第六十四話 二学期 ★
夢を見ていた。
蛇に全身を這い回られる夢だった。
悪夢にたっぷりうなされた後、
ぶるっと、軽く身を震わせて目を開ける。
睡眠促進の能力を得てからは寝覚めも良くなったのだが、今日は夢のせいであまり気分が良くなかった。
……どうしてあんな夢を見たのだろう。
覚醒に応じ秒単位で眠気が和らいでいく中、ぼんやり思いつつゆっくり呼吸を繰り返す。
そして気づいた。
――身体を這い回られる感触がまだ続いている。
それは知尋の股間からで、意識してみればぴちゃぴちゃという水音までが聞こえるではないか。
まさかあれは夢ではなく現実に――。
「って……真里亜」
「ああ……おはようございます、ご主人様」
恐る恐る視線を下半身へと向けると。
知尋の『奴隷』の一人――黒髪黒目、男好きする肢体を持つ美貌の少女、深海真里亜が下着姿のまま、朝勃ちした知尋の股間に舌を這わせていた。
いつの間にかパジャマの下は半ばまで脱がせられ、膝のあたりに引っ掛かっている。
……悪夢の原因はこれか。
はあ、と、人騒がせな少女にため息を吐いた。
すると真里亜はどう解釈したのか、かすかに表情を曇らせながら首を傾げる。
「朝のご奉仕はお気に召しませんでしたか?」
「いや、そういうわけでもないけど……」
実際、真里亜の口淫は気持ちいい。
女の子に奉仕されながら目覚めるというのも征服欲をそそられるが……。
「いきなりだったから戸惑ったかな」
半身を起こしつつ苦笑した。
夏休みはあっという間に終わり、気づけば九月も半ば。
真里亜と過ごすようになって三か月になるわけだが、これまで寝起きに口淫奉仕をされたことはなかった。
やりたいという話は前からあったが、いつも朝食の支度などを理由に断念していた。
「ふふ、それは申し訳ありません。……そろそろ、ご奉仕できる目途が立ったかと思いまして」
口元に笑みを浮かべる真里亜。
――目途。
都合が変化するようなことが何かあったかと思い、知尋はすぐに理解した。
調教が進み、李狐が従順になったこと。知尋に抱かれること、奉仕することを嫌がらなくなった彼女なら真里亜と朝食の支度、および朝の奉仕をローテーションできるだろう。
加えて、華と愛華の参加。
時折マンションに顔を出しては、これまた時折泊まっていく彼女達にも朝食の手伝いを頼めるので、朝の時間に比較的余裕が出てきている。
「なるほどね」
そう考えれば納得だ。
「じゃあ、これからは毎朝?」
「はい。私と李狐が交代でご奉仕いたします。……もしお嫌でなければ、ですが」
にっこりと。
意味ありげな笑みで言う真里亜に、知尋も似たような微笑みを返した。
「もちろん。喜んでお願いするよ。ありがとう、真里亜」
「いいえ。勿体ないお言葉です」
丁寧に答えた真里亜は再び奉仕に戻る。
口に唾液を溜め、ねっとりと竿に絡めて口と舌を動かす。敢えて少し単調に、敏感な箇所を避けつつやわやわと刺激。
性処理のためではなく、セックスのための前戯でもなく。お互いが楽しみ浸りこむための奉仕だ。
長時間のフェラチオを楽しめるというのは彼女の気質あってこそ、だが。
たっぷりと数分間、知尋が起きる前を含めればそれ以上の時間をかけて、真里亜は知尋のペニスを射精寸前にまで導いた。
「ご主人様、真里亜の口に下さいませ」
囁いて亀頭にキス。
ペニスを深く咥えこむと、ちゅう、と強く吸いながら唇で扱き上げる。
「――出すよ、真里亜」
知尋が吐き出した精液を真里亜は全て口内で受け止めた。
かなりの量があるそれをこぼさないよう慎重に口を外し、溜まったそれを大きく口を開けて見せつけてくる。
唾液と精液でどろどろの口内はぬらぬらと淫靡に照っている。
綺麗だ、と。
少しグロテスクなそれを見て素直に思い、知尋は真里亜に言った。
「飲んでいいよ」
こくん、と小さく頷く真里亜。
彼女は二度に分けて精液と唾液を飲み干すと恍惚の息を吐いた。
「ありがとうございます、ご主人様」
「どういたしまして。……でも、朝食前にそんなの飲んで大丈夫?」
「ええ。むしろ、ご主人様の精液だけで生活できたら幸せなくらいです」
「あはは。それはちょっと難しいかな。……体力的に」
こういう生活を続けるうちに量と回数は少しずつ増えているが、ちょっとやそっと増えたくらいでは全然足りないだろう。
……『精力増加』とか、そんな能力があれば。
いや、そんな能力が発現するほどの欲望となると少々歪み過ぎではないか。
「でしたら、食事にかけていただくのはどうでしょう?」
「李狐に怒られそうな気がする。『食べる物で遊ぶな』って」
「確かにそうですね」
くすりと笑う。
「真里亜。今って時間はどのくらいかな?」
「いつもご主人様がお目覚めになる時間ですね。……
そこまですると夜の行為にも差し支えそうだ。
知尋は寝室を出た。寝室の換気やシーツの交換は真里亜に任せる。
「あ、おはよー、知尋。目覚めはどう?」
「おはよう、李狐。……うん、蛇に襲われる夢を見たよ」
「あはは。蛇かー。あの子しつこそうだしね」
台所に顔を出して李狐と挨拶を交わす。
夏休み終盤になって髪を染め直し、根元まで金髪に戻った彼女はパジャマにエプロンを身に着けた格好で料理をしていた。
夜、寝る時は最初から下着姿が多いため、パジャマはわざわざシャワーの後で羽織ったことになる。そういう意味では清潔だし肌も隠しているのだが、昔は制服か私服に着替えていたはずだ。
……下着で料理をしている真里亜の影響か。
まあ、心を許してくれているのは嬉しいので文句はない。さすがに下着姿になるようだと油跳ねが怖いので勘弁して欲しいが。
李狐は夏休みに帰省し、母親から寮を引き払う許可を貰ってきた。
『よく許して貰えたわね』
『まー、うちの親ってそういうのは緩いから』
友達とルームシェアすると告げたら二つ返事でOKだったらしい。
彼女は八月で契約を打ち切り、最後の週を使って荷物を整理、どうしても必要なものだけをこのマンションに持ち込んだ。
なお、残った品のうち、李狐が取っておきたい物は知尋の寮に運ばれている。
――結局、知尋は寮の部屋をそのまま残すことにしたのだ。
男である知尋と女の李狐では、問題発生時の対処が全然違う。いざという時に避難できるように維持しておいた方がいいという判断である。
とはいえ平常時、寮に戻ることは殆どないのだが。せっかくなので荷物置き場としては活用している。
知尋がシャワーを浴び、制服に着替えて居間に戻ると朝食が湯気を立てていた。
「そろそろ二回目の判定かー」
「ええ。二人とも昇格できるといいわね」
真里亜の言葉はまるで他人事だった。彼女自身は昇格をほぼ諦めているらしい。
「私の能力は成長が難しいもの」
報復と自己治癒はどちらも真里亜自身を対象とする『閉じた』能力だ。
それ故に燃費がよく個人戦闘で無類の強さを発揮するが、成長しても劇的な変化にはならない。例えば治癒できるスピードや範囲が強化されても、恩恵を受けるのが真里亜だけなのは変わらない。
社会的な活躍や応用範囲も重視されるランク査定において、これは致命的な話である。
「……なるほど。ちょっと残念だね」
「そんなことはないわ。Cランクなら助成金もそれなりに貰えるもの」
当の本人はランクに拘りはない様子で平然としていた。
それより、と、真里亜はあっさり話の矛先を別に向ける。
「和泉君は、三つ目の能力をどうするか決めたの?」
読心と睡眠促進に続く、知尋の三つ目の能力――『支配』のことである。
効果は知尋に従うと心から誓った者を強制的に、常時好調状態にするというもの。
説明も再現も難しいため、判定の際に明かすべきか悩んでいたのだが。
「一応、明かすだけ明かしておこうと思ってる」
発現した能力を黙っていても基本的に罰則はないが、明かしておいた方が後々面倒も少ないだろうからだ。
能力について話すにしても、既に対象としている相手――真里亜や李狐、華の名前を出す必要はない。なら、能力を証明できるか否かは判定を行う側の人達が考えるべきことだ。
「そう」
短く頷いた真里亜はどことなく嬉しそうだった。
「それなら、和泉君はCランクになれるかもしれないわね」
「え」
思ってもいない――わけではないが、あまりにも現実味がない話だった。
入学時にEランクだった知尋が、そんなに簡単にCランクに?
「それはそうでしょう。これであなたは三つの能力を持つ『落とし物』よ。……その時点でかなり貴重な存在だし、何より『支配』はとても強力だもの」
能力を受けた者は体力や精神力を消費することなく、自らの好調状態を維持することができる。例えばある組織に所属する全員が『支配』の影響下に置かれたとしたら、間接的に得られる効果は物凄いものになる。
……まあ、判定を受けて許容人数や効果範囲等を確定させないと有用性も判断できないのだが。
「知尋がCランクかー。あたしも頑張らないと」
と、李狐。
彼女もランク自体に拘りはなさそうだが、テスト勉強を頑張るのと同じようなニュアンスで意気込みはあるようだ。
「……そういえば、李狐。その判定のことなんだけど」
「ん?」
「判定の時、『刻印』は外す?」
「……あー」
知尋の『支配』を受けている間、対象の身体には『刻印』が浮かぶ。
この状態だと先に言った好調状態になるわけだが、これはあくまで知尋の能力による効果だ。
しかし判定の際、効果を持続させていると、李狐自身が成長したと受け取られてしまう可能性がある。
別にそうしたからといって実害はないが、微妙にズルっぽくはある。
「僕はどっちでもいいから李狐に任せるけど」
「んー……」
知尋の問いに李狐はしばらく考え、それから首を振った。
「いいよ、このままで。なんか、そんなことのために
「……そっか」
頷く。それならそれで構わないだろう。
李狐がにっこり笑って言う。
「これからずっとこれを入れたままなら、結局あたしの実力と変わんないし。……あは。もしこれでCに上がれたら知尋に感謝するね」
「う、うん」
夏休みの終わり。
マンションに出入りするメンバーの増加。
二回目の判定。
色々な出来事がやってきて、新しい目標も生まれる。
「判定が終わったら学園祭かー。楽しみだよね」
「そうね。本番は十一月の初めらしいけれど。結構、準備期間が長く取られるらしいわ」
こうして知尋達は二学期の始まりを緩やかに、穏やかに始めることができていた。