※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第五十八話 約束のお出かけ

 高槻愛華との外出は、八月も三分の一を過ぎた頃……知尋と李狐が帰省する直前に決まった。華の説得に時間がかかったことと、愛華と予定を合わせるのに苦労したため、ここまで遅くなった。

 

「話を聞いているうちに、その高槻さんに興味が出てきました」

 

 最終的に同行を了承した華が告げたのはそんな一言。

 愛華の何が華の琴線に触れたのかはわからないが、ひとまず話が進んだことを喜び、また余計なことをしないよう李狐と二人で口酸っぱく言い含んだ。

 そして当日。

 

「おはよう、和泉君」

 

 身軽なワンピース姿で、手には小さな鞄と、それとは別に大きめのスポーツ用バッグ。ふわふわな髪はいつも通りで、愛華は待ち合わせ場所に現れた。

 彼女は知尋ににっこりと笑いかけると、その後ろに立つ三人の姿を順に見つめて。

 

「それから、李狐ちゃんと深海さん……御宿さんも、おはよう」

 

 やはり、いつもの暖かい笑顔で笑いかける。

 

「う、うん」

「……ええ、おはよう、高槻さん」

「どうも」

 

 李狐が少々気後れした様子で答え、真里亜が一瞬遅れて丁寧な笑顔で返す。華はどうということもなく、一歩距離を取った場所からぺこりと頭を下げた。

 彼女達もまたそれぞれ思い思いの私服姿だ。

 真里亜は黒、華は白のワンピース姿で、李狐はシャツとデニム地のショートパンツにいつものチョーカー。ちなみに知尋は、事前に李狐に見立てて貰ったコーデに身を包んでいる。

 

「じゃ、行こっか」

「そう、だね」

 

 そっと促してくる愛華に頷き、知尋は歩き出す。

 

 五人が目指す場所はプールだ。近隣で『二番目に』大きい施設で、最寄り駅の駅前で待ち合わせた。一番大きな施設を避けたのは、この時期だと間違いなく混むからだ。

 ……まあ、二番目でも大して変わらないかもしれないが。

 行き先がプールに決まったのは主に知尋の発案。愛華からは特に希望がなかったため、李狐達の希望を聞きつつ選択した。

 決め手は主に時間と予算。

 海に行くとなると結構遠く、日帰りは現実的でなくなる。誘った以上、愛華の分は知尋が持つつもりだったが、宿泊費まで出すのは恥ずかしながら少々厳しい。

 山は、逆に学園の最寄り駅から簡単に行けるが、だからこそ有難みに欠ける。また、あの山はイメージ的にもうちょっと大人が趣味で登るイメージがある。

 花火大会や肝試し。この面子で行ったらムードも何もないし、華がいる以上暗がりは少々危険だから避けるに越したことはない。

 というわけでプールに決まったのだが。

 

 現状、愛華は上機嫌だ。

 メールで予定を調整する際も特に文句は出ず、「楽しみにしている」と書いてくれていた。実際、今もにこにこと知尋の隣を歩いている。

 ただ、それだけに不安もある。あまりにも静かすぎるのだ。

 終業式の教室で見せた姿はどうなったのか。真里亜達と対面した内心はどうなっているのか。

 心を覗いてしまいたくなるが、今それをするのは悪手だと思う。

 

 きっと、後ろの少女達は知尋以上に居心地が悪いはず。

 

 ちらりと後ろを振り返る。

 三人はそれぞれ微妙な緊張感を漂わせながら、知尋と愛華の後をついてきていた。

 とりあえず華が大人しいことに安堵すると、隣から声。

 

「李狐ちゃん達が気になる?」

「え。あ、うん」

「そうだよね。和泉君の奴隷なんだもん」

 

 奴隷、という物騒な単語が、愛華の口から漏れたことにびくっとする。

 愛華の表情は殆ど動いていない。

 なのに、彼女から受ける印象が「あの時」と同じものに一変した。

 

「皆、そう(・・)なんだよね? 三人だけ?」

「う、うん」

「そっか。約束、守ってくれたんだ」

 

 言うと、愛華は謎のプレッシャーを霧散させた。

 すると残るのは優しく柔らかな、ごく普通の少女の姿だけ。

 

「あ、もうすぐだね」

 

 何事もなかったように言う愛華に、知尋は思わず恐怖に似た感情を覚えてしまった。

 

 ともあれ。

 五人は施設の入り口に到着。利用料金を支払って中へ。更衣室は男女別々なので、ここで愛華達と分かれる。

 

 大丈夫だろうか。

 女子更衣室で交わされる会話は、知尋には聞こえない。干渉することもできない。少し不安になりながらも服を脱ぎ、水着に着替えた。

 男の着替えは大して時間がかからない。

 貴重品を取られないよう、ロッカーの施錠だけはきちんとしてから更衣室を出た。さすがにまだ愛華達は来ていなかった。

 入り口付近で待ち合わせと伝えてあるので、しばらく待つ。

 ただ待つのも芸が無いかと思って、施設内で営業している屋台を見てみる。かき氷やドリンク類をここで摂取するのは微妙。あまりお腹にたまり過ぎず、みんなで分けられそうなもの。

 フライドポテトの屋台を見つけて一つ買い求めた。

 戻るとちょうど愛華達が顔を出した。また緊張感が増している気がするのは気のせいだろうか。

 

「あ、知尋。なんか食べてる!」

 

 と、知尋に気づいた李狐が、目ざとくポテトを見つけて駆け寄ってくる。とりあえず差し出してみると、にっこり笑って一本を袋から取り、口に放り込んだ。

 

「ありがと。割と美味しいね、これ」

「そっか。良かった」

 

 そこへ愛華も歩いてくる。

 

「和泉君。私も貰っていい?」

「うん。もちろん」

「ありがとう」

 

 更に真里亜が「じゃあ、私も」と手を伸ばし、華も「私だけ除け者にしないですよね?」とポテトを持っていく。

 気付けば残り一本になったポテトを摘まみ、知尋は紙袋を近くのゴミ箱に放り込んだ。

 そこでようやく、少女達の姿をまじまじと見つめる。

 

 四人がそれぞれ、思い思いに自らの身体を華やかに飾っていた。

 

 真里亜は黒のワンピースタイプ。露出が少ないのは意外だが、水着に包まれた艶めかしい肢体を見ると納得する。これでビキニなんて着たら男性の視線を集め放題で、きっと遊ぶどころじゃなくなる。

 李狐はライムイエローのツーピース。布面積が薄い割に色は地味めで、結果、活動的な印象が強くなっている。髪の色ともマッチする、彼女らしいチョイスだ。

 華の水着は白と黒のツートンカラーで、ツーピースにひらひらしたスカートが付属したタイプだった。可愛らしさと露出度の低さ、両方とも諦められなかったのだろうか。

 

 ……李狐と華のお腹には奴隷の刻印も見えるが、小さいため案外目立たない。紋様が複雑すぎることも手伝って、他人にはただの痣にしか見えないだろう。

 

 そして、愛華はツーピースで、ごく薄いピンク色の水着だった。

 もう少し濃いと途端に「あざとさ」が増すところ、敢えて薄い色に抑えている。

 彼女は真里亜ほど男好きする身体ではない。また、李狐ほど健康的ないやらしさもないし、華ほど華奢でもない。だからこそ普通の女の子らしさがあり、それが彼女の雰囲気とマッチしている。

 

 思わず言葉を失ったまま硬直すると、愛華がほんのり頬を染めながら口を開いた。

 

「どう、和泉君?」

「一人分ずつ感想を言っていいですよ」

 

 追い打ちをかけたのは華。

 不遜な表情を見れば、知尋を困らせるつもりなのはすぐにわかった。

 李狐や真里亜も助け舟を出してくれそうにはないので、仕方なく恥ずかしいのを我慢して言葉を紡ぐ。

 

「……ごめん、見惚れてた。真里亜は綺麗だし、李狐は可愛い。御宿さんは優雅で、高槻さんは……なんていうか、すごく安心する感じ」

 

 言葉にしづらい想いを、敢えて一言ずつに纏めた。

 四人の反応が怖くて顔を見づらかったが、思い切って様子を窺うと、少女達はそれぞれ顔を見合わせて笑っていた。

 一部、苦笑が混じってはいたが。

 

「よし、許してあげる。じゃ、行こっか」

 

 李狐が知尋の肩を両手で押してプールへの移動を促した。

 

「それで、こういう所はどうするものなの?」

 

 固まって移動する最中、真里亜がよくわからないというように一同へ尋ねた。

 きっと、こういう場所に友人同士で来るのは慣れていないのだろう。

 

「ええと。僕も良くは知らないけど……」

 

 こういう大型のプール施設では基本「泳ぐ」というより「水を楽しむ」遊び方になる。どうしたって人が多く、まともに泳ぐには不向きだからだ。

 人にぶつからないよう注意できるなら――背泳ぎとか浮き輪とか――短い距離は泳げるだろうが、フィットネスクラブの室内プールのように25メートルまっすぐ泳ぐのは諦めた方がいい。

 

「なるほどね。のんびり涼を取る方向で考えましょうか」

「別に皆で固まってる必要もありませんよね。集合時間だけ決めてバラけません?」

「うん、いいじゃないかな」

 

 真里亜が頷けば、華が身も蓋もない提案をし、愛華が穏やかに同意する。

 そうと決まれば、とばかりに華が真里亜と離れていく。今は午前十一時過ぎなので、二時間後の午後一時に待ち合わせとなった。

 

「じゃ、あたしも適当に泳いでくるね」

「う、うん」

 

 あっという間に李狐も離脱を宣言。

 ……これ、一緒に遊びに来る意味あるのかな?

 と、言い出しっぺながら知尋が考えていると、李狐が近づいてきて短く耳打ちする。

 

「頑張ってね、知尋」

「え」

 

 言葉の真意を問う暇もなく離れていく李狐。

 残されたのは知尋と……愛華。

 

「じゃ、のんびり回ろっか」

 

 この状況をどう思っているのか、彼女はおもむろに知尋の手を取るとにっこり笑った。

 もちろん、拒否はしなかった。

 

 二人が辿り着いたのは広く、適度な深さがあって流れのない――つまりはごく普通のプールだった。小さい子供には深いのと、別の場所にスライダーや流れるプールがあるせいか、ここは比較的空いている。

 愛華は知尋の手を引いたまま回り込み、特に人気のないあたりで止まるとプールサイドに腰かける。

 ちゃぷん。

 少女の健康的な生足が水に浸かり、小さな音を立てた。

 

「あ、冷たくて気持ちいい」

 

 歓声を上げると、愛華はそのままぱしゃぱしゃ両足をばた足させる。

 

「泳がないの?」

「うん。この間、十分楽しんだから」

 

 答えながら、仕草で座るように促してくる。

 知尋は頷き、そっと愛華の隣に腰を下ろした。

 

「あ、本当だ。気持ちいい」

「でしょ?」

 

 愛華に倣って足を伸ばすと、せっかくの美しい光景にノイズが走るのが気になった。

 なかなか筋肉がつかないのは脚も同じだが、さすがに愛華達と比べると骨太だし色も違う。そもそも比べるのが間違いだとわかっていても、こういう時はどうしても気後れする。

 やっぱり、知尋にとって女の子――中でも愛華は特別なのだ。

 

「高槻さん。この間、って?」

「あ、うん。この前ね、神代君達と海に行ったの。そこで思いっきり泳いだんだ」

 

 そう言えば終業式の後、神代と舞阪がそんな話をしていた。

 

『皆まで言うな。お前が誘って欲しい子はわかっている!』

 

 あの流れから舞阪が誘う相手といえば当然、愛華に決まっている。

 彼らの計画も無事、実現したということか。

 

「私と神代君、舞阪君と……それからA組の湯瀬さんって子」

 

 朱香も一緒だったらしい。

 それは予想外だが、これも舞阪の差し金と考えると納得がいった。面白いから、とか言って気軽に場をセッティングしそうだ。

 何かにつけて朱香に絡まれ困惑する神代を想像し、知尋はふっと笑みをこぼした。

 すると、それを見た愛華が眉を顰めた。

 彼女は水面に視線を落としながら言葉を続ける。

 

「ちなみに、一泊二日のお泊りだったよ」

「………」

 

 そこまで言われれば、愛華の言いたいことがさすがに分かった。

 しかし、湧き上がった想いをそのまま口に出すのは憚られる。だから代わりに別のことを尋ねた。

 

「神代君と、何かあったの?」

 

 期待した返事は、ノー。

 

「うん、あったよ」

 

 実際の返答はイエスだった。

 足で水面を揺らしながら愛華が教えてくれたのは、海水浴の夜に起こった出来事。

 舞阪が大浴場で長居している間に、愛華は神代から男子部屋のテラスへ誘われた。そこで、浴衣姿の二人は静かに話をしたらしい。

 

『私のこと、今でも好き?』

『……ああ、好きだよ。気持ちは今も変わってない。いや、前よりも強くなってる』

 

 愛華の問いかけに、神代は顔を赤く染めながら、しかりはっきりと答えたという。

 

『私をひとりじめできたら、神代君はどうしたいの?』

『高槻さんの傍にいたい。高槻さんに、俺の傍に居て欲しい』

 

 それは事実上の再告白だった。

 今度は誰かに聞かれることもなく、ムードも申し分なし。

 前回のような条件も付いていない。

 

「高槻さんは、なんて?」

 

 もしもOKしたのなら、その場で二人は恋人同士だ。

 今の愛華はもう神代の彼女……他人のものということになる。

 

 知尋の問いに、愛華は首を横に振った。

 

「……答えられなかった。ありがとう、嬉しいって言って」

 

 今は考えられない。

 だから、またいつか告白して欲しいと答えた。

 

「そう、なんだ」

 

 正直言って、ほっとした。

 断ったわけではなく『保留』だが了承したわけではない。それを知尋は嬉しいと感じた。

 

「でも、どうして?」

 

 神代ほどの人物はそういない。

 容姿も個人の身体能力も、『落とし物』としての性能も。どれを取っても申し分なく、性格だって真っすぐで礼儀正しく心優しい。

 彼に告白されて嬉しいと感じたのなら、OKしない理由なんてそうないだろう。

 まして、愛華は一度彼の告白を了承しかけていたのだから。

 

 ぱしゃ。

 

 愛華の足が水面を強く叩き、しぶきが知尋の顔まで飛んだ。反射的に目を閉じると、そこへ静かな声が飛び込んでくる。

 

「だって、別の子の顔が浮かんで離れなかったんだもん」

「え」

 

 思わず身体ごと振り返って愛華の顔を覗き込もうとして。

 どん。

 背中を強く押され、知尋は顔面からプールへダイブしてしまった。

 ごぼ……ごぼごぼ。

 空気を求めて水を吸い込みそうになるのを堪え、逆に息を吐き出す。崩れた身体のバランスを取り戻せば、もともと足が着く場所だ。立ち上がって顔を出すのは造作もなかった。

 

「っぷは!」

 

 空気が美味しい。しばしそのまま何度か呼吸し、

 くすくす。

 笑い声に顔を上げると、軽く足を開いた愛華の股間と、知尋を見下ろす彼女の顔とがそこにあった。

 

「高槻さん、いきなり何を」

「ねえ、和泉君」

 

 真剣な声。

 ほんの一瞬で、愛華は笑顔から知尋を試すような表情へと変わっていた。

 軽く細められた目から伝わってくる感情は、選択を迫る強い意志。

 

「私が欲しかったら、李狐ちゃんと深海さん、御宿さんの三人と別れて」

 

 高槻愛華は、無回答や保留を許さない形で、知尋へ残酷な願いを突き付けてきた。

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