※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第五十九話 愛か絆か

 しゃく、と。

 スプーン状になったストローの先端が、かき氷の山を崩す。

 それをぱくりと口に運んで。

 

「よし。じゃあ犯っちゃおっか」

 

 李狐は夕食のメニューでも決めるようにあっさりと言った。

 すると、同じようにストローを手にした真里亜も頷いて、

 

「そうね。……なら、できるだけ早く動かないと」

 

 ここはプール内の一角にある休憩スペース。

 今、ここにいるのは知尋と李狐、真里亜の三人だ。少女達は一つだけ買ったかき氷をテーブルに置き、身を寄せ合うようにして突いている。

 あのあと愛華は、

 

「集合時間までに考えておいてね」

 

 そう一方的に告げると返事も聞かず、どこかへ歩き去っていった。

 急いでプールから上がった時には二人の距離はもうだいぶ離れていて、知尋はいったん追いかけるのを諦めた。

 代わりに李狐と真里亜を探して状況を説明することに。

 ちなみに華はまた別行動。

 

「私も少し高槻さんに用があるので」

 

 と言い残してふらりと歩いていった。

 華が愛華に何をするつもりかも気になるが、今は二人と情報共有するのが先。ということで、落ち着けるこの場所へやってきた。

 ……でもって、かいつまんで事情を話したところ、開口一番これである。

 

「真里亜の部屋に連れ込むってことでいいよね。今日?」

「ええ。時間もないし、あらためて呼び出すより自然だと思うわ。問題はアリバイ工作ね。夏休みだから、だいぶ楽だけれど」

「あー。帰省とか、他に遊ぶ約束が入ってると面倒だよね」

「だから先に確認したいわ。私も手伝うから、聞き出すのは李狐にお願いしてもいいかしら? そういうのは得意でしょう?」

「おっけー。じゃあそうと決まれば」

 

 ……いや、決まってもらっては困る。

 

「ちょ、ちょっと待った! 僕はまだ何も言ってないんだけど」

 

 知尋は慌てて二人を制止した。

 

「……え。でも」

「和泉くん。他に、あなたはどうするつもり?」

 

 二人の奴隷達は口を閉ざしてくれたが、代わりに表情を険しくして知尋を見た。

 咎めるような視線が胸に突き刺さる。

 

「まさか、高槻さんの提案に乗るの?」

 

 真里亜の声が静かに、諭すように響く。

 

「言っておくけれど、今回はいつもの冗談とは違うわ。私達も真剣に検討しているの。もし軽口のつもりだったのなら考え直して頂戴」

 

 冗談で言っていることもあったのか。

 と、場違いな感想が一瞬浮かぶが、今はそんな場合ではない。

 知尋は首を振って答えようとした。

 

「……いや。軽口のつもりなんかじゃ」

 

 しかし、その言葉は李狐によって遮られる。

 

「ねえ、知尋」

 

 周りの注意を引かない程度の小さな声。

 なのに、強いインパクトと共に知尋の耳に届いた。

 

「前に言ったでしょ? あたし、知尋に見捨てられたらどうしたらいいかわからない、って」

「……うん」

「あれ、ちょっとだけ訂正するね。……気持ち自体は今も同じだけど、もしこんな形で見捨てられたら自分がどうするかはわかる気がする」

 

 ざくっと、再びかき氷にストローを突き立てて。

 

「あたしはきっと、知尋を殺して自分も死ぬ。そうしないと耐えられないし、あたしを捨てた知尋を許せない」

 

 愛華を手に入れるために自分達を捨てるなら、死を覚悟しろと。

 ……真里亜と仲違いをした際も知尋を信じ、付いてきてくれた少女は、はっきりと言い切った。

 背筋にひやりとしたものが走る。

 少女の心の不安定さと、危うさ。他ならない知尋自身が作り上げてしまったものを今更ながらに理解する。

 

 しかし、愛華が知尋に求めているのはきっと、そういうことだ。

 

 自分を手に入れたいなら他の全てを投げ捨てろ、と。それくらいの覚悟を見せてみろと言いたいのだ。

 それは、何度も愛華に思わせぶりな態度を取ってきた知尋への罰なのかもしれない。

 残酷すぎる二択。

 知尋に諦めてもらうためではなく、選んでもらうために、愛華はそれを突き付けてきた。

 

 真里亜達を捨てれば知尋のものになるとは、一言も告げないままに。

 

 ――それでも、知尋は愛華を諦めきれない。

 そのことすら、愛華はどこかで察しているのかもしれない。

 

「ごめん、李狐」

 

 告げると、金髪の少女の手がぴたりと止まった。

 

「言い方が悪かったよね。……僕は、高槻さんの言うことを聞く気はないよ」

「へ?」

 

 李狐がぽかんと口を開け、全身の緊張を弛緩させた。

 ほっとしたのか、彼女は目に涙を浮かべつつ知尋を軽く睨んでくる。

 

「だって、あたしたちの作戦会議を止めたじゃん」

「いや、それは止めるよ。さすがに話が極端すぎるし」

 

 くすり。

 知尋の発言に真里亜が笑った。

 

「残念。嫌々調教されて堕ちていく子の姿なんてなかなか見られないから、結構期待していたのに」

「……さっき、本気だって言わなかったっけ?」

「だから、本気よ。本気で楽しみにしていたの」

「……あー、うん。そっか」

 

 とりあえず真里亜への突っ込みは諦めた。

 はあ、と息を吐いて気分を切り替える。

 

「とにかく、物騒な計画はとりあえず止めておいてくれないかな。僕は二人を諦めるつもりはないし、ただ単に高槻さんの話を断るつもりはないから」

「というと?」

 

 首を傾げた真里亜ににっこり笑って答えた。

 

「うまくいくとは思えないけど、一度きちんと話をしてみるよ。高槻さんと」

 

 

 

 真里亜達は知尋の指示を聞いてはくれたものの、例の話し合いについては止めてくれなかった。

 ――一応、必要になった時用に相談はしておくわ。

 そんな事を言って、そのまま売店傍のテーブルに残ったのだ。

 知尋は、かき氷を食べ終えた彼女達にソフトクリームをプレゼントしてから、一人でふらふらとプール内を歩いた。

 今のうちに少し考えを纏めておきたい。

 考え事をしながらウォータースライダーを利用し、滑り落ちてはまた上った。三回くらい繰り返した頃、プールサイドでぐいっと手を引かれた。

 殆ど身体を密着させて睨みつけてくるのは華だった。

 

「凄く頭悪そうな絵面でしたよ、和泉君」

 

 彼女はそのまま知尋を隅の方に引っ張っていく。そうしてある程度、喧騒が遠ざかると深くため息をつく。

 

「御宿さん?」

「……いえ、少しびっくりしていまして。結構とんでもないですね、あの子は」

「高槻さんのこと?」

「ええ、そうです」

 

 頷いた彼女は、自らの狙い――だったことを知尋に話してくれた。

 どうやら愛華が知尋のことを気になっている様子なので、ならば二人の関係を応援する代わり、真里亜と知尋が疎遠になるよう仕向けて欲しい。

 そんな取り引きを、華は愛華に持ち掛けたらしい。

 

「でも駄目でした。変な裏工作はしない、和泉君には正々堂々と話すの一点張りで話になりません」

「……いいことだと思うけど」

「だから和泉君は駄目なんです」

 

 鼻で笑われた。

 大人しい顔立ちに似合わず毒舌な少女は、どこか遠くを見つめながら。

 

「勝ち負けより誠実さを貫くのが大事……そう考えれば確かにいいことに聞こえます。でも、あの子が考えているのは、そんな格好いいことじゃないですよ」

「じゃあ」

「『正々堂々と戦って選ばれないなら意味がない』。自分の魅力だけで和泉君の心を独占できないのであれば、そんなのは勝利と言わない。高槻さんはそういう、手に負えないタイプの子です」

 

 自分が愛されていないと気が済まない。

 他人に優しくするのも、誰とでも分け隔てなく接するのもそのため。敵を減らして味方を作り、自分を愛してくれる誰かを増やしていく。

 他人を自分で満たし、癒すことが自分自身の喜びに繋がる。

 利己と利他を両立させることで自分を成り立たせている、そんな少女。

 

 今は、興味の矛先が知尋一人に向いているため、行動のベクトルがやや変化しているが。

 所有欲。

 華とある一面では似た感情こそが高槻愛華の本質だ、と。

 

「……それは、御宿さんの想像だよね?」

「ええ、そうですね。見聞きした情報から『想像』しただけの戯言ですよ。……まあ、彼女のことは『略奪』対象の一人として多少は気にかけていましたし、今日こうしてお話もできましたから……あながち間違っていないと思いますけど」

 

 まあ、和泉君がそういう子に熱を上げてくれる分には助かります。

 言って、華は知尋の傍から離れていった。

 

「真里亜ちゃん達はどこですか?」

「売店近くのベンチだと思うけど。御宿さん、まさかこんな場所で真里亜に」

「しませんよ。真里亜ちゃんに無理矢理は通じないの、知ってるじゃないですか」

 

 キスにしろ愛撫にしろ、やった傍から『報復』で快感を返される。

 責めているはずなのに責められるという不可解な現象をなんとかしない限り、真里亜を無理矢理陥落させるのは無理なのだ。

 

「じゃ、そういうことで。せいぜい悩んでてください」

 

 ……まったく、華は辛辣だ。

 しかし、辛辣ではあっても、こうして会いに来てくれることが微妙に嬉しかったりするのだが。

 そう言ったら華は絶対嫌がるだろうから止めておいた。

 

 

 

 遊んだような、そうでないような。

 微妙な感じのまま二時間が過ぎ、一同は入り口付近へといったん集まった。

 

「どーする? まだ遊びたい人がいれば付き合うけど、あたしはお腹空いた」

 

 李狐が言えば、特に誰からも継続希望の声は上がらなかった。

 全員これでも日頃から運動しているので、体力的にはまだ余裕があるが、夏の日差しは精神的に参るし空腹は如何ともしがたい。

 ということで行動方針は昼食に決定。

 一応、プール内の露店で焼きそばだのフランクフルトだのを買うことも可能だが、そこで真里亜が提案をしてきた。

 

「良ければ、伝手で聞いた良いお店があるのだけれど」

 

 このプールから歩いて行ける距離にある、個室のお店らしい。これからする話を考えるとかなり有り難い話だった。

 気になるのは値段だが、そちらも「伝手」とやらが何とかしてくれるらしい。

 

「本当にいいの、深海さん?」

「ええ。こういう機会でもないと役に立たないコネだから、気にしないで」

 

 マンションの件といい、全国から知尋を探し当てた件といい、真里亜の背景はまだまだ謎が多い。

 ……口ぶりから察するに、彼女自身の権力ではなく親しい誰かの力なのだろうが。

 プールから、繁華街の方へ歩いて十五分程。

 子供だけで入るのは憚られそうなエリアの入り口ぎりぎりあたりに、その店はあった。洋食を中心として様々な料理、軽食、それからお酒を取り扱うお店らしい。シックな外観から察するに、メインは明らかに酒。

 

「ここ、入っても逮捕されない?」

 

 珍しく弱気な李狐に真里亜がくすりと笑った。

 

「大丈夫よ。……もちろん、飲み物の注文には気をつける必要があるけれど」

 

 こういう場所に慣れているのか、それとも単にいつもの自然体か。何の気負いもなく入り口をくぐる真里亜に続き、知尋達も店内に入った。

 バーカウンターに、黒ベースのテーブルがいくつか。

 

「深海と申します」

「承っております。こちらへどうぞ」

 

 ウェイター服に身を包んだ男性が、奥の通路へと通してくれた。しばらく進んだところにある、しっかりした質感の扉のひとつを開けて知尋達を促す。

 暗めの室内に橙がかった照明が灯る部屋だった。中央には大テーブルが置かれ、両側面に三人掛けと思しきソファが置かれている。

 

「ご注文がお決まりになりましたら、そちらのベルでお呼びください」

 

 退室していくウェイターをよそに、知尋達は顔を見合わせる。

 

「……とりあえず」

「座っちゃおっか」

 

 まず足を踏み出したのは真里亜。片側奥に腰を下ろす彼女に続こうと知尋が動くと、首のあたりを李狐に掴まれた。

 刹那。

 残った三人の少女達が無言でアイコンタクトを交わす。それぞれの視線の間で火花が散ったように見えたのは何なのか。

 

「じゃ、知尋はこっちね」

 

 李狐に背中を押されたのは真里亜の隣。李狐はその更に隣へ、知尋を挟むように腰かける。

 逆側には奥に愛華、手前に華。

 まあ、無難というか順当な配置に落ち着いた。

 

「では、遠慮なく頼みましょうか。せっかくタダでこんなお店に来られたんですし」

 

 華が無造作にメニューを取りつつ言った。

 

「御宿さん。自重する気は……?」

「ありませんよ。もし自前で払うことになっても、誰とは言いませんが男性が銀行に走ればいいだけでしょう?」

「………」

 

 明らかに対象が特定されていたが突っ込みは我慢した。

 

「サラダどうしよっか。おっきいの一つで足りるかな?」

「違うの二つ頼もうよ。一つはシーザーで……もう一つは……」

「海鮮か、温玉風でしょうか。真里亜ちゃん、どっちがいいと思います?」

「私? そうね、料理は肉中心だろうし、海鮮でいいんじゃないかしら」

 

 真っ先にサラダを気にする女性陣。メインは一人につき一品、多くて二品頼んで、好みが被ったら適当にシェアすることになった。

 だいたい決まったところでベルを鳴らして店員を呼び、注文を済ませる。

 程なく、先にドリンクメニューだけが運ばれてきた。知尋と李狐のウーロン茶に、真里亜と華のアイスティー、愛華のミックスジュースだ。

 こくん、と。

 ストローから薄い黄色の液体を一口飲んだ愛華が顔を上げて口を開いた。

 

「……それで、和泉君。今、返事を聞いてもいい?」

 

 緊張した声に促されるように、他の三人も口を噤み、二人の様子に耳を澄ませる。

 ……知尋も、ウーロン茶に軽く口を付けてから答えた。

 

「うん」

 

 頷いたところで間を置き、告げる。

 

「高槻さんに言われたことは、受け入れられない。だから、なかったことにしてほしい」

「……そっか」

 

 愛華が悲しそうに目を細めた。

 俯き、その表情が知尋の位置からでは窺えなくなる。知尋を含めた誰もが声をかけることを躊躇うような仕草だった。

 数秒後。

 決然と顔を上げた愛華は知尋に告げた。

 

「じゃあ、私は神代君と付き合う。いいよね?」

 

 当然の帰結だ。

 話を蹴った知尋は候補から外れ、一途に自分を思ってくれる少年がトップになる。

 ……正直に言えば、その方が良いのではないかとも思う。

 きっと愛華にとっては、神代と恋人同士になる方が幸せだ。二人なら仲睦まじい、周りからも憧れのペアになるだろう。

 しかし。

 何が幸せかと、知尋がどうしたいかは別の話だ。

 

「ごめん、それは待ってくれないかな」

「え……?」

「僕は、あの話を『なかったこと』にして欲しいんだ。断りたいんじゃなくて」

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