着けられる状態になったチョーカーを持って戻り、李狐へ手渡す。
すると彼女は恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めながらも、特に文句を言うことなく首に巻いてみせた。
「良くお似合いですよ」
近くにいた店員が笑顔でそう請け負ってくれると、李狐も満更ではない様子だった。
また、雑貨店を出ても李狐のアグレッシブな行動は止まらなかった。
せっかく来たからと知尋と真里亜を連れまわし、店に着くと知尋を半ば放置して真里亜と一緒に服や下着を物色する。
「ねー和泉。これとこれ、どっちがいいと思う?」
その癖、たまに知尋を呼んでは意見を求めてくる。
以前、姉に何度か連れまわされた経験から、知尋は逆に李狐に尋ねた。
「李狐はどっちが好きなの?」
「へ、あたし? んー、こっちも格好いいけど、こっちが可愛いかな」
「ああ、そうだね。李狐なら似合いそう」
「そう? そっか」
なんとか笑顔のまま納得してもらえた。
ほっと息を吐いていると、真里亜が寄ってきて囁く。
「案外手慣れてるのね」
「そんなことないと思うけど」
「そう? ……まあ、いずれにしても、私にはあの手の駆け引きは必要ないわよ。私があなたに尋ねる時は、あなたの色に染めて欲しい時だもの」
思わず危険な衝動にかられた時には、真里亜はもう知尋から身体を離していた。
女の子を理解するのは物凄く大変そうだと、あらためて思う。
下着を選ぶ二人に近くで待たされ、好みを聞かれて周囲の視線を気にしたりしつつ、ようやく買い物が終了。結局、二人は衣料品も何点か購入しており、李狐は買い物中暇つぶしか気まぐれか、知尋の服にも多少の世話を焼いてくれた。
「あんた、いっそ女装した方が似合うんじゃない?」
などと、本気か冗談か怪しいことを言いつつも安い店で上下を見繕い――なんと自腹でプレゼントまでしてくれた。
思ってもいなかったのでつい感動すらしてしまう。
「ありがとう、李狐」
「別に。勘違いしないでよ。これ、もらったお礼だから」
ギブアンドテイク、チョーカーのお返しということらしい。
……もし、それが李狐の本心だとしても、嬉しいことに変わりはなかった。
予約投稿が尽きているのを失念しておりました。
9日分です。