※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第三十八話 自宅で二人

 挨拶を返すことも、最後まで見送られることもできずに部屋を出た。

 去り際、華の連絡先が書かれたカードを玄関に残す。それから、二人とも黙ったままマンションの入り口まで歩いた。

 

「じゃあ、また」

 

 寮に帰るなら別方向になる。

 気の利いた台詞も思い浮かばなかったため、知尋は短い言葉だけで別れようとする。

 しかし李狐は、わざわざ荷物から手を離してまで知尋の服を掴んだ。

 

「待って。まだ話したいことあるよ。それに、今の和泉を一人で放っておけない」

「でも」

 

 知尋の住居は男子寮だ。女の子が来る場所じゃない。

 

「大丈夫でしょ。入る時だけ気を付ければ」

 

 ……結局、李狐はそう言い張って寮までついてきた。

 入り口付近に人気がないことを確認し、二人で部屋の前まで移動。

 

「本当に来るつもり?」

「今更何言ってんの?」

「………」

 

 どうしても譲る気はないらしい。

 知尋は諦めて部屋の鍵を開け、李狐を招き入れた。

 玄関で靴を脱いだ李狐は、自分の分の荷物を運びながらきょろきょろと中を見まわす。

 

「これが和泉の部屋なんだ」

「寮だし、そんなに変わらないんじゃ」

「ううん。あたしの入った女子寮はもうちょっと豪華」

「………」

 

 負けた気分になりつつ、知尋も自分の荷物を運び入れた。一か月間出入りしていなかったせいか空気が淀んでいたので、窓を開けて換気をする。

 李狐はなおも中を見渡して、

 

「案外片付いてるね」

「まだ二か月しか使ってないから。それと、真里亜が片づけてくれたお蔭だよ」

「……あいつ、和泉の部屋にも来たの?」

「来た、というかなんというか」

 

 マンションに滞在することになった顛末を話す。

 

「何それ。そこまでして和泉を帰さなかったくせに、こんな簡単に追い出すんだ」

 

 話を聞いた李狐は怒り半分、呆れ半分といった様子で息を吐いた。

 確かに。

 こうして見回してみると室内は妙に片付いている。そういえばあの日、朝食の食器も水に浸けたままだった気がするが、それも処理されて食器棚にしまわれている。

 荷物を取りに来ただけでなく、簡単な掃除までしてくれたようだ。

 ……けれど、それは『ご主人様のため』であって知尋のためではなかった。

 

「っ」

 

 止めよう。

 これ以上、恨みがましい思考を続けても意味がない。

 ひとまず李狐にクッションを勧め、自分も低いテーブルの前に腰を下ろす。真里亜の部屋と違い、洋式の椅子とテーブルなんて上品な物はない。

 

「何から話せばいいかな」

「………」

 

 尋ねたが、李狐は受け取ったクッションを抱いたまま立ち尽くしていた。数秒そうした後、彼女は何を思ったのか台所へ移動。冷蔵庫を開き、野菜室や冷凍室まで確認してから戻ってくる。

 

「ご飯、食べながらにしよ。何もなかったから、外で何か買ってくる」

「あ、なら僕が」

「いいから、和泉は座ってて。身体もいいかげん限界でしょ」

 

 その通りだった。

 授業を受け、放課後に二時間訓練をして、華に能力を奪われた。その後も休む暇なく緊張を続け、重い荷物を持って帰ってきた。

 この少女のお蔭で意識せずに済んでいるだけで、既に限界を越えている。

 

「……ごめん、ありがとう」

「いいって。あ、鍵だけ貸して」

 

 部屋の鍵を受け取った李狐は「新品みたい」と呟いてから部屋を出ていった。彼女を見送った知尋は、戻るまで仮眠を取ろうと目を瞑る。

 

「和泉」

 

 次に気づけば、李狐がテーブルの上に大きめの袋を置いてこちらを見ていた。近所のハンバーガーショップに行ってきたらしい。

 彼女は気づかわしげに顔を覗き込んで尋ねてくる。

 

「少しは眠れた?」

「うん。小一時間は眠れた気分」

「……あは。そんなに時間かかってないけどね」

 

 少なくとも気分は多少落ち着いた。

 李狐と向かい合って座り、適当色々に買って来てくれたハンバーガーを分ける。量は多めにあったので足りないことはない。

 思えば、夕食にジャンクフードを食べるのも久しぶりだ。

 このところ、夜はいつも真里亜や李狐の手料理だった。そのせいか、庶民的なハンバーガーの味が懐かしくもあり、寂しくもあった。

 

「和泉さ。学校、辞めたりしないよね?」

 

 不意に李狐が呟いた。

 

「……それは、考えてなかったな」

「そう、なの? だって、能力が無くなったんならもう『落とし物』じゃないってことでしょ?」

 

 考えていなかったが、その通りだった。

 普通の人間と『落とし物』を分ける基準は、基本的に能力を持っているかいないかだ。厳密に言えばDNAの組成などからも判別できるようだが、あまり一般的に用いられる方法ではない。

 能力を失ったことが学園側に伝わった場合、果たしてこのまま在学できるかどうか。

 

「……いや、でも辞めないよ。僕はまだ『落とし物』じゃなくなったわけじゃない」

 

 能力を破棄した場合は持ち主に返る。

 『略奪』の能力について華はそう説明していた。もしかすればそれ自体が虚偽かもしれないが、現状、知尋は『落とし物』である資格を完全に失ってはいない。

 奪われたのは、あくまで読心能力だけ。

 感情の増幅機能は一緒に持っていかれているだろうが、睡眠促進の能力は残っている。これはおそらく、読心とは別の能力として扱われたため。

 華の言っていた「一つしか奪えない」は真実だったのだろう。

 

「そっか。もう一つの能力があるし、取られたのもまだ戻ってくるかもしれないんだよね……」

 

 ハンバーガーの包みを抱えながら、李狐はほっと息を吐いた。その表情は切なげで、普段の彼女よりもずっと大人びて見えた。

 数秒後、顔を上げた時には真面目な顔になっていて、

 

「じゃあさ。能力を取り返す方法はないの?」

「わからない。可能性があると思うのは二つだけど」

 

 一つは華が本人の意思で返却を行うこと。

 一つは華が死ぬこと。

 しかし現状、前者は華自身の言葉以外に根拠がなく、後者は完全に希望的観測でしかない。

 害意を持って接触した相手に容赦をする気はないが。

 

「一応、調べてみた方がいいかもしれない」

「うん。……でも、良かった」

「何が?」

「和泉が、ただへこんでるだけじゃないっぽくて」

「……まあ、ただ諦めきれないだけかもしれないけど」

 

 一応、能力を取り戻す方法は探ってみたいと思っているし、明日も体調さえ良ければ登校するつもりでいた。変なところで融通が利かない性格なのだ。

 ……調べごとにはどうしたらいいだろう。

 バーガーにポテト、コーラ……胃が満たされていくと、それにつれて頭も働いてくる。とりあえず思いつく手段はネット検索と学園の資料、後は詳しそうな人間に尋ねてみるくらいか。

 と、李狐がはあ、と息を吐いた。

 

「あとさ、よくわかんないのは……御宿さん、だっけ? その子は何で深海さんを奴隷にしたがってるの? レズなの? 一目惚れなの?」

「……さあ。僕もそれは疑問に思ったけど、答えて貰えなかった」

 

 何か理由があるのだろうとは思う。

 それも調べてみるべきか。

 程なく食事が終わった。ゴミは丸めてゴミ箱へ。出来あいの食事はこういうところが楽でいい。

 換気も十分行われたので窓は小さく開けるだけにする。

 

「西崎さん。自分の寮には」

「帰らないよ?」

「いや。ずっとここに泊まるわけにもいかないと思うよ?」

「あ、そういう意味か」

 

 問いに即答した李狐だが、知尋の説明を聞いて頷く。

 

「さすがにどっかで帰るよ。深海さんのマンションと違ってバレたら面倒だし」

「そっか」

 

 ほっと息を吐く。

 すると、若干むっとした表情で睨まれた。

 

「あたしが一緒じゃない方がいいわけ? 深海さんには『傍にいて欲しい』とか言ったのに!?」

「に、西崎さん。声抑えて。ここは防音じゃないから」

「……あ、そっか」

 

 加えて言うならここは男子寮だ。昼間ならともかく、夜間に若い女の声が聞こえれば余計なトラブルに発展しかねない。

 

「じゃあ、なるべく近くで話せばいいよね」

 

 気を取り直し、這うように近づいてくる。

 隣まで辿り着くと、知尋の耳元でそっと囁く。

 

「で、どうなの? あたしが傍にいたら邪魔?」

「そんなこと、どうして急に」

 

 今まで、こんな風に李狐から誘惑されたことはなかったのに。

 

「あたしだって、急にこんな風になって不安なんだよ? 和泉があたしをその、調教したのも深海さんの差し金だったのかな、とか」

「それは、違うよ」

 

 李狐の口調から本気の気配を感じつつ、知尋は首を振った。

 レイプに踏み切ったきっかけ、心境の変化に真里亜が関与していなかったとは言わない。だが、知尋が李狐を犯したのは、真里亜に唆されて嫌々やったわけじゃない。

 

「……僕が、西崎さんを欲しかったから、やったんだ」

 

 李狐が目を見開いた。

 驚きは喜びに変わり、彼女の両腕が首に巻きつく。そのまま横から引っ張られるようにして床に倒された。

 いい匂いと、柔らかな感触が肌に伝わる。

 

「良かった」

 

 馬乗り状態で李狐が微笑む。

 ぎゅう、と、下半身まで全体を押し付けながら、甘い声で。

 

「あたしはもう、和泉じゃないと駄目だから。あんな事されて……もう、和泉に支配されちゃってるから。見捨てられないし、見捨てられたらどうしていいかわかんない」

「……李狐」

 

 思わず『西崎さん』ではなく下の名前で呼べば。

 

「ご主人様。……あたしは、何をしたらいいですか?」

 

 心が読めなくても十分に理解できるほどの強烈さで、自分はここにいる、と主張してきた。

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