※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第六十九話 リベンジ<後編>

 木刀はリーチと防御力を補うためだった。

 神代の拳を何度もまともに受けたら身体が持たない。それに神代を迎撃する際、遠くに攻撃できればその分危険が減る。

 そういう意味では折られたのは残念だが……十分役に立った。

 数発分のダメージを減らせたし、神代に木刀を折らせ腕にダメージを蓄積できたのだから。

 

「おい神代、あんまり備品を気軽に折るなよ」

 

 舞阪が思わず、という感じで戦いに口を挟む。

 すると、神代はそれに苦笑した。

 

「悪い。あんまりそこまで気が回らなかった」

 

 気が回っていない。

 知尋との戦いにあまり余裕を持っていない、と捉えていいのだろうか。

 ……だとしたら嬉しいが。

 

 外野からの横やりで生まれた僅かな時間を利用して息を整える。

 ぐっ、と拳を握って立てば、神代も知尋を振り返って表情を引き締めた。

 

「行くよ」

「うん」

 

 またも高速で接近。狙いは――回し蹴り。

 

「完全に避けるのは、難しいみたいだからねっ」

「……っ」

 

 舌打ちしたい気分になった。

 蹴りは大振りかつ、失敗すれば体勢を崩しやすい。知尋も愛華から蹴りの心得を伝授してもらってはいるが、神代相手ではとても打てないというのに。

 強者の特権。

 一秒未満の短い間を悲嘆に費やした後、知尋は前進を決断した。

 神代が攻撃開始する前に割り込み、オーバーパワーの右拳を叩き込む――!

 

「……そう来るか」

 

 ぞくっとした。

 神代が動きを変える。進行速度とコースはそのまま、知尋と衝突する向きのまま、蹴りの予備動作をキャンセルして右拳を握る。

 相打ち狙いだ。ただし当然、二人の攻撃力と耐久性能には違いがある。

 拳同士をぶつけて相殺は――できない。右手同士、骨を折る覚悟なら神代の拳を封じられるかもしれないが、失敗した時のリスクが高すぎる。

 だから知尋は真っ向勝負、身体を明け渡す方を選んだ。

 

 どん……っ。

 

 知尋の拳が神代の、神代の拳が知尋の腹に突き刺さる。

 事前に食休みの時間を取っていなければ、あるいは咄嗟に堪えなければ胃の内容物を吐き出していたかもしれない。

 衝撃が痛みに変わって全身を襲う。

 くらりと意識が一瞬、遠のいた。

 

「知尋君!」

 

 愛華の悲痛な声が会場内に響く。

 ……大丈夫。

 叫び返すことはできなかったが、気力を振り絞って立つ。

 そこへ。

 

「また、その技か」

 

 やや冷たい質感を含んだ声。

 

「……もしかしたら、神代君も使ってくるかと思ったけど」

「いや……俺は使わないよ。敵と戦っているわけじゃないんだ」

 

 あくまでも知尋は対戦相手。

 全力以上を振り絞ってまで勝つ必要はないという。

 余裕、と捉えられても仕方がない話だが、むしろこれは神代の意地とかポリシーの問題なのだろう。

 

「和泉君。一応聞くけど、棄権は」

「しないよ、もちろん」

「……だろうね。でも、その技は本当に危険なんだ。多用するのは良くない」

 

 真摯な瞳が向けられる。

 そこから伝わってくる意思も、純粋に知尋を心配してのもの。

 それなのに、少しだけ苛立ってしまった。

 

「大丈夫」

 

 首を振って答える。

 

「明日は休みだし。それに、愛華にはわかってもらったから」

 

 神代との試合について、真里亜や李狐がもはやいつものことだと了承する中、愛華だけは反対姿勢を見せた。

 

『私が言えることじゃないかもしれないけど……やっぱり危ないことはしてほしくないよ』

『ごめん、愛華。それでもやりたい』

『また、男の子の意地?』

『うん……意地だよ』

 

 わからないと頬を膨らませる愛華を知尋は抱きしめた。

 言ってしまえば誤魔化しだが、言葉だけで説明しようとするとどうしていいかわからなくなる。だから、仕草も使って気持ちを伝える。

 

『前に言ったこと、覚えてない?』

『覚えてるよ。……でも多分、あの時の話とは少しだけ違うんだ』

 

 戦って勝たないといけない、という強迫観念ではなく。

 確かめたい、受け止めたいという意思。

 

『確かめる?』

『僕が戦えるっていうことを。愛華や真里亜、李狐達を守るために』

 

 きっと男は誰しも、多少なりともそういう力試しに拘る生き物だ。

 知尋もそして神代も。

 

 受け止めるのは神代の思い。

 彼には彼の考えと思いがあって、知尋に試合を申し込んできたはずだ。同じ男だからその真剣さはわかるし受け止めてあげたい。

 

『だから、見ててほしい。それで、終わったら傷を治してくれないかな。こんなこと愛華にしか頼めないから』

 

 もちろん、愛華に語った理由が全てではない。神代に勝つことに拘る自分も知尋の中にまだ残っている。

 全ては意地とプライド。

 我が儘だが――知尋は想いに、欲望に正直に進んできたから。

 どうしても譲れない。

 

『……もう、分かった。知尋君はそういう人だもんね。私も、知尋君のそういうところを好きになったんだもん』

 

 愛華も最後にはそう言って折れてくれた。

 そして約束通り、今も傍で見守っていてくれる。

 

「……和泉君」

 

 かすかに表情を歪めて神代が一歩を踏み出した。

 繰り出される右拳を知尋は避けず、代わりに神代の右肩へ一瞬早く、全力以上の力を叩きつけた。

 しかし神代は止まらなかった。

 腹に拳がめり込む。強い衝撃。息が詰まる。

 

「俺は高槻さんが好きだった。いや、好きだ」

「……うん」

 

 囁くような言葉に、同じようにして答えた。

 

「二回告白して、二回とも振られたよ」

「うん」

 

 神代から離れようとしたら足払いをかけられた。

 だん、と床に叩きつけられる。

 ……知尋が起き上がるのを神代はただ見ていた。

 

 三度目は自分から向かっていった。

 胴を狙った右ストレートを、神代は両手を重ねて受け止めた。固く確かな手ごたえ。ダメージはゼロではないだろうが、かなりの衝撃を殺された。

 腕を掴んで投げられる。受け身は取れたが、それでも背中が痛む。

 

「だから正直、少し悔しい」

「………」

 

 ごめん、と。言いかけて止める。神代は謝って欲しいわけではないだろう。

 行き場のない感情を吐き出している。

 知尋にできるのは受け止めることだ。

 

 右手は後一発打ったら動かなくなる。

 左手を強く握り、大振りのストレートを放つ。

 神代が合わせてきた。左の拳と拳がぶつかり、音を立てて後ろに弾かれる。

 

「っ、はぁっ、はぁっ……」

 

 腕がだらんと垂れ下がった。

 完全に折れてはいないようだが、罅くらいは入っているかもしれない。神代も左手を握って強く顔をしかめると開いて下ろす。

 

 もう、相手の攻撃をガードするのも難しい。

 後は蹴りを試すしかないか。いや、まだ一発。

 ぎゅっと右手を握る。

 

「和泉君、君は――」

 

 神代が息を吐き接近。右ストレート。

 ……どうせ、あと一発で使えなくなるのなら。

 可能な限りの力を籠めて同じストレート。再び拳がぶつかり合い、みしみしと音を立てて押し戻される。

 

「この試合、俺に勝てない」

 

 神代の腕は健在。

 自分自身の速度とパワーによる衝撃は大きく相当なダメージが入っているが、無理をすれば使えないわけではない。

 だが。

 

「……どうかな。神代君だってそれなりに辛いはず。なら、スピードが落ちて、僕の蹴りでも通るようになったかもしれない」

 

 足しか使えないなら足で戦えばいい。

 

「……どうしてだ」

 

 噛みしめるような声。

 心底理解できないという表情で神代が叫ぶ。

 

「痛みで気絶していてもおかしくないはずだ! なのに何で立っていられる!?」

「そう言われても……我慢できなくはないからだよ。事情があって痛いのには慣れてるしね」

 

 痛みに鈍感なのか。

 いや――。

 

「それは、それも『能力』なんじゃないのか?」

「……そう、かもしれないね」

 

 『苦痛耐性』、いや『苦痛軽減』か。

 意識したことはなかった。いつからあったのかも定かではないが、そう言われるとしっくりくる。

 腕のズキズキする痛み、腹のじんじん来る痛み。

 そうした痛みを無視するのではなく和らげ、許容範囲を広げる。

 

「どうせなら、もう少し格好いい能力が欲しいな」

 

 今度の判定では詳細なチェックを申し込んだ方がいいかもしれない。

 少々、時間と費用がかかったはずだけど……。

 と。

 

「和泉っ!」

 

 何が彼の気に障ったのか。

 神代は胸中に憤りを浮かべて突っ込んできた。読心が引っ張られたせいで攻撃方針が読めなくなる。

 しかし、推測はできる。拳を痛めている以上は――。

 後退すべく足に力を籠めると案の定、神代は眼前で足を浮かせる動作。

 

 感情に任せた大振りの回し蹴りは完全に外れる。

 バランスが崩れた神代の軸足を狙い、知尋は必死に足払いを仕掛けて――。

 

「――何やってんのよ、神代悠希ぃ! あたし以外の奴に負ける気なわけ!?」

 

 通る寸前、響いた声に神代がはっと表情を引き締めた。

 軸足に力が入り、知尋の足払いを跳ねのける。逆にバランスを崩した知尋は、神代が固めた右拳を胴へまともに受けた。

 身体が吹き飛ぶ。一メートル先で叩きつけられ、同じくらいの距離だけ床を擦った。

 

「がぁっ!?」

 

 さすがにどうしようもなく身体が痛んだ。

 起き上がろうにも腕が使い物にならない。

 

「これでもまだ、やるかい?」

 

 ゆっくりと、こちらへ歩み寄りながら神代が尋ねてくる。

 

「……参りました」

 

 深く息を吐きながら。

 知尋はギャラリーにも聞こえるように敗北を宣言した。

 

 途端。

 ざわざわという周囲の雑音が強くなった。

 きっと今までは意識的にシャットアウトしていたのだろう。そう思いながら知尋は天井を見上げた。

 すると視界に神代の端正な顔立ちが映った。

 

「……神代君」

「またやろう、とは今回は言わない」

 

 小さく名前を呼びかけると、神代はきっぱりとした言葉を知尋に叩きつけてきた。

 彼は知尋の視線を避けるように目を逸らしながら続ける。

 

「僕は正直、君の粘り強さが――いや」

 

 何かを言いかけて首を振り、知尋の傍にしゃがみこむ。

 そうして助け起こそうとしてくれる彼を、少女の鋭い声が制止した。

 

「触らないで!」

 

 駆け寄ってきた愛華が、きっ、と神代を睨んだ。

 

「……高槻さん」

「どいて、神代君」

 

 治療を最優先した結果なのだろうが――。

 愛華の短い言葉は、神代には拒絶に聞こえたのではないだろうか。

 彼は顔に戸惑いを浮かべながら首を振る。

 

「いや、でも彼を医務室に」

「李狐ちゃんがもう手配してくれてる。だから私に知尋君を治させて」

 

 ……また李狐を走らせてしまったか。

 誰の判断なのかはわからないけれど、少し申し訳なさを感じた。

 

 神代がどくとすぐに愛華はその場に座り、ウェアに包まれた知尋の右腕に手をかざした。

 光が溢れ、腕の痛みが少し和らぐ。

 

「……ごめん、愛華」

 

 すると愛華はにっこりと笑顔を浮かべた。

 

「ううん。約束したでしょ? だから、謝るよりは感謝して欲しいな」

「そっか。……そうだね、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 神代は二人のやり取りを少し離れた場所で見つめ、しばらくして離れていった。程なく担架が到着し、知尋はその上に乗せられる。

 

「寝ちゃっていいよ、知尋君。先生と私が責任もって治すから」

「……うん」

 

 愛華の優しい声に促され、知尋は目を閉じゆっくりと眠りについた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 見覚えのある白い天井。

 知尋は医務室のベッドの上で目を覚ました。やはり薄いカーテンは閉じられていて、その外からは何やら作業しているような小さな音。

 ――他に音がしないことを考えると、今回もかなり長く眠っていたか。

 ウェアはやはり脱がされてジャージを羽織らされている。ベッド傍には制服姿の李狐と愛華が座っていた。

 

「おはよ、知尋。また派手にやったね」

「知尋君。調子はどう?」

「ありがとう、二人とも。うん、動かさない分には痛くないよ」

 

 ただ、動かそうとすると違和感がかなりある。

 極力使わないようにしようと寝たままで会話を続けた。

 

「そりゃそうだろうね。腕、凄いことになってたし」

「……はは」

 

 李狐はあっけらかんと言ったものの、当人としては割と笑えない。

 苦笑いを漏らしていると、カーテンが小さく開かれて外から白衣の女性が入ってきた。

 

「ホントにな。今回なんて二人がかりどころか三人がかりだった」

 

 ショートヘアに眼鏡を掛けた女性。

 化粧っ気はなく地味だが、華のように大人しい雰囲気はない。むしろただ単に外見に頓着しないタイプという印象。

 医務室を管理している二人の校医の片割れで、名前は小岩井則子(こいわい のりこ)。

 表情に疲れが見えるのは……まあ、まず間違いなく知尋のせいだろう。

 

「小岩井先生、その、ありがとうございました」

 

 さすがに寝たままというわけにもいかず、知尋は身を起こして頭を下げた。則子が軽く手を振って知尋の腕を掴む。

 

「いたっ」

「その程度、痛いうちに入らないだろ。あれだけの怪我を我慢しておいて」

 

 男性っぽい喋り方をする則子はイメージ通り、コミュニケーションにおいてはかなりざっくばらんなところがある。

 今のもセクハラとかそんなことは全く意識せず、触診のつもりだったに違いない。

 

「あの、先生。三人がかりっていうのは……?」

「ん? ああ、私と高槻、それから眼鏡の一年生だ」

「華ちゃんだよ。私の治癒を手伝ってくれたの」

 

 愛華が体力の続く限り知尋を癒そうとするのを見て、華が治療を引き継いでくれたらしい。

 くすりと笑いながら差し出された紙を開くと、華の字で「貸し一つです」とあった。

 まあ、目的はほぼ間違いなく『これ』だろう。

 頼んでないと言いたい気持ちもあるが、助けてもらったのだからお礼はすべきか。真里亜と二人っきりにさせる、とかは却下するとして……何がいいか考えておくことにする。

 

 腕から手を離した則子がふう、と息を吐いて知尋を見下ろす。

 

「治すのが大変だから、怪我をするなら程々に留めろよ」

「え、と。怪我するな、っていうんじゃなく?」

「どうせ言っても無駄だろ」

 

 呆れ顔をされた。

 

「それに、高槻のいい練習台になっているみたいだしな。頻繁に怪我してくれる奴は貴重だ」

「練習台……」

「故意に怪我人作るのは寝覚めが悪いからなあ」

 

 ぽん、ぽん、と。

 まるで子どもを扱うように知尋の頭を軽く叩いて、則子は仕事に戻っていった。

 ……さっきの台詞、まさか経験があるのだろうか。

 

「それで知尋、満足した?」

 

 李狐に尋ねられ、知尋は試合を思い返した。

 結果で見ればまたも完敗。

 しかし、ある意味やり遂げた感慨もあった。

 

『和泉君、君は――この試合、俺に勝てない』

 

 彼がそんなことを言うのは意外だった。

 もしも言わざるを得なかったのだとすれば。

 ヒーローに憧れているといった神代、彼は決して、手の届かない高みにいるわけではないのだと思える。

 目指すべき目標であるのは変わらないが。

 

「うん。神代君に拘るのはこれで止めにするよ」

「良かった」

 

 先に愛華が微笑んだ。

 

「それじゃあ、帰ろうか。真里亜ちゃん達も待ってるから」

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