※この作品はR-18です。

儚き異能は心を映す   作:緑茶わいん

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第八十一話 鈴と愛華

「和泉君和泉君、放課後暇な日ってある?」

 

 クラスの女子から尋ねられたのは昼休み、愛華とお弁当を食べていた時のこと。

 突然の質問に知尋は箸を止め、目を瞬いた。

 暇な日。

 放課後の訓練は自主的なものなので暇といえば大抵暇だが……いや、今日からは別の用事があるのだったか。

 

「ごめん、確認してみないとわからない。少なくとも文化祭実行委員会がある日以外になると思うけど」

「実行委員会? なんで?」

「知尋君は生徒会のお手伝いしてるんだよ。生徒会長さんに頼まれて……ね?」

 

 上がった疑問の声に愛華が答えてくれる。

 

「そうなの!? 全然知らなかった」

 

 大変驚かれた。

 やはり、神代の風紀委員会入りに紛れてしまい伝わっていないらしい。それならそれで別に構わないが。

 

「でも、どうして放課後?」

「採寸とかしようと思って。服作る時に必要だから」

「……ああ」

 

 メイド服は既製品ではなく手作りすることになっている。

 十着……もとい十一着、女子全員プラス一名分となると安物でも馬鹿にならないし、既成の量産品はスカートが短かったり生地が薄かったりするので、十一月の本番に着るとおそらく寒い。

 知尋は裁縫の心得がないので、代わりに作ってくれるのはありがたいが。

 

「早くない? まだ昨日の今日なのに」

「そんなことないよ? 十月は中間もあるから意外に時間ないし」

「あ、そっか」

 

 学園祭に力を入れすぎて中間試験の成績が下がったのでは本末転倒だ。

 この学園の試験は主題範囲が広い代わりに問題自体はやや簡単だが、あまり気を抜きすぎるわけにもいかない。その上、知尋の場合は生徒会の手伝いで時間を取られるわけで。

 

「あれ、それってかなりハードかも」

 

 思わず呟いたら、愛華が「今更だね」と笑った。

 

「大丈夫だよ。さぼってるようだったら私が毎日思い出させてあげるから」

「一緒に試験勉強してくれるとかじゃないんだ」

「あ、うん。それもいいかも」

 

 真里亜はそういうのを卒なくこなすし、李狐はあまり一生懸命勉強するタイプではない。

 中学以前も高校生以降も誰かと試験勉強をすることは殆どなかったが、愛華となら成績も近いし、うまく教えあえそうだ。

 二人で頷きあっていると、先程の女生徒が半眼で呟いた。

 

「あのー、二人とも。あんまりナチュラルにいちゃつかれると困るんだけど」

 

 

 

 今日も今日とて午後の授業が終了。

 最近の、授業での試合成績はぼちぼちといったところ。身体を地道に鍛え続けたことと、それから『苦痛軽減』の能力が案外効いているらしい。

 神代や真里亜など戦闘向きの面々以外となら勝ったり負けたりできている。

 

 純粋な戦闘能力、という意味ではこの辺りが限界かもしれない。

 

 そんなことを思う。

 生徒会関連で訓練を休止しなければいけないから、というのもある。そして同時に素直な実感でもある。

 これ以上強くなりたければ、身体を鍛えるという方向性では難しい。

 技を磨くか、何か派手な能力でも得られないと伸び悩むだろう。

 

 ――きっと、現状に満足した時点で戦闘用の能力など開花しなくなってしまうのだろうが。

 

 自分を見つめ直す時期に来ているのだろうか。

 訓練場からの帰り、頭の片隅で考えながら愛華と並んで歩く。

 屋外を歩いて玄関を目指しながらの雑談は。

 

「結局、ブレスレット、更衣室で着替える時にバレちゃったよ」

「あはは。いいんじゃないかな。バレて困るようなものじゃないし」

「そうだけど……できるだけ秘密にしたかったな、とか」

 

 愛華が高そうなアクセサリーをつけてるなんて珍しい、しかも隠してるなんて怪しいと女子達に詰め寄られたらしい。

 知尋からのプレゼントだということ、一緒に出掛けて選んだことまで聞き出されてしまったと愛華は頬を膨らませる。

 

 可愛いなあ、と思う。

 

 できるだけ人前ではナチュラルな交際を心がけている――つもりで結構いちゃいちゃしているらしいのはさておき――二人だが。

 

「たまには少しくらい――」

 

 自慢すればいいよ、と言おうとした時。

 誰もいないはずの横手からぐいっと腕を引かれ、数歩よろめいて人の流れから外れた。

 ぽふ。

 知尋を受け止めてくれたのは柔らかな膨らみ。

 

「鈴、さん」

「こんにちは、知尋くん。セックスしよ?」

 

 挨拶を返す前に性行為を要求された。

 

「え、ええと」

 

 さすがに理解が追いつかない。

 とりあえず首を動かして鈴を視認。触れているため認識疎外は働かず、ぶかぶかのシャツ――レディースのXLサイズ――を下着の上に羽織った彼女の姿がはっきり見えた。

 髪は解いていて垂れ流し。多少梳いた形跡はあるものの、割と寝乱れたそのまま。

 ……外見だけで突っ込みどころが満載だ。

 視線を、さっきまで自分がいたあたりに戻す。愛華が立ち止まり、きょろきょろと周囲を見回している。

 

「高槻さん、どうしたの?」

「うん。知尋君、さっきまで隣にいたのに急にいなくなっちゃって」

「トイレとかじゃなくて?」

「ううん、違う……と思うんだけど」

 

 愛華から見ればいきなり知尋が消えたように見えたはず。それは当然驚くし戸惑う。彼女は友人達を先に行かせて自分はその場に残った。

 

「知尋くん? ……あ。あの子、もしかして彼女さん?」

 

 知尋の様子から事情を察した鈴が愛華を見つめる。

 こくんと頷くと、彼女はへえ、と感嘆の声を上げた。

 

「半分くらい冗談だったんだけど。……じゃあ、お邪魔だったかな?」

 

 少しだけ気まずそうな声。

 気まぐれで淫乱な彼女だが、割合こういった常識は持ち合わせている。だからこそ少し可哀そうな気もしてきてしまう。

 

「いえ、いつでもいいって言ったのは僕ですし。……ちょっとタイミングが物凄かったですけど」

 

 どうしたものか。

 鈴に会える機会はあまりないし、愛華に紹介してもいい気がするが。この格好と鈴の用件を考えると難しいだろうか。

 しばし思案していると、知尋と鈴の視線の先で、愛華も行動に変化を見せる。

 じっと、こちらに顔を向けたのだ。

 そのまま二人がいるあたりへ視線を彷徨わせ――目が合う。

 

 読心が発動する。

 

「ち、知尋君?」

 

 途端、愛華が目を見開いて駆け寄ってきた。

 それを見た鈴は呆然と、知尋にだけ聞こえる声量で呟いた。

 

「……びっくり。能力なしで見つけられたのは初めてかも。もしかして、知尋くんの『支配』の効果かな」

 

 ありえるかもしれない、と思った。

 支配の能力によって刻印を与えられた少女達は常に知尋と繋がっている。でなければ支援とペナルティの切り替えを即座に行えないはずなので、これはおそらく間違いない。

 ならばその繋がりを辿って知尋の位置を大まかに察することも可能かもしれない。

 

「どうしたの? 急にいなくなったからびっくりしたよ」

「ごめん。なんて説明したらいいかわからないんだけど」

「確かに説明しづらいよね」

 

 困り果てる知尋の後ろで鈴が言った。

 彼女は右手を伸ばすと愛華の肩に触れる。鈴に接触したことにより認識疎外の能力が愛華にも及び、彼女にも鈴の姿が見えるようになる。

 

「きゃ……え、女の人?」

 

 愛華からすれば、立て続けに誰もいない空間から人が現れたことに。

 

「こんにちは。知尋くんにはお世話になってます」

「え……ええ? お世話、って……」

 

 目を瞬かせながら一歩、前に踏み出す愛華。

 二人とも鈴に触れていなければならない都合上、知尋は前後を挟まれる形になる。

 両側からいい匂いがして、ここだけ別空間のようだ。

 

 鈴の顔、そして出で立ちを見定めた愛華は恐る恐るという様子で呟く。

 

「……もしかして『鈴さん』ですか?」

「うん、正解。知尋くんから聞いてたんだね」

「……はい、聞きました」

 

 鈴とのことはほぼ全て包み隠さず話してある。

 彼女が二次調査を担当したことも、二度に渡って知尋と性行為を行ったことも。

 

「でも、どうして突然?」

 

 尋ねる愛華の声はやや硬かった。

 一方の鈴は緩い口調で。

 

「知尋くんとセックスしたくなったから」

「セッ……ってこんな場所でっ」

 

 声を荒げかけた愛華は更に踏み出して知尋に密着。

 

「大丈夫だよ。わたしの能力で他の人には気づかれないから」

「あ、そっか……ってそういう問題じゃ」

 

 なかなか話がまとまらない。

 密着を解いてしまうと話ができなくなるし、認識疎外を解除してもらうのも鈴の服装的に難しい。

 仕方なく、誰にも気づかれないのをいいことにこのまま話を続けた。

 

「私、知尋君と付き合ってて」

「みたいだね。でも、わたしは別に知尋くんと恋人になりたいわけじゃないの。時々会って、セックスできればそれでいいかな」

「……セフレ、ってやつですか?」

「あ、いい言葉だね。そんな感じ」

 

 ふわりと笑う鈴を見て愛華がため息をついた。

 鈴と愛華は割合、いやかなり相性が悪そうだ。二人ともすぐ喧嘩腰になるタイプではないが、根本的な思考形態に差異が大きい。

 同い年かつ、表面上は普通に高校生活を送っている真里亜の方が、まだ愛華としては話しやすい相手だろう。

 

「駄目かな?」

「……駄目、じゃないですけど。でも今は駄目です」

「どうして?」

 

 首を傾げる鈴に、愛華はきっぱりと告げた。

 

「知尋君は放課後用事があるんです。生徒会のお手伝いで学園祭実行委員会に出なくちゃいけないので」

 

 帰りのHRはこの際間に合わなくてもいいとして、実行委員会には出ないといけない。もし初日から遅刻したり欠席することになれば生徒会メンバー、特にルシルには盛大に失望されるだろう。

 同時に、実行委員その他大勢に迷惑がかかる。

 

「……そっか、学園祭かぁ。それじゃ仕方ないね」

 

 大義名分的な内容が効いたのか、あるいは自分の高校生時代を思い出したのか。鈴はどこか懐かしそうに言って頷いた。

 あっさり引き下がられたのが意外だったのか、愛華が不思議そうな顔になる。

 鈴が、知尋と愛華に手を触れたままそっと身体を離した。

 

「じゃあ知尋くん。また今度会いに来るね」

「はい。……すみません、鈴さん」

「いいの、気にしないで。そういうお祭りは大事だもん」

 

 微笑む鈴。

 と、彼女はそこでふっと思い出したように知尋へ尋ねた。

 

「……ところで、今の生徒会長さんって誰か知ってる? 名前とか」

「え? ……黒羽四葉さんっていう、落ち着いた感じの優しい人ですけど」

「そっか」

 

 何気なく頷いた鈴は、更に小さく何かを呟いた。

 その言葉は風に乗って消えてしまいはっきりとは聞こえなかった。

 

 ――やっぱり、と言ったように感じたが。

 

 気まぐれな彼女がすぐに身を翻してしまったので確かめる暇も、思い返す余韻もなかった。

 

「それじゃあ、頑張ってね知尋くん」

 

 すっと手が離れ。

 後姿を見送ることもできないまま、知尋と愛華は鈴と別れた。

 

「確かに、変な人だね」

「……だよね」

「うん。でも、悪い人じゃないのかも」

 

 どこか複雑そうな表情で愛華が呟いた。

 

 

  ☆   ☆   ☆

 

 

 愛華と二人急いで走り、帰りのHRにはギリギリ間に合った。

 HRが終わると真里亜はすぐどこかへ消えた。用事があると言っていたのでそのためだろう。

 知尋は実行委員会へ出席するため、愛華と別れて教室を出る。愛華は今日も医務室の手伝いをするらしいので、今日は皆ばらばらの帰宅になる。

 

 もともとクラスからして違うメンバー(?)も一人いるが。

 集合場所として指定された二年生の空き教室へ移動していると、見慣れた黒縁眼鏡が見えた。

 

「あ」

 

 知尋と同じ方向に歩いていた文学少女が振り返り、嫌な顔をする。

 

「げ」

 

 懐かしい反応だなあ、と思う。

 会うたび李狐に顔をしかめられていたのも、もう数か月前のことになる。

 

「なんで和泉君がここにいるんですか。まさか実行委員を押し付けられたとか」

 

 そう言えば、華には生徒会関連の話を伝え忘れていたか。

 

「は……御宿さんこそ」

「私は立候補したんです。内申点を稼ぐのも重要ですからね」

「なるほど。御宿さんらしいかも」

「何ですかそれ。心外です」

 

 褒めたつもりだったのだが。

 言いあううちに目的の教室に辿り着いた。

 途端、華はつんと顔を背けて早足になる。仲良しと思われるのはご免、ということか。

 

 まあ、仕方ない。

 

 そう思って歩を進めると、教室に入ってすぐのところで華が立ち止まっていてぶつかりそうになった。

 

「御宿さん?」

 

 尋ねて様子を窺うと、華は何やら不思議そうな顔をしていた。

 

「和泉君。実行委員は各クラス一人だけの筈ですけど」

 

 彼女の視線の先には、一人の女生徒。

 艶やかな黒髪を一部分だけ伸ばした美貌の少女――深海真里亜が静かに席に着いていた。

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