※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第四十四話 覚醒した先は……修羅場?

 明るい。

 目を開くと、そこは見慣れた場所だった。

 寮の、知尋の部屋。明るいのは照明のせいだ。カーテンの隙間から窓の外を窺うと、まだ薄暗かった。

 

 身体は――痛い。ずきずきと両腕が疼いている。

 しかし、動かすのに支障はなさそうだ。身体の疲労も思ったよりは軽い。

 ということは、結構長い時間、眠っていたのだろうか。

 そこへ。

 

「和泉君、目が覚めた?」

 

 横手から声がかかった。

 首を捻って視線を向けると、意外な人物が知尋のすぐ傍に座っていた。今まで部屋に呼んだことはなく、場所さえ知らないはずの相手。

 薄い長袖のワンピースを着て髪を紐で後ろに纏めた、初めてみる格好の。

 

「……高槻さん?」

 

 呟くと、愛華は微笑んで頷いた。

 

「身体の調子はどう?」

 

 優しい声に胸が温かくなる。

 同時に、今の状況にも納得がいった。

 つまり、体調が良いのは休息のせいではなく。

 

「高槻さんが治してくれたんだ」

「うん。李狐ちゃんから連絡貰ってね。びっくりしたよ、和泉君が公園で倒れてるんだもん」

 

 愛華が今度は苦笑を浮かべる。

 ……李狐が、愛華を呼んだのか。

 それしかない、といえばそうなのだが、それでも何だか意外に感じた。

 と。

 

「ごめんなさい。他に来てくれそうな人が思いつかなくて」

 

 洗面所の方から李狐が顔を出した。

 彼女は愛華から少し離れて座ると、知尋に事の経緯を話してくれる。真里亜の名前を出さないため、ややぼかした説明だったが――。

 

 公園で知尋が倒れた後、李狐はまず、なんとか知尋を運ぼうとしたらしい。

 しかし、さすがに女の子一人では無理だった。

 とはいえ、このまま屋外で寝かせておくのは知尋の身体に良くない。しばらく悩んだ挙げ句、仕方なく応援を呼ぶことにした。

 電話帳に登録されており、日曜の夜、突然の呼び出しに応じそうな相手。

 また、ある程度口が堅くて必要以上に詮索をしてこない人物……そうなると、愛華以外には適役がいなかったらしい。

 

 実際、愛華は李狐の頼みを二つ返事で了承し、公園にすぐ駆けつけてくれた。

 そこから二人で知尋を寮に運び、治療を施して今に至る。

 

「……そっか。ありがとう。西崎さんも、高槻さんも」

 

 噛みしめるように礼を言うと、愛華はすぐに首を振った。

 

「ううん。気にしないで。あんなの誰だって放っておけないもん」

 

 相変わらずさっぱりした答え。

 しかし、だからといって軽く流すのでは気が済まない。

 せめて頭を下げようと、知尋はベッドから身を起こそうとして――。

 

「あ、待って和泉!」

「え?」

 

 李狐から制止が飛ぶのは、ほんの少しだけ遅かった。

 はらり。

 起きた拍子に布団がはだけ、その下にあったものが露わになる。

 一糸まとわぬ知尋の身体。おそらく、汗を拭くか治療する際に脱がされたのだろう。意識はしていなかったが当然といえば当然……。

 いや、そんな場合ではなく。

 

「ご、ごめんっ」

「……う、ううん。こちらこそ」

 

 幸い下半身が露出することはなかったものの、知尋は顔から火が出そうな気分を味わった。慌てて布団を巻きつけつつ頭を下げれば、愛華は真っ赤な顔で首を振る。

 

「………」

「………」

「………」

 

 そして、微妙な沈黙が流れた。

 すると李狐が黙ったまま立ち上がり、クローゼットを探って適当なパジャマを取り出す。

 無言のまま差し出されたそれを、知尋は布団の中でごそごそと身に着けた。

 ついでとばかりに、ぽん、とスマートフォンが投げ渡される。

 ……真里亜に。

 電話をかけようとして、知尋は手を止め李狐を見た。首を横に振られる。既に何度も試し、駄目だったのだろう。

 

「今は、無理だと思う。すぐにどうにかなることもないと思う」

 

 ギリギリまで言葉を削った慰めの言葉に、知尋は諦めて手を下ろした。

 あらためて愛華達に向きなおる。

 

「……お騒がせしました」

「う、うん」

 

 色々、話さなければならないことがある。愛華がどこまで事情を察しているかわからないが、もし聞かれたなら支障のない範囲で答えたい。

 

 ……真里亜のことはもちろん気になる。しかし、彼女がどこに行ったのか知尋にはわからない。戦ってまで意思を通した以上、あの少女が今更、知尋達の言葉に耳を貸すとも思えない。

 方法を変えないといけない。

 月曜の朝、マンションの前で待ち伏せるとか。昼休みに真里亜か華、どちらかを呼び出すとか。

 いずれにせよ、この一晩で何もかもが手遅れになる程、御宿華に手管があるとは考えにくい。そもそも勝てなかった自分に、真里亜を奪い返す資格があるのかわからないが。

 

 まず、目の前にある問題から片づけるべきだと思った。

 軽く息を吸う。

 呼吸を落ち着け、知尋はゆっくりと口を開いて。

 ぐう。

 タイミング悪く鳴った腹の音に、場の空気は一気に弛緩した。

 

 

 

 夕食にはピザを注文した。

 Lサイズが一枚に、Mサイズが一枚。愛華もちょうどお昼前だったらしく三人で食卓を囲む。椅子ではなくクッションの上に座る形になるが、愛華のワンピースはスカート丈が長いため下着が見える心配はなかった。

 

「ええ、と」

 

 食事が始まってすぐ、愛華がおずおずと口を開く。

 彼女は四種類の具材が入ったLサイズピザをぱくりと口にし、咀嚼し飲みこんでから言葉を続けた。

 

「何から聞いたらいいかな……」

 

 李狐が、サイドメニューのナゲットを齧りつつそれに答える。

 

「……悪いけど、和泉が倒れた件はあんまり詳しく話したくない」

「そっか」

 

 愛華がピザを一切れ食べ終え、ゆっくり頷く。

 彼女は顔を上げると知尋を見つめる。

 探るような、言葉を選ぶような視線から逃げることもできず受け止めていると、少女の唇がぼそりと声を発した。

 

「じゃあ、別のことを聞くね」

 

 赤くなったまま、視線を知尋から李狐へと移して。

 彼女は遠慮がちな問いを投げかけてきた。

 

「和泉君と、李狐ちゃんは付き合ってる……の?」

 

 ……言いたいことは良くわかった。

 倒れた事情はわからなくとも、李狐が知尋の件で愛華に助けを求めたのは事実。そして、知尋を運び介抱する過程で愛華は気づいたはずだ。

 李狐が知尋の家を知っていること。部屋の勝手を多少なりとも知っていることに。

 なら、そういう結論に至るのは仕方ない。

 

「まさか。なんであたしがこいつと」

 

 先に答えたのは李狐だった。

 ありえない、と言ってピザを手に取り齧る。

 そんな彼女を愛華はしばらく見つめた後、静かに言った。

 

「さっき、和泉君のパジャマを取り出す時、迷ってなかったよね」

「っ」

「それに、李狐ちゃんと和泉君、同じ匂いがしたし。さっきシャワー浴びたり、和泉君の身体も丁寧に拭いてた」

「……ぅ」

 

 鋭い。かなりの注意力だ。

 そういえば、臭いについては真里亜にも指摘された。李狐もそれを気にしたのだろうが、シャワーまで浴びたのは逆効果だったかもしれない。

 

 ……おそらく、もう誤魔化しきれない。

 

 だとすればどこまで話すべきか。

 ご主人様と奴隷の関係だとか言っても信じてくれないだろうし――。

 ちらりと李狐を見る。

 彼女は知尋の視線を見つめ返すと小さく頷いた。

 

「……和泉と付き合ってないのは本当。それに、これから付き合う予定もない」

「身体だけの関係、ってこと?」

 

 愛華の推測はある意味正しい。

 しかし、李狐は首を振った。

 

「違う。あたしは和泉と付き合う気はないけど……何とも思ってないわけじゃない」

「え」

 

 思わず声を上げてしまうと、少女二人から不思議そうに見られた。

 ……李狐がそこまで言うとは。

 ここ最近の態度から、嫌われていないとは思っていた。同時に、本気で好かれているとは思っていなかった。

 二人の、ここまでの成り行きを考えれば当然だ。

 

「ごめん、よくわからない」

 

 愛華が手を膝に下ろして俯いた。

 知尋と李狐、それから真里亜が築いた関係は、一般的な恋愛のそれとは全く違う。日の当たる、明るいところを歩いてきた愛華に調教だのSMがどうのと説明しても理解してもらうのは難しいだろう。

 李狐が食事をする手を止めずに言った。

 

「わからなくてもいいよ。ただ、あたしは無理にそうしてるわけじゃない。それだけわかってくれれば」

「……李狐ちゃん」

 

 愛華と李狐の関係について、知尋はよく知らない。

 二人から聞いた話から想像するに、あまり深い関係ではないはずだ。李狐にとってはただのクラスメートで、相いれない存在。

 愛華にとっての李狐は、友人、なのかもしれないが。

 

「和泉くんは」

 

 少女の視線が再び知尋へと向けられた。

 その表情は、嫌悪というよりは困惑に見える。まだ話を理解しきっていないからだろうか。

 

「昨日、私に好きだって言ってくれたのは嘘、だったの?」

 

 ずき、と胸が痛んだ。

 そう。知尋が愛華に、告白まがいのことをしたのはまだ昨日のことだ。

 色々あって忘れていた――きっと愛華の方もさっきまで似たようなものだったのだろうが。

 知尋は愛華の問いに答えようと口を開いて。

 

「え、何それ。いつの間にそんなこと言ったの?」

 

 李狐にじろりと睨まれた。すかさず愛華が答える。

 

「放課後、廊下で会ったの。正確に言うと好きって言われたんじゃなくて、私が好き? って聞いたら『もう手遅れ』って言われたんだけど」

「へー、ふうん」

 

 何故か一瞬にして、愛華に答える雰囲気ではなくなっていた。

 

「それで、高槻さんはなんて答えたの?」

 

 麦茶の入ったグラスを傾けながら李狐。ガールズトークというかぶっちゃけトークというか、そんな感じだが、知尋にしてみれば針のむしろだった。

 

「えっとね……答えてないの。急に言われてびっくりして、そのまま逃げちゃった」

 

 愛華の頬が軽く膨れる。

 知尋は彼女から、非難するような視線で睨まれた。

 

「大変だったんだよ。あのあと何も手に付かなくて。晩ご飯の味も良く分からなかった」

「ご、ごめん」

「本当だよ」

 

 謝ったら溜め息をつかれた。

 ……高槻愛華というのはこういう子だったのか。人の悪口なんて言わないタイプの子だと思っていたが、案外はっきり言うこともあるらしい。

 

「一晩いっぱい悩んだと思ったら、公園で倒れてるし。私、無茶なことはしないでって言ったのに。……しかも、いきなりこんなこと言われるし、もうわけわかんないよ」

「……ごめん」

 

 返す言葉もなかった。

 テーブルからほんの少し下がって手をつき、頭を下げる。

 突然告白してしまったこと、治療のために手を煩わせてしまったこと、こうして混乱させてしまったことにせめてもの謝意を示す。

 

「でも、昨日言ったことは本当だよ。僕は、高槻さんのことが好きなんだ」

 

 本人にはっきり言うのはこれが初めてだ。

 気恥ずかしいし、今更だが。

 今しか言うチャンスはないだろうから。

 

「………」

 

 愛華からの返事はない。

 彼女は、どういう表情をしているのか。

 

「はいそこ、顔上げない」

「―――」

 

 何故か李狐にぴしゃりと言われた。

 しかし、その通りだ。今の知尋にその権利はない。

 ただ待つ。

 愛華から何らかの回答があるまで待つ義務がある。

 

「初めてだったんだよ。そんなこと言われたの」

「へ? あれ、神代とかは?」

「あれは、好きだから付き合ってほしい、って話でしょ? 初めてだったのは、ただ『好きだ』って言われたこと」

 

 確かにあの時、知尋は見返りを求めなかった。

 単にそんな心理的余裕はなかったから。知尋が求めているのは愛華との交際ではないから……というのが主な理由だが、愛華には違う意味に受け取れたらしい。

 

「和泉君は私をどうしたいのか。私にどうして欲しいのかわからなくて、考えれば考えるほど和泉君のことばっかりになってた」

 

 ……それは、まるで。

 知尋の言葉が嫌ではなかったと言っているようで。

 

「あのさ、高槻さんて駄目な男に引っ掛かるタイプでしょ」

「それ、李狐ちゃんが言うの? っていうか、わざと私に意地悪言ってたりする?」

「まさか。あたしは高槻さんが和泉とどうなっても構わないし。今更自覚したってあたしはもう手遅れだし」

「手遅れ、か」

 

 顔を上げられないまま、少女達は知尋をよそに言葉を交わす。

 そして。

 

「ねえ、和泉君」

 

 顔を上げた知尋を、愛華が複雑な感情を湛えた瞳で見つめた。

 

「いつも、李狐ちゃんとどういうことしてるのか、一度見せてくれないかな」

 

 言われた意味を理解するのに、知尋はたっぷり数秒を要した。

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