試合二日後の月曜日からは二度目の能力判定シーズンとなった。
『落とし物』のランクは世界で同じ指標――地域や解釈によりバラつきは出るが――を用いており、日本では国の管理のもと判定が実施される。
といっても、知尋達を始め柴鳳学園の生徒は校内で判定を受けられる。
授業の合間や放課後に順番に呼ばれてあれこれするだけ。だいたい一人につき三十分もあれば終わる。
これは学園が国の指定を受けているからだ。
中学生までは休日に自宅の最寄り駅から何駅か移動し、何とかセンターみたいな場所で判定を受けていたので、それを思うと物凄く楽である。
また、今回は定期テストとも期間が被っていないので余計に気楽だ。
「で、手ごたえはどうだったよ? 俺は引き続きEだろうけど」
判定期間開始から数日後の昼休み、知尋は舞阪から学食に連れ出された。
なんと「それなら一緒に行く」という愛華達を「男同士の話だから」と断って二人っきりで、である。
……判定結果はすぐに出ないので、わざわざ今「手ごたえ」を聞かなくてもいいと思うのだが。
向かいの席で炒飯を食べつつ尋ねてくる残念系イケメンに、知尋は愛華の作ってくれたお弁当を突きながら答えた。
「ああ……ええと、まだわからない。二次を受けたから」
「へ? わざわざ申し込んだのか。追加調査」
「うん」
月曜日の朝、担任に申請してギリギリ受理して貰った。
――能力判定は通常の一次調査と、詳細な二次調査の二段構えになっている。
学園内で一般的に言われる判定は一次の方で、こちらは年に何度か受ける義務がある。二次は希望者だけが有料で行う『追加調査』だ。
だから一次調査も一応は受けたが、空き教室で教師数人を前に能力を実演したり質疑応答をした挙げ句「引き続き二次調査を受けてください」で終わりである。
これで手ごたえと言われても困る。
「ふうむ……なるほど、気合入ってんな」
舞阪が唸る。
納得はしたが、聞きたい話は聞けなかったという感じか。
彼はふっと息を吐いて顔を上げた。
「まあ、それならそれでいいや。……神代の話なんだけどさー」
「うん」
なんとなく、そう繋がるのだろうとは思っていた。
あれ以来、神代とは殆ど話をしていない。ばったり会った時に挨拶する程度だ。
彼の様子は相変わらず……と言っていいのか。一見したところ、これまで通り鍛錬に精を出し続けているように見える。
「あいつも駄目そうだったって。今回もCランク残留っぽいらしいわ」
「……そっか」
どことなく残念そうな声に頷いた。
やはり、Bランクの壁は厚い。
もちろん神代が凄くないわけではなく、彼の能力が堅実な、見栄えのしないものであるのが大きいのだが。
「……あれだけ強くても駄目なんだ」
「あいつの能力は実績、って意味でも重ねづらいからなー」
舞阪が嘆息。
それから彼はじっと知尋を見て呟いた。
「えーと。これから言うことは個人的な意見というか、雑談みたいなもんであんまり気にしないで欲しいんだけどよ」
仰々しい前置きをして。
食事の手を止め、どこか遠くを見るようにして言う。
「あいつは、お前のせいでスランプなんじゃないかって思う時がある」
「………」
弁当箱に目を落とす。
たった今言われた内容を咀嚼し、理解する。
思ってもいなかった、かというとそんなことはなく。
「あれは、僕も譲れなかっただけだよ」
言葉を選んで一言で答えた。
舞阪も意外にあっさり頷いてくれる。
「……そうなんだろうなー。ままならないもんだ」
先程よりも深く、重い嘆息。
知尋が顔を上げると、代わりに舞阪が料理に視線を落とす。
スプーンで炒飯を一すくいしながら。
「俺はなるべく公平っていうか、中立でいるつもりなんだけどさ。なんつーか、あいつだけは別なんだよな」
「それは、恋?」
「そうそう。男同士だし振り向いてもらえるとは思ってないけど……ってなんでだよ!? 違えよ!?」
激しいノリ突っ込みだった。
いや、珍しく舞阪のノリが重いのでつい、仕掛けてしまったのは知尋なのだが。
「ええと、なんだっけ。……ああ、そうそう。友情だよ友情。大事なことだから二回言ったぞ。あいつはなんか、もっと強くなるって期待が湧くし、単純に付き合ってて気持ちいいんだよ」
「うん、わかるよ」
気性も能力もストイックでわかりやすい。
それだけに安心して見ていられる。彼なら凄いことをやってくれるんじゃないか、と思わせてくれる。
「……お前でもそう思うんだな?」
「え?」
「いや、こっちの話。まー、つまり俺が言いたいのはさ」
続く言葉までにはやや不自然な間があった。
「できれば、あいつの邪魔はしないでやってくれないかな」
☆ ☆ ☆
「邪魔……ね。確かに舞阪君らしくないかもしれないわね。気持ちはわからないでもないけれど」
その夜。
舞阪の話を真里亜、李狐、愛華に伝えたところ、彼女達の反応はそれぞれまちまちだった。
なお、今この場に華はいない。後日この話を伝えるつもりもない。
……そういうことなら神代を邪魔するのも楽しそうだ、とか言って彼の能力を奪いにかかりそうな気がひしひしとするからだ。
「んー……でも、そう言われても正直困らない? どうしようもないっていうか」
「そうね。彼が自分で言っていたように、気にしすぎる必要はないと思うけれど」
浮かない表情の李狐に、眉を顰めた真里亜が応じる。
愛華は二人の反応を聞いた上で切なげに目を細めた。
「私は、わかるな。知尋君達には喧嘩して欲しくない」
「っても、ああいう試合はもう当分ないでしょ?」
「あ、ううん。そうじゃなくて……二人がただ傷つけあうのは嫌だな、って」
試合ではなく喧嘩。
つまり試合自体ではなく、嫌い憎みあって戦うのが嫌だということ。
「そういうのはお互い傷つくだけだと思うから」
「……そうだね」
敵愾心で収まればいいけれど、嫌悪や憎悪を振りまくのは確かに良くない。
その果てには、どちらかが相手に屈服するまで終わらない、泥沼の戦いが待っているだけだ。
『敵と戦っているわけじゃないんだ』
あの時の神代の言葉通りだ。
ライバル、対戦相手とエネミー、敵では全然意味が違う。
神代と完全な敵同士になる気は、今の知尋にはない。
「……だけど」
「? 真里亜ちゃん?」
「いいえ、何でもないわ」
何かを呟きかけた真里亜は首を振り、平常通りの表情に戻った。
――だけど、彼がこちらの領域に手を出すのなら、たとえ望んでいなくても戦わざるを得なくなるでしょうね。
知尋にはそんな声がどこかから聞こえたような気がしたが、もちろんそれはただの錯覚で、真里亜の真意はわからない。
そして、神代とそんな戦いをする日が実際に来ることもないだろう。
そう、きっと。
☆ ☆ ☆
更に数日があっという間に過ぎて土曜日になった。
この日はいつも通り選択授業――の、はずだったのだが、朝のHRの終わり際に担任から告げられた内容によって予定は変わった。
「和泉君はこの後、判定の二次調査へ向かってください」
HR後、直接手渡されたメモには敷地内、校門からかなり奥まった位置にある別棟の場所が記されていた。
「頑張ってね、知尋君」
「まあ、適当に力抜いて行ってくれば?」
「ありがとう、二人とも」
愛華や李狐とそんな言葉を交わし、真里亜とも一瞬だけ一瞥しあってから教室を出た。メモに着替え持参とあったため体操着とジャージを携帯する。
生徒達がそれぞれ授業に向けて動く中、校門で靴に履き替えて外へ出る。
大分涼しくなった空気を感じながらメモに従ってあるくと、だんだん喧騒が遠ざかって静かになっていく。
やがて道は舗装されたものではなく、土の地面をならしただけのものに変わった。
これまでは来たことのないエリアだ。
東京都の多摩地区に位置するこの学園は、生徒数の割に広い敷地面積を持っている。そのお蔭で敷地内を散歩コースのように利用できる……というのは知っていたが、実際に利用するのは初めてだ。
こういうところなら野外プレイとかしてもバレなさそう……いやいや。
大分真里亜に毒された思考を浮かべつつなおも歩くと、ようやく一件の建物が見えてきた。一階建てのログハウスで、窓はあるものの曇り硝子になっていて中は窺えない。入り口近くに建てられた看板には『学園施設につき関係者以外立ち入り禁止』とある。
「ええと、ここであってるよね……?」
もう一度メモを確かめてみたが間違いなかった。
木製のドアに歩み寄ってノックする。返事はない。
恐る恐るノブに手をかけると、幸い鍵はかかっていなかった。
「失礼します」
中に入ってドアを閉じる。
入った先は団欒スペースのようになっていた。大きめの木製テーブルに、二・三人掛けの簡素な椅子が四つ囲むように設置され、小さな食器棚と冷蔵庫も見える。
……旅行にでも来たと勘違いしてしまいそうだ。
空間内に人の姿はなし。ドアはいくつか見えるので他にも部屋はあるのだろうが、メモにはそこまで細かな指示はない。
「あのー、すいません」
大きめの声で何度か呼んでみても返事はなし。
諦めて数歩室内を歩くと、そこでテーブルの上にメモが置かれているのに気づいた。近づいて覗き込む。
『かかったな、アホが』
書かれていたのはたったそれだけ。
「……へ?」
悪戯? と首を傾げた途端、かちゃりと音がした。
「は?」
振り返る。音がしたのは今しがた入ってきた入り口の方――というか、まず間違いなくドアだ。
駆け寄ってみれば、やはりドアには内側から鍵がかかっていた。
……まあ、内側から施錠される分には開ければいいだけだが。
問題は閉じ込められたことではなく、誰もいない空間で何故、ひとりでに鍵がかかるのかだ。
ドアは複雑な仕掛けが可能なタイプではない。
推理ドラマであるようなトリックが使われた形跡もない。
……なら、能力者による罠?
そうだとしたら何故、意味もなくドアを施錠したりした? 警告か? ということは今すぐ知尋をどうにかする気はない?
と、突然の事態に驚きつつ、剣呑な思考を巡らせていると――。
「動くな」
ひたり。
背後から知尋の首筋に、冷たい手があてられた。
「………」
要求通りに静止した知尋はふっと息を吐き、背後の人物に向けて言った。
「いきなり何するんですか、鈴さん」
「……ふっ」
背後の人物が息を吐いた。
「バレちゃったかー、さすが知尋くん。覚えててくれたんだー」
ぎゅっ。
明るい声を上げて後ろから抱き着いてきたのは以前、偶然出会ったその日に知尋に手コキをしてきた謎の女性、鈴だった。
豊満な胸の感触が背中からたっぷりと伝わり、初めて会った日のことが思い返される。
まだ、そんなに日が経っているわけではない。彼女の声のトーンと手の感触はまだ鮮明に覚えていた。
……仮称『認識疎外』の能力を持つ彼女なら先の現象も可能だ。
誰もいなかったのではなく、いたのに気づかなかっただけ。全く人騒がせな話である。
「ふふっ。おちんちん、大きくなってきちゃう?」
「なりません」
本当は微妙に反応が始まっていたが、彼女のペースに乗るとなし崩しに押し切られそうなので、敢えてきっぱりと答える。
幸い、鈴もすぐに知尋から離れてくれた。
二人で揃って椅子に腰かける。何故か鈴まで対面ではなく知尋の隣に座った。
見れば、今日の鈴はスーツ姿ではなく肩の開いたセーターに短めのスカートという格好だった。肩口からは黒いブラ紐がしっかりと見えている。いやらしくもあるが、どちらかというとだらしない。
「それで、ええと……鈴さんが二次調査の担当者、なんですか?」
「お、良く分かったね。お姉さん、まだ一言も説明してないのに」
「それは、まあ」
以前会った時、鈴は人間観察が役目だと言っていた。
また、柴鳳学園の全生徒のデータを覚えているとも。
人知れず彷徨いながら『落とし物』の情報を集める彼女がここで出てくる意味を考えれば当然の結論だと思う。
「そういうこと」
あっさりと、鈴は頷いた。
「わたしは前に話した能力の他に、そういうのを調べる能力があるの。だから、二次調査は私の役目なんだ」
いつもは誰もいない部屋に呼び出すか、別の人に対応してもらいながら勝手に観察するんだけどね、と。
特別な感慨もなさそうに鈴は言った。
「なるほど……。じゃあ、どうして今回は?」
「知尋くんのことは気になってたんだよ。気になる色をしてるからね」
「色?」
尋ね返す。
しかし鈴はそれに答えずに嘯いてみせる。
「それに、わたしの初めての人だし」
「処女を奪ったみたいに言わないでください!」
「じゃ、今から奪う?」
「冗談でもそんなこと簡単に言わないでください……」
「冗談じゃないのに」
残念そうに呟く鈴。
ふぅ……。
息を吐き、彼女はそこで表情を引き締めた。仕事モードに意識を切り替えてくれたのだろう。
「じゃあ、先にお仕事を済ませちゃおうか」
こうして鈴による能力判定の二次調査が開始された。