「よー和泉。ここいい?」
体育祭の選手決めを終えた翌日、木曜日の昼休み。
知尋の元へ、昨日と同じく舞阪がやってきた。
彼は知尋の返事を待たずに前の席へ座ると、コンビニ袋からパンをどさっと取り出す。今日はコロッケパンが三つだった。
「同じパンばっかりで飽きないの?」
「ああ。同じ味が続いた方が安心するだろ?」
「ええと……」
知尋にはわからない感覚だった。苦笑を浮かべ、弁当箱を取り出すことで間を持たせる。
というか、今日は何の用なのだろう。
「ああ、そうそう。体育祭の件なんだけどさ。作戦会議したくて。和泉なら話相手にちょうどいいかなって」
「作戦会議?」
「そ。どうせなら勝ちたいだろ。賞品出るし」
成程、と知尋は頷いた。
一位のチームには購買と学食で使えるクーポン千円分が全員に贈られる。わざわざ目指す品かというと微妙だが、少なくとも勝利へのモチベーションは上がる。
「でも、作戦って具体的には? それっぽい要素って種目決めくらいな気がするけど」
「ふふ、それはな」
弁当を突きながら尋ねれば――今日は唐揚げと茹で卵がメインだった――、舞阪はにやりと笑みを浮かべた。
ぱくり、と一口でコロッケパンの三分の一を消失させつつ、
「ぶっちゃけお前の言う通りだけど、それじゃつまんないだろ。戦況予想ぐらい語らせろよ」
本当にぶっちゃけられた。
まあ、ここで敵チームの選手を闇討ちとか、非合法な妨害工作について語り出されても困るので、平和なのはいいことではある。
戦況予想。
集積の能力を持つだけあり、舞阪はそういうのも好きなのだろう。可能なら実際に作戦を立てたりしたかったのかもしれない。
しかし。
「……言い方からすると、厳しいの?」
「まーなー。何しろこのクラスがまず一年で一番弱いだろうし」
がつがつとコロッケパンを胃に放り込みつつ舞阪。
ごく当たり前のように紡がれた彼の言葉に、知尋は手を止めざるを得なかった。
「神代くんも深海さんもいるのに?」
疑問の声。
知尋が思い浮かべたのと全く同じ内容を口にしたのは、知尋でも舞阪でもなかった。
真里亜と机をくっつけて座る愛華である。位置関係からして舞阪の声は彼女にも届く。それで気になって口を挟んできたらしい。
一方、真里亜はというと、さほど興味もなさそうにサンドイッチを齧っていた。そんな二人を見つつ、舞阪は苦笑する。
「まあね。確かにうちにはランクCが二人……いや、高槻さんも含めて三人もいる。他のクラスは一人だから有利っぽいけど、そうでもないんだよ」
「どうして?」
「A組には、まさかのランクBがいるから」
――入学時からランクBを誇る生徒が1-Aにいる。
その話は、確かに知尋も聞いたことがあった。
神代のことを『クラス最強』『ランクBに一番近い一年生』と認識していたこと――裏返せば『一年生最強』と考えていなかったのはそれが理由。既にランクBに到達している生徒がいるからだ。
A組とB組にはランクCが一人ずつ存在するので、この時点で少なくともA組はC組と遜色ない戦力があると考えられる。
加えて、C組には競技に役立ちにくい能力の持ち主(例えば知尋とか)がいることを考えれば、B組には総合力で抜かれている可能性は十分にある。
「でも、その人のこと、ランクBの割に良く知らないんだけど」
もともと他クラスの情報は入りにくい環境だが、それでも普通、ランクBの一年生ともなれば噂くらいは出回ってくるはずだ。
知尋の言葉に舞阪も頷く。
「その通りだけど、仕方ないだろーな。何せそいつは入学してから一回も、まともに能力を使ってないんだから」
「え、そうなんだ」
可愛らしい弁当箱を手にした愛華が目を丸くする。
「そうなんだよ。つまりそいつは、入学後の能力実績がゼロ。入学時点でBだったんだから当然だけど、『一度も能力を使わずに』一年生最強でい続けてるんだ」
何もせずとも最強。
あの神代ですら日々鍛錬を続け、それでもCに留まっているというのに。
……不公平な話、ではある。
サンドイッチを一つ食べ終えた真里亜が顔を上げる。彼女は初めて舞阪を振り返り、静かに尋ねた。
「その人の能力は何なの?」
「さあなー」
「え、さあ……って」
「知らないんだよ。本人の希望で非公開になってるから。もちろん判定の時は使ったはずだけど、教師がわざわざバラすはずないし。他の生徒に一度も見せてないんじゃ知りようがない」
ただ、と舞阪は続ける。
「体育祭ではさすがに使ってくるんじゃないかなー。能力者としての実績づくりには絶好の機会だし」
普段行っている訓練は、言ってしまえば所詮は訓練だ。
しかし校内の行事となれば話は別。公の場で、大勢を相手に活躍すれば大きな「実績」として残る。
これまで情報を秘匿していた効果もあって、絶大なインパクトを齎すはずだ。
はあ、と舞阪が息を吐いた。
コロッケパンの袋がぎゅっと握りこまれ、ぱんと破裂する。
「そうなると正直厳しいよな、って話。まあ、うちのクラスだって神代と深海さんがいるし。流れによっちゃ頑張れると思う」
「……申し訳ないけど、私は大して役に立てないわ。運動能力で言えば私以上の生徒なんて大勢いるもの」
真里亜の能力は自己治癒と報復。どちらも直接戦闘向きで、体育祭で行われるような競技には向いていない。
そのことは舞阪も把握していたのだろう。
彼は軽く頷いて言う。
「その分は和泉と高槻さんに活躍してもらうかなー」
「え、私達に?」
こちらを見てくる愛華に合わせ、知尋も目を瞬く。
あまり競技向きの能力でないのは二人も大して変わらないと思うのだが。
「高槻さんは皆を治してやれるだろ。神代とか種目の多い奴に使えばだいぶ楽になるよ。で、和泉は例の騎馬戦な。配点大きいからできれば勝って欲しい。……あと、奇策になりそうなのは西崎の玉入れとかか。籠のダミー作ったり、幻で位置を隠したりすれば超有利じゃね?」
「……成程」
意外と色々考えているらしい。
……いや、意外と言ったら失礼か。
能力と性格が噛みあっていないようでいて、微妙な形で噛みあっている。舞阪集はそういう人物のようだ。
「当然、神代はかなり張り切ってるし。楽しみだよ」
のほほんと締めくくる舞阪を見つつ、知尋は思う。
体育祭、一体どうなるのだろうか。
妙な煽りを受けたせいもあって、期待と不安が胸を渦巻く。いずれにしろ、自分の役割を精一杯やるしかないのだろうが。
気づくといつのまにか食事の手が止まっていた。
知尋は弁当箱に目を落とし、少し急ぎ気味に食事を再開した。
「体育祭、頑張ろうね」
「うん。でも、高槻さんはあんまり無理しすぎないでね」
廊下を更衣室に向けて歩きながら愛華と言葉を交わす。
昼食後、話の流れで途中まで同行することになったのだ。真里亜も一緒で、舞阪は準備があると言って教室に残った。
男女の更衣室は隣接していないものの方向は同じ。
更衣室は敷地内に数カ所あり、どれも訓練場の近くに位置している。その代わり教室からはやや遠いのがネック。
まあ、おかげでこうして話をする暇があるわけだが。
「あはは。大丈夫だよ。私は借り物競争だけだし」
「あ、いや。そうじゃなくて。能力の話」
愛華の治癒能力は疲労も癒す便利な力だが、消耗が激しいという欠点がある。愛華の性格的にも体育祭の戦略的にも、使うこと自体は仕方がないとしても、使い過ぎて体調を崩してしまわないか恐ろしい。
「この前、高槻さんに迷惑かけたから、心配で」
彼女が誰にでも献身的に接する子だというのは、あの一件からも良く分かる。だからこそ、能力を酷使しそうな状況は不安になる。
愛華が足を止めないまま瞬きをする。
彼女はふっと微笑んで首を振った。
「迷惑なんかじゃないよ。私がやりたくてやったことだし……むしろ和泉君には感謝してるくらい」
あの時の治療が愛華のランクアップの一因となった件だ。
「それに、やっぱり辛そうにしてる人は放っておけないよ」
「……高槻さん」
「でも、ありがとう。和泉君は優しいね。少し嬉しかった」
言って、愛華が歩調を早める。気づけば更衣室がだいぶ近くなっていた。
「じゃ、また」
にっこり笑って歩いていく彼女は、なんだかとても眩しかった。
愛華を見送ると、さっきまで彼女がいた位置に今度は真里亜が並んだ。
「いい子ね。西崎さんが言う通り、いい子すぎるくらいに」
「………」
知尋は真里亜に答えず、心中では同意する。
愛華は優しく、分け隔てがない。だからこそ危うい。
あの笑顔を独占したいと、彼女の特別になりたいと思ってしまう。もしかしたら神代も、知尋と似たような気持ちなのかもしれない。
……純粋な恋心と、ただの独占欲では全然違うか。
「諦めるつもりは」
「……ないよ」
すぐに首を振ると、真里亜は嬉しそうにくすりと笑った。
「なら、頑張ってね。……ご主人様」
後半はかすかな囁き声。
周囲には他の生徒も沢山いるというのに、ごく自然に、普通ではない呼び名を口にして。
真里亜は愛華の後を追って女子更衣室へと向かっていった。