※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第六十一話 恋人

「じっとしててね」

 

 痛む右腕に手が添えられ、愛華の治癒能力が発動する。

 試合後、愛華はまず知尋の回復を申し出てきた。先に自分を治すべきだと反対したが、彼女は頑として譲らなかった。

 結局、個室訓練場の床に並んで座り、先に知尋の怪我を治してもらうことになった。

 

「もともと私のせいだし、これくらいはさせて」

「いや、試合は僕も了承したし」

「約束したでしょ、負けた方が相手を優先して考えるって」

 

 言われると、それ以上は何も言えない。動かしても気にならない程度まで両腕を治してもらい、もう大丈夫だと辞退する。

 

「遠慮しなくてもいいのに」

「いや。せめて高槻さんも足を治さないと」

 

 痛むままでは寮まで帰るのすら難儀するはずだ。

 と、そこへ華が割って入った。

 彼女は愛華の傍まで歩み寄り、しゃがんで言う。

 

「じゃあ、こうしましょう。高槻さん、能力ちょっと貸してください」

 

 愛華から『治癒』を借り受けた華が、愛華を癒す。

 これで愛華は体力の余裕ができたため、華から能力を返された後、知尋をもう少し治してくれた。

 

「随分、気前がいいのね」

「まあ、頑張っていたのは認めますし。少しくらいは塩を送ってもいいかな、と思っただけです」

 

 素直じゃない返事に、真里亜と愛華が揃って笑った。

 女同士で、知尋を介さずに付き合っている分には、華も案外、悪い子ではないのだろう。

 

「はい。お待たせ」

 

 そこに、李狐が個室の入り口から室内に入ってくる。近くの自販機まで買い出しに言ってくれていたのだ。

 

「ありがとう、李狐」

「んーん。お疲れ様、知尋。頑張ったね」

 

 よく冷えた炭酸飲料の缶を受け渡しながらにっこり微笑んでくれる。

 他の面々も李狐から飲み物を受け取り、それぞれに口を付けた。

 

「で、高槻さん。どーするの?」

「……うん、そうだね」

 

 李狐から水を向けられた愛華が頷き、居住まいを正した。

 知尋の正面に座った彼女は恥ずかしそうに頬を染めながら言った。

 

「和泉君。ごめんね、もうあんな我が儘言わないから、私と付き合ってください」

 

 とくん、と胸が跳ねた。

 まともに告白されたのは初めてだった。

 真里亜とは主従契約が最初だったし、李狐との関係も酷く歪んだ流れで結ばれたもの。華から「付き合ってほしい」と言われたことはあったが、あれは真っ赤な嘘だった。

 なのに。

 神代から二度、告白された少女。

 いつからか知尋が憧れるようになった女の子。

 愛華が今、知尋の手の届くところにいた。

 

「駄目、かな?」

 

 遠慮がちに尋ねてくる彼女に知尋は首を振り――。

 

「でも高槻さん。本当に和泉君でいいんですか? 正直、わざわざ告白するような相手じゃないと思いますけど」

「……うわ。こいつ、いい雰囲気に平気で割って入ったし」

 

 いい雰囲気は一瞬でぶち壊されてしまう。

 続いた李狐の突っ込みが追い打ちをかけたような気もするが、まあそれはさておき。

 

「いいの」

 

 愛華は、同性の少女からの警告、あるいは忠告に首を振った。

 知尋と、華達ほかの面々をぐるりと見渡して堂々と告げる。

 

「私、きっと、神代君と付き合っても和泉君のことが忘れられない。そうしたらきっとどこか取り返しのつかない場面で後悔すると思う。それがさっきの試合でわかったの」

「……試合?」

「そう。いきなり試合をすることになっても、私が本気で首を絞めても和泉君は私を嫌わなかった。そういうところが……きっと」

 

 振り返った愛華と目が合って。

 声と気持ちが同時に届いた。

 

「私は、和泉君のことが好き。だから絶対、後悔しないし妥協したわけでもない。恋人、っていうのだけは譲れないけど」

「……高槻さん」

「愛華、って呼んで」

 

 ゆっくりと、右の手のひらが伸ばされる。

 知尋はそれに自分の左手を重ねた。

 

「愛華……ありがとう」

 

 

 今度は誰も二人を邪魔したりはせず。

 こうして、知尋と愛華は交際することになった。

 

 その後、知尋達は全員で真里亜のマンションへ移動した。

 一番大事な話は終わったが、細かい話はまだ色々と残っている。それらを昼食がてら片づけてしまおう、という趣旨だ。

 

 マンションまでの道中は中々に賑やかだった。

 

「高槻さん。私達のことは好きなように呼んで頂戴。もう他人でもないわけだし」

「ありがとう。じゃあ、名前で呼ばせてもらおうかな。私のことも良かったら愛華って呼んでね」

「あ、それは遠慮しておきます」

「あたしも。呼ぶのは好きに呼んで貰っていいけど」

「え、何で!?」

 

 仲が良いのか悪いのか。

 少女達がわいわい言い合う中をついて歩くと、なんだか奇妙な感覚に襲われた。

 ……いつの間にか大所帯になったものだ。

 思ううちにマンションへ辿り着く。昼食は真里亜達が四人全員で担当してくれた。これも協力しあった結果というよりは、それぞれが仲間外れを嫌ったからだが。

 台所で身を寄せ合って料理する彼女達の様子を、知尋は居間のテーブルに座ったままぼんやりと聞いた。

 

「お待たせー」

 

 出された料理は、オムライスと野菜サラダ、それからコンソメベースのスープ。

 

「昨日食べた料理と比べちゃうと恥ずかしいけど」

 

 そう謙遜してはいたものの、メニューはどれもほっとする美味しさに溢れていた。

 具材は丁寧に刻まれ、卵の加減も絶妙。

 サラダのドレッシングは自家製らしく野菜の旨みが感じられたし、ベーコンと玉ねぎだけのシンプルなスープも他の二品と味の調和を保っている。

 

「美味しいよ」

 

 一通り口にしてから微笑むと、愛華がほっと胸を撫で下ろした。

 

「良かった」

 

 居間のテーブルは五人で使うといっぱいいっぱいだった。椅子が五脚もあっただけで凄いと言うべきかもしれない。

 

「同じテーブルをもう一つ買おうかしら」

「あー、いいかもね。並べて使えるから便利だろうし」

 

 三人の時には感じなかった不便さも露わになる。

 まあ、今のところ、マンションで生活する人数が増えたわけではないのだが。

 

「……そうだ。愛華にはまだきちんと話してなかったよね」

 

 今はこのマンションで生活していることや、真里亜と李狐も一緒であること。寮には基本的に帰っておらず、殆ど荷物置き場と化していることなどを話して聞かせる。

 おそらく、大よその事情は察していたのだろう。

 説明を聞いた愛華はあまり驚くことなく頷いた。

 

「それで、李狐ちゃんと真里亜ちゃんは、和泉君と毎日、エッチなことしてるんだ?」

「う」

 

 李狐が呻いた。知尋もちくりと胸の痛みを覚える。

 ちなみに、真里亜は平然と食事をしていた。

 

「そ。そうだけど、悪い?」

「別に、悪いとは言わないよ。でも、私は和泉君の彼女で、李狐ちゃんは『奴隷』なんだよね? じゃあ、少し嫌味を言うくらいいいでしょ?」

 

 ふふん、と胸を張る愛華。

 以前、李狐に交際をけしかけられたことを覚えていたのだろう。

 これはこれで、優しさからはかけ離れた言動のような気がしつつも、愛華から「恋人」と呼ばれるとこの上ない嬉しさが――。

 

「知尋、にやけてる」

「え」

 

 じろりと李狐に睨まれた。

 くすっと愛華が笑って知尋を見た。

 

「ねえ、和泉君。私も名前で呼んでいい?」

「う、うん。もちろん」

「ありがとう。じゃあ……知尋君」

 

 ああ、確かに顔がにやけてる。

 今度は自分でも認識できた。

 

「愛華」

「知尋、君」

「はいはいストップ! そういうのは後でいいでしょ!」

 

 李狐が割って入らなければ、そのままキスくらいしていたかもしれない。

 マイペースに食事を続けていた真里亜も頷いて、

 

「そうね。情報共有と、高槻さんのスタンスの決定。そちらを先に済ませてしまった方がいいわ。和泉君と李狐は明日から帰省の予定だし」

 

 たった数日とはいえマンションを開けることになるのだ。

 今のうちに話を済ませるべきだという発言には誰も反論しなかった。

 

 まずは先程、知尋が話した事柄に加え、真里亜や李狐、華も自らの事情を大まかに話した。

 

 ――真里亜の性癖と、交わした契約。

 ――李狐が寮を引き払い、このマンションへ移ろうとしていること。

 ――華の真里亜への想いと妥協している状況について。

 

 李狐や華との間にあった確執や、それに伴うレイプについては伏せた。

 全て伝えるには重すぎると判断したためだが、愛華のことだ、ある程度は行間から察したと思われる。

 

「……なんていうか、変なの」

 

 ぽつりと呟いた言葉も重く、複雑だ。

 

「いきなり言われても大変だよね」

「……うん、正直に言うと、ちょっと混乱しちゃいそう。でも、ゆっくり整理してみるよ」

 

 知尋君のことだから。そう言って愛華は微笑んだ。

 説明が終わる頃には食事もあらかた終わっていた。五人は食器を置くと、アイスティーの入ったグラスを傾ける。

 しばし沈黙を続けた後で華が口を開いた。

 

「それで、高槻さんはどうしますか?」

「どう、って?」

 

 曖昧な問いかけに愛華が首を傾げると、華は仕方ないなぁ、という風に補足した。

 

「このマンションに来るのか。和泉君との関係を公開するのか……そういう話です。というかそれが本題でしょう」

 

 現状、李狐達三人は知尋との関係を隠している。

 ……まあ、李狐に関してはバレるのも時間の問題だろうし、舞阪が華の情報をはじめとしたあれこれを掴んでいてもおかしくないが。

 学園内でこれまで通りに過ごしたいなら、周りには秘密にした方がいいだろう。

 逆に、愛華が知尋との関係を公表するなら、連鎖的に李狐達のこともバレる可能性がある。事前に打ち合わせておかないと大混乱は必至だ。

 

「そうだね……」

 

 頷いた愛華は目を細めてグラスに視線を落とした。

 先程聞いた話と自分の気持ちとを照らし合わせ、最適な答えを探しているのだろう。

 もちろん、今すぐに答えを出すのは困難だろうが。

 

 数分後に顔を上げた彼女は知尋を見てゆっくりと告げた。

 

「私は今のまま寮に住みたい。それで、時々ここに通うの。あと、せっかくできた彼氏だから知尋君のことは皆に話したい。……でも、できたら夏休みが終わるまでは内緒にしてほしい」

 

 駄目かな、と彼女は最後に首を傾げた。

 その発言にまず反応したのは真里亜だ。

 

「私は特に問題ないわ。……その上で聞きたいのだけれど、どうしてそういう結論に?」

 

 通うよりは住んでしまう方が面倒は少ない。

 そして皆に話したいと告げた上、期限付きで内緒にしたいと言うのは。

 愛華は真里亜に顔を向けて答えた。

 

「通いにしたいのはね、ここに居るとあてられちゃいそうだから。……私は知尋君の奴隷じゃなくて彼女になったんだもん」

「というと?」

「……特別扱い、されたいでしょ?」

 

 追及に応じた声には羞恥が混じっていた。

 愛華はあくまで「恋人」に拘っている。

 奴隷の真里亜や李狐と同じマンションで暮らし、一緒くたに抱かれるのは納得がいかないらしい。

 また、初めての彼氏といきなり同棲というのも色々飛び越えすぎている。

 それよりは通いで、少しずつお互いの関係を楽しみたい、ということだった。

 

「うん。僕も愛華のことは大事にしたい。……恋人として」

「ありがとう、和泉君」

 

 これまでの倒錯した生活を思い返しつつ言うと、穏やかな微笑みが返ってきた。

 

「でね、やっぱり彼氏ができたら皆に自慢したいでしょ。……でも、神代君のことはちょっと気になってて」

 

 ……愛華はこの間、泊りがけで海に行って神代から告白されたのだ。

 了承はしなかったが、彼女は「また告白して欲しい」と答えた。そのすぐ後、昨日の今日で愛華が別の相手と付き合い始めれば良い気はしないだろう。

 

「それで夏休み明けか。……確かに二、三週間も会ってなければ、それくらい心境の変化があってもおかしくないよね」

 

 李狐が納得の声を上げた。これで彼女もOK。

 残るは華だが。

 彼女は黙ったまま横目で愛華を見て、言った。それを見た愛華も振り返る。

 

「結構、物わかりがいいんですね」

「約束したから。それに、全部納得したわけじゃないよ。皆が知尋君の奴隷なのは認めるけど、知尋君の彼女は私だから」

 

 絶対に譲らない。そんな意思を込めて。

 浮かんだ不敵な笑みに、華もまた笑みを浮かべた。

 

「ふうん……いいですね、そういうの。高槻さんを和泉君から奪うのも面白いかもしれません」

「華ちゃんって性格悪いんだね」

「ええ。最近よく言われます」

 

 二人の少女が如何にして分かりあったのか、傍で見ていた知尋には全くわからなかった。

 

 そんなこんなで話し合いはひとまず終了。

 本人の宣言通り、愛華は今後、暇を見つけてマンションに出入りすることになった。いい加減合い鍵が足りなくなりそうだが、そこは真里亜が「こんなこともあろうかと」追加してくれていたので事なきを得た。

 李狐達と学園で話す機会は増えるだろうが、真里亜は変わらず知尋にはノータッチ。李孤とは知尋関連で仲良くなったとしておけば問題ないだろうという結論に。

 また、華を含めた五人で連絡先を交換した。女の子の連絡先がまた一つ増えたが、今回は少し特別だ。

 

 ……わざわざ『恋人』のカテゴリを設定したりはしないが、愛華の名前を入力した時には小躍りしたい気分になった。

 

 食器の片づけは真里亜と李狐が纏めて買って出てくれた。

 話の成り行きを聞き届けた華はそのまま帰宅していった。今日はプレイに参加するつもりがないらしい。

 

「えっと、じゃあ私達は……」

「高槻さんはシャワーでも浴びたら? タオルはあるし、汗かいてるでしょ?」

 

 ということで。

 

「……うん、頑張る」

 

 妙に力強く頷いた愛華が浴室に向かい、残された知尋は寝室に移動した。

 ドアを閉じてほっと息を吐く。

 そのままベッドに腰かけようとして、綺麗に整えられたシーツを見て思い直す。この部屋には椅子がないため、愛華が来るまで壁に背を預けてぼうっとする。

 なんだか妙に落ち着かなかった。

 話の流れから「そういうこと」だと、なんとなく理解してはいる。そして、理解しているからこそ、そわそわして仕方ない。

 

 それでもなんとか時間を潰し――。

 

 しばらくするとドアがノックされ、愛華が寝室に入ってきた。

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