※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第五十四話 体育祭(後編)

 昼休み明け一発目の種目は男女混合リレー。

 男女平等の方針を取るこの学園らしく、男女別にしないあたりは特殊だが、代わりに男女比は半々と決められている。

 やはり学年別で行われ、やってきた三レース目。

 A組の朱香、C組の神代が体育祭中で唯一、直接対決することとなる。奇しくも二人ともアンカーである。

 

 第一走者、第二走者まではC組がリードした。しかし、第三走者でB組に抜かされる。C組の第三走者は騎馬戦に参加した一人で疲労が溜まっていること、B組が前評判通り、総合力では学年トップクラスを誇ることが要因だ。

 A組は、第三走者までずっと三着のまま。こちらは三人とも騎馬戦に参加したメンバーだった。

 

「っていうか、主力を酷使しすぎじゃね? いや、うちもだけど」

「……あはは」

 

 能力の問題もあり、この学園では上位陣と下位陣の差が激しくなりがちなため、一部メンバーが出ずっぱるのは仕方ないのだろうが。

 問題は第四走者。

 神代が、愛華の治療でどこまで回復しているか。カーブを含む二百メートルという条件で朱香の爆発力がどこまで響くか、B組は作ったリードを守り抜けるか。

 B組の第四走者が一位で走り出す。やはり速い。能力なしの条件下でならかなりのスピードだと言っていい。次いで神代がバトンを受け取り、弾けるように加速していく。

 

「いきなり全開かよ」

 

 神代の能力は身体能力を全体的に強化するもの。トップスピードに乗るまで時間がかかる、という原則は変わらない。それを曲げようとすれば身体に負担がかかるはずだが、そうでないと勝てない、ということか。

 知尋は神代の後方、今まさにバトンを受け取ろうとしている朱香を見る。

 彼女はにっと口角を上げ、前方を見据えていた。

 バトンを受け取った瞬間、彼女は一気に最高速に。

 

 見る見るうちに二位、そして一位との差を詰めていく。無論神代も負けてはおらず、更にスピードを上げながら走る。

 

「っし」

 

 舞阪が小さくガッツポーズ。神代がB組の生徒を捉えて一位に。直後、朱香も二位に躍り出る。

 最後の十数メートル。

 一位、二位の差は殆どない。神代と朱香は最後までデッドヒートを続け、ほぼ同時にゴールした。

 

 どっちが勝ったのか。

 観戦者の誰もが固唾を飲んで見守る中、グラウンド内にアナウンスが流れた。

 

『只今のレース、一着はC組チーム!』

 

 各クラスから喜び、落胆の声が上がった。これでC組チームには多めのポイントが加算される。

 大きく掲示された得点ボードを見やり、舞阪が呟いた。

 

「さて、これでわからなくなってきたかな?」

 

 

 

 男女混合、学年混合の綱引き。

 種目決めの際、知尋は正直、真里亜が何故この種目にエントリーしたのかわからなかった。しかし後日、彼女が知尋の切り札を真似してみせたのを見てからは、なんとなく意図を理解していた。

 チームが三つのため代表者がじゃんけんを行い、B組チームがシードに決まる。

 

 綱引きには、神代や朱香、華は参加していない。個人技で戦える生徒は別の種目に出した方が得、という判断からだろう。同時に個人種目に出ない生徒が集中する種目でもあるらしく、意外に女子の比率も高い。

 そんな中、C組チームの生徒に混じって立つ真里亜は少し浮いていた。

 皆と同じ体操着姿で、見た目の上ではおかしなところはない。しかし、他の生徒に比べて明らかに競技へ臨む姿勢が違う。

 綱をしっかりと握り、足をもっとも力の入る位置で止める。

 ぱん。

 開始の合図が鳴ると、彼女はぐっと綱を引き、己の身体を突き刺すように地面を踏みしめる。おそらく、彼女の身体には今、本来許容オーバーのはずの力がかかっている。

 あの拳と同じ要領。

 身体を痛めつけるレベルの力を意図的に出し、身体へのダメージは自己治癒の能力で端から軽減していく。全力以上の力を出し切ることで、真里亜の供給する力は非力な女子一人分のそれを大きく上回ったはずだ。

 団体競技故、それがどこまで影響したかは不明だが――。

 

『只今の競技、勝者はC組チームです!』

 

 C組は僅差でA組チームに勝利して見せた。

 

「……でも、これって不公平だよね」

「だよなあ」

 

 続(・)け(・)て(・)行(・)わ(・)れ(・)た(・)決勝戦、疲労の溜まっていたC組チームはあえなく敗北、二位という結果に終わった。

 

「今の勝負、じゃんけんの時点で殆ど決まってるじゃねえか!」

 

 舞阪が突っ込みたくなる気持ちもよくわかった。

 

 

 

 障害物競争にて。

 トラックの一番内側に設置された一メートル以上あるハードルを、跳躍力を強化した生徒が軽々飛び越える。かと思えば続く生徒が浮遊能力で飛び越え、最後の生徒は風の能力で触れずにハードルを倒し――これはやり直しを命じられていた。

 クイズ競争なる独特の競技では、次々出題されるクイズを舞阪が連続正解、不正解の場合に課せられるペナルティを回避して好成績を残した。

 飴食い競争では「追加で飴を探すと得点追加」のルールを利用し、五感を強化する生徒が次々飴を発見するという地味な活躍をしていた。

 そんなこんなで。

 

 

 

 各チームの獲得点数は、なんだかんだ、最後の種目まで大差がつくことはなかった。それぞれのエースがエースらしく活躍し、取れるところで点数を取っていった結果、というところだろう。

 暫定一位はA組、次いでC組、B組の順。

 しかし最後の種目――借り物競争の結果如何では逆転もありうる範囲だった。

 

「……でも、借り物競争を最後に持ってくるのもどうなんだろうな」

 

 出番を全て終え、休息モードの神代が知尋の隣で呟く。

 彼がちらりと視線をやった先には保護者・来賓席。お昼前後の時点と比べると、そこはかなり人が疎らになっている。ここは交通の便も悪いから、早めに帰るのは仕方がないことではあるが。

 せっかくの借り物競争なのに、人の減少に伴って「物」も減っていくという悲しさ。

 と、舞阪がさすがの博識ぶりを発揮し、

 

「所要時間が読みづらい種目だから最後にしてるらしいぜ。何でも、過去の最高記録は一時間弱だそうだ」

「それは、この時間帯に持ってきた弊害じゃないのかな?」

「タマゴとニワトリの話になるからやめとかね? それより、高槻さんを応援する方が健全だろ」

「そうだな」

 

 すかさず答えたのは神代だった。

 借り物競争も、綱引きと同様に男女混合、学年無視の一回勝負。各クラス一人ずつの計十二人が一斉に行う。

 スタート地点は生徒席から見てトラックの遠い側。スタートの合図と共に十二人が一斉に飛び出し、トラックを半周していく。

 スタート地点の反対側、生徒席のすぐ傍にはお題を入れたボックスが設置されており、一位で辿り着いた生徒から一枚、お題の書かれた紙を引く。ここに書かれた内容通りの品を持って残りの半周を終えればゴールだ。

 

「さ、サンドイッチ……!? このタイミングで!?」

「おい、待て。甲子園の砂って何だ!」

 

 紙を引いた生徒からは次々に歓声やら悲鳴が上がる。どうやらお題は割と鬼畜なものばかりのようで、所要時間が長い要因にはそれもあると思われた。

 

「お、高槻さんも引くっぽいぞ」

 

 愛華はやや遅れてボックスに到着。学年的にも性別的にも単純な競争だとハンデがあるが、借り物競争ならここから逆転する目が十分にあり得る。

 ボックスに手を突っ込み引き抜いた愛華は、手にした紙を確認し――。

 

「……え?」

 

 目を丸く見開いて硬直した。

 十数秒経っても動かない彼女を見て、1-Cの女子達が声を上げる。彼女達に言われるまま愛華は生徒席に駆け寄り紙を広げる。

 すると、何やら爆笑が起こった後、女子達が揃って男子の方を振り返った。

 こちらを指さされる。いや、注目されているのは知尋ではなく神代か?

 

「あ、あうう……」

 

 しかし、愛華はなおも逡巡する。何やら顔も赤い。

 どうしたのかと心配になってきた頃、彼女と一瞬目が合った。

 

「……あ」

 

 それで、愛華は意を決したように動き出した。1-C男子の席へ駆け寄り、神代と知尋、舞阪を順に指さして告げる。

 

「そこの三人、じゃんけんして!」

 

 ……じゃんけん?

 三人揃って疑問符を浮かべつつ、言われた通りに。結果、二回のあいこを経て知尋が勝った。

 と。

 

「え」

 

 何故か意外そうに固まる愛華。

 彼女は数秒、何かを考えるようにして――。

 

「じゃあ舞阪君、一緒に走って!」

「は? お、おう」

 

 舞阪も良く分からない、という顔のままそれに応じ、愛華と共にトラックを周回、呆気なくゴール。サンドイッチだの甲子園の砂だののお蔭か、なんと一位通過だった。

 何が何やら。

 神代と顔を見合わせていると、

 

「和泉君、空気読みなよー」

「え? え?」

 

 女子達から声がかかる。

 

「あはは。あの紙ねー、彼氏または彼女(候補でも可)って書いてあったんだよ」

 

 成程。

 それで、神代が指さされていたのか。

 それで、じゃんけんに勝ったのに除外されたのか。

 ……いっそ、最初から神代を選んでくれればいいのに。

 

「チェンジ! って奴だな」

 

 男子の誰かの声に、一瞬物凄い殺意が湧いた。

 

 

 

 最終的な結果発表は閉会式まで持ち越された。まあ、各種目の得点配分は発表されているので、直前の得点分布から計算できるのだが……わざわざ計算した者も、声に出して言う程野暮ではなく。

 校長先生からの有り難いお言葉などを聞いた後、ようやく発表が行われた。

 

『発表します! 優勝はC組チーム!』

 

 わっ、と。

 各学年のC組から歓声が上がった。逆にA組、B組からは落胆の声。

 

『優勝チームには、賞品として学食・購買用のクーポン1000円分が全員に贈られます!』

 

 賞品の宣言があった途端、場のムードが逆に「あ、うん……」となったのもまあ、ご愛敬である。

 閉会式終了後、生徒達は片づけ作業を行ってから学園を後にする。

 翌日は休み……ではなく終業式だ。半日で終わるのだから、疲れた身体を引きずって来い、という有り難い運営方針である。

 

 

 

「お疲れー。ま、勝てて良かったよね」

「ええ。結果にそこまで執着するつもりはないけれど、負けるよりはずっと気分がいいわ」

 

 帰宅後、各々着替えた上で居間に集まる。

 李狐と真里亜、女性陣は体育祭の顛末に上機嫌の様子。しかし、知尋は彼女達に笑顔で答えつつも、いまいち浮いた気分になれなかった。

 

「何、知尋? 高槻さんに振られたこと、まだ気にしてるの?」

「……はっきり言わないで欲しいな」

 

 見透かされている、というかバレバレか。あのやりとりは当然、李狐や真里亜も聞いていたはずなのだから。

 

「仕方ないって。高槻さんだって人間なんだから、好き嫌いくらいあるよ」

「……うん」

 

 わかっている。

 ただ、気持ちが追いつかないだけだ。

 と、考えているとまた気分が沈んでくる。軽く首を振って切り替えようとしていると。

 

「本当に、高槻さんは和泉くんを振ったのかしら?」

 

 真里亜が良く分からない、という顔で首を傾げた。

 

「それは」

 

 振られただろう、と。

 自分で言うのはなんとなく気が引けて、知尋はそのまま口ごもる。

 しかし、偶然の結果、知尋を選ぶことすら愛華は拒否したのだ。あれが振られたのでなくてなんだというのか。

 

「それよ。どうして高槻さんは、選びたくない相手を選択肢に入れたの? 選ぶ気がないのなら、最初から除外しておけばいいのに」

 

 あの時、舞阪が指名されたのは「ちょうど良いから」だろう。舞阪の性格なら、本人にも周囲にも変に誤解されにくい。その場限りの相手にはうってつけだ。

 なら、最初から舞阪を名指しした方が確実なのに。

 んー、と、李狐が唸り声を上げて指を立てる。

 

「実は舞阪が本命で、それを知られたくなかったとか」

「……自分で信じていない仮説を唱えるのはやめなさい」

「バレたか」

 

 ぺろり、と李狐が舌を出す。

 

「っていうか、あんたが恋愛の話に拘るとは思わなかった」

「拘るというか、疑問に思っただけよ。西崎さんこそ、彼女の行動に疑問はないの?」

「あるよ」

 

 李狐はあっさり首肯した。

 彼女はにっこりと笑い、意味ありげに知尋を見る。

 

「でもご主人様には教えない」

「え」

「いいじゃん。このまま無視されるくらいならレイプしちゃえば? 意外と受け入れてくれるかもよ?」

「……いや、ないない」

 

 少しだけ想像してみたが、どこまでも現実味がなかった。

 すると李狐はくすりと笑い、それきり愛華の話題を打ち切った。

 

「それよりさ。『これ』のことなんだけど」

 

 ぺらっと服を捲って晒したのは、真里亜と同じ形の痣。

 

「割といいね、これ」

「そうね。思ったよりも効果があったわ」

 

 彼女の発言に真里亜も頷く。

 

「そうなんだ」

 

 一方、知尋には実感がない。

 というのも、痣は知尋自身ではなく真里亜や李狐に影響するものだったからだ。

 事前に検証できたのは能力の発動条件と、効果の適用条件。肝心の効果の程はぶっつけ本番だったが。

 

「ええ。普段よりも一割から二割程度、力が発揮できた気がするわ」

「あたしも。幻を出すとき調子よかった」

 

 わかったことをまとめるとこうだ。

 発動条件は、対象が知尋と肉体的に接触していること。対象が知尋に従うと『心から』誓うこと。発動すれば対象に例の痣が浮かぶ。

 痣が浮かんだ対象は、あらゆる行動にブーストがかかる。正確には強化というよりは「調子がいい時の状態」に強制的に引き上げられるようなもののようだが。

 また、知尋は痣を持つ者の行動を任意に制限できる。こちらはあらゆる行動が不調になる感じだと、検証に参加した李狐が証言している。

 痣を真里亜達の側が消すことは不可能。知尋が念じれば任意に消去でき、もう一度、最初の手順を踏めばつけ直すこともできる。

 

「名前は『指揮』ってとこ?」

「『支配者の加護』というのはどう?」

「ええと。じゃあ、間を取って『支配』で」

 

 偉そうな名前だが、『指揮』だとやや意味がずれるから仕方ない。

 ……自分ではなく、他人を強化する能力。

 

「ちょっと、使いにくいね」

 

 効果対象が限定されすぎて応用範囲が狭い。

 というか、これを能力判定の場で披露すべきかどうか、そこから悩ましい。

 

「そうかしら?」

 

 しかし真里亜は首を傾げる。

 

「この能力の本質は、強化の容易さや強化される度合いにはないわ。むしろ逆よ」

「逆?」

「そう、逆」

 

 真里亜が手を広げて、自身の身体を抱きしめる。強く、強く。

 

「一度あなたに心を委ねたら最後、あなたに一生縛られる。逆らえば……残りの人生を全て、『支配』の呪縛を受けながら過ごさなくてはならない」

「支配の、呪縛」

「鎖、と言ってもいいわ」

 

 身体から手を離し、今度は首筋に触れる真里亜。

 

「繋がれたら最後、思い定めた主人に人生を捧げるしかない。これ以上ない『忠誠の証』だとは思わない?」

 

 ぞくりと、背筋に背徳の快感が走った。

 導かれるように、真里亜の漆黒の瞳を覗く。彼女は当然のごとく、知尋の指を、舌を、肉棒を求めていた。

 これまで何度も肉体を重ねたせいなのか。

 具体的なイメージすら伴って襲い掛かる衝動に、知尋はそのまま身を任せ――。

 

「ご主人様」

 

 李狐の細い指が知尋の手首を掴んだ。

 制止、ではなく。

 

「あたしだけ除け者とか……止めてくださいね」

 

 遠回しな懇願に、知尋は微笑んで頷いた。

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