白い天井が見えた。
知尋がいたのは静かな室内。
ベッドに寝かされ、周囲は薄いカーテンで仕切られている。学園の医務室だとすぐにわかった。
治療のためかウェアは脱がされており、素肌にジャージの状態。
「……気分はどう?」
傍らには制服姿の真里亜が椅子に腰かけ、知尋を見つめていた。暇つぶしのためか、珍しくスマートフォンを手にしている。
知尋は数秒間、身体に意識を向けてから答えた。
「うん、なんとか」
「そう。良かった」
答えた通り、思ったより身体の痛みは少なかった。さすがに左腕はずきずきと痛み、妙に重く感じるものの動かせなくはない。
「今、何時?」
「十八時を回ったところ。西崎さんは帰ったわ」
「……そんなに」
長い間気絶していたのか。
ということは、それだけ眠ってもなおこの状態だと考えるべきか。
知尋の考えを肯定するように真里亜が静かに言う。
「あなたの治療には先生が特別力を入れてくれていたわ。余力を残すために最低限の治癒で済ませるのが通例なのにね」
「そうなんだ」
「ええ。しかももう一人、能力の限界まで治癒してくれた人がいた」
「もう一人?」
柴鳳学園には男女一名ずつ、計二名の校医が在籍している。しかし彼女の口ぶりからして、そのもう一人というのは校医ではないのだろう。
それ以外で治癒を行える人物。
そう考えると、すぐに思い浮かぶのはただ一人。
「……高槻さんが?」
「ええ」
真里亜はあっさりと首肯した。
けれど、知尋には信じがたい話だった。
宙に視線を彷徨わせ、なんと表現すべきか迷った末に呟く。
「負けたのに」
しかも完膚なきまでに。
結果的に有効打は与えたものの、勝利には程遠いダメージに留まった。一方で知尋が受けたダメージはこの有様。真里亜のように彼と互角に渡り合ったとはとても言えない。
すると、知尋の額に真里亜の手が乗せられた。
ひんやりした手のひらが今の知尋には心地いい。
「何言ってるの。別に、勝者が高槻さんをもらうルールでもないでしょう?」
「それは、そうだけど」
手のひらが額から離れる。何かと思ったら、ぺしっと軽く叩かれた。
「いたっ」
「そういう子だから、あなたは彼女を気にしていたんじゃないの? いいから信じなさい。実際に高槻さんはあなたを癒した。神代くんではなく、倒れたあなたの方へ先に駆け寄って、ね」
「え」
愛華が神代を無視したのか。
勝者は向こうで、しかも彼だってダメージを受けていたのに。
「深刻さが違う以上、公平に見れば妥当な判断でしょう。見ようによっては、終盤の神代君は必要以上にあなたをいたぶっていたし」
知尋が気絶した直後、神代は構えを解いてゆっくりと深呼吸を繰り返していた。そこへ愛華が駆けていき、知尋の傍にしゃがみ込んだらしい。
他のギャラリー達が試合の結末にどよめく中、愛華はすぐさま知尋の左腕を治癒し始めた。本当に神代には目もくれず。
真里亜はその様子を見届けつつ、李狐に校医を呼んでくるよう指示を出した。
それから数分後に校医が駆け付け、近くにいた男子二人が担架で知尋を運んだ。力を惜しげもなく使った愛華はその場に残り、ようやく神代に向きなおった。
『どうしてあそこまでしたの!?』
半ば以上、詰問する口調だったという。
その場に残っていた数人の生徒は、愛華らしからぬ剣幕に驚いた様子だった。神代も二、三言弁解を口にしていたが、愛華は取り合わず帰っていった。
「……そんなことがあったんだ」
「ええ。試合には勝てなかったけど、あなたの狙いは殆ど成功したと思う。少なくとも高槻さんは、神代君に対してこれまでとは違う感情を持ったはず」
単なる淡い恋愛が始まる可能性は減った。
これからどうなるかは当然、誰にもわからないけれど。
「だから、お疲れ様。あなたはよくやったわ」
「……ありがとう、真里亜」
今度はそっと頭を撫でてくる彼女に逆らわず、知尋は微笑みを返した。
☆ ☆ ☆
李狐が用意してくれた夕食は、お粥をメインとする胃に優しいメニューだった。
腹を重点的に狙われた身としてこの気遣いは非常に有り難く、お蔭で知尋は十分にお腹を満たすことができた。
「……ふぅ」
食事を終えると李狐と真里亜から口を揃えて「早く寝ろ」と命じられた。この二人に口で勝つのは不可能なため、素直に寝室へ行き横になる。
昨夜の行為で汚れたシーツは既に替えられ、室内には匂いも残っていない。
防音部屋の思わぬ効能として、外部の騒音が入ってこないため身体も休まる。ここで休んでいれば、睡眠促進の効果もあって月曜には快復できるのではないか。
と。
ベッドへ横になり二、三十分が経った頃、コンコンと部屋のドアがノックされ、李狐が顔を覗かせた。
「入るよ、和泉」
「あ、うん。どうぞ……っ痛」
「あ。あんたはいいから寝てなさいよ。怪我人なんだから」
慌てた声で言いながら李狐が入室し、しっかりと扉を閉める。
そうして戸口に立ったままじっと見つめられた知尋は、先程までとは違う李狐の姿に一瞬硬直した。
入浴と就寝時以外殆ど身に着けているチョーカーに、レースをあしらった白い下着。他には靴下すら着けておらず、下着もかなり露出度の高いものだ。
「李狐、どうしたの?」
尋ねると彼女は頬を赤く染めて頷く。
「深海さんにこの格好で行けって言われたの。和泉は頑張ったんだから精一杯ご奉仕してやれ、って」
真里亜の差し金だと言われれば納得だった。
李狐は恥ずかしがりというか、性行為となれば未だに言葉や態度で抵抗を見せる。そういう反応が新鮮に映るのも事実だが。
「真里亜も、寝てろ、って言った傍から……」
「あたしもそう言ったけど。だから『奉仕』なんだって」
言って、李狐がベッドにゆっくり近づいてくる。
彼女はベッドの側面に腰かけ、床に足を垂らすと軽く息を吐いた。
「なんであたしが、って思うけど……まあ、今日くらいは文句言わなくてもいいかな、って」
知尋に背を向け、首だけをこちらに向けた格好のまま、彼女は言葉を続けた。
「……今日は、お疲れ様。まあ、和泉にしてはよくやったんじゃない?」
「………」
「何、変な顔して?」
「いや、李狐が普通のこと言ってるから」
「ぶっ飛ばされたいわけ?」
じろりと睨まれた。
しかし、李狐はもう一度ため息をつくと、すぐに表情を和らげた。
続く言葉は小さく、室内が静かでなければ聞き逃していただろう。
「なんていうかさ。まさか和泉があそこまで頑張るとは思わなかったから。正直、勝てると思ってなかったし」
「……その割にすごく楽しそうに勧めてきたような」
「それはそれでしょ。だって、あたしじゃ神代には絶対勝てないし。そんな奴に和泉が勝てるとは思わないでしょ」
知尋の知る限り、李狐の神代との対戦成績は全敗だ。彼女の幻影も強力ではあるが、小細工を無視して真っ正直に肉弾戦をしてくる神代とは相性が悪い。
そして、知尋の能力は戦闘においては李狐以上に使いづらい。
こと神代との相性だけで言えば読心の方が有利ではあるが……大差はない。
「でも、和泉はちゃんと戦ってた。あの神代が必死になってた」
「必死、に」
最後の攻防のことか。
「うん。あれだけ思いっきり殴りに来たのは和泉が怖かったからでしょ。一瞬かもしれないけど、あいつはきっと、負けるかもしれないって思ったんだよ」
だから即行で戦いを終わらせた。
知尋を気絶させた時も顔面と腹、急所といえる位置を予告もなく攻撃し、対応する暇を与えなかった。
ふっ、と、李狐が笑う。
「いい気味じゃない? 深海さんに聞いたけど、あいつ高槻さんにも怒られてたんでしょ? 試合には勝ったのに」
歪んだ喜びだ。
しかし、知尋にもその気持ちは理解できる。
そもそも逆転、下剋上……強い者に一矢報いたくてやったことだから。
そういう意味では、知尋と李狐は似ているのだろう。
ついこの間まで加害者と被害者――強者と弱者の関係だった二人が今、こうしているのはとても奇妙なことだが。
「だから、さ」
李狐が振り返る。
身体の向きを入れ替え、シーツに手を突きながら知尋に近づく。
「今日くらいは素直に『ご奉仕』してあげる。あたしは……和泉の奴隷なんだし」
ぽつりと。
紡がれた言葉は、知尋の胸に深く突き刺さった。
似たような内容はこれまで何度も聞いた。しかし、恐怖や性欲に侵されていない、よりフラットに近い李狐から聞くのは初めてだと思った。
「李狐」
「き、今日だけ。今日だけだからね。恥ずかしいし」
言って、彼女は知尋に覆いかぶさるように移動し、知尋が着たパジャマのボタンをぷちぷちと外し始めた。
そして、手を止めないまま尋ねてくる。
「どうして欲しい?」
知尋はしばらく考えてから答えた。
「李狐のやりやすいようにして欲しいな」
「……うわ」
半ば予想通り、李狐は呻いた挙げ句、顔をしかめた。
何でもいいと言われると困るのだろう。
だからこそ彼女の好きにして欲しかったのだ。命令して従わせるのならいつでもできるのだから。
「……わかった。普通、そういうのは深海さんの役目だと思うけど、まあ、やってみる」
渋々頷いた李狐は上のパジャマを知尋から脱がせると、同じように下も剝ぎ取った。裸になった知尋の姿を見て、言う。
「汗臭い」
「……ああ、そっか。シャワー浴びてないから」
試合中の汗に試合後にかいた脂汗まで残ってしまっている。
洗い流している余裕はとてもなかったので仕方ないのだが。
上着を手にくんくんと鼻を動かした李狐は、なおも微妙な表情をしたまま。
「じゃあ、綺麗にしてあげる」
「え」
知尋がまともに反応する間もなく、彼の胸に舌を這わせた。
ぺろ。
胸の中心あたりを生々しい感触が襲った。一日分の汗と汚れを舐めとるように、更にぺろぺろと舌が動く。
確かに、これはいつもなら真里亜の領分だ。彼女ならむしろ喜々として行うだろうが、李狐の感性はこと性行為に関してはかなりまともな方向に寄っている。
「……まずい」
しかし、言いながらも李狐は動きを止めなかった。
緩く口で呼吸しながら舌で知尋の身体を清め続ける。少しずつ位置を変え、唾液の跡が残る範囲を広げながら、丹念に。
舌だけでくまなくカバーするには人の身体はかなり広い。
上半身、腹から肩までを舐めるだけでも体感で十分以上の時間が流れたが、李狐の奉仕はなおも続いた。
ぺろ、ぺろ、ちゅぷ……。
腕を片方ずつ丁寧に舐め、指をしゃぶる。それが終わったら脇。特に臭いがきついだろうそこで一瞬動きを止め、すぐに再開して舌を動かした。
ぞくぞくする。
乳首や指で鋭敏にさせられた感覚が、李狐の動き一つ一つを逃さず受け止める。両脇への奉仕が終わり臍へ移行する頃にはもう、舌の感触は完全に性感へと変わっていた。
「李狐。さすがにそこは」
「……駄目。ここまでしたんだから、やらせて」
つぷ。
舌の尖端が臍を突く。愛撫するように舐めて反発を和らげ、中を丹念に掃除された。焼けるような熱さが身体を襲い、知尋は汚いとか申し訳ないという思考を吹き飛ばされた。
はぁ、はぁ。
臍への奉仕が終わると、二人とも息が荒くなっていた。
下半身への舌奉仕はむしろ生殺しに近かった。敏感な股間周りは避け、足を足首まで――さすがに指と足裏は知尋が拒否した――舐められた時点でもう限界ギリギリ。
「じゃあ……」
「……うん」
「耳も、舐めるね」
「うん。……え?」
ここまで来て上に戻るのか。
というか、耳舐めなんてどこで覚えてきたのか。知尋ですら最近おぼろげに知ったばかりの概念をあっさりと口にし、李狐はじゅるじゅると音を立てて奉仕を始めた。
耳はもともと敏感な器官。
それに加えて李狐の吐息と淫らな音を直接響かせられれば、興奮は過剰なレベルに達し、知尋は何度も少女のような喘ぎ声を漏らしてしまった。
「あはっ。和泉、なんか可愛い」
李狐の言葉は、嘲笑のようにも聞こえたが、声色はとても優しかった。
彼女は自らショーツを取り払うと、指で軽く秘裂を広げて腰を落としていく。十分すぎるほど濡れた膣にペニスがスムーズに飲みこまれる。
「……いっぱい出して、そのまま寝ちゃっていいからね」
引き抜かれることなく何度も何度も射精させられた。
解放感と恍惚から知尋は夢心地を味わい、やがて眠りへ落ちていく。
「ゆっくり休んでね、和泉。本当にお疲れ様」
頑張った。
自分はやりきったのだと。
意識の落ちる直前、耳に届いたその言葉で、ようやく深く実感できた。