どのくらい意識を落としていたのか。
気づくと膝枕ではなく、固い床に直に寝かされていた。では李狐がどこに行ったかというと、上。
仰向けになった知尋の左右に手をつき、胸に顔を近づけてすんすん鼻を鳴らしている。
「……李狐?」
呆然と呟くと、彼女ははっと顔を上げた。
欲情しているのか。潤んだ瞳が知尋を見つめる。
「あ、これは……違、うんです」
違うと言われても、何を弁解しようとしているのかがわからない。
膝枕を止めたのは、今の姿勢に移行するためだろう。
では、李狐が何をしていたかというと――匂いを嗅いでいた。
何時間もウェアを着たまま運動をし、汗をかいた知尋の匂いを嗅いで、興奮していた?
「だ、だから違うの!」
「う、うん」
慌てて身を離しながら叫ぶ李狐に、とりあえず頷く。
「じゃあ、どうして?」
聞かない方がいいのか。
思いつつも、シリアスな事情の可能性も考慮し口を開いた。
すると李狐は口ごもり顔を赤くして答える。
「それは……その。和泉、ご主人様を膝枕してたら汗の匂いが気になって。最近、一緒に寝てたから、なんか安心するのと、その」
……それは、知尋の匂いに欲情したと言っているように聞こえるが。
さすがに追及するのは可哀そうか。
「今、何時かな?」
「ええと、四時過ぎくらい?」
すると約一時間、体感では二、三時間寝ていたことになる。
身体の疲労もだいぶマシになった。
もう少し訓練を続けられそうだが、今から再開すると帰宅は夕方か夜になりそうだ。それよりは、もうしばらくここでのんびりしてから帰ればいい。
――割と防音の効いた施錠も可能な室内で、李狐と二人。
そういえば、この部屋は李狐をレイプした時と同じ部屋だったか。もちろん当時の匂いはどこにも残っていないが……。
「李狐。してもいい?」
知尋の傍にぺたんと座った李狐が、かすかに身を震わせた。
「ご主人様がしたいなら」
従順な答え。
知尋はまず、訓練場の入り口をしっかり施錠した。
それからウェットティッシュ――お弁当用に持ってきたもの――等々、後始末に使えそうなものを前もって用意する。なんだか手慣れている、と李狐に言われてほんの少しへこんだ。
「これ、着たままするの?」
「うん。嫌?」
「ううん。でも」
部屋の中央で李狐と抱きしめあう。
ついばむようなキスを交わした後、李狐はそっと手を伸ばして知尋の股間を撫でてきた。若干、伸縮性のあるウェアの該当箇所は膨らみ始めている。
「このままだと苦しくない、ですか?」
ウェアに包まれた状態では勃起しきれない。
興奮して、快感を得れば得るだけウェアに圧迫されてしまう。
「いや、その。このまま舐めて欲しいな、と思って」
「舐め……て」
「そう。代わりに李狐のも舐めるから」
ウェア姿でのセックス。
真里亜と似たようなことをした時、知尋は裸だった。
自分もウェアのままでするのは初めてだし、さっき李狐が匂いを嗅ぐ姿を見たことで、倒錯的なプレイをしてみたくなった。
「……変態、です」
李狐が静かに言った。
彼女はゆっくり腕を突き出すと知尋を床に寝かせる。それから立ち上がり、後ろを向いて後ずさると知尋の顔の上に腰を下ろしていった。
知尋の鼻と口のあたりに、ウェアに包まれた少女の股間が密着する。
「やだぁ……これ、恥ずかしい……」
嫌なら拒否すればいいのだが。
口で言いつつも、李狐は自分でも知尋の股間に顔を寄せていった。
すんすん……すぅ……。
「あ……ふぅ……」
蕩けた声が聞こえた。
もちろん、汗の混じった淫臭――決して良い匂いなどではないのだが。
知尋も李狐に倣い、すぅっと深い呼吸を繰り返した。汗の匂いと、その先から別の匂いが鼻を抜け、脳へと浸透する。
くらくらする。
すぅ……はぁ。すぅ……はぁ。
しばらくの間、二人は互いのいやらしい匂いを嗅ぎ続けた。そうしているうちにだんだん、残っていた理性が消えうせ、行為への抵抗がなくなっていく。
ちろ。
どちらからともなく、相手の股間へと舌を這わせた。
ゴムのようなウェアの味に混じって汗と、愛液の味。吸湿性もある素材なので簡単に滲みてくることはないが、量が多い場合は別。また、こちらから吸い取る場合もまた、別だった。
体毛を処理したせいで、体液が溢れやすくなっているのもあるだろうか。
「なんか、変な感じ」
李狐の呟き。
彼女も熱心に舌を使い、知尋のペニスをウェア越しに刺激していた。女の子と違って先走りが溢れる程でることはないため、その分汗の匂いが強いのだろうが。良いことなのか、悪いことなのか。
ちゅ、ちゅ……ちゅう……。
唾液でウェアがべとべとになった頃、舐める動作は吸う動作へ移行。より強い刺激に二人は身を震わせながら、お互いを責め続けた。
そして、耐えきれなくなった知尋はびゅくびゅくと精液を発射。
「あ、ご主人様の……」
中途半端に勃起していたせいで、ウェアの中に向かって吐き出された。李狐をそれを勿体ないというように、すぐさまウェアに口づけ強く吸う。
「うっ……」
直接ペニスが刺激されたわけではないが、擦れるような刺激に快感が走った。
ただし昨日の亀頭責めに比べれば断然優しい。射精の余韻と合わせてペニスの回復を助けてくれる。
知尋もお返しとばかりに李狐のウェアを吸い、クリトリスをウェア越しに刺激した。
「やんっ!」
「ここなら声、出しても平気だよ」
「そんな……こと、言われたってぇ……っ!」
さすがにこの場所だと羞恥心が勝るか。
それでも李狐は甘い声を上げ、快感に身をよじらせた。だんだんと絶頂に近づいているのか、腰を自分から押し付けるような動きが目立つように。
ぎゅう、と。
ひときわ強く押し付けられた瞬間を見計らい、ウェア越しにクリトリスを甘噛みすると。
「んーーーっ!」
室内に喘ぎ声が響き渡った。
太腿で知尋の頭を挟み、びくびくと身を震わせる。流石に奉仕の手も止め、李狐は絶頂の余韻に浸る。
昨日のお返しをするならここか。
思って、知尋は李狐が落ち着くのを待たないまま責めを再開した。
「ちょ、駄目ぇ!?」
李狐の身体がひときわ強く跳ねた。
快楽の波が引かないうちに、また新しい波を与えられて、あっという間に昂ぶっていく。
しかし、知尋が止めないのを見て諦めたのか、彼女は快楽に身を震わせながらも奉仕を再開した。
二度目の射精と絶頂は同時。
知尋のウェア内は二回分の精液によってどろどろになり、李狐の秘所も過剰なほどに濡れている。
それから、二人は素股へと移行した。
寝そべったままの知尋のペニスへ、李狐が秘所を擦りつける。ウェアのせいでペニスが屹立しきらないせいか体勢が安定しない様子だったが、最終的に半分座り込むような形で腰を振る姿勢に落ち着いた。
「李狐。気持ちいい?」
「んっ、はい、気持ちいい、ですっ」
「何が気持ちいい?」
「………っ」
既に頭の中は蕩け切っているはずだが、それでも返答には躊躇があった。
やはりまだ、彼女に淫語は早いか、と――。
「おちんちん」
ぼそりと、先ぶれの言葉が可憐な唇から漏れ、
「おちんちんと……おまんこ、が、気持ちいいですっ!」
はしたなく腰を振りながら、李狐は淫らな言葉を口にした。
また一つ、彼女が高いハードルを越えた瞬間だった。
しゅる、しゅるしゅる……。
「う、く……っ」
「あ、は、あぁん! 気持ちいいのっ!」
こんなところ、見咎められれば間違いなく大目玉だろう。
今更ながらそんなことが頭をよぎるも、今の状況ではそんなことどうでもよかった。
「李狐、いくよっ」
「うんっ、あたしも、あたしもイくぅ!」
三度目。
絶頂が収まると、李狐は股間を押し付けたまま知尋に抱きついてくる。舌を絡め、ディープキス。
「あ、またおっきくなってきた……」
頬を染めた李狐が耳元で囁き――。
二人が行為を終えたのは、それから更に二回の射精を経た後だった。
はぁ、はぁ……。
しばらく荒い息ばかりが室内を満たし、落ち着くと今度は幸福感、そして事後の気怠さが残る。
熱気と淫臭が充満する室内で、とりあえずウェアを脱ぎ、換気扇を起動する。中身がどろどろのウェアはここではどうしようもないため、漏れにくいよう丸めて荷物の中に押し込む。
ウェットティッシュと普通のティッシュを使い分けて互いの身体、床を綺麗に掃除すると、ようやく人心地ついた。
「やっちゃったね……」
「うん。やっちゃった……」
李狐の呟きにそのまま返事をした。
と、そこで知尋のスマホが着信音を響かせた。部屋の隅に置きっぱなしだったそれを手に取り、ディスプレイを確認すると、発信者は舞阪。
「出るの?」
「うん。後で折り返して、入れ違っても嫌だし」
頷いて答えると、李狐は裸のまま知尋の背中に胸を密着させてきた。二人のやりとりが気になるのだろう。
離れて貰うのは諦めて通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『よう。良い子にして待ってたか?』
「ってことは……」
『ああ、ざっとだが、あらかた調べ終わったぜ。……ああ、情報の出所は聞くなよ? 蛇の道は蛇ってやつだ』
舞阪が言うと、本当なのか冗談なのか微妙すぎて返答に困った。
「それで……どうだった?」
『ああ。ちょっと意外な結果だったな』
御宿華。彼女は現在、近隣の一軒家で一人暮らしをしている。どうやら親はある程度の金持ちらしい。
『ただ、養子だ。今の親は本当の親じゃない』
小学六年生の時に両親が亡くなり、今の親に引き取られたらしい。
その際、彼女は元の出身地から東京へ移り住んでいる。
『で、御宿の元の出身地ってのがポイントなんだが』
「北海道、だったり?」
『……なんだ、予想してたのか? がっかりだよー』
やっぱり、そうか。
予想していたのではなく、つい一瞬前に思い至っただけなのだが。
しかし、これでピースが繋がったかもしれない。
『そのまま北海道に居てくれりゃ、柴鳳じゃなくて紫鶴に通ってただろうにな。そのせいで体育祭がピンチだぜ』
「……あはは」
舞阪には華からの要求については話していない。にもかかわらず、彼が北海道という地名にピンと来たのはそのせいらしい。
……よもや、知尋と真里亜の関係について知って、あるいは調べがついているなどとは思いたくない。
『力が目覚めたのは小学六年頃。正確にはわからんけど、大まかには親が死んだ時期と一致するな。引き取り先が決まる前か後かも微妙だ』
中学は私立の進学校に通っていた。成績は上位だが、部活動には通っていなかった模様。能力の訓練を行っていたかどうかも不明。誰かと交際していた形跡もなし。
柴鳳学園に入学してからは、いたって大人しい少女だった。話しかければ返事をするし人当たりも悪くないが、自分から人の輪に入って行こうとはしないタイプ。唯一のランクBでありながら一度もそれを使わないこともあって、微妙な一目の置かれ方をしている。
『……こんなところか。参考になったか?』
「うん、ありがとう。十分だよ」
『そうか。んじゃ、俺はこれで。頑張れよ』
通話が切れた。
……ふぅ。
息を吐いて腕を下ろす。と、首に腕が回されぎゅっと抱きしめられた。
「北海道って、深海さんと同じ?」
「……うん。そうなるね」
真里亜の転校元は札幌の柴鶴学園。
この学園に転校してきた際、本人がそう言っていた。
つまり、華と真里亜の出身地は同じである可能性が高い。
思えばヒントもあったのだ。
『適当に処分しておいて。……それから準備ができ次第、華さんには私から接触するわ。あなたのことも伝えておくから安心しなさい』
『私に手を出せば、真里亜ちゃんも巻き込むことになると思いますけど?』
華さん。
真里亜ちゃん。
二人は、お互いのことを名前で呼んでいた。この一回以外は苗字で呼んでいたので、おそらく無意識に犯した失敗だろう。
知り合いでないというなら、わざわざ名前で呼んだりするだろうか。
「二人が知り合いなら、御宿さんが真里亜にこだわるのもわかる」
「……うん」
具体的にどんな因縁かはわからないが、二人の間に「何か」があるのは確かだろう。少なくとも一目惚れなんて言葉で片づけるよりはずっと理解しやすい。
『私に奴隷をください、ということです』
奴隷。
昔の知り合いを、策を弄してまで奴隷に仕立て上げようとする思い。
順当に考えるなら……憎悪か、嫉妬だろうか。
華の能力『略奪』を考えるなら、よりありえそうなのは嫉妬。
持つ者から奪う。奪いたいという欲望。
この場合の『持つ者』は、知尋なのか真里亜なのか。
いずれにせよ、
「なら、深海さんも被害者……?」
「可能性は高い、かな」
知尋と同じく、真里亜も華の欲望に巻き込まれた立場。
望む、望まないにかかわらず、華の物になることを選ぶしかなかった。
なら。
「深海さんを、取り返す?」
「うん。取り返そう」
答えると、背後から「おっけ」と返事があった。
知尋から離れ、立ち上がった李狐が荷物の方へ歩き出しながら、振り返って笑う。
「手伝うよ。あたしにとっても、一応他人事じゃないし」
「ありがとう」
そうと決まれば、行動は早い方がいい。
着替えを済ませた二人は、すぐさま動き出すことにした。