日曜日、知尋は愛華と共に街へ買い物に出かけた。
朝十時に最寄り駅へ待ち合わせて電車に乗る。行き先は以前、真里亜や李狐と出かけたのと同じ駅。
ちなみに、夏休みに二人で出かけた時も同じ街だった。
『無理に遠出しなくてもいいよ』
と、愛華が主張しているからだ。
お洒落にうるさい……もとい、ファッションに自分なりの拘りを持っている李狐ほどではないにせよ、愛華も女の子らしく服には興味を持っている。
しかし、どちらかというと彼女の関心は着心地や洗いやすさ、値段に向いている。
『安くて良い物が最優先、その中で気に入った物を選ぶのがいいんだよ。だから、ブランド物のお店とかは興味ないの』
なかなかしっかりした金銭感覚である。
彼女の家は貧乏ではない。むしろ話を聞いている限り恵まれた家庭だが、両親とも必要以上の贅沢をしないタイプだったようだ。
愛華自身、看護学部や医学部を目指していることから極力倹約している模様。
まあ、今回買う予定のブレスレットは愛華へのプレゼント、つまり知尋の買い物なので、多少高くなることを了承してもらっているが。
それにしたって高校生の買い物だ、本格的な高級品は手が出ない。
ついでに言うと、眠れば回復する知尋と違い愛華は日々の疲れも溜まっているはず。片道何時間もかかるようなところへ遊びに行くのは知尋としても不安になので、これは願ってもないことだった。
電車内で話題になったのは昨日の生徒会でのこと。
昨夜も電話で簡単に話したのだが、詳しい話は今日のためにとってあった。
「……ふうん。じゃあ、生徒会って知尋君以外は女の子ばっかりなんだ」
「あ、うん……」
話を聞いた愛華が真っ先に引っ掛かったのはやはりその点だった。
恋人が自分の目の届かないところで、別の女の子達と時間を過ごす――それは何かあるのではないかと気になって当然。
ましてや知尋のことである。
これが真里亜や李狐、華が相手なら愛華も気にしない……というか「何かある」前提で諦めてくれるが、相手が他の女の子達の場合はさすがに嫉妬せざるを得ないのだろう。
誓って何もしない、とでも知尋が宣言すればまだ話は別だろうが。
……鈴の件もあるし、真里亜達を傍に置いている以上は言っても嘘に聞こえてしまうだろう。
「まあ一応、完全な女所帯じゃないんだけど」
「そうなの?」
「うん。先輩達が『まともな男手ができた』って言い方をしてたから」
自己紹介後の勉強タイム中のことである。
ルシル達の会話に口を挟もうとすると「そんな暇あるわけ?」と釘を刺されるので突っ込んで質問はできなかったが、その一言については間違いじゃない。
「……うーん。クラス委員の人が時々手伝ってくれるからかな? 舞阪君とか」
「そうかもね」
そう答えつつも、知尋にはあの会話の意味がある程度、推測できていた。
しかし確証があるわけではないし、やや荒唐無稽な推測なので愛華には伝えない。
「だから、っていうのもアレだけど……そうそう変なことにはならないと思うよ。ルシル先輩とか、無駄が嫌いなタイプみたいだし」
「ルシル先輩、ね」
「あ、愛華」
あはは、と愛華が小さい声で笑った。
「冗談だよ。信じてる。知尋君は、女の子を無暗に傷つけようとする人じゃないって」
「……うん」
浮気をしないという信頼ではなく、浮気をしたとしても悪意はなく――相手の女の子も結果的に納得してくれるという信頼。
未だに確かめていないが、やはり愛華は、知尋と李狐の関係に薄々気づいているのだろう。
気づいていて許容してくれている。
それは得難い寛容さだと思い、感謝する。
目的の駅に着いたのは十一時頃。
とりあえず早めのお昼ご飯にすることにして、駅前の大型家電量販店内にあるファミレスに入った。
メニューを開くと、何とか風ドリア等、リーズナブルな値段の料理が並んでいる。なかなかラインナップも豊富だ。
「むむ……ドリンクバー頼んで、お腹いっぱい食べようとすると千円近くなっちゃいそう」
「あはは。でも、これ以上安いお店ってなかなかないよ」
「そんなことないよ。牛丼屋さんとか」
「いや、せっかくのデートでそれはさすがに味気ないかな、とか」
愛華が良ければ、まあいいのだが。
せっかくデートしに来て牛丼大盛り、とかよりは、ほんの少しくらい格好つけてみたかったりする。
と、そんな気持ちを込めてこぼすと。
「そうだよね。デートなんだよね」
ふふ、と愛華が微笑む。
……あらためて言われると顔が赤くなる。
二人が、クラスメートにも認めて貰えるデートらしいデートをしたのはこれで二回目。まだまだこういった経験は浅く新鮮味がある。
いや、愛華と一緒の外出なら、いつまで経っても新鮮で楽しいか。
「よし、奮発してドリアに卵付けちゃおうかな。代わりにドリンクバーは我慢してお水にする」
「ドリンクバーの代金くらい僕が払……」
「いいの。どうせ長居するわけじゃないんだから」
ここでの支払いは個別に、ということに。
ドリアやパスタ、パン、サラダなどをそれぞれ頼み平らげた。
食事の後は少しだけ雑談してから店を出た。
手近な店から順に見てまわる。
メインの買い物はブレスレットだが、ついでに他の服や日用品なども見て回る。買うのは後回しにてまずは品定めだ。
「そういえばさ。近くに大きな公園があるんだから、そこでお弁当でも良かったね」
「あ、確かに」
国営の広い公園。プールあり広場あり、子供が遊べる遊具あり。
花火大会や野外ライブなども行われる人気スポットだ。
「日曜日までお弁当作るの、大変じゃない?」
「全然。いつもやってるもの」
「いつもありがとう」
「ううん。こちらこそ、私と一緒にいてくれてありがとう」
帰りに寄ろうかという話にもなったが、今日は止めておく。
色々遊べる場所なら、二人っきりのデートじゃなくて大勢で来ても楽しいだろうから、機会があれば真里亜達と一緒に来ようと話した。
買い物の方は、これからだんだん寒くなるのを見越して暖かいものを中心にいくつか見繕う。
とりあえずは靴下とか手袋とか、そういう小物類が中心だ。
「知尋君。コートとかマフラーとかって持ってるの?」
「ああ、中学の頃から使ってるのがあるよ。実家に取りに帰らなくちゃいけないけど」
高校生になって中学時代の品を使うのは、李狐あたりに駄目出しされそうな気もした。
真里亜は……格好いい黒マントを買えとか言ってこないことを祈ろう。
「だったら、その。良かったら私が編もうか? そういうの定番だし、安く上がるでしょ?」
手編みでペアの、マフラーとか手袋とか。
「いいの?」
「うん。むしろ作ってみたいなって。……うまくできるかはわからないけど」
照れ隠しからか、そんな風に言う愛華に知尋は微笑んだ。
「愛華が作ってくれるなら、それだけで嬉しいよ。……あ、でも。ハートの柄とかはさすがに恥ずかしいから遠慮したいかも」
「そ、そんなの作らないよ! 私も恥ずかしいもん」
李狐達とも相談して何を作るか決める、と愛華は話題を締めくくった。
もし被ったら大変だし、李狐達も作る気があるなら全身をコーディネイトできるかもしれない、ということらしい。
それはそれで恥ずかしい気もするが、作ってくれるなら願ったり叶ったりなので是非お願いした。
そして。
案外難航したのは主目的であるブレスレット探しだった。
安くて質のいい、チェーン系の洋服店にはあまりアクセサリーの類が置いていないからだ。
必然的に、以前の李狐がそうしていたように雑貨屋等を巡ることになった。
あとは、愛華に選んでもらって知尋が買うという形式の問題。
「……こういうのって結構するんだね」
「値段は気にしなくていいよ。簡単に壊れるものじゃないし、気に入ったのを選んで欲しい」
「そうは言うけど……うー」
目利きか、単に貧乏性か。
どうしてもコスト的に割に合わなく思えるらしい。これはと思えるデザインがあれば別なのだろうが、そういうのもなかなか見つからず。
どうしたものかと首を捻り始めた頃。
「あ」
スマートフォンへの着信を確認した愛華が顔を輝かせた。
「どうしたの?」
「さっきね、李狐ちゃんにメールで相談したんだけど、そしたらアドバイスをくれたの」
ユーズド、つまりは中古の店に行ってみてはどうかということだった。
人が使ったものに抵抗がなければ、珍しい一点ものに出会えることもあるのでお勧めだという。
その発想は知尋と愛華にはないものだった。
「行ってみようか」
「うん」
そこからユーズドの店を見て回る。
大型店に小型店構わず入り物色すると、確かに品揃えというかバリエーションはかなり豊富だ。
おまけに安い。
思わずアクセサリー以外の商品もチェックしてしまう。
食器や洋服となると多少抵抗があるものの、家具や家電、アクセサリーなどは破損や故障に注意すれば狙い目に思えた。
そうして何軒目かのお店で――。
「……あ、これ」
愛華がある品に目を留め、手に取った。
金属でできた細めのブレスレットだ。色はシルバー。表面は丸く裏は平らになっていて、仕上げはどちらも滑らか。
純銀ではなかろうが金属の重みがあり、大きな傷や塗装の剥がれ、錆びはない。
トップには小さな黒い石が輝く。
また、敢えて表面には殆ど飾り気を加えず、裏側に精緻な模様が入れられている。ちょっと珍しい品だ。
「気に入った?」
「……うん」
答える間も愛華はその品に目を奪われていた。
「値段は……」
値札に書かれた数字はそこそこ。李狐のチョーカーと同程度の金額だ。中古品であることを加味すると中々だが、決して手が出ない額ではない。
「試しにつけてみたらどうかな」
完全な輪ではなく片側にやや空間が空いたデザインで、そのためほんの少しだが可動する。
そのお蔭もあってか、ブレスレットは愛華の手首にすっぽりと収まってくれる。
金属製ではあるものの、細いので見た目の重厚感は程々。重量的にもつけていられる許容範囲内だろう。
「……凄い」
ブレスレットをつけていない方、左手の指が右手首をぎゅっと握る。
……まるで愛華に見つけてもらうのを待っていたよう。
そんな感想を抱いたのは知尋だけではなかったのだろう。
「じゃあ、これにしようか」
「うん」
愛華はほんのり頬を染めながら頷いてくれた。
レジで会計を済ませて値札を取ってもらい、愛華に渡す。彼女は大事そうにそれを受け取ると早速腕に嵌めた。
「知尋君。これ、大事にするからね」
「ありがとう」
喜んでくれることが嬉しくてそう言うと「ありがとうは私の台詞だよ」と笑って言われた。
帰りの電車に乗り込んだのは空が少し暗くなり始めた頃だった。
向こうに帰り着く頃には夕方だろう。
「これから冬だから、袖に隠れちゃうのが残念だけど」
その代わり、学園内で身に着けていても目立たない。
誰憚ることなくつけたままでいられるのは嬉しいと愛華は言った。
「今日は寄って行く?」
「ううん。明日も学校だし、寮に帰る」
二食も外食するのも、ということで晩ご飯もなし。
駅に着くと愛華を寮まで送り、そこで解散になった。
「それじゃあ、また明日ね」
「うん、また明日」
近くで手を振りあい、離れかけて――二人の距離が再び縮まる。
振り返った愛華が知尋の胸に飛び込むと顔を上げ、いきなりキスをしてきたのだ。
ほんの数秒だけの短いキス。
「愛華」
「ごめんなさい」
悪戯っぽく笑って少しだけ視線を落とす。
「嬉しくて、どうしても今『好き』って伝えたくなっちゃった。……でも、たまにはいいよね?」
「っ」
そこまで言われたら我慢できなくなる。
知尋は衝動的に愛華を抱き寄せ、その柔らかな身体を感じながら彼女にキスをした。
さっきの数倍の時間。
そっと身体を離すと少女の顔は真っ赤になっていた。
「ち、知尋君」
「ごめん。僕もお返しがしたくて」
「も、もう。……こういうの、普段は駄目なんだからねっ」
囁くように抗議して、愛華は寮の敷地内に駆けていった。
恥ずかしいのか振り返ってこなかったが、ドアの前あたりで立ち止まり、もう一度手を振ってくる。
知尋も軽く手を振り返し、彼女の姿が見えなくなるのを待ってからマンションに帰った。
「お帰りなさい。早かったのね」
廊下に出てきた真里亜が淡々と出迎えてくれる。
「早い、かな?」
「あは。ラブホ寄ってくる可能性もあるかなーって、真里亜と話してたから」
「ないない」
……いや、あった方がいいのか?
「まあ、愛華もホテル代が勿体ないって言いそうだし」
「高槻さんと仲が良さそうで何よりだわ」
ふっと真里亜が笑って視線を逸らす。
何かに気づいたのかと思い後を追って振り返ると、そこには特に何もなかった。
というか、さっきの言葉には微妙に棘があったような。
「真里亜」
「何かしら、和泉くん?」
しかし、知尋に向きなおった真里亜の表情は完全にいつも通りだった。
それを見ると一体何を尋ねるべきなのかわからなくなってしまう。
「ええと……僕のいない間、何かあった?」
「いいえ、特には。……ああ、いえ」
真里亜は立ち上がりながら、思い出したように言った。
「明日は放課後、少し用事があるの。だから帰りが遅くなるかもしれないわ」
「あ、うん」
「わかった」
入浴の準備のため浴室に消えていく彼女を見送り、李狐と顔を見合わせた。
「何かあったの?」
「いや、特にないけど」
本当に何の心当たりもなかったらしい。
李狐の話題はそのまま、先程愛華からブレスレットの写真が送られてきたことに移っていく。
また、夕食時も夜も、真里亜の態度は普通で。
だから、先程の違和感が何だったのか、知尋には全く見当もつかなかった。