※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第五十六話 終業式の約束

 翌朝、真里亜と李狐はさすがに眠そうだった。

 知尋は能力のおかげで十分回復しているものの、今日はセックスを控えた方がいいかもしれない。

 その辺りは真里亜達の意向次第か、と考えつつ登校。

 今日は終業式なので半日だけ。

 登校して式に出た後、HRで担任教師から諸注意を聞かされて終わり。能動的な作業がないため、特に面倒なこともなかった。

 

「な、これからカラオケにでも行かね?」

「カラオケって駅前の?」

「いいけど、今日はあそこめっちゃ混みそう」

 

 放課後の教室は夏休みに浮かれる生徒達で賑わった。

 

 柴鳳学園にも、夏季休暇は普通に存在する。その間は実家に帰るもよし、寮住まいの者はそのまま寮に滞在してもいい。

 また、夏休み中も学園は広く開放されている。一般的な高校でも部活動や補習が行われるが、知尋達『落とし物』にとっては学園内の訓練場が利用できるのはとても重要だ。

 熱心な者はトレーニングの計画を立て、そうでない者も帰省や遊び、宿題の兼ね合いで嬉しい悲鳴を上げている。

 

「俺は、この機会に集中してトレーニングをするつもりだよ」

「はは。さすが神代」

 

 教室内から一向に人が減らないせいか、知尋も今日は即座に帰宅できなかった。

 荷物を持って席を立ったところで舞阪に捕まり、なし崩しのまま雑談に付き合う羽目になったのだ。

 

「和泉君は? 実家に帰省するのかな?」

「一応、何日かは帰るつもりだけど……僕も基本的に訓練かな」

 

 もともと、知尋の実家はそこまで遠くない。通学には不便だが、ちょっと寄るだけなら日帰りも十分可能な距離だ。

 今の時代は携帯で連絡も取れるし、実家は母一人。社会人の姉は多忙でなかなか帰ってこられないだろうから、帰っても母と二人。長く滞在するとかえって気を遣わせてしまいかねない。

 ……と、そこまでの事情は口にしなかったが。

 神代は深く頷いて、爽やかな笑顔を知尋に見せた。

 

「そうか。なら、休み明けにお手並み拝見だな」

「……うん」

 

 彼の引き締まった身体を見つめながら、知尋は彼に答えた。

 神代悠希は知尋にとって目標だ。夏休みを訓練に費やそうと考える理由の何割かは、彼に少しでも追いつくためだ。

 むしろ、ただ無為にこの夏を過ごすのでは、きっと、神代はもっと遠くまで進んで行ってしまう。

 と。

 見つめあう二人に、舞阪の軽い感じの声が割って入った。

 

「おーおー、熱いねえ。っていうか神代、お前はとりあえず最低一回遊びに誘うからな。海行くぞ海」

 

 微妙に長身で微妙にイケメンなクラス委員は、どうやら鍛錬よりも青春を謳歌する方に関心があるらしい。まあ、彼の場合は身体の鍛錬よりも頭脳労働がメインだろうから、一見ただの遊びでも、実は情報収集の役に立っている……なんてこともありえなくはない。

 舞阪に肩を叩かれた神代は目を細めて。

 

「海か。確かに泳ぐのは悪くないか……けど、何で俺だけ?」

「和泉はさすがにお前ほど訓練馬鹿じゃないし、遊ぶ宛てくらいあるだろ。……それとも和泉、一緒に来る?」

「あはは。いいよ、二人で楽しんできて」

 

 知尋と神代は別に憎み合う間柄ではないが、しかし友達かというと微妙なところ。長時間一緒にいては息が詰まってしまいかねない。

 

「いやまー、さすがに野郎二人では行かないけどな。さあ神代、誰を誘って欲しい? ……待て、皆まで言うな。お前が誘って欲しい子はわかっている!」

「いや、俺はまだ何も言ってないからな?」

 

 なおも漫才を続ける二人を残し、知尋はその場からフェードアウト。いったん自席に戻って荷物を持ち上げようとすると。

 

「和泉君達は、どこか遊びに行かないの?」

 

 横手から知尋を引き留める声がした。

 聞く者を安心させる穏やかな声の中に、ほんのかすかな辛味。

 すぐ隣の席。澄ました顔の真里亜と、「捕まった」という顔の李狐、それから笑顔の愛華が机を囲んでいた。

 

「……ええと」

 

 愛華の目が「座れ」と言っているように見えて、知尋は自分の席に腰かけた。

 正面から目を見る度胸はないので、憶測に過ぎないのだが。

 

「まだ決めてない、かな」

 

 先程の「達」はどういう意味だったのか。

 判断がつかなかった知尋は無難な答えを返す。実際、決まっていないというのも嘘ではない。

 

『和泉くん達は、夏休みはどうするのかしら?』

『……そーいえば、何も話してなかったっけ』

 

 真里亜からその話が出た時も、本当に「思い出したから」という感じで、特別な熱量は含まれていなかった。聞けば真里亜自身は帰省せず、ずっとマンションで過ごす予定らしい。

 

『北海道まで帰るのは面倒だし。親元が恋しい歳でもないもの』

 

 だから、知尋達も気にせず滞在してくれて構わないとのこと。

 

『そっか。ま、あんたらしいかも』

 

 李狐は二、三日の予定で帰省すると言っていた。寮を引き払う件を進めるつもりで、親と顔を合わせて話してくるらしい。

 

『知尋は? いつ頃帰るの?』

 

 マンションに知尋と真里亜を二人にしたくないからか、彼女は「帰省の予定を合わせよう」と言ってきた。なので帰省自体はお盆の時期と決まっているが、遊びの話に関しては何も出なかった。

 

「ふうん。じゃあ、お家でのんびりするの?」

 

 三人で。

 小さくそう付け加えられたように聞こえたのは気のせいか。

 ……不意に。

 知尋は衝動を抑えきれなくなり、愛華と視線を合わせた。

 ぴくっと、愛華が反応する。

 しかし目を逸らそうとしない彼女からは苛立ちが感じられた。ふわふわの髪に澄んだ瞳、心優しい彼女には似合わない感情に一瞬戸惑う。

 きっと、原因は知尋なのだろう。

 そんな思いと、愛華の苛立ちに引き寄せられるように、頭にふとした感情が浮かんだ。

 

「高槻さん」

「何?」

「夏休み、良かったら一緒にどこかへ行かない?」

「え?」

 

 愛華が目を瞬いた。

 李狐が「へえ」と小さく呟き、真里亜の漆黒の瞳が知尋へと向けられる。その間、当の少女はぱちぱちと何度も瞬きし、言われたことを咀嚼していた。

 その末に、可憐な唇から漏れた言葉は。

 

「なんで?」

 

 と、いうもの。

 真顔かつ平坦な声で。単純に疑問だというように。

 ……正直、心が折れかけた。

 何で私が和泉君と出かけなきゃいけないの? 何で、和泉君なんかが私を遊びに誘えるの? エトセトラ。

 意味合いに若干の差こそあれ、好意的な解釈はできそうにない。

 やっぱり嫌われてるんじゃ。そう思いつつも、知尋は気力を振り絞って答えた。

 

「僕が、高槻さんと一緒に行きたいから……じゃ、駄目かな」

「………」

 

 愛華はまたも回答に間を置いた。

 数秒の後、彼女はにっこり笑って。

 

「うん、駄目」

 

 真里亜がふっと息を吐いて視線を逸らした。一連のやり取りに興味を失ったように、どこともつかない場所を見て目を細める。

 一方、李狐は黙ったまま、愛華の横顔を眺めていた。

 ……二人の、この反応の違いはなんだろう。

 愛華の目を見る。

 彼女はなおもにこにこしたままだったが、その実――内心では怒っていた。煮えたぎるような熱量ではなく、チクチクと棘で刺してくるような怒り方。

 しかし、チクチクチクチク……と何度も刺されれば、むしろ一瞬で焼き尽くされるよりもある意味辛い。

 

「ね、和泉君。行くって例えばどこ? 海、山? それともプール? 花火大会とか? そういうところに私を連れて行ってどうしたいの?」

 

 棘が食い込む。

 

「……李狐ちゃんにしたみたいなこと、私にもするの?」

 

 決定的な言葉。

 幸い、今のところ教室内の喧騒は変わっていない。知尋達に注目する程、暇を持て余している生徒はいないようだ。

 それも時間の問題かもしれないが。

 ……どうして。

 

「高槻さん、そんなこと人に聞かれたら」

 

 誤解される、と言おうとしたのだが。

 

「うるさいなあ」

 

 苛立ちを隠そうともしないため息が吐き出される。

 

「私、今そんな余裕ないもん」

「高槻さん。それが地なんだ?」

 

 むしろ楽しそうに李狐が言うと、そちらをきっと睨む。

 

「李狐ちゃんにはわからないよ」

「かもね」

 

 金髪の少女が軽く肩を竦めると、愛華は再び視線を知尋へ。

 

「どうなの、和泉君?」

 

 これが、高槻愛華の地。

 本当に余裕がなくなって、苛立ちや怒りで支配された時の彼女の姿。周囲も気にせず、ただ自分の目的だけを果たそうとする。

 ……それ自体はおかしなことではない。

 他人に優しくできるのは、本人に余裕があるからだ。愛華だって人間なのだから、苦しい時に他人のことばかり思いやれるほど清らかではいられないだろう。

 追い詰めた知尋が言うことではないし――。

 愛華が自分に「地」を見せてくれたことが、ほんの少しだけ嬉しくなってしまった。

 軽く息を吸う。

 周囲の誰からも注目されていないのを確認し、愛華に届くギリギリの声量で言う。

 

「うん。高槻さんを抱きたい」

「……っ」

 

 愛華が小さく息を飲んだ。

 彼女は俯き、自分の胸にぎゅっと拳を押し当てる。

 それから顔を上げて、更にとんでもないことを口にした。

 

「わかった。じゃあ……和泉君の傍にいる女の子、全員と一緒だったら行ってもいいよ。海でも山でも、プールでも」

 

 知尋は、高槻愛華という少女がわからなくなっていくのを感じた。

 

 

 ☆   ☆   ☆

 

 

「……はあ。それは大変ですね。死ねばいいんじゃないですか?」

 

 アイスティーのグラスを傾けながら、黒縁眼鏡に二本のポニーテールの文学少女――御宿華は極めて冷たい声を上げた。

 服は清楚なワンピース。

 お出かけ用のアイテムを詰めた小さい鞄を傍らに置き、グラスを両手で支えている。それだけ見れば非常に可愛らしい。

 彼女が内に秘めた感情は、とても外見からは想像できないものだが。

 

「何人の女の子を抱けば気が済むんですか? この強姦魔」

 

 歯に衣着せない言動――その激しさ、鋭さは全盛期の李狐をも凌ぐ。物理的な脅威を伴わない代わりに、彼女は何の容赦もなく罵声を浴びせてくる。

 そんな華の姿を、知尋は近くの壁に寄りかかった姿勢で聞いていた。マンションの居間にあるテーブルは四人で使うには狭いのと、華が知尋と同じテーブルを囲むのを嫌がったからだ。

 知尋達がマンションへ帰り着き、一息ついた途端に来訪したかと思えばこの態度。原因の一端が自分にあることを思えば、知尋としては苦笑するしかなかった。

 

「ま、今んとこレイプされたのはあんた一人だけどね。……えっと、御宿さんだっけ」

 

 片手でグラスを握る李狐が素っ気なく言えば、華はちらりとそちらに目をやる。

 

「合ってますけど、しっかり覚えてるのに確認するの止めません? というか、なら、西崎さん……あなたは望んで、この男の奴隷になったんですか?」

 

 華は生粋のレズビアンらしい。

 なら、同性であり、何度も肌を交わした李狐に知尋程の嫌悪感はないはずだが、この二人は見た目からして正反対なせいか、見ていて不安になる。

 実際、彼女達の会話には薄氷を踏むような危うさがあった。

 

「そうだよ。最初は乱暴にされたけど、今は納得してる。だから、あたしは誰かに聞かれたら『合意の上だった』って答える」

 

 李狐の返答は、知尋が華に告げた「犯して服従させてしまえば合意の上になる」という台詞をなぞるものだった。

 一歩間違えばこうなっていたかもしれない姿――あるいは、自分の未来の姿を見せられた華は、きっといい気分ではないだろう。

 

「狂ってますね。あなたたちは皆」

「あんたも含めてね。……あは。御宿さんがご主人様に屈服して、甘い声でおねだりする時が楽しみ」

「来ませんよ、そんな時は」

 

 華は李狐の挑発を切って捨てると、先程から黙ったまま座っている真里亜を見つめた。

 

「……それで。真里亜ちゃんは、和泉君の恋路を応援するつもりなんですか?」

 

 漆黒の少女は顔を上げ、今気づいた、というように華を見る。

 微笑みと共に頷いて、はっきりと。

 

「ええ、もちろん」

「どうしてですか? こんな男、放っておいて私の物になりましょう? 私なら、真里亜ちゃん一人だけを愛せます。わざわざ最初の主人に義理立てする必要なんて」

「ねえ、華さん」

 

 静かな声が華の言葉を遮った。

 

「何度言われても私の返事は変わらないわ。私はあなたの物にはならない。まあ……そうね。ご主人様からご命令でもあれば別だけど」

「僕から真里亜を手放すことはないよ」

「ええ。私もそう願っています」

 

 知尋が答えれば、真里亜は嬉しそうに頷いた。

 そんな二人を見た華は忌々しげに吐き捨てる。

 

「……やっぱり、真里亜ちゃんを手に入れるには和泉君を排除するしかなさそうですね」

「物騒だね」

 

 知尋は苦笑した。

 やっぱり、彼女を支配するのは極めて遠い道のりになりそうだ。

 そちらはまあ、殺されないようにしつつ、ゆっくり進めていくとして。

 

「御宿さん。そういうわけで、僕達と一緒に遊びに行ってくれないかな?」

「何で私が和泉君と出掛けなくちゃいけないんですか?」

「………」

 

 女の子の「何で?」は殺傷能力が高い。

 

「っていうか、『和泉君の傍にいる女の子』に私は含まれないんじゃないですか? この人に寄り添った覚えはありませんけど?」

 

 華の意見も最もではある。しかし、

 

「いや、含まれるでしょ」

 

 李狐が短く切って捨てた。

 愛華の言った「傍にいる女の子」とは、文脈から言って「知尋が抱いた女の子」、つまりは奴隷のことだ。これで華を除外して後から紹介したら、今度こそ信用を完全に失うことは間違いない、と。

 知尋もこれには賛成だった。

 もちろん真里亜に李狐、愛華という面子に華まで加えたら何が起こるかわからない。そもそも、愛華がどうしてあんな要求をしたのか良くわからないのだが、それでも華へ協力を取り付けないという選択肢は考えられない。

 李狐の説明には華も深く頷いた。

 

「なるほど」

「じゃあ」

「でも嫌です」

 

 きっぱり断られた。

 まあ、知尋が同じ立場でもきっと断るだろうが。

 

「華さん。私からもお願い」

「……仕方ないですね。少しくらいなら検討してあげてもいいです」

「弱っ!?」

 

 李狐が声を上げ、華にじろりと睨まれた。

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