視線の先で、三年生らしき女生徒が入り口から現れる。
彼女はぐるりと周囲を見渡すと、知尋達に気づいた様子もなく入室管理用の端末に向かっていった。
「ね? 気づかれないでしょ?」
「そう、ですね」
おずおずと頷く。
彼女の能力、仮称『認識疎外』の効力は確かなようだ。
ただ、先の説明からして床の荷物にまでは効果が及ばないはずなので、手――は封じられているので足を使ってベンチの下まで位置をずらした。
「……あの、どうして僕の名前を?」
突然現れた女性。
こちらは相手のことを知らないのに、相手はこちらのことを知っている。
シチュエーションから華の一件を思い出してしまうが、この女性は既に知尋と視線を交わしている。
もし騙すつもりがあるなら、念を入れて読心の影響を避けるのが普通だ。
「あ、うん。前に資料を見たことがあったから」
果たして彼女の答えはそんなもの。
「資料、ですか?」
「そう、資料。生徒全員分のを繰り返しね。だから覚えちゃったの。酷い虐めでしょ?」
「……全員分」
全校生徒二百名弱のデータを、か。
しかもそのデータが役に立つのは三年間だけで、毎年三分の一ずつ新たなデータと入れ替わる。舞阪の持つ『集積』のような能力でもあれば別だが、普通はかなり大変な作業だろう。
更に声が降ってくる。
「でも、知尋くんのことは特に印象に残ってたよ」
「じゃあ、あなたは……僕に会いに?」
尋ねると、彼女はううん、とそれを否定した。
「会ったのは偶然。たまたま能力が切れてた時に見つかっちゃっただけ」
「……そう、ですか」
話をするのが目的なら、いくら能力があるとはいえ人気のないところに呼び出す方がいいはず。
観察だけなら能力で一方的に行えるのだから知り合う必要がない。
そこまで考えて、知尋は身体の力をふっと抜いた。
「うん、いい子いい子」
女性の右手が伸びて頭を撫でる。
ふわふわと気持ちが揺れる。家族でもない年上の人からこんなことをされるのはいつ以来だろう。
「気持ちいい?」
「はい、気持ちいいです」
不思議な感じだ。
彼女の声、仕草、匂い――そういったものに思考が蕩かされていく。
訓練に向かおうと気を引き締めていたはずなのに、気づけばリラックスしてしまっている。
「良かった。わたしも気持ちいいよ。知尋くんは抱き心地がいいね」
「………」
かあっと顔が熱くなった。
そんなことを言われたのは初めてだ。
……やっぱり、変な人だ。
「あの、名前を教えていただけますか?」
「あ、そういえば言ってなかったっけ。……わたしはね、
「鈴、さん」
苗字を言わないというのが意味深だ。
偽名なのか、本名なのか。
「じゃあ、私も一つ聞いていいかな?」
「はい」
頷く。
どの道、この状態では振り払う気にならない。鈴から逃れたとしても訓練に身が入りそうにないし、愛華を待つ必要もある。
すると、思いがけない問いが降りかかった。
「知尋くんは、どうして強くなりたいの?」
「……それは」
柴鳳学園に通う生徒が一度は突き当たる問いだろう。
そもそも「戦闘訓練ほか運動系授業の多い学校」という時点で入学を躊躇う者も多いはず。それでもここに入学し、通い続けるからには個人それぞれに何かしらの理由があるはずだ。
知尋の場合、最初は姉の影響だった。
学園を卒業し『落とし物』として立派に活躍する彼女の後を追った。
その後、神代などといった強者の存在、そして李狐からの攻撃によって挫折することになるのだが。
真里亜に会って気持ちを入れ替えた後、残った理由は。
「敵愾心、だったと思います。強くて敵わない相手を見返したかった」
李狐や神代、もしかしたら当時の真里亜にも。
現在の力関係が絶対ではないのだと知らしめたかった。
李狐をレイプした時はまさにそういう気持ちが強かったと思う。
「じゃあ、今は違うんだ?」
「はい。今は多分、責任を取りたいんだと思います」
「責任?」
「……守りたい、守らなくちゃいけない人がいるので」
愛華も。
真里亜も、李狐も、一応は華も。
恋人に奴隷という違いはあれど、知尋が手を伸ばして求めた相手。
だから知尋には、彼女達に報いる責任がある。
そして、奔放に振る舞ってきた責任も。
欲望を押し通したいなら、押し通した上で今後まで抱えられる『力』がなくてはならない。
そんな歪んだ我が儘。
普通に言う『守る』とは全く異なる志。
「そっか。なるほどねー」
なでなで。
なおも頭の上で手が動かされた。
……言外の意図は伝わらないにせよ、ある意味、血を吐くような告白だったのだが。
「どうして僕の理由なんかを?」
「言ったでしょ? 知尋くんのことは気になってたの」
一つずつ質問ができるというのなら、と尋ねれば、返ってきたのはそんな答え。
はぐらかされているような気がするが、同時に嘘ではない気もした。
ともあれターンは鈴に移る。
「じゃあ、次の質問。おっぱいは好き?」
「なっ!?」
「うふふー。だって、さっきからちょっと『大きく』なってるし。お姉さんの胸で興奮してくれたのかなって」
……いや、それは男の子として仕方ないだろう。
「あの、真面目な話はどこへ」
「だって、そういう話ばっかりだと堅苦しいでしょ。わたしも面倒臭いもの」
「………」
駄目だ、この人。
これが演技だとしたら、人生経験が違いすぎて知尋には捉えきれない。
素だとしたら――最初に目が合った時の印象が正解だったということで、それはそれで正確な把握なんてしようとするだけ無駄。
「……好きですよ。大きいのも、小さいのも」
仕方ないので正直に答える。
完全に彼女のペースに飲まれているような気がしつつ、お返しとばかりに言葉を紡いだ。
「鈴さんは、こういう話が好きなんですか?」
「エッチな話? 好きだよ」
鈴の方もまたさらりと答える。
「耳年増だけどね。ゆーちゃんがうるさいから実践する機会はなかなかないの」
「はあ」
……ゆーちゃんって誰だろう。
「知尋くんはそういうの得意?」
「ええと、得意かどうかはわかりませんけど……それなりに経験はあると思います」
「そうなんだ。いいなあ」
言いながら、鈴は頭を撫でていない方――つまり左手を知尋の股間に伸ばしていく。制服のズボンに手を這わせ、ペニスの感触を確かめるとファスナーを掴む。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「大丈夫、誰も気にしないから。お姉さんに任せて」
今も時折、生徒が出入りしている中で、なんと大胆な行動なのか。
あっという間にファスナーを下ろした鈴はそこに手を突っ込んで竿を露出させてしまう。
勃起した状態で外気に晒されるのは心地いいが……。
「あの、耳年増なんですよね?」
「そう、耳年増。こういうのは初めてだよ」
その割には行動に迷いがないような。
指を揃えて陰茎を握った鈴は、しゅっしゅっと軽い手つきで腕を動かす。
確かに動作自体はたどたどしい。だからこそ思い切りの良さとのギャップが妙な興奮を紡ぎ出す。
「男の子のおちんちんってこんな風になるんだあ……」
気づけば鈴の声にほんのりと熱がこもっている。
「憧れだったんだ。こうやってエッチなことするの」
……年下の男の子を抱えて、公衆の面前で露出プレイするのが?
などと言ったらどういう反応をされるだろうか。「うん」と言われて終わりそうな気がして妙な気分になった。
「どうして僕に?」
「なんとなく。知尋くんなら受け入れてくれそうな気がしたから」
「いや、男子なら大抵拒否しないと思いますけど」
「そうかなあ? そんなことないと思う」
鈴の指は細くしなやかだ。
力仕事とか、指を酷使するような仕事はあまりしないのかもしれない。そういう指が今、知尋のペニスを握って愛撫している。
どう考えても役得だろう。
「知尋くん。質問をどうぞ」
「このまま話を続けるんですか?」
「うん。楽しそうでしょ?」
どちらかというと羞恥心が勝るが、今はもう忘れた方がいいかもしれない。
「わかりました。じゃあ……」
知尋は鈴に手淫をされたまま、彼女と一問一答を続けた。
鈴の質問は以降も淫らなものばかりだった。責めるのと責められるのはどっちが好きか、好きな体位は何か、女の子の身体でどこが好きか、オナニーのおかずは何か、好みの年齢はどれくらいか。
……よく考えてみるとセクハラに思えたが。
せっかくだからと、知尋は鈴の素性について質問。
それによると鈴は普段、学園内に寝泊まりしているらしかった。教員なのかと問えば「そうだけど違う」とのこと。彼女の役割はというと、
「さっき言った通り、人間観察だよ」
「観察するだけ、なんですか?」
誰にも気づかれないで校内を出歩けるなら、こっそり生活態度を観察するのにうってつけだろうとは思う。
けれど、普通の学校ならそれで十分だとしてもここは柴鳳学園。
わざわざ『落とし物』のデータを覚えて『人間観察』をする意味を考えると――。
「鋭いね。そうだよ、他にもやることがあるんだけど……それは内緒かな。ゆーちゃんに怒られそう」
「あの、その『ゆーちゃん』っていうのは……」
「質問二つめ、だよ?」
めっ、とでも言いたそうな口調で咎められた。
「それより、こっちの調子はどう?」
延々扱かれ続けたペニスは固く屹立してびくびく震えている。
「少し強く刺激して貰えれば、いつでも出せます」
「そっか。……じゃあ」
ふうっ、と。
耳元で息を吹きかけられると共に、甘い声で囁かれた。
「お姉さんの手に、いっぱい出していいよ?」
ぞくっと。
甘い快感が全身に走り、瞬間、ペニスが限界を超えた。
根元が固定されていないため暴れながら白濁を放出しようとするが、鈴は扱いていた手のひらを亀頭に押し付けて受け止める。
結局。
鈴の白い左手がべっとりと、知尋の精液で汚れることになった。
右手はまだ知尋の頭に置かれたまま。
「これが精液かあ……ん」
ちゅ、ちゅるっ。
鈴は左手を口元に近づけると、音を立てながら吸い付いた。舌まで伸ばして綺麗に舐めとり、こくんと嚥下して一言。
「あんまり美味しくないね。どろどろして舌に残るし、ちょっと独特の匂いがあるし」
「なら無理して飲まなくても……」
彼女の言う通り、精液の味は独特で癖がある。
真里亜は最初から嬉しそうだったし、李狐は無理矢理飲ませていたら慣れてくれたが、華は未だに飲むたびに顔をしかめる。
愛華も頑張って飲んでくれるが、まだなかなか慣れない様子だ。
「いいの、初体験だもん」
言って、鈴はハンカチを取り出し左手を拭った。
それから知尋を隣に下ろして立ち上がる。
「それじゃあね、知尋くん。またどこかで会えたら」
颯爽と去っていこうとする。
「あ、あのっ」
知尋は彼女を呼び止めたかったが――股間が凄いことになっているのに気づいて慌てて直し、終えて気づけばもう、鈴の姿はそこになかった。
なんだったんだろう。
突然現れて突然去っていった。多分満足したからなのだろうが、人間観察はもういいのかとか、色々と疑問が残る。
「……まあ、いいか」
鈴の能力的に、こちらから彼女を見つけるのは難しいだろうが、向こうが会いたいと思えば割と簡単に会えそうではある。
謎はまた、会ってくれた時にでも追及するとしよう。
射精したせいで身体には倦怠感が残っている。
やはり訓練にはなりそうになかったので、近くの自販機でジュースを買ってちびちびと飲んだ。
それが空になると今度は睡魔が襲ってくる。
先程リラックスしすぎた悪影響か。
思いつつ、知尋は背後の壁にもたれて夢に落ち、気づくと夕方になっていた。
いつの間にか頭は壁ではなく、柔らかな膝の上にある。
「目が覚めた?」
「愛華……?」
「駄目だよ、こんなところで居眠りしてたら。もし悪戯する人がいたら大変だよ」
下校する時間まで眠っていたらしい。
膝枕されても起きなかったあたり、相当深く眠っていたのか。
「ごめん、ちょっと変なことがあって」
「変なこと?」
帰る道すがら、愛華に鈴とのことを話して聞かせた。
「……ふーん。私がいない間にまた別の女の人といちゃいちゃしてたんだ」
「ご、ごめん」
「いいけどね。理解してるけど、一応言っておかないと」
と、話を聞き終えた愛華は歩くのを止めずに膨れ顔を解除した。
「でも、本当に変な人だね」
「そうなんだよ」
今日はマンションへ来ることにしたらしく、愛華は知尋についてくる。
二人は並んだまま入り口のセキュリティを抜け、一階奥の部屋へ着いた。
「ただいま」
「お邪魔します」
愛華がここに来た回数も既に二桁を超えている。
玄関で上げた声にも遠慮が無くなってきたのを感じつつ居間へ。
「お帰りなさい、二人とも」
「今日はちょっと遅かったね」
真里亜、李狐の反応も慣れたものだった。
それぞれ制服から私服に着替えてから二人にも鈴の話をすると、真里亜が訝しげに首を傾げる。
なお、居間のテーブルは以前立てた計画通り、同じ物をもう一つ追加し拡張している。おかげでちょっと狭くなったが、その分食事や会話はしやすくなっている。
「認識疎外の能力……。和泉くん、本当にその人からは何の危害も加えられていないのね?」
「うん。それは大丈夫」
身体はなんともないし、能力も全て機能している。
李狐が嘆息。
「じゃあ、ただの痴女かあ。まあ、珍しくはないけど」
「李狐。何で私を見て言うのかしら」
「別にー」
じゃれあう真里亜と李狐。彼女達も鈴については心あたりがないようだ。
と、愛華が横から。
「その鈴さんって人にまた会いたい?」
「それは、まあ……って」
つい素直に答えると、ぐいっと腕を引かれた。
愛華は知尋にわざと胸を押し付けながら、他の二人に向けて宣言する。
「二人とも。知尋君を借りていくから」
「はいはい。ごゆっくり」
「夕食の支度は任せて」
引きずられるように連れていかれた先は寝室。
愛華は後ろ手にドアを閉めると、一歩分だけ距離を置いて知尋を見つめてきた。
少しだけ心細そうな表情。
内心にあるのも不安、だった。
「……愛華」
知尋は、彼女を抱き寄せてキスをした。
初めて結ばれた日のような軽いキスではなく、舌を入れる恋人同士のキス。
『これ、すごく恥ずかしいね』
二度目のセックスの際、初めてディープキスを経験した愛華はそう言ってはにかんでいた。
『でも……なんだか安心する。知尋君と繋がっているからかな』
唇を合わせたまま口を開き、相手の体内に舌を侵入させる。
歯をなぞり、肉を愛撫し、唾液を流し込む。それを受け入れることは相手に心を許している証。
汚い部分をも曝け出せる、吐息や唾液さえも受容できるという意思表示。
それを互いに繰り返せば、しっかりとした繋がりの証明になる。
「不安にさせちゃったかな?」
「少しだけ。でも、知尋君は私のこともちゃんと好きでいてくれるでしょ?」
「もちろん」
唇を離した二人は至近距離から囁き合い、そしてゆっくりとベッドへ向かった。