失策だった。
知尋の取り乱しように安心し気を取られた。真里亜から家に招かれたことに舞い上がったのも間違いだった。
……それでも、対処は可能だったはずだ。
読心によって垣間見えた真里亜の闇。そして快感を返す力。あの二つの誤算さえなければ、いくらでも。
しかし、後悔しても状況が変わることはなく。
――あれから何度も絶頂させられた。
どれだけ泣き叫んで懇願しても、真里亜は許してくれなかった。絶え間ない責めを受けたクリトリスは痛いほど勃起し、身体はぐったり疲れ切っている。頭も快楽浸けにされてまともに働いてくれない。
できるのはただ、与えられる快感を甘受することだけ。
……もう、いっそこのまま心まで委ねてしまおうか。
真里亜を自分のものにするのも、自分が真里亜のものになるのも大差ないかもしれない。そんなことまで考えたが、その度に思い直す。
奪われるのは嫌だ。奪う側に立っていなければ何も意味がない。
必死に自我を繋ぎ止めながら、華は思った。
……少し前から真里亜が触れて来ないが、どうしたのだろう。
放置プレイ? だとしたら、彼女は一体、どれくらいの時間この責めを続けるつもりなのか。
と。
ベッドに誰かが体重をかけるのがわかった。
一つ、二つ……いや、三つ?
ヘッドホンが外され、目隠しも取り除かれる。そうして、正面から華のことを覗き込んでいたのは、
「こんばんは、御宿さん」
「和泉、君……」
知尋だった。服を着ておらず裸の状態。
初めて見る彼の裸体は意外にも、ある程度は肉付きがあった。もっと少女と見間違うレベルかと思っていたが。
左右に視線を向けると、左側に真里亜の姿もある。右側には金髪の少女――西崎李狐。二人とも下着姿で、李狐は首にチョーカーを巻いている。
何故ここにいるのか。決まっている、真里亜が呼んだのだ。
理解すると、少しだけ頭が冷えた。
極力、皮肉めいた表情を作って知尋に告げる。
「何の用ですか? 正直、あなたはお呼びじゃないんですけど?」
「決まってるよ。能力を返してもらいに来たんだ」
少しは怯んでくれるかと思ったが、彼は静かに華を見下ろしてくるだけだった。
瞳を合わせることで伝わってくる感情は――憐憫。
いらっとした。
「はあ? 何で返さなくちゃいけないんですか? ここで返す意味ないですよね?」
彼から奪った読心は最後の切り札だ。これがある限り知尋は下手に出ざるを得ない。こんな使いづらい微妙な能力でも失うのは耐え難いはずだ。
当たり前にあったものが失われる、言わば手や足を一本もがれるようなもの。
しかし。
「そっか。じゃあ、諦めるよ」
「……え?」
「読心は持っていてくれて構わない。これからずっと、その力で『略奪』のスロットを埋めておけばいい」
知尋はあっさり能力を放棄した。
……理解できなかった。
能力を奪った時、彼は確かに動揺していた。大事でないはずがないのに、何故簡単に手放せるのか。
少年の手が華の顎にかかる。男に触れられることに寒気を感じる。
「真里亜が帰ってきてくれるなら、能力は御宿さんにあげるよ。その二つを天秤にかけるなら、僕にとっては真里亜の方が大事だから」
それに、と彼は続けて。
「その方が調教には好都合だ」
くいっと顔を動かされ、横にいる真里亜と目が合う。
またあの感覚。絶望的なまでの性欲が全身を支配する。
華は再び恐怖から目を瞑った。
この流れはまずい。
切れるカードは何が残っている?
「……こんなことして、ただで済むと思ってるんですか?」
人を監禁し、暴行を加えるのは犯罪だ。
今日は日曜日だからいいとしても、平日になれば華は学園に通わなければならない。もし無断で何日も休むことになれば、学園側も何かしらアプローチを取ってくる。
警察沙汰になれば、破滅するのは知尋達の方だ。
形振り構わない脅し。捨て身の脅迫だが、それだけに効果があった。知尋は「そうだね」と答える。
「でも、それが何なのかな」
「は?」
こいつは正気なのか。
華は目を瞑ったまま、声のする方向に首を向けて叫んだ。
「馬鹿ですか!? 国家権力に捕まれば終わりなんですよ!? 個人の能力なんかで対抗できる相手じゃありません。だって相手は組織なんですから!」
警察にも『落とし物』はいる。それも同じ『落とし物』、犯罪を行う能力者を取り締まる訓練を受けたスペシャリストが多数。
発覚した時点で終わり。抵抗の余地なく身の破滅だ。
なのに。
「だから、関係ないんだよ。……警察が動くとしても、それまで何日かかる? 学園が御宿さんの欠席を不審に思うのだって、何日か猶予があるよね?」
無断欠席を咎められるとしたら、少なく見積もって三日というところか。
つまりは七十二時間。
「それだけあれば、十分御宿さんを調教できるよ。その上で、従順になった御宿さんに証言して貰えばいい。合意の上の行為だった、全て自分の意思だった、って」
監禁ではなく、知人の家に泊まっていただけなら。
凌辱ではなく、SMプレイの一環なら。
他者から咎められ罪に問われる謂れはない。
知尋の手がゆっくりと降りていく。首筋、鎖骨、そして胸へと。
「……やめて!」
華は思わず叫んだ。
レズビアン、同性愛者と呼ばれる性癖になったのがいつだったかはわからない。真里亜に拘っているうちにいつの間にか、だとは思うが。
男の汚い手には触れられたくない。
「それ以上触ったら殺します。絶対に、どれだけ調教されても恨み続けます。思いつく限りの方法で痛めつけて、命乞いをされても嘲笑って、死んでいくあなたを見届けます」
本気だった。本気だったのに。
「そっか。じゃあ、とりあえず七十二時間頑張って。真里亜、李狐。悪いけど、何日か交代でこの子を調教することになるから」
「はい、ご主人様」
知尋は事もなげに言い、二人の少女は声を揃えて答えた。
彼らは本心から華を調教して狂わせる気なのだ。
……七十二時間。
途方もない時間だ。その間に助けが来る見込みも薄い。舞阪は単に情報収集を依頼しただけで仲間ではないし、義理の両親に今の状況が伝われば華を切り捨てる可能性が高い。
「わかりました」
「ん?」
「返します、和泉君の能力。だから、私に触れるのは真里亜ちゃんだけにすると約束してください」
切り札を賭けた交換条件。
犯すのを止めろと言っても拒否されるだろうから、ぎりぎりまで譲歩。真里亜に犯されるだけなら心までは壊されない自信がある。
耐えきって、警察に行くなり知尋を殺すなりすればいい。
「……わかった。約束する」
かかった。
「ありがとうございます。恩に着ます」
華は念じ、自らの『略奪』を解除する。
ふっと身体が軽くなるような感覚と共に、奪った読心能力が知尋に戻る。
恐る恐る目を開けると、知尋と真里亜が正面から見つめあっていた。
「……確かに、戻ってるね」
「ええ。おめでとうございます、ご主人様」
「ありがとう。真里亜のお蔭だよ」
視線を交わしたあう二人。
やはり、知尋が大きく態度を変える様子はない。やはり彼は、真里亜の感情をしっかりと受けとめているのか。
しかし、これで華は邪魔な読心能力を失った。
真里亜の性欲に影響を受ける心配もなくなり、無事に乗り切れる可能性が格段に――。
「では、ご主人様。華さんの調教を始めましょうか。……三人で」
「そうだね」
「な」
何を言っているのか。
「ふざけないでください! 約束、したじゃないですか! 私に触れるのは真里亜ちゃんだけにするって!」
頭に血が上っていく。
裏切られた怒りで思考がいっぱいになり、形振り構わず叫ぶ。拘束された腕と足を力いっぱいがちゃがちゃと揺らす。
そこへ、ぱん、と。
知尋から平手が飛び、華はぽかんと彼を見た。
冷たい目。
「確かに約束したよ。だから、今からその約束を破ることになるね」
「な……」
再び怒声を漏らそうとするも、それは阻まれた。
それまで黙っていた三人目、李狐が突然、華の口へボールギャグを突っ込んできたからだ。口の力で押し出そうとすれば力いっぱい押し込まれ、もう片方の手も使ってきつくベルトを絞められる。
耳元で彼女の囁き声が聞こえた。
「ね、諦めちゃいなよ。和泉がこうなったら絶対逆らえない。従って受け入れた方が楽しいし、気持ちいいよ」
正気じゃない。この少女も既に狂っている。
口ぶりからすると、知尋と真里亜によって調教された側なのだろうか。
だとしたら、自分もこんな風に……。
いや、絶対にならない。
絶対に耐えて、耐えきって、そして和泉知尋を殺してやる。
華はまず、少女二人に両側から愛撫された。
全身、性感帯であるなしを問わずくまなく指を這わされ、否応なく恍惚を味わう。気持ちいい。真里亜はもちろん、同性である李狐の指にも嫌悪感はない。
先の問答である程度収まっていた性欲が回復していく。
ローターが外され、ショーツに鋏を入れられて全裸になる。そうして乳首とクリトリスを重点的に責められると、華は簡単に絶頂してしまった。
二人とも責めるのが上手い。同性のツボを心得ているうえ、変な遠慮がないせいだろう。
的確に、華へ快楽を与え絶頂させることだけに集中してくる。
「さあ、ご主人様」
「この子の初めて、奪っちゃおう」
「うん」
二人の声に頷いた知尋が、華へと覆いかぶさってくる。必死にじたばたともがいてみるが無駄。股間に宛がわれたペニスが、ずぶりと華の中に侵入した。
熱い棒で貫かれるよう、というのは本当だった。
人の身体が何故こんなに熱く、固いのか。女は何故、男に犯されるための器官などというものを備えているのか。
身体が裂けてしまうのではないかという衝撃。
「手加減はしないよ」
ずん、と。
入り口から奥まで、一気に貫かれた。
「んぐうううううぅぅぅっ!?」
痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い。
こんなもののどこが気持ちいいのか。
痛みを堪える暇もなくペニスを出し入れされ、やがて膣内に精液を吐き出される。当然、避妊具は着けておらず、妊娠の可能性なんて考慮してもくれていない。
処女を奪われた。
真里亜に、指かペニスバンドで優しく奪って欲しかったのに。よりにもよって男、しかも真里亜を奪った和泉知尋に初めてを捧げることになるなんて。
自然と瞳に涙が浮かび、とめどなく流れた。
「あはっ。いい顔。あたしもこんな感じだったのかな。見る側になってみると楽しいね」
「西崎さん。あなたも大概歪んでいるわね」
「何、悪い?」
「いいえ。ご主人様のお役に立つのなら構わないわ」
その後も、三人からの責めは終わらなかった。
知尋は華に何度も挿入し、膣内や身体に遠慮なしに射精した。真里亜と李狐は愛撫を繰り返し、膣の痛みを和らげた。
しばらくすると知尋と真里亜は部屋を出て行った。残された李狐は華に、
「悪く思わないでね。どうせあんたも後で感謝するだろうし、辛いのは今だけだから」
責め手が一人になっても全く容赦はされなかった。
李狐は華が感じる部分を長時間責め続けた。中断するのは十五分程度の小休止を挟む時だけ。やがて知尋と交代するまで続けられた。
「言った通り、この生活が少なくとも七十二時間続くから」
そう言われて気が狂いそうになった。
別の能力を『略奪』する機会もなかった。三人とも、華と五秒以上視線を合わせないよう徹底している。そもそもこの三人の能力では、どれを奪っても拘束を解くことはできないのだが。
……やがて、華は自己防衛のため、少しずつ己の思考を鈍らせていった。
ただ人形のごとく抱かれ、愛撫を受け入れる。拘束されたまま給仕されるのも、女性陣が排泄の世話をしてくれるのも、考えないようにすれば受け入れられた。
知尋達は交代で学園を休むことにしたようで、調教は本当に途切れることなく続いた。
一応、睡眠の時間はある程度取ってもらえたが、起きている間は食事や排泄以外、ずっと快楽を与えられ続けた。
体感で一日目の夕方になった頃、知尋に首輪を着けられた。
ピンク色をした、少々可愛らしいデザインのものだ。それを傍で眺める真里亜もまた、黒い首輪を着けている。
例の、知尋に与えられたというあの首輪だろう。
二日目に突入する頃には消耗が激しく、拘束なしでも抵抗できなくなる。
下手なことをすればお仕置きをすると言われ、仕方なく手淫やフェラチオをした。精液の匂い、味にだんだん慣れていく自分が嫌だった。
三日目。知尋とのセックスでも身体が反応するようになった。真里亜や李狐に愛撫されながら知尋に抱かれ、遂に絶頂した。一度イクことを覚えてしまうと、身体はどんどん敏感になり絶頂しやすくなった。
そして監禁から七十二時間。
ちょうど三日間で調教は終わった。真里亜と李狐、少女二人がかりでお風呂に入れられる。女の子に抱きしめられながら身体を洗われ、熱いお湯に浸かると幸福感が生まれ、心が良くない方向に溶かされた。
お風呂から出ると首輪と下着だけを身に着けさせられ、知尋の前に出される。
「よく頑張ったね」
そう言って知尋は華の頭を撫でた。
気持ちいい、という思いを振り払って彼に尋ねる。
……大丈夫。まだ自分は壊れ切っていない。
「何のつもりですか? 私はまだ堕ちたつもりはありませんけど」
「そうだね。でも、今の御宿さんなら話を聞いてくれると思うから。取り引きしてくれたら解放しようと思って」
「取り引き、ですか?」
彼らは夕食まで出してくれた。自分で手を動かして食事をするのは久しぶりで、人間らしい作業に涙が出そうになった。
それが策だと理解していても、だ。
「うん。解放する代わりに、ここであったことを外部に漏らさないで欲しい。どうかな?」
華は食事の手を止め、言われた内容を吟味した。
……悪くはない。
「構いませんけど。私が約束を守る保証はありませんよ」
知尋も華との約束を破っているのだ。今更、相手を裏切ることに躊躇などない。
と、知尋は静かに頷いた。
「そうだね。でも、警察なり学園なりにここでのことを暴露するのは、御宿さんにとっても自爆になる。そう簡単にはできないよ」
一件が騒ぎになれば、華が性的暴行を受けたことが学園内にも広まる。そうすると今まで通り生活が送れる保証はない。最悪転校の必要があるかもしれないし、御宿の両親からの扱いもどうなるか。
続けて李狐が口を開く。
「ついでに言うと、捕まるのは和泉だけじゃないよ。あたしと深海さんも捕まる。あたしと和泉はどうでもよくても、深海さんと会えなくなるのは困るんじゃない?」
「それは……」
真里亜への未練は残っている。
むしろ、ここまでして手に入らない相手。彼女を手に入れたい気持ちは強くなってすらいる。みすみすチャンスを手放すのは気が引ける。
更に真里亜が。
「加えて保険をかけるわ。あなたが外部に漏らすつもりなら、私達は、撮影したあなたの痴態を実名付きでネットにばらまく」
調教中、華は何度も写真を撮られていた。四肢を拘束された写真、精液で汚れた身体の写真、膣内から精液を垂れ流している写真……等々だ。
「逆に黙っていてくれるなら……このマンションに来て、その首輪を着けて、和泉君に抱かれる条件であれば、私もあなたの相手をしてあげる」
華の物になる気はさらさらないが、知尋の奴隷――同格の存在としてならレズプレイにも応じるという。
「私に、和泉君の奴隷になれと?」
「そうよ。まずは形から。心まではいずれ染まってくれればそれでいいわ」
「馬鹿にした話ですね」
しかし、一方で魅力的でもある。
「……わかりました。条件を飲みます。体育祭も迫っていることですしね」
体育祭は二日後。
休息を取って体力を回復させる時間も考えれば、今、解放されなければ間に合わない。義理の父親から柴鳳に通うことを命じられている華としては、入学して三か月で学校行事を欠席するわけにはいかない。
「交渉成立だね。これからよろしく、華」
「っ。気安く名前で呼ばないでください」
苛立ちを隠さずに言って知尋を睨みつけた。
「いつか後悔させてあげますから」
「好きにすればいいよ」
微笑みと共に、華の瞳がじっと覗き込まれる。
果たして、読まれた感情はいったい何だっただろうか。
その後、華はいともあっさりと解放された。
切り裂かれた服の代わりに、真里亜の服を一着くれた。サイズは微妙に合わなかったが、彼女の物を手に入れた興奮に比べれば些細なことだった。
用意してきた淫具は置いていく。知尋が触れた道具なんて持ち運びたくないし、精液が付着した物もある。安くはないが、ある程度のお金は自由になる立場だ。
家に帰ったら寝て、ご飯を食べて、また寝た。
「……何でだろう」
犯され、大切な物を奪われた割に怒りが薄い。
怒りや憎しみはあるものの、それらは激情のレベルに達してくれない。心の水面を揺らすのはほんのそよ風だ。
空いた心の穴に、何か別の物を詰め込まれたか。
「あー、もう。本当、絶対殺してやる」
どうやって殺そうか、妄想のような計画を頭に浮かべていると、少しは気が紛れた。
体調が回復したのは、結局、体育祭当日の登校時間ぎりぎりだった。