※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第七十九話 生徒会の面々

 ――案外、広い。

 

 生徒会室を見渡してまず最初にそう感じた。

 生徒二十人を収容する1-Cの教室の半分を超える面積。入り口正面の壁には大きな窓があり、カーテンも用意されている。

 床には薄手の絨毯。側面の壁際には戸棚や書類棚などが並ぶ。さすがに仕事部屋という感じが強いと感心していると、隅の一角に電気ポットや冷蔵庫、電子レンジが置かれているのを発見する。

 そして、部屋の中央には一辺につき三人程度は座れそうな大テーブルがあった。

 その上に広げられているのはレース編みのテーブルクロス。更にお洒落なカップとソーサーが置かれており、カップの中では黒い液体が揺れている。お茶請けにクッキーやチョコレートが盛られた皿もある。

 

 ……お茶会中?

 

「和泉君?」

 

 はっと我に返る。

 テーブルを囲む四人の少女達がじっと知尋を見つめていた。

 一人は生徒会長、黒羽四葉。以前見た通りのショートヘアで、全体的に落ち着いた佇まい。

 奥まった席に座っていた彼女はそっと立ち上がると、知尋に対して気づかわしげな表情を浮かべてくれる。

 

 後の三人は初対面。

 いや、生徒会の役員である以上、顔くらいは見かけたことがあるのかもしれないが、あいにく記憶には残っていない。

 

「ああ。じゃあこの子が例の一年生なんだ」

 

 三人のうちの一人が声を上げる。

 学校指定のスカートをやや短めに調整し、ブラウスの袖を折って手首を露出させている二年生。席の位置は四葉の右隣。

 体型は平均的で特筆するところはなく、代わりに目を惹かれるのは髪だ。

 李狐を見慣れている知尋には一目で天然とわかる金髪。ショートという程ではないが短めで、少しもったいないような気がしてしまう。

 肌は白く、よく見ると瞳もかすかに青い。

 一部か全部か、異国の血を引いているのだろう。

 ……声からすると、先程残念そうにしていたのは彼女。

 

 四葉が彼女に頷いた。

 

「ええ、そうよ。一年C組の和泉知尋君」

 

 にっこり微笑んで、彼女は知尋に呼びかけてくれる。

 

「どうぞ。こっちに」

 

 そういえば、部屋に一歩踏み入れたきりドアさえ閉めていなかった。ぺこりとお辞儀をして答え、丁寧にドアを閉めてからテーブルに歩み寄った。

 

「ええと、1-Cの学園祭申請書を預かってきました」

 

 とりあえず書類を四葉に手渡す。

 受け取った四葉は紙面を一読し、程なく顔を上げた。

 

「確かに。……それで、ご用件はそれだけでしょうか?」

 

 期待するような視線。

 知尋は「いえ」と首を振り、四葉と、他の三人に向きなおった。

 

「昨日のお話を受けさせていただきたくて来ました」

「へえ」

 

 先程の二年生が真っ先に声を漏らした。

 彼女は皿からクッキーを取り、口に放り込みながら言う。

 

「ということは、私にも下僕ができるんだ」

「……ええと」

 

 微妙に返答に困る。

 よろしくお願いします、と言うべきか。しかし、下僕という言葉の意味次第では妙なことに巻き込まれる可能性も。

 脳裏に浮かんだのは、彼女からSMプレイ(M側)を強要される自分の姿。

 ……知尋の女性経験からすると、なくもないと思えてしまう。

 困惑するうちに四葉から助け舟が出た。

 

「ルー。せっかくの後輩をいじめないで」

「はいはい」

 

 ルーと呼ばれた少女は軽く答えながら更にクッキーを口にする。それをもぐもぐと咀嚼し飲みこんでから、

 

「じゃあ、一応自己紹介しておこっか。私はルシル・オーウェル。ルシルでいいわ。役職は、生徒会の副会長」

「副会長……」

 

 二年生で副会長なのか。

 主に驚きから反復すると、ルシルはふっと笑う。

 

「その割にはあんまり顔見ないって言いたいんでしょ? それは四葉が全部でしゃばるからよ。ま、そのお蔭で助かってるけど」

「なるほど」

 

 副会長はあくまでも副。

 会長が健在で、かつ積極的であれば代行の必要はない。確かに道理だ。

 四葉が穏やかに付け加える。

 

「ルーには代わりに他の仕事を頑張ってもらっています」

「ぼちぼちね」

 

 本人の注釈は淡々としていて、あまりやる気が感じられないようにも見えるが。

 今も平然とコーヒーに口を付けている辺り、大物というか、上に立つ者としての貫禄のようなものは感じられる。

 

 そこで残りの二人のうちの片方が手を上げた。

 小柄で無表情な三年生の少女だ。年齢的には女性と呼ぶべきな気もするが、童顔なせいか知尋と同い年くらいにしか見えない。

 どこか人形のような彼女はテーブルの入り口側、ルシルの前に座っている。

 

「………」

「え、と。よろしくお願いします」

 

 無言のまま深々と頭を下げられたので一瞬戸惑ったが、慌てて知尋も頭を下げた。

 

「こちらは書記、兼会計の葉月万里歌(はづき まりか)先輩です。怒っていらっしゃるわけではないので、気を悪くしないでくださいね」

 

 万里歌の隣に座った二年生が代わりにそう教えてくれた。

 身長は知尋と殆ど変わらない。綺麗に整えられたセミロングの髪は艶やかで、肌の質感も滑らか。爪や唇まで手入れが行き届いており、アクセサリの類は何も身に着けていないのに女性的な可愛らしさが溢れている。

 冬の女子制服も校則通り着こなしているのに野暮ったく見えないのはどういう魔法を使っているのか。

 

「私は生徒会庶務の綾瀬葵です。よろしくお願いしますね、和泉君」

「あ、はい。こちらこそ」

 

 お願いしますと綾瀬に答えかけて、知尋はここが自らの自己紹介するタイミングだと悟る。

 四葉が名指しでスカウトしてくれたところから見ても、おそらく彼女達は知尋のことを知っているだろう。それでも、あらためて名乗って頭を下げるのが礼儀に違いない。

 

「一年の和泉知尋です。皆さん、よろしくお願いします」

 

 早鐘のように鳴る胸を抑えつつ、出来る限りゆっくりと言って一礼。

 拍手は暖かなものが二つ、淡々としたものが一つ、適当なものが一つだった。

 

 とりあえず座るよう勧められ、綾瀬の左隣に腰かけた。

 すると香水かシャンプーか、清潔感のある香りがしてどきっとする。

 ……落ち着け。いきなりこんなことでどうするのか。

 

「それじゃあ、和泉君の分もコーヒーを淹れますね」

「あ、おかまいなく」

「気にしないでください。インスタントですし、お出ししないと逆に私達が落ち着きませんから」

 

 綾瀬がいそいそと立ち上がってコーヒーを淹れてくれた。

 ことん、と小さな音を立ててカップとソーサーが置かれる。

 

「ミルクと砂糖はどうします?」

「いえ、このままで」

「わかりました。必要になったら言ってくださいね」

 

 柔らかな声に会釈を返し、さっそくコーヒーに口を付ける。漂う香りは確かに慣れたインスタントのものだが、通でも何でもない知尋にはこれで十分。

 むしろ、飲みつけない味よりほっとする。

 

「さてと。こいつはこれで身内だから、別にかしこまる必要ないよね、四葉?」

「ええ、そうね」

「ルーは最初からリラックスしていた気がしますけど」

「何のことだかわかんない」

 

 とぼけるように顔を逸らしつつ、チョコレートを口に放り込むルシル。

 さっきから凄い勢いでお菓子を消費しているような気がするが、大丈夫なのだろうか。主に体重とか。

 そこでルシルは知尋の方を見る。

 

「えーと。知尋でいいよね?」

「はい、大丈夫です」

 

 女の子に名前で呼ばれるのにはもう慣れた。

 

「OK。じゃあ知尋、さっそくお仕事の話しようか」

「お菓子を食べながら、ですか?」

「いちいち手を止めるのとか効率悪いでしょ」

 

 疑問を即座に切って捨て、四葉を振り返りつつ続ける。

 

「知尋には実行委員会との調整をしてもらうから」

 

 規定事項の確認も兼ねていたのだろう。四葉や万里歌、綾瀬がそれに頷く。

 

「実行委員会って、学園祭のですよね?」

「他に何があるの? 当たり前のこと聞くのはやめて」

「す、すみません」

 

 思わず謝った。

 ここまでのやり取りから、ルシルがかなり直截な性格なのがわかった。なので、おそらく知尋にだけ刺々しいわけではない……と思いたい。

 

 ルシルの説明と、知尋の知識をまとめると……。

 学園祭の運営は生徒会、および学園祭実行委員会が連携して行う。

 学園祭実行委員会は学園祭に際して作られる臨時組織で、一応、形としては生徒会の下位になる。

 委員会は二、三年生で既に仮結成され準備が始まっているものの、一年生の各クラスからの参加者が合流し本格的に始まるのは来週の月曜日からである。

 知尋の役割は、その学園祭実行委員会に顔を出すこと。

 そうして逐一、作業の進行具合をチェックし生徒会側に報告、また両組織の橋渡し役としてメッセンジャーを務めることらしい。

 

 ……なんだかハードに聞こえるが、ルシル曰く「要はただの使い走り」とのこと。

 まあ、役員が四人しかいない以上、誰かが頻繁に抜けてしまうと、それだけで業務量以前に結構な痛手なのだろう。

 

「……そういえば、うちのクラスで実行委員の話が出た覚えがないんですけど」

 

 呟くと四葉が首を傾げた。

 

「1-Cからも既に連絡を頂いていますよ。……選出方法はお任せしていますので、そのせいではないでしょうか」

「なるほど」

 

 舞阪のことだから、個人に話を振りOKを貰って終わりというのは確かにあり得る。

 

「ちなみに、そうすると生徒会側では何をするんですか?」

「実行委員会や警備担当の風紀委員会、教師側や医務室、学校新聞を作成する新聞部とかの全体的な進行管理。それから生徒会主催イベントの企画と準備、予算の調整その他諸々。それとは別に、単純に学園祭が終わるまでは部屋に誰かいないとまずい」

「おぉ……」

 

 そうやって並べられると物凄い量だった。

 ふん、と、ルシルは小さく鼻を鳴らして。

 

「だから、私達が仕事してないって勘違いするつもりならやめて」

「……はい」

 

 むしろ、それだけの仕事量を四人で、というのは心配になる。

 生徒数から見れば四人というのは無茶な数字ではないのだろうが、パイの大きさに関わらず最低限必要な大きさというのはあるのでは。

 知尋が考え込みそうになると、右側から手が伸びてきてつんと腕あたりを突く。

 

「葉月先輩?」

 

 綾瀬越しに左手を伸ばしてきた万里歌は握手を求めるかのように手を動かす。

 かと思えば、知尋の右手を手に取って指を絡めた。

 

「え?」

 

 急に何を。

 思った途端、四葉でもルシルでも綾瀬でもない声が聞こえた。

 それも、頭の中に直接。

 

『大丈夫。君はあくまでお手伝い。わからないところは聞いてくれれば教えるし、できないことは助けるから安心して』

 

 綺麗な声だった。

 どこまでもクリアで美しく、天使や海で船乗りを惑わすローレライ……そんな現実味のない人外の声をも連想させる。

 

「これは、葉月先輩の?」

『そうだよ。私の『伝心』の能力』

「葉月先輩はテレパシーが使えるんです」

 

 ランクはB。

 口を開かず、電波等の干渉も受けず他人と会話ができる。ただし思考を無理矢理読み取ったりはできない。

 電話と似た感覚で相手と『繋がって』いる間だけ、伝えたい内容を送受信できる。

 

『僕の思ったことも伝えられるんですね』

『うん。今のは聞こえたよ。コツを掴むの早いね』

 

 また、相手と波長を合わないと会話の精度が悪くなるらしい。

 

「波長、ですか」

『その人と一緒にいて、話したりすると波長を合わせやすくなるんだよ。初対面の人とどうしても話したいときは、こうやって触れるの』

 

 そうした条件さえクリアすれば一度に複数の相手へ声を届けることも可能。

 基本的に携帯電話で代用できてしまうのがネックだが、傍受の恐れが極めて低いことや電波の届かない場所でも利用可能なことなどが利点となる。

 仲良くなって波長を合わせさえすれば距離の制約も殆どないらしい。

 家族や親しい友人相手なら海を隔てても会話可能とか。

 

「凄いですね」

 

 言うと、万里歌はかすかに小首を傾げた。

 

『そんなことない。むしろ私は、これがないと生活できないから』

「……それって」

「葉月先輩は声が出せないんです。精神的な問題で」

 

 綾瀬が表情を曇らせながら知尋に告げた。

 挨拶の時に喋らなかったのはそれが理由だったらしい。

 ……彼女もまた何かしらの傷や、欲望を抱えているのだ。

 万里歌の境遇、そこにあったであろう「何か」を想像し、知尋は思わず黙り込んだ。

 

「ま、仕事する分には問題ないし。万里歌が会計してくれないと実際生徒会(うち)は回らないから助かってるのよ」

「ええ、その通りね」

 

 ルシルが言って、四葉が同意した。

 万里歌は二人をちらりと見つめ、すっと知尋から手を離した。

 

『ついでだから、皆の能力も紹介したら?』

 

 ごく短い時間にも関わらず知尋との波長を合わせてくれたのか――手が離れても彼女の声はしっかりと聞こえてきた。

 

「もし教えていただけるなら是非、知りたいです」

 

 つい嬉しくなりつつ言うと、ふっ、とルシルに鼻で笑われた。

 

「調子に乗らない。私達のは仕事に関係ないし、今度気が向いたら教えてあげる。それより今日のうちに学園祭の全体像、できるだけ覚えて行きなさい。でないと月曜に泣くわよ」

「は、はい」

 

 去年の資料だと言ってどっさり紙の束が渡され、それを読む羽目になった。

 帰る目途が立ったのは夕方で、その間、先輩達はお茶会を続けながらも片手間に業務を片づけていた。

 

「では和泉君、また今度」

「月曜、サボったら承知しないから」

「頑張ってくださいね!」

『応援してる』

 

 学園の入り口で四人と別れて歩き出す。

 初日にしてかなり長居する羽目になってしまったが、あの生徒会室の空気と匂いは、なんとか好きになれそうな気がした。

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