翌日、土曜日の朝。
知尋が学園に登校すると、クラス内は「神代が風紀委員会にスカウトされた」というニュースで持ち切りだった。
神代本人も既に登校していて、男子を中心とした複数人に揉みくちゃにされている。
「神代ぉ。お手柔らかに頼むぜ」
「友達としてエロい話してる時は見逃してくれ」
「はは。いや、ただの手伝いだから俺にそんな権限ないって」
さすがだ、と傍目に見つつ自席に辿り着く。皆、神代の方に集中しているため知尋のことには気づかない。
と。
喧騒の中を愛華が近寄ってきて挨拶してくれた。
「おはよう知尋君」
「あ、おはよう愛華。昨夜はありがとう」
「ううん。私こそ我が儘言ってごめんね」
自然と笑顔を浮かべて言葉を交わしていると、愛華についてきた女生徒達がにんまりと、意味ありげな笑みを浮かべた。
彼女達が知尋に構ってくれるのも、ある意味、愛華のお蔭だ。
「なになに、昨夜ってどういうこと?」
「ついに一線越えちゃった?」
ぼかしてはいるものの直球な問いに愛華と二人、ないない、と手を振った。
……絶対言えないとはいえ、実は彼女達の想像する一線はとっくの昔に越えているのだが。
「あ。それはそうと生徒会に誘われたんだって? おめでとう」
「おめでとう」
「うん、ありがとう」
ついでのような祝福だったが、一応、クラスメート二人から祝って貰えた。
☆ ☆ ☆
選択授業があっという間に終わって帰りのHR。
担任教師が連絡事項の通達を終えたところで舞阪が手を上げ、壇上に立った。
ただのお調子者と生徒達から見られがちな彼だが、一応クラス委員である。
「えー。この間のLHRで話し合った学園祭の件、決めきれなかったのでこの後、ここで話し合いたいと思いまっす」
話は数日前に遡る。
判定シーズン終了後、最初のLHRでは、今さっき舞阪が言った通り学園祭に関する話し合いが行われた。
主な議題は当然、クラスの出し物をどうするかというものだった。
柴鳳学園の学園祭は十一月の初めに行われる。開催は金曜日と土曜日の二日間。当日は普通の高校の学園祭と同じく外部の人間も訪れる。
生徒達はそういったお客さんを、クラスごと趣向を凝らした出し物で出迎える。
もちろん、運営の合間に後退で自由時間を楽しむこともできる。
少々特殊な点といえば、この学園では部活動の類が殆ど存在しないことか。全く無いわけではないのだがごく少数、それも少人数なので、基本的には生徒の大部分がクラスの出し物に集中することになる。
ただし、元々のクラス人数が少ない点にも注意が必要。
また、今がちょうど九月の終わりなので準備期間は約一か月。
そうした前提を踏まえた上で広く意見が募られ、結果、多くの案が出された。
割合、体育会系の色が濃い学校のためノリのいい生徒が多いこと、普段、訓練漬けでストレスが溜まっているので皆遊びたがっていることなどが理由だろうか。
あれがいい、これがいい。いやその案にはこういう問題がある、などと頻繁に意見交換が行われ、その代償としてLHR一コマ分では話し合いが終わらなかった。
そこで土曜の放課後を利用しての話し合いである。
「開始は三十分後。その間に飯を食べてくるなり、ここで食べるなりしてくれ。食いながら参加してくれてもOK。強制じゃないから忙しいとかダルかったら不参加でもいいぜ。その場合、いる面子だけで色々決めるけど許せ」
滅茶苦茶ぶっちゃけた説明で舞阪が参加を呼びかけると、その効果か殆どの生徒が参加を表明した。
不参加となったのはごく少数の用事がある生徒。その中には神代悠希の姿もあった。
「お、神代は風紀委員会か?」
「ああ。昨日の今日だけど、なるべく早めに顔出しておきたいんだ。悪いな」
「いや、そういう事情なら文句も言えねーって。頑張ってな」
舞阪はコンビニのおにぎり(シーチキンばかり三つ)を食べつつ手を振って神代を見送った。
と、直後に彼が視線を送ってくるのは知尋の方。
「和泉は? 生徒会のとこ行かないのか?」
「ああ、うん。期限は来週までだから急がないし。一応、終わってから寄ってはみるつもりだけど」
「ふーん、なるほどな」
意思は伝わったらしい。舞阪はにっと笑うと食事に戻った。
三十分後。やや緩い雰囲気のまま話し合いが始まる。
この時点で黒板には既に、前回出た意見をまとめ分類した内容が書き出されている。舞阪がクラスの有志に頼み、休憩時間中に作業してもらっていたのだ。
「さて。じゃー、とりあえずもうちょっとアイデアを貰っておこうか。この他に意見のある奴ー」
更にいくつも手が挙がり黒板の空欄が埋まっていく。
一段落したところで出されたアイデアの総数はクラスの人数である二十を大きく超えていた。
研究発表などの展示系に演劇などの発表系、屋台を含めた飲食系、後はバザーや射的等の販売・遊戯系。
一つ案が出ればそれを呼び水にばんばん増えまくった感がある。
ずらりと並んだ内容を見渡した舞阪は頷いて。
「よし。んじゃあ、この中から良さげなのを投票してもらうか。端の奴から聞いてくから一人一つ答えるように」
「って、舞阪。こういうのって紙に書いて箱に入れるんじゃないのかよ」
「ほほう。まあお前がエロイことを考えているのはなんとなく伝わったが、公衆の面前で言う度胸がないなら諦めるんだな」
きっぱり言い切った彼はなんだかクラス委員らしかった。
「っていうか紙集めて開票するの面倒だし」
……と、余計な一言を付け加えなければ、だが。
ともあれ。クラスメート達はそれぞれ自分がこれは、と思うものに投票していく。
候補の割に投票数が少ないが、まあいざとなれば決選投票でもするのだろう。
「ほい西崎」
「んー、唐揚げの屋台で」
「あいよ。渋いのに入れたな」
李狐は得意分野に投票。主な材料が鶏肉だけなのと、十一月なら食材も痛みにくいのがポイントか。
真里亜は指名されると淡々と回答。
「深海、どれにする?」
「バザーでお願いします。広い世代が集まる機会なら、うまく不用品をリサイクルできるかもしれないから」
愛華も、彼女らしい目のつけどころを見せた。
「高槻は?」
「休憩室がいいな。入り口よりちょっと奥にパーティションを立てて防音して、中は落ち着く音楽を流すの」
ついでに冷えた飲み物を売ってもいい。
そんな風に説明されるとクラス内からもいくつか感嘆の声が上がった。
「さて。じゃあ最後は和泉だな」
図らずもトリとなった知尋は、皆の視線が注目するのを感じながら答えた。
「……ええと、メイド喫茶でお願いします」
「うお、意外」
本気で意表を突かれたのだろう。
舞阪が素で呻いてから悪い、と目くばせをしてくる。
しかしまあ、彼の反応とは関係なくクラス内はざわつきを見せていた。
「和泉君、どうしてメイド喫茶なの?」
「あ、うん。……ちょっと、ある人のが見てみたくて」
またも教室内がざわついた。
「だって、高槻さん」
「あう。ち、知尋君。さすがに恥ずかしいよ……」
愛華が頬を染めて俯く。
さらにギャラリーからの声。
「でもいいの? メイド服を着た高槻さんが皆に見られるんだよ? 脚とかも」
「あ、衣装は是非ロングでお願いします」
「お前、自分の気持ちに正直だな!」
まともに会話した最初の日にAVの話をしてきた人には言われたくなかった。
あはは、と濁しつつ思う。
……見たかったのは愛華もだが、どちらかというと李狐なのだと、さすがにここでは言えない。
この間見た李狐の願望が胸に引っ掛かっているのだ。
彼女のメイド姿を見てみたいと思うと同時に、着せてあげたいと思う。購入も検討していたが、こういう機会を利用するのも悪くないだろう。
皆で着るのなら、という大義名分もできることだし。
当の李狐はなんとも言えない表情を浮かべ、一瞬だけ知尋を振り返った。
「よし、決選投票するか」
初回の投票でまともに票差がつくはずはないので、票が入ったものだけを残して再度投票。
すると初回は知尋一人だったメイド喫茶への票が伸びる。
……主に開き直った男子のせいで。
ただし、中には女性票もあった。
「私もメイド喫茶に入れます。ただしやるなら条件を付けたくて」
「条件?」
「女子だけ恥ずかしい格好するとか不公平だから男子も着るべきだと思うの。まあ、似合う人だけでいいんですけど。似合う人だけで」
何故か視線が知尋に集まる。
舞阪が最高に楽しそうな笑顔で頷いた。
「おーけーわかった。言い出しっぺの和泉が女装すればいいんだな?」
「え、その理解の仕方はちょっと待って欲し……」
抗議の声を上げようとすれば黄色い声に遮られた。
「あ、それなら私もメイド喫茶にする!」
「私もー」
「あ、舞阪。俺今からメイド喫茶に変えていい?」
気づいたらぶっちぎりの票数になっていた。
「んじゃ、1-Cの出し物はメイド喫茶に決定しまーす」
盛大な拍手が送られた。主に知尋に向けて。
……こんなはずじゃなかったんだけど。
推した出し物が選ばれた割に酌然としないものがあった。
クラス内が妙な盛り上がりを見せたこともあり、残りの議題――準備におけるざっくりした役割分担などは手早く決まった。
デザイン案の作成や実際の縫い物、接客などは主に女子が担当。
重要な部分を女の子に任せることになるため、男子は会場設営や買い出し時の荷物持ち、ビラ配りに会計係等、雑用を一手に引き受ける。
「和泉は忙しいだろうから当日の接客メインなー」
「ありがとう?」
礼を言っていいのか微妙な気がした。
話し合いが終わった後も教室内は騒がしく、なかなか人が減る気配を見せなかった。そんな中、知尋は愛華や李狐と話をする。
「びっくりしたよ。知尋君がああいうこと言うとは思わなかったから」
「ホントにね」
「ご、ごめん」
苦笑いの愛華と、ジト目の李狐。
二人から口々に言われて思わず謝る。
「でも、いい気味だよね。減るわけじゃないし、女装くらいすればいいんじゃない?」
「うん。知尋君もメイド服着るならある意味公平だよね」
とまあ、二人とも困惑しつつも悪い気分ではないらしく笑顔で言ってくる。
特に、李狐が楽しそうにしてくれるのは嬉しかった。
さすがに彼女は知尋がメイド喫茶を推した理由に気づいているはず。性格的に余計なお世話だと拗ねてしまう可能性もあったと思うが、それでもこうして前向きに理解してくれているのだ。
「ん……そうだね。こうなった以上は責任持つよ」
「おー、その意気だ」
そこでぽん、と背中を叩いてきたのは舞阪。
もう一方の手には何やら書類らしき紙を持っている。
「はいこれ」
「え?」
受け取って確認すると出し物の申請用紙だった。メイド喫茶の文字や、場所としては1-Cの教室を使用する旨、担当者名として舞阪の名前などが記載されている。
「ついでだから生徒会に提出してきてくれ。これから行くんだろ?」
「ああ、うん。行くけど……」
こういうのはクラス委員が直接持っていくものではないのか。
「大丈夫だろ。お前なら偽物を疑われたりもしないだろうし」
「適当だなあ」
「なにをいう。おれはおまえをしんらいしているんだ」
「あはは……わかったよ」
実に嘘くさかったが、実際ついでなので了承しておく。
愛華や李狐に別れを告げ、鞄を持って席を立った。
生徒会室は二年生の教室がある階、なので一つ階段を降りる。
上級生のいる階というだけでなんとなく踏み入りづらいものを感じるが、幸いHRから時間が経っているせいか廊下に人気は殆どなかった。
二年生は知尋の読心に慣れていないだろう、ということも併せると、人目を気にしなくていいのは有り難い。
廊下を奥に向かって歩き、突き当りを曲がってもう少し歩く。
あらかじめ確認した地図によればこの辺りのはずだが……。
「……あった」
生徒会室。
シンプルなプレートが掲げられたその部屋は、外からでは室内の様子を窺うことができなかった。ドアには目線の位置に小窓が付いているものの、透明度の低い磨りガラスになっているので覗きには使えないのだ。
だから、中に人がいるのか、いるとしてどんな人がいるのかは開けてみないとわからない。
深呼吸をして心の準備を整え、慎重にドアをノックした。
すると、
「むう、今いいところなのに」
「駄目ですよ。もしお客様に聞こえたら」
不満げな声と、それを嗜める声。
……実際、両者の声はばっちり聞こえてしまった。生徒会役員が来客に不満を漏らすとはこれいかに。
出直してくるべきか、いやしかしノックした以上は、と躊躇すると。
「はい、どうぞ」
三つ目の声が中から響いた。
その声には聞き覚えがある。面識のある生徒会長――四葉が中にいてくれることに安堵しつつドアを開いた。
「失礼します」
途端、室内から香ばしい匂いが漂って来て知尋の鼻腔をくすぐった。
……これは、コーヒーか。
次いで、驚いたような四葉の声。
「あら」
その声に室内にいた他の生徒もまた入り口に注目し、知尋は彼ら――彼女らと対面を果たすことになった。