鈴に促され、知尋は彼女と共に奥にあるドアの一つを開いた。
ドアの先にあった短い廊下を進み、更に一番奥のドアを開く。
ベッドに箪笥、チェスト、一脚の椅子が置かれた簡素な寝室がそこにあった。華が仮眠にでも使っているのか、ベッドのシーツが乱れていてなんだか生々しい。
「さ、脱いで、知尋くん」
「え、あの。二次調査ですよね?」
「二次調査だよ。裸の方が調べやすいの」
……本当だろうか。
さすがに疑わしくなって鈴の瞳を覗き込んだ。
好奇心。知尋の全てを見通そうとしている感じ。
どうやら、嘘ではないらしい。
「……わかりました」
「わくわく」
大人の女性が擬音を口に出したのは聞き流して。
知尋はベッドの傍で制服に手をかけた。ネクタイを外し、ワイシャツのボタンに手をかけて一つずつ外す。下もベルトを外してズボンと下着を脱いだ。
その間中、鈴はきらきらした目で知尋の脱衣を観察していた。
「あ、服はベッドの上にでも置いてくれていいよ」
そう言ってくれたので、一応畳んでベッドの端に置いた。
「じゃあ、ベッドに座って。身体が見えてれば寝ちゃってもいいけど」
「いえ、そこまではさすがに」
ベッドの端におずおずと腰かけた。
鈴は椅子を引き寄せてそこへ座り、じっと知尋を見つめる。
「見るだけ、なんですか?」
「見るだけだよ。私の場合はね」
調査中も普通に喋れるらしい鈴が話してくれたところによると、能力を調べる能力と一口に言っても方法は様々。鈴の場合は観察、つまり対象を見ることが条件だが、他の人だと匂いを嗅ぐとか相手の血を舐めるとか色々あるらしい。
能力を調べる能力。
極めて特殊ではあるが、やはりその根幹は他の能力と変わらないのだろう。
欲望や願望を形にしたのが『落とし物』の力であり、多くの場合はそれがたまたま能力を調べる効果に繋がっている。
鈴の場合は何度も使っている『観察』と言うワードが鍵か。
気になる色、と表現したのも。
彼女には人の印象が色に見えるのだとして。
「鈴さんには、僕は何色に見えるんですか?」
「透明だよ」
「白、とかでもなくてですか?」
「うん」
知尋の身体から視線を外さないまま鈴は答えた。
何かを見通そうとするように目を細めて。
「白も珍しいんだけどね。小さい子じゃないと中々見ないし。でも、透明はもっと珍しいかな」
それはそうだろう。
第一、透明というのを色と呼んでいいものか。
「だから、気になる色だと?」
「そう。気になるの。初めて見る色だから」
なるほど。
初めて見る珍しい色だから興味を持った。わざわざ接触して話をし、より深く知尋を知ろうと思った……ということか。
自分がそこまで特殊な人間だという自覚はないが、なんだか腑に落ちた。
もともと、鈴は変な人だが悪い人には見えない。
警戒する必要はなさそうだと力を抜いた。
「暇でしょ? しりとりでもする?」
「そうですね」
時間制限なしの緩いルールでしりとりに興じた。
「リトマス紙」
「栞」
「利尻昆布」
「鰤」
ただの暇つぶしかと思ったら、鈴は知尋を容赦なく「り」で追い詰めてきた。
人にしりとりを挑むと大抵はめられる側なので、たまにははめる側に回ってみたかったらしい。
知尋が頭を悩ませて答えをひねり出す度、得意げに次の言葉を告げる姿を見ているとどうにも毒気を抜かれた。
やがて、しりとりを続けるうちに遂に答えが出て来なくなり。
「……ちょ、ちょっと悩ませてください」
「うん、いいよ。どうせ時間はたっぷりあるしね」
鈴の能力は、個人を詳細に調べようとすると結構時間がかかるらしい。
どこまでが本当でどこまでが嘘かまでは確かめようがないが……。
「鈴さん、楽しいですか?」
「え? うん、とっても。こんなに長く、嫌がらずにしりとりしてくれるのは知尋くんが初めてかもしれないし」
「鈴さんみたいな綺麗な人と一緒にいられて、嫌がる人が沢山いるんですか?」
「現代人は忙しいからねー」
そう言われれば確かに。
暇潰しでさえ有意義な形を模索するのが当たり前、みたいなところはあるかもしれない。誰でも大抵、スマートフォンを持っているわけだし、ただ二人きりで生産性のないしりとりに興じる機会などそうそうない。
それでも知尋にはあまり大したことに思えないが。
「だから知尋くんは面白いんだよ」
やっぱり、自分では良く分からなかった。
それから一時間程が経って。
ふう、と。
鈴が息を吐いてぐっと伸びをした。十数回目の長考中だった知尋は顔を上げて彼女に尋ねる。
「終わりました?」
にっこりと笑顔が返ってくる。
「うん、終わったよ。せっかくだし、何か飲み物でも飲みながら話そうか」
今から戻っても二限のほぼ終わり頃になってしまう。今日は一日ここに居ても全授業出席扱いになるということなので、大人しくのんびりさせてもらうことに。
「じゃあ、僕が取ってきます」
「ありがと。じゃあ炭酸をお願いしようかな」
「わかりました」
寝室を出て廊下を歩く。
考えてみたら人の家(?)を裸で歩くという居心地の悪い状況だが、まあ他の家人がいるわけでもない。
最初の部屋に戻って冷蔵庫を開け、中を見て絶句した末、適当な飲み物を持って寝室に戻った。
「お帰りなさい」
鈴はぐでっ、とベッドの上に寝ていた。
知尋が出て行って戻ってくるまで僅か数分でこれである。
座っていた椅子はと見れば、脱いだスカートと下着がその上に置かれていた。ということは、こっち向きで寝そべる彼女の下半身は。
「……ええと、これ炭酸です」
「ありがとー」
麦を主原料とし、アルコールの入った炭酸飲料――ビールを手渡すと歓声が上がった。色々問題のある光景だが、冷蔵庫にこれ以外炭酸がなかったので知尋に罪はない。
ぷし、と缶を開ける鈴を眺めつつ、知尋もお茶のペットボトルの蓋を開けた。
二人揃って冷たい飲み物を喉に流し込む。
「はー……生き返る。やっぱりお仕事の後はこれだよねー」
「仕事、終わってないですよね?」
「殆ど終わったよ。終わったようなものだよ。だから問題ないよ。ね?」
ね? と言われても。
しかし、知尋の身の回りにはこんな風に生き生きとアルコールを飲む女性はいなかった。そういう意味では新鮮で、楽しい光景ではある。
問題があれば前に言っていた「ゆーちゃん」とやらが怒ってくれるかと納得しておく。
「え、と。僕はどこに座ったらいいですか?」
「? ベッドに座っていいよ?」
「あはは……ありがとうございます」
ベッドに座り、更にお茶を一口。
そこでようやく鈴が本題を切り出した。
「で、知尋くんの能力だけど……面白いね」
「というと?」
「全部で六つの能力があった。……ううん、ある意味四つなんだけど。どっちにしてもかなり珍しいマルチタレントだよ」
☆ ☆ ☆
「六つなのに四つ……つまり、『苦痛軽減』の他に、和泉君の読心にも機能が追加されていたということね?」
「うん」
真里亜の問いに知尋は頷いた。
土曜の夜。夕食の時間を使い、判定の二次調査で起こったことを順に話していくと、ちょうど食事が終わったところでその話に行きついた。
きっとそれが、居合わせた全員にとって最も興味のある部分だろう。
今日は愛華だけでなく華もマンションにやって来ている。少女達が食器の片づけを終えたところで話は再開となる。
「完全に新規の能力は、真里亜が言った通り『苦痛軽減』だったよ。オンオフ可能で、軽減率は五十パーセント」
また、睡眠促進の倍率は約三倍。
支配の能力は効果範囲には制限なし。限界人数は十人。支配対象への支援とペナルティはやはり能力等を直接強化するのではなく、メンタルやバイオリズムに影響を与えて好調、不調を作るものだった。
『この支配? の能力も結構曲者。知尋くんの支配下にいると何もかもがうまくいく、っていうのがずっと続くと気持ちにも影響があると思う』
『中毒症状、みたいなことですか?』
『そこまで悪くはないけど。慣れた後で効果を解除されりすると、物凄いスランプに陥るんじゃないかな』
そうやって長く利用すればするほど止めづらくなる。
軽々しく周囲にばら撒くのは止めた方がいいかも、と併せて釘を刺された。
「だから、皆が心配なら解除しようと思うんだけど……」
「あら。もともと、そうやって『縛る』ための能力でしょう?」
「ん。あたしもこのままでいいよ。ずっと解除しなければいいんでしょ?」
真里亜と李狐の反応は概ね予想通りだった。
愛華もしばらく考えてから二人に同意。
「……うん。私も気にしないよ」
残るは華だ。
レズビアンにして、知尋と色々と禍根がある彼女がどう反応するか。ここが一番読みにくいポイントだが。
少女は薄く笑って可憐な唇を震わせた。
「私もいいですよ、このままで」
「……いいの?」
「ええ。これがあると調子がいいので。外されると調子が狂いそうなんですよ」
……それが危険だと言っているのだが、わかっているのだろうか?
知尋としても外すと言われるよりは都合がいいので素直に了承しておいた。
「それから、読心の新しい機能なんだけど。これは前の感情増幅みたいに追加で発動するんじゃなくて、普通の読心と『切り替えて』使うものらしいんだ」
意識して切り替えないと意味がないから気づかなかった。
知尋の読心は受動的で、読む感情を選べないのが当たり前だったから余計に気づきにくかったのだ。
「それで、切り替えるとどうなるんです?」
「……ええと。それがちょっと変な効果なんだけど」
口ごもる。
ここまで話しておいてなんだが、結構話すのに勇気がいる内容なのだ。
しかし聞いている方はそんなこと知ったことではないようで、華が遠慮も何もなく説明を催促してきた。
「いいから早く教えてください。気になります」
「……わかった」
知尋は頷き、軽く息を吸ってから告げた。
「相手の性的願望をイメージとして見ることができる」
「………」
しん、と居間が鎮まり返った。
「性的……」
「願望?」
「つまり、相手がどういうエロいことをしたいかわかるってこと?」
「……そういうことになるかな」
なお、この機能でも『視線を合わせている間だけ』『読まれた側にもそれが伝わる』制約は変わらず適用される。また、感情増幅も発動する。
つまり、目を合わせた相手の秘めた性欲を掘り起こし、本人にも自覚させる力。
代わりに、心を覗いたのが知尋の仕業だとが相手にばっちり伝わる。
「あたし達以外にやったら殺されるね」
「……だよね」
実際、殺しに来られても文句は言えないと思う。
……だから、もうちょっと使いやすい能力はないものか。
何度目かの悲鳴を胸中で上げると、華がくすくす笑いながら言った。
「いいじゃないですか。調教には持ってこいの能力ですよ」
「まあ、それはそうだけど」
この読心を受け入れてくれる相手は多分、調教しなくても相当、心を開いてくれていると思う。
と、それを聞いた真里亜が首を傾げた。
「なら、私達で実験してみましょうか」
「真里亜ちゃん、楽しみだって顔に書いてあるけど」
「気のせいよ」
いや、読心を使うまでもなく目が輝いている。
「ええと。いいけど、真里亜にはうまく機能しないと思うよ」
「どういうこと?」
「やってみた方が早いかな。……いくよ」
真里亜と目を合わせる。
羞恥寄りの被虐に満ちた興奮が伝わってくるのを受け止めつつ、脳内でスイッチの切り替えをイメージ。
ふっ、と。
一瞬、衝動が胸から消失する。代わりに胸ではなく脳裏にイメージが浮かぶ。
一つ一つに異なるプレイが描かれた絵画。それが暗い部屋を瞬く間に埋め尽くしていき――一つに手を伸ばす暇もなく、ずきん、と頭痛が走る。
慌ててスイッチを戻して視線を逸らすとイメージは消え、頭痛も収まる。
ふう、と真里亜が嘆息した。
「……なるほど。私はやりたいプレイが多すぎて」
「うん。それ全部が映像でイメージされるから、脳の処理が追いつかなくなったんだと思う」
これも鈴から注意されていた。
『日頃からエロいことしか考えてないような子には気をつけてね。イメージを受け止めきれなくてパンクするかもしれないから。……ぶっちゃけ、もし、そういう子がいたら表の能力使えば十分だと思うよ』
鈴が真里亜の存在を知っていたわけではないだろうが、まさにドンピシャの忠告だった。
この能力は慣れれば取捨選択できるようになると言われたが。少なくともそれまで真里亜はお預けだ。
「でも、それじゃあ実験にならないわね。……誰か、お願いできないかしら」
真里亜が他の面々を見る。
水を向けられた愛華達は各々困惑した様子で顔を見合わせた。