かちゃかちゃと、食卓に食器の音だけが響く。
エビチリにヨーグルトソースのフルーツサラダ、ベーコンやじゃがいもがたっぷり入った特大卵焼き。大きめの炊飯器で炊いたほかほかのご飯に、敢えて薄味に仕上げた豆腐の味噌汁。
「ボリューム多めに」という知尋のリクエストを受け、李狐と愛華、華が作ってくれたメニューはどれも美味だった。
にもかかわらず誰も話さないのは先程、知尋が宣言した事柄のせいだ。
あの後、突然の話に全員が動揺を示した。
『知尋、本気なの?』
『もちろん本気だよ』
真っ先に聞いてきた李狐は知尋の答えに何かを感じたらしい。わかった、とだけ言って全てを任せてくれた。
愛華はむしろ心配そうな様子だった。
『……知尋君、大丈夫?』
『うん、大丈夫。やけになってるとか、そういうのじゃないから』
『……そう』
なおも何かを考えるような素振りを見せつつも食事の支度を進めてくれる。
一番反感を示したのは華だ。
『和泉君が離れてくれるのは大歓迎なんですけど』
彼女らしい前置きをしたうえで、鋭い言葉を知尋に投げかけてくる。
『真里亜ちゃんに酷いことをするつもりなら承知しませんよ』
『……そう言われても。本格的な調教が苦しいのは仕方ないよ』
以前、華にした調教にしてもそうだ。
身体と心を同時に責めるので、調教される側はある程度の苦しみや痛みをどうしても経験することになる。
苦痛や羞恥、それからもちろん快楽――普段はあまり受けることのないプレッシャーにより相手の心を曝け出させ、解放する儀式。
それが『調教』だと知尋は思っている。
以前、真里亜に落書きした時の経験が彼にそう思わせている。
『あんなことを、真里亜ちゃんにするんですか?』
『……いや。もっと酷いかな』
嘘をつくこともできたが正直に答えた。
華から強い視線で睨まれた。
『何をするつもりなのか教えてください』
場合によっては全力で阻止する。
そんな意思の籠もった言葉に、しかし知尋は首を振った。
『ごめん、それはできない。真里亜に心の準備をさせたくないから』
漆黒の少女は黙って椅子に座ったままだった。
知尋の宣言を聞いていなかったわけではないだろう。少し前までは、まがりなりにも意思の力を感じた瞳が、今はぼうっとして何も映していない。
場合によっては真里亜を手放す。
その言葉が効いている――何かを感じているらしい。
『させません、と言ったら?』
『そうだね……仕方ないから先に華を調教しようか。素直に言うことを聞いてくれるようになるまで』
本気でそう答えた。
ドSモード……などと、さすがに李狐も今回は茶化してはこなかったが。必要であればどんな非道であろうと行う、そういう覚悟をしている時の『自分』が胸の奥底から顔を出していた。
かつては中途半端に終わった華の調教。
今ならより深いところまで少女を堕とせる自信はあった。あの時とは華の身体の開発具合が違うし、知尋にも願望を読み取る能力がある。
幸い、睨み合いだけで華は折れてくれたが。
『わかりました。ただし食事の後、何をするのか必ず教えてください。真里亜ちゃんに聞かれなければいいんですよね?』
『わかった』
そこまで話が終わると、真里亜は少し休むと言って部屋に戻った。
『……知尋君。調教って、そんなに凄いことするの?』
知尋と華の話を聞いていたのだろう。
食事の支度を止めた愛華がそっと尋ねてきた。彼女の前では、プレイの一環のような調教しか行っていないから、一口に調教と言われても想像できないのだろう。
それだけにどう説明するべきか、迷っていると李狐が助け舟を出してくれた。
『凄いよ。調教されるとね、心と身体がぐちゃぐちゃになるの。わけわかんなくなって、泣きたくなったりする』
実際に調教を受けた経験、見た経験を持つ李狐だけに、その声には実感が籠もっていた。
『辛くないの?』
『辛いよ。でも、受けた後は何かが変わるの。うまく言えないけどさ』
『……そっか』
『ついでに言うと、知尋だって辛いはずだよ。調教は、する方だって体力使うんだから』
それだけ言うと李狐は台所に戻っていった。
『……知尋君は、真里亜ちゃんが大事だからあんな風に言ったり、調教したりするんだよね?』
『そう、だね』
知尋にとって真里亜は大事な相手だ。
恋愛の対象として考えたことはなかったが、確かに彼女は『必要』な存在だ。
以前、真里亜に向けて言ったことは今も変わっていない。
『ちょっと、羨ましいかも』
最後に、愛華は小さくそう呟いていた。
結局、食事中に真里亜は一言も喋らなかった。
できるだけ食べておいた方がいいと言っておいたので、ある程度、食事は口にしてくれたのが救いか。
「真里亜。片づけは李狐達にお願いするから、身体を綺麗にしてきてくれるかな。時間がかかっても構わないから」
「……わかりました」
調教の前の禊。
調教内容は伝えないが、それはそれとして心を落ち着ける時間は必要だ。何をされても受け入れるという覚悟を持ってもらわないといけない。
真里亜が浴室で身を清めている間に、知尋は愛華と李狐、華へ調教の内容を説明した。
すると案の定、少女達からは反発が出る。
しかし、知尋に譲るつもりはない。
「……それ、本当にやるの?」
「やりすぎです。そこまでする必要があるんですか?」
「やるよ。真里亜の本心が知りたい、本音を聞きたいから」
納得してくれたのかどうなのか。
ある少女は黙って頷き、ある少女は次々と思いつく限りの質問を投げかけ、ある少女は知尋を見つめたまま真意を問いただしてきた。
各々、内心は様々だっただろう。
怒鳴りあいになりかけたこともあった。
しかし最終的に少女達は調教の実行をあらためて飲みこんでくれ、夕食の後片付けや調教の前準備に全員で動き出してた。
そうして数十分が過ぎ、準備があらかた片付いた頃。
「……お待たせしました」
黒い首輪を巻き、全裸にタオル一枚きりの姿で、真里亜が一同の前に姿を現した。
髪はしっかりと乾かし丁寧に梳かれている。これから行われることを考えれば賢明な判断だ。
表情も、食事をする前よりは大分良くなっている。お腹に物が溜まったことと、湯を浴びたことで気持ちが落ち着いたのだろう。
「真里亜、覚悟はいい?」
「っ」
一応、念を入れて確認すると真里亜が息を詰まらせた。
もう、後戻りはできない。
この調教が終わればもう、知尋と真里亜の関係はおしまいになってしまうかもしれないと、そのことを強く実感したのだろう。
それでも。
「はい」
少女は気丈に頷いてみせた。
「……よし。じゃあ、寝室に行こう」
真里亜と二人、いつもの寝室に移動する。後から李狐と愛華もついてくる。
華は――既に室内で二人を待っていた。
扉を開け、中に入った真里亜が入り口近くで足を止めた。
「これ、は」
特大サイズのベッドの上にはモノトーンの下着を身に着けた華と、バイブやディルド、ローターといった性玩具がいくつか。それからシックな黒を纏った拘束具達。
なまじ知識が豊富なだけに、真里亜には一目でわかるはずだ。
自分はこれから、これらの道具で調教されるのだと。
用意された道具の大半は前に華から貰い受けた物だが、知尋はあまりこれらの道具を積極的に使ってこなかった。
元の持ち主である華への責めに使ったのが一番多いのではないか、というような有様だが、今回はせっかくなのでフルに活用させてもらう。
真里亜を本気で責めるつもりなら、どれだけやっても十分にはならないだろうから。
「あぁ……」
黒髪の少女が膝を震わせ、手から離れたタオルが床に落ちる。
興奮、してしまったのだろうか。
……だとしたら、それでいい。
絶望的な状況に酔い、興奮し、何度でも絶頂を迎えてくれればいい。
「さあ、真里亜」
知尋は床に落ちたタオルを拾いながら、自身の奴隷へと声をかけた。
「……はい、ご主人様」
しずしずと真里亜が歩を進め、ベッドの端に乗る。知尋自身もその後を追った。
並べられた道具を目の前にしたところで口を開く。
「で、ご主人様? どれから行きますか?」
ぶっきらぼうではあるが、主人である知尋を立てる態度。華もまた調教のための『役』を実行してくれている。
「まずは口からかな」
「わかりました。……じゃあ、真里亜ちゃん」
華が真里亜の口にボールギャグを取り付ける。長時間の使用が予想されるため、舌で押し出されない程度にベルトの締め付けは緩めておく。
「これで、真里亜ちゃんはもう喋れません」
「………」
見ればわかることを敢えて口にするのは、華の持つSの資質故か。あるいはマゾとしての共感か。
あらためて突きつけられることでより深く、真里亜は己の立場を自覚させられていく。
「次は、ボンテージ」
「了解です」
小さな革のパーツと鋲とリングを組み合わせて作られた卑猥な衣装。
敢えて乳房や秘部を覆わない、もはや服としての機能を成しているのかすら怪しいそれを、華とふたりがかりで真里亜の身体に纏わせる。
紐状のパーツの間から真里亜の豊かな胸を露出させたら、後方の数カ所でベルトを締めあげ衣装の密着感をより強くする。このボンテージは背中側もかなり露出の多いタイプで、革に覆われていない部分からは空気を肌で感じられるはずだ。
「じゃあ、手袋と靴下ですかね」
「そうだね」
真里亜の手足を人形のように持ち上げ、エナメルの長手袋と厚手のオーバーニーソックスを身に着けさせる。それぞれ生地の質感は違うものの、どちらも色は黒だ。
ボンテージの腰辺りから伸びるガーターベルトはソックスと接続しておく。
「ふふ。とってもいやらしいですよ、真里亜ちゃん」
「華の言う通り、とっても綺麗だよ」
「……っ」
実際、真里亜のボンテージ姿は見事なものだった。
もともと華が、真里亜のために用意したものだというのも大きいだろう。黒ずくめの衣装が黒髪、黒い瞳とマッチして妖艶な美しさを更に引き立たせる。
今の真里亜には、素直に喜ぶことはできないだろうが。
「……うん、綺麗」
「だね」
入り口付近に立ったままの愛華、そして李狐までもが言えば、真里亜は耐えきれないというように身を震わせた。
「真里亜。まだ準備しているだけだよ」
彼女の耳に囁き、準備を再開。
膣にバイブ、アナルに細いディルドを挿してから黒のショーツを履かせる。もちろんローションはたっぷりと使った。
後は腕。
それぞれの手首を革の手枷でしっかり拘束した後、頭上へ持ち上げさせて手枷を連結。
「これで腕の自由も利かなくなったね」
そこへ目隠しを被せた。
視界の自由も奪われ、身体は拘束されて動かない。
これでは真里亜が自力で自由を手に入れることは不可能。もう、彼女はただ知尋の責めに身を委ねるしかなくなった。
加えて言えば、知尋はまだ一言も調教内容について口にしていない。
何をされるかわからない。
その恐怖は、真里亜にとって如何程の物だろうか。
「じゃあ真里亜、立って」
「……?」
真里亜は訝しみながらも知尋の指示に従い、両側を知尋と華に支えられながら立ち上がった。
そのままゆっくり歩いた後、四人がかりで支えながらベッドから床に立たせる。
後は数歩歩いて寝室の外、廊下へ。
「む、むー」
さすがに、何かがおかしいと気づいたのだろう。
真里亜がボールギャグ越しにくぐもった声を上げるも、知尋は聞く耳を持たなかった。
なおも歩かせ、隣の部屋。真里亜自身の部屋へと移動。
かつて真里亜の処女を奪ったベッド、その上に拘束された少女を載せる。
あらかじめこちらの部屋に置いてあった足枷をタイツの上から取り付ければ、真里亜はベッドの上で転がることしかできない身の上となった。
更に、手枷の空いている金具に短いロープを取り付けベッドの柵へ結わえ付けた。
軽く両腕、ひいては上半身を持ち上げられながら、ベッドの上に尻餅をついた状態。
なお、枕や毛布などの余計なものは既にどけてある。
「あは。ね、真里亜。自分の部屋で縛られてる気分はどう?」
李狐が敢えて明るい声で尋ねると、真里亜は首を左右に振った。
いい気分ではないか。まあ、それはそうだろう。
防音の寝室ならともかく、ここでは大きな声を出すと隣や上の部屋に聞こえかねない。加えてそれは向こう側からの物音も聞こえてくる可能性があるということ。
落ち着いて楽しめる状況ではない。
だからこそ、効果がある。
「じゃあ真里亜、おやすみ」
「おやすみなさい、真里亜ちゃん」
「じゃあね、真里亜」
「ばいばい、真里亜ちゃん」
「ん、んー! んー!?」
慌ててじたばたと動いてももう遅い。
知尋達は膣のバイブを起動後、真里亜をそこに置いたまま揃って部屋を出た。
入り口のドアは敢えて開けたまま寝室に戻って。
「……さすがに罪悪感が凄いんだけど」
「いいんだ。責任は全部僕が持つから」
これが調教の第一段階、拘束状態での放置プレイだ。
真里亜はこのまま一晩放置する。夏が終わって過ごしやすい気候になってきているし、居間の空調も操作してあるので風邪の心配はないはず。
また、カーテンを閉じて外から見られない配慮もしている。
拘束プレイは華の調教でも行ったが、あれは防音の寝室内だったうえに常時、知尋か李狐、真里亜が傍に付いていた。
しかし今、真里亜の傍には誰もいない。
敢えて耳栓やヘッドホンの類も着けていないため、外や居間、台所からの物音は伝わる。マンションの他の住人や知尋達が何をしているのか、嫌でも聞いたり考えたりしてしまうはずだ。
拘束され、膣からは快楽を与えられながら独りぼっち。
その状況が真里亜に「己の立場」を叩き込む。
浅ましい奴隷という身分の本質を思い出させるのが最初の目的だ。
「……真里亜ちゃんが可哀そうです」
並の人間なら壊れてしまってもおかしくない。
まして、今回の件は彼女だけに責任があるわけではない。
当てつけのような調教は本来相応しくないかもしれないが――。
「真里亜なら大丈夫だよ」
知尋は真里亜の精神力を信じている。
今更この程度では壊れたりしないし、きっと受け入れてくれると願っている。
はあ、と華がため息をついた。
「私は居間に戻ります。今から和泉君とする気になんてなれませんし、今やっても真里亜ちゃんからご褒美はもらえませんから」
「華。この部屋の外では」
「真里亜ちゃんを気遣う発言は禁止、ですよね。わかってます」
そのまま振り返りもせず華は部屋を出て行った。
見送った愛華が表情を曇らせて言う。
「知尋君。私達は……」
「……さすがにする気にはならないよね。今日はこのまま寝ようか」
調教を受けているのは愛華や李狐自身ではなく真里亜だが、だからといって友人が辛い目に遭っているのはいい気分ではないはず。
そう思って告げた知尋に李狐は首を振った。
「ううん。しよ、知尋。いつも通り――真里亜がいなくても何も変わらない『ように見せる』のも重要なんでしょ」
今日はあんまりノれないだろうけど。
そう付け加える李狐を愛華が眩しそうに見つめ、やがて頷いた。
「……じゃあ、私もする。真里亜ちゃんが少しでも羨ましがってくれるように」
そうして三人はいつもよりぎこちなくも、お互いの身体を重ね合わせた。