※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第四十三話 月下の説得

「……それで? 用件は何かしら?」

 

 知尋と李狐はまず、真里亜と会って話をすることにした。

 真里亜と華、二人の関係や因縁はある程度推測できたものの、確証がない。だから真偽を直接確かめると共に、真里亜に協力を仰ぐ算段。

 

 連絡は李狐に頼んだ。

 この状況では知尋が電話するより確実だ。知尋に対する真里亜の態度は冷淡だったが、李狐に対しては友人としての情が感じられた。なら、それを利用しない手はない。

 結果、真里亜は「すぐ会いたい」という申し出を了承してくれた。

 彼女が指定してきたのは近くの公園。

 マンションの部屋でないのは、知尋が同行してくることを予想していたからだろう。

 

 少女は指定時刻ぴったりにやってきた。

 意外にも学園の夏服姿。夜闇と月明りに守られた漆黒の少女は、神秘的なまでの美しさを示している。

 静寂に包まれた公園内で、彼女は知尋と李狐から一メートル以上も離れて止まった。自分達はもう相いれないのだと主張するように。

 ただその場に立って知尋達の言葉を待つ。

 

 李狐がちらりと知尋を見た。

 知尋は傍らの少女に頷きを返し、真里亜に告げた。

 

「御宿さんとは、昔から知り合いだったんだよね?」

「………」

 

 答えはなかった。

 しかし、真里亜の表情がかすかに動いたのを知尋は見逃さなかった。

 やはり、少なくとも彼女達の間には何かがある。

 答えてくれないのには構わず、舞阪を通じて知りえた情報、そして推測した内容を話して聞かせる。

 

「それで?」

「こっちの側について欲しい。でなければ、無理にでも華さんから奪い返す」

「……話にならないわね」

 

 僅かな沈黙の後、真里亜は深い溜め息をついた。

 彼女はじっと知尋を見つめながら、淡々とした口調で言ってくる。

 

「方法は? どうにかできる宛てはあるのかしら?」

 

 冷たい視線。

 

 ――当然、今は目が合っても彼女の気持ちはわからない。

 

 それでも、知尋は真里亜の目を見つめ返しながら答えた。

 

「確かな方法はないよ。でも、御宿さんは多分、完璧に対策してるわけじゃない」

 

 読心が返ってきたら報復する。そう伝えた時に動揺したのが一つの根拠。

 もう一つは真里亜と華に関係があったこと。

 ほぼ確実なこの点から、華が真里亜を求めるのは個人的な因縁からだと推測できる。ということは、今回の行動はおそらく「真里亜を得る」ことありきだ。

 誰でもいいから奴隷が欲しいなら、最適な相手を見つけ状況を整え、絶対に成功する算段を立てて実行するだろう。

 しかし、特定の誰かを奴隷にするのが目的なら。

 可能な限り準備をし、失敗しない環境を整えるにしろ――完璧にはなりえない。

 知尋が李狐を犯したのが綱渡りであったように、華も知尋の反撃に対してあらゆる対処をしているわけではない。

 策を弄していること自体、失敗を恐れている証明ともいえる。

 

「能力を人質に取ったことと、後は脅しがメインの武器だと思う。だから、案外強硬な手段を取られると弱いんじゃないかな」

 

 監禁して凌辱、調教してやってもいい。

 徹底的に痛めつけて、死を選ぶか能力を返すか選ばせてやってもいい。

 手段を選ばなければ、おそらくどうとでもなる。

 

 しかし、話を聞き終えた真里亜は首を振った。

 

「全て推測に過ぎないわ」

「でも、御宿さんとの関係は否定しないんだね」

「………」

 

 その沈黙は果たしてどういう意味だったのか。

 はあ、と再びの溜め息。

 真里亜の瞳に苛立ちが混じる。よく見れば彼女の目にはかすかに隈ができていた。夜、あまり眠れていないのだろうか。

 それも華の物になる『準備』のせいなのか。

 

「悪いことは言わないわ。止めておきなさい」

「どうして?」

「きっと、後悔するから」

 

 それだけ言うと、真里亜は再び口を閉ざしてしまう。

 歯切れが悪い。

 敢えて知尋に情報を与えないようにしている。

 彼女らしくない態度だ。

 言葉を選んで伝える情報を制限することはあっても、言えないことを沈黙で示すのは珍しい。

 

「……ごめん。それじゃ納得できない。僕には、どうしても真里亜が必要なんだ」

 

 はっきり自分の気持ちを口にする。

 

「なら」

 

 きっ、と、真里亜が知尋を睨んだ。

 

「力づくで私を納得させなさい。私を倒せないなら、私は今すぐ御宿さんのところへ行くわ」

 

 冗談……ではない。

 肝心な場面で冗談を言うような少女ではない。

 本気で、知尋と戦ってでも華の元へ赴こうとしている。

 

「どうして、そこまで?」

「それは、こっちの台詞よ」

 

 まともな回答は得られない。

 ただ静かに、知尋の答えを待ち受ける真里亜に――。

 

「それ、別にあたしがやってもいいよね?」

 

 それまで黙っていた李狐が一歩、進み出た。

 

「西崎さん?」

「あたしは和泉の味方だから、和泉と同じ気持ち。なら、どっちが戦っても構わないよね?」

「……それは、まあ」

 

 すると、真里亜はかすかに迷いを見せた。

 李狐を傷つけたくないのか、あるいは李狐の方が組しづらいと考えているのか。いずれにせよ、そこに付け入る隙がありそうに感じるが……。

 知尋は李狐の肩に手を置いた。

 振り返ってくる金髪の少女に、ゆっくりと首を振る。

 

「大丈夫、僕がやるよ」

「でも、和泉」

「ごめん。李狐に任せて見てるだけなんて、きっと後悔するから」

「………」

 

 李狐は知尋の顔を不安そうに見上げ、数秒してから「わかった」と頷いた。真里亜の方を振り向いてから数歩、後ずさるようにして離れる。

 知尋と真里亜が二人で、距離を離して向かい合う形になった。

 

「ルールは?」

「私が参ったと言ったら負け。スタートはお好きにどうぞ」

「……わかった」

 

 頷き、知尋は深呼吸をする。

 真里亜は強い。ことによれば神代以上に戦いづらい相手だ。自己治癒と報復のコンボがある限り、普通に殴りあったら絶対に勝てない。

 勝機は以前、神代がやったような極め技。

 神代ですら失敗した作戦だが――やるしかない。

 

 意を決し、知尋は真里亜へ向かって駆け出した。

 自然体のまま立つ真里亜は、知尋の接近に応じてようやく動き出した。軽く腰を屈めてからの、すくい上げるような右の蹴り。

 スカートがふわりと翻る。

 その蹴りを、知尋はぎりぎりで立ち止まってかわした。持ち上がった足はすぐさま振り下ろされて知尋からの打撃を拒むが、それで構わない。

 真里亜の体勢が整うのを待たず、彼女の左足側へと回り込む。

 

「っ」

 

 左腕、肘より上の部分を掴んだ。更に足払いを仕掛けるが、これは避けられた。

 真里亜は知尋に向き直り、腕を振りほどこうと抵抗してくる。両手でしっかりと左腕を掴んで保持し、背後へ回り込むように動いた。

 

「……離しなさい」

 

 強く、左腕が振るわれた。

 それでも離すまいと掴んだ手に力を籠めると、反射的に真里亜の左腕を引っ張る形に。知尋が真里亜の腕、肉と骨へ負荷をかけた形に。

 すると、ずきりという痛みが左腕に走った。一瞬腕に力が入らなくなる。

 右手も使っていたお蔭で拘束は外れなかったものの……。

 

 これが、報復の力か。

 

 真里亜を攻撃し、ダメージを与えれば知尋にも同じダメージが来る。

 実際に受けるのはこれが初めてだが、受けたインパクトは思った以上にエグい。頭ではわかっていても、実際に身体に痛みが走れば動きが一瞬止まるのは避けられない。

 だからこそ。

 知尋は真里亜の腕をぐいっと引いた。体勢を崩したところで左腕をねじり背中側へ。

 ずき。

 またも左腕が痛むのを堪えつつ拘束を保持。掴む位置を手首に変更したら右手を離し、右腕も取った。

 

「っ、はあ……っ。調子にっ」

 

 両腕に痛み。

 真里亜は無理に振りほどくのではなく、振りほどく素振りを見せることで知尋が拘束を固持することを狙っている。そうすれば知尋にもダメージが行き、その分だけ掴んでいる腕の力も弱くなる。

 だが。

 知尋は必死に両手に力を籠め、堪える。その上で押し倒すように足払いをかけると、今度は成功した。

 どさり。

 剥き出しの地面に真里亜を下にして倒れる。豊満な胸を潰された真里亜は小さく、苦しそうな吐息を漏らした。

 ……胸にかすかな罪悪感が浮かぶ。

 合意の上の戦いとはいえ、女の子を傷つけるのはやはり胸が痛む。きっと真里亜と死闘を繰り広げた神代にしても、そういう思いは頭のどこかにあっただろう。

 だとしたら、知尋が唯一、神代と異なる点がそこだ。

 全く褒められたことではないが、知尋は女の子を傷つけるのに慣れている。李狐や、真里亜本人の首を絞めたことだってある。おかげで、可哀そうだとは思いつつも躊躇する気持ちは幾分か薄い。

 体重をかけて真里亜の身体を押さえる。

 両腕を強く引っ張り、クロスするように背中へ押し付けたら、交差点あたりを両手で押さえ、真里亜のお尻あたりに座り込んだ。

 

「これで、どうかな」

 

 ……真里亜に呼びかけつつも、知尋はかすかな違和感を覚えていた。

 妙に順調だ。

 あの真里亜との対戦なのに、あまりにも簡単に行きすぎている。

 初撃の蹴り上げも、普段なら単発ではなく別の攻撃を繋げてきたのではないか。片腕を取られたくらいで慌て、振りほどこうとしたのも若干引っ掛かる。

 騒がず、空いた右手で打撃を加える方が知尋には有効だったはずだ。

 

 不調か、それとも。

 

 思考を遮るように真里亜の声。

 

「これが、どうしたの?」

 

 苦しそうではあるが、はっきりとした声。

 

「何があろうと、私は参ったとは言わないわよ」

 

 そういうことか。

 決着は、真里亜が参ったと言うこと。だから、何があろうと降参しなければ真里亜の負けにはならない。授業中の試合ではないから制限時間もないし、自己治癒能力を持つ真里亜は、身体の負担を慮ってギブアップする必要もない。

 実質、これは戦闘ではなく我慢比べなのだ。

 真里亜は最初から参ったと言うつもりがなかった。

 そんな彼女に負けを認めさせるには、知尋が目いっぱいの努力と覚悟を示すしかない。

 一応、拘束を極められた時点で第一の関門はクリアと考えたいが。

 

 きし、きし。

 

 先程から知尋の関節はかすかな悲鳴を上げ続けている。

 真里亜が感じている関節への負担が知尋に返ってきているのだ。

 

 要は、本番はここから。

 何があっても腕を離してはいけない。

 

「真里亜が参ったって言うまで、僕も諦めない」

「……分の悪い勝負ね」

「わかってる」

 

 しかし、それしかない。

 気力の勝負以外に、真里亜を負かせる手段が思いつかない。

 李狐の時のようにレイプをしても、あるいは写真で脅したとしても。そんなことがこの少女に、致命的なショックを与えられるとは思えない。

 だから、知尋は真里亜を地面に押し倒し続けた。

 

 数十秒か、数分か、十数分か。

 

 体感で、とてつもなく長い時間が過ぎた。

 状況は変わらず。真里亜は地面に伏し知尋は上に乗ったまま。変わったのは知尋の状態だけ。

 腕が痺れて感覚がなくなりかけている。

 両足まで使って真里亜の両手首を拘束しているが、そう遠くないうちに痛みで意識が飛ぶだろう。

 

「ぐ、う……」

 

 堪える。

 ただ堪える。

 歯を食いしばり、必死に少女の身体にしがみつき続ける。

 不意に。

 

「……和泉くん。どうでもいいけれど、臭うわ。西崎さんを抱くのは好きにすればいいけど、人と会うならシャワーくらい浴びなさい」

 

 それとも、私への嫌がらせなのかしら。

 吐き捨てるように真里亜が言った。

 確かに、個室訓練場からここまで直行したせいで、知尋も李狐もきちんと身体を洗う暇はなかった。

 しかし、何も今、こんな時に言わなくても。

 

「……っ」

「ぐ、あ……っ!?」

 

 心に悲しみがよぎった刹那、真里亜が動いた。

 強く身をよじり、慌てて力を籠めようとすれば、またも両腕に痛み。

 ごろん、と。

 あっけなく、知尋は真里亜に振りほどかれて地面に転がった。

 

「あ……」

 

 起きられない。

 腕には力が入らず、全身も怠い。

 それでもなんとか足を動かし立ち上がろうとすれば。

 みし。

 女性用の革靴が知尋の肩を踏みしめた。

 

「あぁ……っ」

 

 ぐりぐりと。

 真里亜はそのまま肩を踏みつけてくる。平時なら大したことのない刺激だったかもしれないが、両腕を痛めつけられた今は辛い。

 

「諦めなさい」

 

 冷たい声。

 視界がぐらぐらして真里亜の表情が良く見えない。

 

「嫌、だ」

「……お願いだから、諦めて」

「嫌だ」

 

 それでも意地だけで抵抗を示せば。

 

「そう」

 

 肩から足が離れる。

 代わりに、だんっ、と右の手のひらを踏みつけられた。

 

「があああぁぁっ!?」

 

 容赦のない強さ。強烈な痛みによって逆に腕の感覚が戻るも、その神経は全て痛みを感じるために使われる。

 次いで左手。

 また右手。左手。右手。

 

「あ、あ……」

 

 何が何だかわからない。

 瞳には涙が浮かび、口からは涎が漏れていた。目がちかちかして何も見えない。

 

「じゃあ、行くわ。追いかけられるものなら追いかけてきなさい」

 

 まるで遠くから響くように。

 真里亜の声が聞こえて、

 

「和泉っ!」

 

 李狐が悲鳴と共に駆け寄ってくる。

 それを耳と肌で感じながら、ああ、と知尋は思った。

 

 ああ、駄目だった。

 真里亜が行ってしまう。

 自分は負けたのだ、と。

 

 気を失っていく知尋の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

「あんた、本当に死にたいんだ!?」

「……西崎さん!」

 

 知尋が息をしているのを確認してから再度、立ち上がった李狐は。

 鋭い真里亜の声にびくりと足を止めてしまった。

 

「和泉君をお願い。彼の能力なら眠れば治るだろうけれど、しばらく食事に不都合が出るかもしれないわ」

「……あんた」

 

 胸に違和感がよぎるも、その理由を探る暇もなく。

 真里亜はゆっくりと歩いて公園を出ていった。

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