夜は一緒のベッドで眠った。
別に知尋は床でも何でも構わなかったのだが、李狐が断固として譲らなかったのだ。
「今更、同じベッドで寝るくらい気にすると思う?」
ごもっともな話だが、まさか李狐から言われるとは。
女は強い。
よく言われる台詞だが、それが真実だと理解できた。
「あ。朝ご飯」
「……無い、かな」
朝食のことまで考えていなかったことに気づいたのは起きた後のこと。
出がけに朝ハンバーガーか、コンビニでパンでも買って学校で食べるか検討し、念のため食料を漁ったところ、賞味期限ギリギリのスナック菓子を発見。とりあえずそれを半分ずつ胃に収めた。
「西崎さん。多分、早めに寮を出た方がいいと思う」
「何で? ……あ、そっか。登校時間になっちゃうと」
「うん。出てくる人も多くなるから」
散歩とかランニングをする生徒に気をつけつつ、早めに移動しておくべきだ。でないとタイミングを逃して遅刻する可能性がある。
「じゃあ、悪いけど先に行くね。何かあったらメールで連絡して」
李狐はばたばたと支度をし、慌てて荷物に詰めたせいで制服が皺になっているのに悲鳴を上げたりしつつ、部屋を出ていった。
嵐の後のように静けさが残り。
今更ながら、この部屋に李狐が居たことが大きな奇跡に思えた。
「……さて」
知尋もゆっくりと準備を整え、登校時間になってから寮を出た。
ドアを閉めて施錠する。
つい一か月前まで行っていた動作に懐かしさを覚えつつ、登校した。
今日は土曜日。
授業は半日だけなので余裕がある。情報収集など、可能そうなことはできるだけ済ませた方がいいだろう。
――そう、やるべきことを言い聞かせる。
まだ諦めない。
真里亜のことも、読心能力のことも。
往生際が悪いと言われようと、一度手にした物を諦めるのは恐ろしい。
朝のHRは滞りなく終わった。
一・二限目の選択科目、美術についても同様だ。
真里亜はきちんと登校してきていた。教室内と美術室でそれとなく様子を窺ってみたが、その姿は普段と何も変わらなかった。
髪の整い方も、肌の質感も、制服の着こなしも。立ち居振る舞いも全て。
学校での接触を拒否していた結果とも言えるが、知尋の存在など真里亜の生活に大した影響を及ぼしていなかったらしい。
当然、彼女の方から目を合わせてくることもなかった。
やはり、まずは読心をどうにかするべきだ。
そう考えた知尋は、三・四限の情報処理の時間を利用してWeb検索を行った。授業に関係ないPCの使用は褒められたものではないが、割と皆やっている。それに『落とし物』についての調べものならあまり咎められはしないだろう。
授業を受ける片手間に検索を続け、情報を探る。
調べたのは『略奪』の能力について。華個人の能力については情報がなくとも、類似した能力については幾つか見つかった。
それによると、やはり『略奪』は希少かつ重宝される力のようだった。
何しろ応用範囲が極めて広いのだ。能力を不要としている相手から合意の上で譲り受けることもできるし、あるいは能力を利用した犯罪者の鎮圧にも役立つ。
保持できるストック数や使用条件次第でランクA、それを飛び越えてランクSに認定されることも珍しくない。
……そう考えると御宿華の能力はまだ穏便だ。
彼女のランクがBなのは、本人が言った通りストック数が一つきりだから……と、考えていいかもしれない。
しかし、肝心の解除条件について決定的な情報はなかった。
せいぜい、奪った能力は任意で持ち主に返せる『場合が多い』ことがわかったくらい。ネットで調べられる情報では個々の事例を網羅できるわけではないので、参考程度に考えるしかない。
相手を殺したらどうなるか、も明確な記載は見つからなかった。
やはり、そう簡単には行きそうにない。
情報処理を終えた知尋は教室に戻ると、帰りのHRを待たず一人の生徒に声をかけた。
「舞阪君。お願いがあるんだけど」
「お願い? 和泉から声をかけてくるなんて珍しいな」
舞阪は快く話を聞いてくれた。
HR後、二人で食堂へ行って話を切り出す。舞阪はナポリタンの大盛りを、知尋はハヤシライスを注文した。
「実は、ある人について調べて欲しいんだ」
「ふむ」
単刀直入な切り出しにも舞阪は動じなかった。
フォークで巻き取ったパスタを口にし、咀嚼して飲みこんでから知尋に告げる。
「高いぜ?」
「いくら払えばいい?」
「って、おい。少しは突っ込んでくれよ。冗談……ってわけでもないんだけどな」
思った通りだった。
舞阪は『集積』の能力を持ち、情報を集めることに長けている。また、クラス委員を務めている関係で顔が広く他クラスの情報にも詳しい。だから、頼めば情報提供や、調査を行ってくれるのではないかと思った。
そして、反応からして既に彼は情報屋的な活動を行っているようだ。
「まー、報酬は現金じゃなくてもいいぜ。物とか、別の情報とかな」
更にパスタを食べ進めつつ、軽い口調で言ってくる。
「額は?」
「調べたい相手と内容によるな」
意外と本格的だ。
できる限り、うまく頼みを聞いてもらえるように。知尋は思考を食事モードから交渉モードに切り替える。ハヤシライスの方は機械的に口へ運びつつ、まずはターゲットの名前を提示。
「御宿華さんについて知りたいんだ」
「ほう」
舞阪が表情をかすかに動かした。
意外だった……いや、どちらかというと感心したのか。知尋に「A組のランクB」について話した彼なら、華がその当人だということは当然知っているはずだ。
「報酬は、御宿さんの能力について……で、どうかな?」
「OK。乗った」
即答だった。
「いや、こんないい話乗らない手はないだろ。で? 御宿の何が知りたいんだ? スリーサイズか?」
「ここでボケを挟まなくても」
「割と本気だったんだが。じゃあ、何だよ?」
「ええと……」
知尋は宙に視線を向けつつ、項目をつらつらと並びたてた。
性格、趣味、学園内外での交友関係、寮住まいなのか実家なのか、それから入学前――中学以前の彼女に関する情報。
「……それくらいかな」
「ふむ。なるほど」
舞阪は真剣な顔で頷き、知尋を見据えた。
「和泉。お前ストーカーか?」
「違うよ!?」
思わず、柄でもない大声が出た。
「はは、冗談冗談。……よし、そろそろお互い食べ終わるし、ジュースでも買って場所を移そうぜ。ジュースはお前の奢りな」
「……了解」
話すだけなら食堂でも構わないはずだが――。
ここから先はあまり人の多い場所でしたくないのだと判断し、知尋は素直に頷いた。食器を片づけてから二人で食堂を出る。
向かった先は個室訓練場だった。
確かにここなら防音もしっかりしているし、入り口を施錠しておけば邪魔も入らない。
「うわ、これ振るタイプのジュースじゃん。失敗した」
訓練場の床へ適当に腰を下ろした舞阪は、知尋に奢らせたジュースの説明書きを読んで悲鳴を上げた。ジュースのつぶつぶが均一に混ざっていないのも気になる性分らしい。
全力で缶を振りまくり、すぐ開け飲み干して満足そうに頷く。
「さて。とりあえず依頼は了承した。なるべく早く渡せるようにするよ。報酬の情報次第では追加で料金請求するけどいいよな?」
「うん」
頷いて答える。
すると舞阪は持って来た鞄から何やら紙を取り出す。その紙につらつらと何かを書き連ね、おもむろに知尋へ差し出してきた。
契約書。
「内容を読んでから、署名と捺印を頼む」
本格的だった。
なんでも、こうでもしておかないと言った言わないが怖いのだとか。そういうことならと了承し、内容を熟読してから署名し捺印した。
……口頭で取り交わした内容と記載内容が違わないことを確認。それから、契約書の隅や裏に小さく文字が書いていないことも一応確認した。
たかが学生同士の依頼にここまでされたら疑り深くもなるというものである。
舞阪は完成した書類をスマホのカメラで撮影すると、原本を知尋に渡してきた。
「よしOK。じゃあ情報を聞こうか」
「うん。御宿華さんの能力は『略奪』だよ」
知尋は自身が体験し、華から聞かされた彼女の能力について、知っている限りで全てを話した。
聞き終えた舞阪は、はあ、と深いため息を吐いた。
「なるほどなー。それはほいほい使わないし、隠せるもんなら隠すわ。バレたら警戒される度合いで言ったら、お前の読心とか目じゃないだろ」
華の場合、相手と五秒間目を合わせないといけない制限がネックだ。能力が知られてしまえば、皆そう簡単には華と目を合わせてくれなくなる。
……まあ、この制限も華が口頭で説明したにすぎないが。
おそらく、華は本当のことを言っている。少なくともこの制限に関しては、わざわざ知尋に心を読まれるリスクを犯してまだ嘘をつく必要がない。
そしてストック数の制限についても、情報処理の時間に調べた内容を加味すれば真実味が生まれる。
「で、今はお前の読心を持ってると。……嘘じゃなさそうだな。実際、今日はお前に心を読まれてないし」
「じゃあ」
「ああ、いいよ。ジュース代プラス今の情報で報酬はクリアだ。まあ、和泉に能力をバラした時点で、学園内に広まることは想定済みかもしれないけど。俺にも負い目があるしな」
「負い目?」
何のことかわからず首を傾げる。
舞阪はすまなそうに目を細め、知尋に告げた。
「いや、さ。御宿にお前の情報を売ったのって、実は俺なんだよな」
華から要求された情報は性格や趣味などプライベートなこと……知尋が舞阪に頼んだのと似たような項目だったらしい。
「じゃあ、あの写真も?」
「写真? いや、それは知らんけど。まー、だから、お前の能力が奪われたのは俺も無関係とは言えないんだよ」
「そっか。ありがとう、教えてくれて」
華が知尋のことを調べていた、というのは重要な情報かもしれない。
と、舞阪が不思議そうな顔をして知尋を見た。
「怒らないんだな。個人情報を勝手に売ったってのに」
「……まあ、口止めしてたわけでもないし。それくらい、世間話でも話すことあるよ」
それに、舞阪が喋らなくても、華なら他の方法で情報を集めただろう。何しろ知尋を油断させるためだけに色仕掛けをしてくるような少女だ。
「そうか。……変な奴だなー、お前」
笑って、舞阪はその場から立ち上がった。
「調査結果はメールなり電話なりするよ。ま、適当に待っといてくれ」
「うん、ありがとう」
ひらひら手を振り去っていく舞阪を見送ると、知尋はスマートフォンを取り出した。李狐からの連絡を確認するためだ。
彼女にはHRが終わってすぐ、情報収集をしてくる旨と昼食は済ませる旨をメールしている。案の定、その返信メールが一通届いていた。
『わかった。じゃあ、あたしはいったん寮に帰る。用が済んだら電話頂戴』
電話、か。
思えば連絡先は交換したものの、かけたことはまだ一度もない。李狐がわざわざ要求してくるということは、急ぎではないが何か用事か。
今、かけてしまおうか。
学園の図書館にも寄って行こうか迷っていると、訓練場の入り口が軽くノックされた。返事をするまでもなくすぐ開かれて女生徒が入ってくる。
「何か進展はありましたか?」
華だった。
昨日と変わらず文学少女めいた容姿に、刺々しい雰囲気を纏っている。
警戒しているのか、単に慣れあう気がないのか、彼女は入り口付近に立ったまま知尋に尋ねてきた。
――このまま首を絞めて殺してやりたい。
そんな衝動が不意にこみ上げて来るも、堪える。
「どうしてここが?」
「端末をIDで検索すれば、利用状況の有無がわかるんですよ。念のため寄ってみたらヒットしたので顔を出しただけです」
成程。
尾行するほど気にしてはいないが、話の行方は待ち焦がれているということか。
「深海さんには話を通したよ。準備ができたら自分で行くって言っていた」
すると華の大人しい顔に、にっと、嫌らしい笑みが浮かんだ。
「そうですか。話が早くて助かります」
彼女はそれだけ言うと即座に踵を返す。
白いブラウスに包まれた後姿を、知尋はつい呼び止めた。
「御宿さん?」
「……何ですか?」
嫌そうに振り向く華に尋ねた。
「僕の能力をいつまで持っているつもり? もっと役に立つ能力はたくさんあるし、もし手元に戻ってくれば、僕が御宿さんに従う理由はなくなるよ」
能力という人質が無ければ、報復の手段はある。
半ば脅すようにそう言うと、華は肩をすくめた。
「私に手を出せば、真里亜ちゃんも巻き込むことになると思いますけど?」
「捨てたものがどうなろうと構わないよ」
もちろん、嘘だ。実際にはそこまで割り切れはしない。
しかし、知尋の強気な態度に華は多少なりとも怯んだ。
「……あなたには関係ありません。目的さえ達成すればどうとでもなります」
訓練場を出ていく華を、今度は呼び止めなかった。