第三十一話 舞阪集
七月。
制服は夏服に完全移行し、定期テストと能力判定も終了。半月もしないうちに夏休みが始まる、そんな時期。
東京の多摩地区に位置する『落とし物』養成機関――柴鳳学園は、終業式直前に行われる学校行事に向けてムードを一新しつつあった。
そんなある日、週に一度のLHRにて。
「……というわけでー。この時間は来週行われる体育祭の出場種目を決めます」
身長は高め。筋肉はそこそこ付いていて、顔も割と二枚目風。しかし身に纏った雰囲気が妙に軽薄なせいで色々台無しになっている男子生徒が、壇上からクラス内を見渡した。
一年C組のクラス委員を務める少年である。人数的な問題で副委員長は存在しないため、クラス内の雑用は彼が一手に引き受けている。
「種目は黒板に書いて……貰ってるんでー、まずは自薦で埋めます」
彼が背後を振り返ると、そこでは長身の少年がプリントを手に規則正しくチョークを動かしていた。近くにいたから、という理由で書記を任された神代悠希である。
神代は典型的なフィジカルタイプで、座学の成績は芳しくない。しかし、持ち前の真っすぐな性格故か字は見やすく整っている。
「じゃあ、やりたい種目がある人は挙手してください」
「はい」
「お、さっそく立候補。ってどこだよ手挙げた奴……ああ、神代か。じゃー好きなとこに自分で名前書いといて。他の人どうぞー」
体育祭というと通常、暑い時期を避けた春や秋の実施が一般的だが、柴鳳では諸々の都合から毎年七月、夏休み直前に行われる。
一つは学園の性質上、能力使用ありのイベントであること。
例年、怪我をする生徒が何人も出るため、授業に支障が出にくい休み前が望ましい。
もう一つは、学年の枠を越えた縦割りチームの対抗戦であること。
一年生は上級生と共闘することになるが、開催時期が早いと能力に慣れていない生徒も多く、イベントを十分楽しめない。なので定期試験と能力判定がある六月以前の開催は難しい。
二学期は学園祭があるため除外、三学期だと寒すぎるので消去法でこの時期となる。結果、体育祭は学年最初の能力判定後に、力試しや更なる昇華の場として用いられることが多かった。
特に張り切るのはフィジカルに自信のある生徒や、便利な能力を持つ生徒。
とはいえ、各競技の成績がチームの得点に繋がるため、他の生徒達もそれぞれ気合を入れて臨むことなる。
まあ、生徒によって目指すベクトルは少々異なるが。
「……ええと」
読心と睡眠促進の能力を持つDランク、和泉知尋にとっても、この体育祭はある意味重要なイベントだった。つまり、なるべく味方の足を引っ張らないという意味で。
教室の最後尾、窓際の席から黒板を見つめ、何が自分向きかを考える。
徒競走や障害物競走の類はバツ、リレーなんてもっての他、借り物競争なら多少マシだが微妙、パン食い競争は身長が高い生徒が勝つ競技なので却下。
というか全国共通、体育祭は走る種目が多すぎやしないだろうか。
単純に競争する種目では知尋の能力はどうやっても生かしようがない。純粋なフィジカル勝負だともっと自信がない。
……綱引きか玉入れにでも立候補するのが無難だろうか。
どちらも大人数が参加する競技で、比較的、個人の地力に左右されづらい。
思って挙手しようとすると、それより一瞬早く別の生徒が手を上げた。
染めた金髪を故意に跳ねさせた少女。だんだん根元に地毛が見えてきており、ここ最近は染め直すかどうか真剣に検討している。半袖ブラウスに薄手のスカートという夏服姿がよく似合う。
西崎李狐が、舞阪の指名を受けて発言した。
「玉入れに立候補しますー」
「はい了解。……お、これで玉入れも埋まったな」
決断が少し遅かった。
がっくりと肩を落とす。しかし決まってしまったものは仕方ないし、玉入れなら李狐の幻影能力が何かに使えそうだ。確かに適任ではある。
仕方なくもう一度手を挙げ、
「はい深海さん」
「綱引きをお願いします」
「おっけー。綱引きも定員、っと」
すっと伸ばされた白い手に阻まれた。
知尋の隣に座る生徒、男好きのするプロポーションを持ちながら、恋愛には興味のない素振りを見せる少女――深海真里亜だった。
彼女はちらりと知尋を見て、瞳に謝意を表した。軽く首を振って答え、黒板に視線を戻す。
さて、どうしたものか。
「あー、和泉。まだ立候補してないよな?」
「へ? ああ、うん」
すると突然、舞阪から指名を受けた。
微妙な適当さがクラスメートから支持を受けている委員長は、にっと笑みを作って言ってくる。
「じゃあさ、お前、騎馬戦やらね?」
……その瞬間、おそらく知尋だけでなく、クラス内の生徒の多くが絶句した。
生徒達の立候補が多かったためか、はたまた舞阪の采配が功を奏したか、体育祭の種目決めはあまり揉めることなく終了した。
一人、最低一種目の出場という制限をクリアした後はクラスの『主力』を空いている枠に突っ込んでだいたい完成、後は微調整を行っただけである。
なお、クラス内の出場数最多は神代。
徒競走にリレー等、全部で五つくらいの競技に参加することになっている。もともとのフィジカルが強い上に能力も体育祭向きと、もうあいつ一人でいいんじゃないかな、という状態である。
「和泉ー」
「舞阪君」
LHRの後の昼休み、鞄から昼食を取り出したところで声をかけられた。舞阪は手にコンビニのビニール袋を提げている。
知尋の前の席にどっかり腰を下ろした彼は、ビニールから焼きそばパンを取り出す。
どうやらお昼を一緒に食べるつもりらしい。
「悪いな、さっきは強引に決めて」
「……ああ。いいよ、別に」
結局あのあと、知尋は舞阪に勧められるまま騎馬戦に参加した。チームワークが重要な上に運動能力も必要と、あまり向いているとは思えないものの、特に舞阪に恨みは感じていない。
「でも、どうして僕を?」
弁当箱を開き、箸を手にしつつ尋ねる。弁当は李狐の手作りだ。彼女は最近、自分のついでに弁当を作ってくれることがあった。
いつもではないし、同じ弁当だとバレないよう知尋の分は盛り付けが適当だったりするが、それでも嬉しい。
舞阪も知尋の弁当を見て「へえ」と軽く声を上げたが、特に詮索はしてこない。
「ああ。和泉の能力って、割と適任かと思って」
「適任?」
「そー。騎手、やる分には割と使えそうじゃね?」
読心のことである。
騎馬戦の肝は騎手同士の駆け引きだ。また乱戦になるため、敵も余計なことを考える暇はなく戦いに集中してくる可能性が高い。
それなら読心が役に立つ機会は十分にあると思われる。
「なるほど。……それにしても、神代君とかがやった方が安定しそうだけど」
「神代は馬向きだからなー」
言って舞阪は焼きそばパンを齧る。
そう。神代は騎馬戦にも参加が決まっていた。舞阪の言う通り、馬の一角を担うことになっている。
「最悪、騎手が和泉なら神代一人でも担げるだろ」
「まあ、ルール的にも問題ないね……」
騎手が騎馬から落ちなければ失格にはならない。ならないが、自分が神代に肩車される姿を想像し、知尋は微妙な気分になった。
想像を振り払いつつ弁当を口にする。
ごまのかかった白米に茹でたほうれん草、卵焼きにウインナーときんぴらごぼう。李狐は和食の方が得意なようで、素朴ながらほっとする味に仕上がっていた。
「そうそう。それに、騎手で活躍すれば女にもモテるぞ」
「っ」
むせた。行きがけの自販機で買ったお茶を慌てて飲む。
「……な、何を突然」
「くくく。可愛い顔してる和泉君だって男なのには違いない。そっち方面にも興味はあるだろ?」
「……いや、まあ。なくはないかな」
というか、大いに興味はある。
あるが、正直舞阪の口調が胡散臭い上にクラスでする話題ではないような気がする。ついでに言うと、恋愛を通り越した肉体関係については割と充実している。
昨夜も真里亜と李狐、二人を相手に何度も精を吐き出したことを思い、苦笑した。
と、舞阪はにやりと笑みを作り、残った焼きそばパンを飲みこむ。
「ほう、認めるのか。素直な奴には俺のお勧めAV情報を教えてやってもいいぞ」
「う」
ひそひそと囁かれた内容につい言葉が詰まった。
最近「そういうの」を見る機会の多い知尋としては気になる。気になるし、近くで女子と食事をしている真里亜が「是非聞いておけ」と目で伝えてきたのが怖かった。
それをどう解釈したか、舞阪は二つ目の焼きそばパンを開けつつ頷いた。
「OK、皆まで言うな。教えてやるからアドレス交換しようぜ」
「あ、うん」
そのままなし崩しに連絡先を交換しあう。舞阪は「後で情報を送る」と知尋に約束し、都合三つの焼きそばパンを平らげて去っていった。
「……案外、和泉って話せる奴なんだな。驚いたよ」
舞阪集。ランクEの『落とし物』にしてクラストップの秀才。その能力は『集積』。集めた知識を分類、蓄積しておき必要に応じて取り出す能力。
その力は、割とどうでもいい方向にも有効活用されているらしかった。