※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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番外編 少女のかけら /深海真里亜 ★

 朝はいつも早い時間に目が覚める。

 眠る時間が早くても遅くても同じ。疲れが残っていても寝足りなくてもお構いなし。幼い頃は違ったのだが、いつの間にか習慣になり、今では体質になっている。

 寝相も良い。

 寝返りは殆ど打たない。お蔭でどんな体勢でも眠れる。変な寝方をすると身体が痛くなるが、痛みは能力で治る。

 深海真里亜はそういう少女だった。

 

 真里亜にとって、眠りとは休息だ。

 昼寝が趣味だという者もいるが、その気持ちは正直わからない。身体と心を休める心地よさは感じても、睡眠自体を楽しいと思ったことはない。

 オンとオフ。切り替えのはっきりした生活を続けてきたせいだろう。

 起きている間は常に気を張っている。

 物心ついた時にはもう、名も知らぬ『疼き』として抱えていた性欲――成長につれて大きくなるそれを抑え込むため、常に自制する日々。

 休まるのは眠っている間だけ。

 微睡みの時間も必要ない。意識があれば、ドロドロの欲望が胸を焦がし、あっという間に身体が支配されてしまうのだから。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 汗をかいたり、身体が汚れている時はまずシャワーを浴びる。

 最近は朝の入浴が増えた。

 その代わり、入浴中に自分を慰める機会は減った。大抵は熱めのシャワーで眠気を飛ばし、身体を清めたらすぐ浴室を出る。

 

 着替えは下着だけで済ませることが多い。

 脱いだ寝間着を着るのは嫌だし、いま制服を着ると汚しかねない。私服を身に着けるのも二度手間になるからだ。

 また、平日はなるべく洗濯しない。

 主に時間短縮のためだ。どうしても必要なら洗濯機を回すが、その場合も数日分まとめて洗い、乾燥はだいたい機械に任せている。

 『彼』のワイシャツなど、丁寧に扱うべき品はまた別なのだが。

 

 その後、朝食の準備。

 朝食自体はあまり凝らないが、併せて夕食の仕込みを行うこともある。李狐が顔を出すのはこの辺りのタイミングだ。

 

「はよー」

「ええ、おはよう」

 

 李狐は朝、起きると必ず挨拶をしてくる。

 彼女にはあまり好かれていないはずなだが、律儀なことである。ちなみに真里亜は特別、李狐に悪感情を抱いていない。必要以上に信頼してもいないが。

 洗顔やシャワーを済ませた李狐が合流し、朝食と弁当が完成する。

 知尋が起きてくるのは調理中か、朝食の支度が終わった頃だ。彼が着替えなどを終えたところで、三人揃って朝食になる。

 

「やっぱ、納得いかない」

「何が?」

「深海さんが、こんなに料理上手いの。なんのために練習したわけ?」

「もちろん、ご主人様に食べてもらうためよ」

 

 答えると、李狐は「和泉に……」と呟いた。少し悔しそうだ。

 しかし、そう言う彼女だって十分な料理の腕前を持っている。特に和食に関しては真里亜よりも上手に作れるものもある。

 以前、料理中に理由を尋ねると、彼女は「親が作ってくれないことが多かったから」と言っていた。

 それは、とても立派な理由だと真里亜は思う。

 

「掃除も、洗濯も。勉強も。ご主人様の役に立つために身に着けたものよ。他人ありきで、自分本位な理由」

 

 主人の喜ぶ顔が見たかった……ではない。

 少しでも役に立つ自分を作ることで、主人を自分という奴隷に縛り付けるため。捨てられない保険を作っておくためだ。

 はあ、と李狐が溜め息。

 

「筋金入りね、あんた」

「ええ。自覚はあるわ」

 

 歯に衣着せない物言いだが、だからこそ李狐の言動には好感が持てる。裏で何を考えているかわからない人間と付き合うのは非常に体力を使うのだ。

 

「真里亜も李狐も、いつも助かってるよ。ありがとう」

「ええ、どういたしまして」

「べ。別に和泉のためにやってるわけじゃないし」

 

 そして、彼。

 和泉知尋もまた付き合いやすい性格だ。

 良く言えば素直で、悪く言えば馬鹿正直。純真さ故に傷つきやすく染まりやすい。そして、何か確かなものを求めている。

 男としては未熟も未熟。主人として見ても現状では赤点。しかし、人としては好ましいものを感じる。

 

 人生のパートナーとしては、申し分ない。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「あんたたちって、犬と猫どっちが好き?」

 

 夕食時、李狐からの不意の質問。

 意図はわからないが、意味は明瞭だ。隠す必要も感じないため素直に答えた。

 

「猫かしら」

「僕も猫かな」

 

 知尋もすぐに回答。

 すると李狐は「へえ、意外」と声を上げる。

 

「なんで? 深海さんとか犬って答えると思ったけど」

「仕えられるより仕える方が好きだもの」

「猫は噛まないから」

「あ、ああ。なるほど」

 

 二人の答えに、李狐は何故か引きつった顔をした。

 

「じゃあ、好きな言葉は?」

「待った。西崎さん、その前にこの質問の意図は?」

「へ? ないけど? ただの雑談」

「そう。ならいいわ」

 

 わからないまま質問に答え続けるのは嫌だが、意図がわかれば文句はない。

 好きな言葉、座右の銘。

 真里亜は少し考えてから答えた。

 

「因果応報、かしら」

 

 行いの報いは返ってくる。結局、人の性質は変えられない。……そんな意味で捉えると、自分にぴったりな言葉だと思う。

 

「和泉くんは?」

「ええと……そうだなあ、『千里の道も一歩から』とか」

 

 昔、彼が姉に言われた言葉だそうだ。

 挑戦しなければ達成されることはない。積み重ねることで目的に近づく。勉強に調教、ほか様々な事柄において基本的な本質を表す言葉といえる。悪くはない。

 李狐はあまりお気に召さなかったのか苦笑を浮かべて。

 

「あんたたち、もうちょっと明るい答えないわけ? まあいいけど……じゃあ、好きな色」

「黒」

「黒」

「………」

 

 ジト目で見られた。

 三つめの質問にして、李狐はもう突っ込みを放棄したらしい。

 というか、今のは質問せずとも結果はほぼわかっていたと思うが。

 

「そば派? うどん派?」

「パスタ、という回答はなし?」

「僕はうどんかな」

 

 本当に雑談のつもりらしく、質問はどんどん意味があるのかわからないラインへと向かっていった。

 

「春夏秋冬、どれが好き?」

「秋ね」

「んー……僕も秋」

「道に一万円札が落ちてたらどうする?」

「無視するわ」

「とりあえず、落とした人がいないか周りを見るかな……」

 

 尋ねているうちに気分が乗ってきたのか、李狐の質問はなかなか終わる気配を見せなかった。やがて食事が終わってもまだ続いたものの、特に用事があるわけでもないのでそのまま付き合う。

 

「休みの日、急に暇になったらどうする?」

「寝る、かな」

「私も」

「またそういう被り方するわけ!?」

 

 途中から趣旨が変わっているような気がしつつも相手を続け、最後に出された質問は少し毛色の違うものだった。

 

「好きな異性のタイプは?」

「……え」

 

 知尋が小さく声を上げ、動揺を示した。

 真里亜も、口には出さなかったが似たような心境だった。

 今の質問について眉を顰めて考える。

 これまで考えたこともない話題だった。小学校や中学校で似たようなことを聞かれた経験はあるが、その時は「好きになった人が好みのタイプ」と答えていた。

 主人を得る前だったから、そう答えるしかなかった。

 質問に対して真面目に検討する気がなかった、というのもある。

 しかし、ここで真里亜が「和泉くん」と答えてもおそらく李狐は納得しない。

 そういうつまらない答えはいらない、と切って捨てられそうな気がした。あくまでも好みの傾向なのだから切り離して考えろと。

 だから、仕方なく頭を巡らせる。

 巡らせつつ、真里亜は知尋へ視線を送った。彼はなんと答えるのだろう。

 

「……髪や肌が綺麗で、女の子、っていう感じのする子、かな」

 

 その時、真里亜の胸に未知の衝動が生まれた。

 ――もっと具体的に言いなさい。

 言いがかりに近い台詞が頭に浮かんだが、ぎりぎりで我慢する。単に好みのタイプを聞かれているのだから、知尋の回答は問題ない。

 見ると、李狐もやや不満そうな顔だった。

 あの言い方は解釈次第で意味が変わるからだ。綺麗な髪とは手入れの話か、長さか、あるいは色か。「女の子っていう感じ」という表現も、仕草や言動の話とも取れるし、胸の大きさを指しているかもしれない。

 彼が「誰を」イメージしてそう答えたのか。

 女の子らしさで言えば高槻愛華だろうか。ある意味、李狐の直截な部分や無自覚に思わせぶりな態度も女の子らしい。

 真里亜だって、髪の手入れや胸の大きさにはそれなりに自信がある。

 ……可能なら知尋の好みに自分を近づけたいが、あの答えでは難しいか。

 

「ところで西崎さん。さっきから私達にばかり聞いているけれど、自分はどうなの?」

 

 意識を切り替えた真里亜は話題を逸らす。

 すると李狐は、真里亜がまだ回答を告げていないことには気づいていない様子で、慌てる様子を見せた。

 

「あ、あたしは別に……」

「あら。自分だけ答えないのはずるいと思うけど。和泉くん、一緒に西崎さんを捕まえましょう」

「う、うん」

 

 この後、逃げようとする李狐を二人がかりで捕まえ白状させた。

 健康で、お金持ちで、誠実な人。

 金髪の少女が涙目になりながら答えたのはそんな内容だった。それを聞いた知尋は微妙にヘコんだ様子だったが。

 好みのタイプが絶対ではないし、それに――。

 人知れず、真里亜はくすりと笑みをこぼした。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「自慰行為?」

「うん。どういうところでしてるのかな、って」

 

 寝室のベッド。

 事後の倦怠感を味わいながら、真里亜は知尋と二人で会話する。

 そういえば、詳しく話したことはなかったか。

 毎日するとか、浴室ですることも多いとは話したが、それ以外は伝えていない。知尋に言われてそのことを思い出す。

 

「そうね。どこ、と決めているわけではないわ。それでも敢えてどんなところが多いかと言えば……」

 

 既に伝えた通り浴室。あとは自分の部屋。それから、学園のトイレ。

 

「と……」

「意外? でも、校内で処理したくなったら他に適切な場所もないでしょう」

「処理、とか軽々しく言わない方がいいよ」

 

 顔を真っ赤にしつつ知尋。自分から話題に出しておきながらこれだ。欲望に素直になることを覚え始めている癖に初心なのは変わらない。

 

「でも、危なくない? その、声とか」

「一応、そのあたりは配慮してるわ。人の少ないトイレを利用したり、なるべく声を出さないようにしたりね」

 

 美術室や科学室の近辺などは、朝や放課後人気がないのでうってつけだ。それでも全く人が来ないわけではないので、見つかるかもしれない興奮は味わえる。

 ……ふぅ。

 唇から吐息が漏れる。

 一人、トイレで自慰をする時のことを思い出したらまた興奮してきてしまった。ただの妄想ではなく、知尋に話して聞かさせているから余計である。

 

「せっかくだから、少しやってみせましょうか」

 

 言って、真里亜は身を起こし、知尋に良く見える位置で足を広げて座る。

 

「え、ちょ……」

「いいから」

 

 有無を言わさず股間に指を這わせる。

 くちゅ……。

 先程までの行為で、真里亜の秘所は濡れている。知尋が射精した精液も含め、水分はむしろ過多なほどだ。そこへ指を入れ、軽く掻き回すだけで真里亜は感じてしまう。

 

「あ、ふ……」

 

 露出するのは好きだ。

 肉体的に得られる快感には限度があるが、精神的な快感にはほぼ天井がない。この淫らでどうしようもない身体と心を飼いならすには必要な刺激。

 もちろん、人に見られるのは危険が付きまとう。

 だから、露出とは言っても過激なことはしていない。せいぜい体操着もジャージもなしでトレーニングウェアを着るとか、胸を強調する下着をつけるとかその程度。メインにしていたのは羞恥心を煽るための、こっそりとしたオナニー。

 しかし今は、見てくれる人がいる。

 

「見ててね、和泉くん。私が自分で慰めるところ」

「う、うん」

 

 ごくり、と知尋が唾を飲みこむ。

 それを肌で感じ取りながら、真里亜は自慰を開始した。

 

「ん、はぁ……」

 

 幸い、身体は十分すぎるほど敏感になっている。

 性感を高めるための準備は必要なく、真里亜はいきなり自らの身体を激しくまさぐる。左手で片方の乳房を掴み、乱暴に揉み解しながら、右手の指を二本秘所に挿入して何度も出し入れする。

 

「あはっ」

 

 感じる。

 いつもよりも、ずっと。

 興奮が興奮を呼び、もっとはしたないことがしたくなる。指で乳首とクリトリスをぎゅっと刺激し、強い快感に軽く絶頂する。

 はぁ、はぁ……。

 短い呼吸を繰り返しながら、真里亜は思った。

 勿体ない。このまま指だけで絶頂するのは。

 

「そうだ、あれを……」

 

 ベッドを這うようにして、傍らに置かれた小さなチェストを開く。そこに収められていた小さな器具を取り出すと、先程の位置まで戻った。

 真里亜が手にしたのは桃色した装置。卵型をした小さな物体からケーブルが伸び、つまみの付いた機器へと繋がっている。

 ローター、と呼ばれるアイテムだ。

 

「真里亜」

「……行くわよ」

 

 目が離せない様子の知尋に敢えて宣言し、真里亜はローターのつまみを最大にした。ぶるぶると高速で震え出した卵型の部分を指でつまみ、クリトリスに押し当てる。

 

「あああっ!」

 

 絶大な快感。

 機械が生み出す振動は、人間の指や舌では再現不可能な刺激。強く、また疲労によって動きが遅くなることもない。無慈悲なまでに変わらない責め。

 強すぎて容易には耐えられない刺激を生み出すその器具を、真里亜は強いて敏感な個所へ押し付け続けた。

 その上で、快感に逆らうのではなくそれを享受し――絶頂する。

 イった瞬間、さすがに堪えきれずに指が離れ、全身がくたりとベッドに横たわる。強烈な刺激は絶頂するのにうってつけだが、その分疲労するのが難点だ。

 

「……真里亜はこんなこと、いつもしてるんだ」

 

 熱に浮かされたような声で知尋が呟く。

 彼の熱情に心地よさを感じながら、真里亜は答えた。

 

「いつもじゃないわ。ほんのときどき、よ」

 

 嘘ではない。

 あまりローターに頼ると手放せなくなりそうだから、使うことは稀だった。どうしても我慢できなくなり、徹底的に気持ちよくなりたくなった時だけ。

 最近は、今まで以上に使っていない。

 それだけ、以前よりも充実しているということだろう。

 

「その、ところで真里亜」

「何?」

「僕も、していいかな? 自分で」

 

 見ると、知尋のペニスははちきれそうな程に屹立していた。先程あれだけ出したというのに、真里亜の痴態を見て興奮してしまったらしい。

 人のことは言えないが、彼も大概、元気だ。

 

「駄目よ。口でしてあげるから、そこに寝なさい」

 

 くすりと笑って、気怠い身体を起こすと、真里亜は知尋に這い寄る。

 すると、知尋が小さく。

 

「……今日は、少し真里亜のことを知れてよかった」

「……ええ、私もよ」

 

 ある日の夜が静かに更けていった。

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