「深海さん、欠席なんだ」
「ああ。委員会どうするよ? 学園祭の」
「ん……まあ、次の委員会は明日だから。もし明日も休みなら誰かにお願いしてもいいし、議事録は僕が取ってるから」
「そーいやそうか。……ま、ならいいや」
舞阪との相談は無難に流した。
調教の延長線上にいるせいだろう。李狐や華をレイプした時のように、頭は妙な冴え方をしている。お蔭で同級生に平然と振る舞うくらい何でもなかった。
愛華や李狐の様子も普段と殆ど変わらない。多少浮ついた感はあるものの、うまく平静を装ってくれていると思う。
そうして何事もなく昼休みに。
「知尋君、お弁当食べよ」
弁当はいつも愛華が二人分持ってきてくれている。マンションで受け取ってしまうと同棲を疑われかねないからだ。
と、机をくっつけて食事を始めようとした時、クラスに珍しい来客があった。
「こんにちは」
「え」
後ろの出入り口から穏やかな声がしたかと思うと、近くにいた生徒が驚きの声を上げる。
愛華と二人でそちらを振り向く。
視線の先に立っていたのは、女子制服をばっちり着こなした綾瀬と、その後ろに立つ万里歌だった。二人とも手にはお弁当箱を持っている。
「あ、和泉君。こんにちは」
目が合うと綾瀬がにっこり微笑む。
一瞬、隣にいる愛華がむっとした後、何かに気づいたように知尋を見た。
「あ……もしかして生徒会の人?」
「うん。綾瀬先輩と葉月先輩だよ」
「そっか」
じゃあ仕方ないな、という顔で愛華がお弁当箱を差し出してくる。
行ってこい、ということらしい。
知尋は目線で感謝を示しつつ、素直に弁当箱を受け取って席を立った。
「すみません、お待たせしました」
「こちらこそ突然すみません。……お邪魔でしたか?」
ちらりと愛華の方に目をやる綾瀬。
今のやり取りだけでだいたい察してくれたのはさすがと言うべきか。
「いえ、大丈夫です」
まあ、実際横やりを入れられた形ではあるが、関係が関係だけに断るのも悪い。
首を振って答えると、綾瀬から生徒会室に誘われた。
了承し、三人で廊下を歩く。一年生達の視線が知尋に突き刺さった。目立つ上級生を二人も連れている――正確には知尋が連れられているのだが――せいだろう。正直居心地が悪かった。
階を下り、視線が止んだところで綾瀬達に声をかける。
「ところで、何かあったんですか?」
「いえ、特には。ただ、和泉君とお話したいと思っただけです」
『昨日は会えなかったから』
綾瀬に続けて万里歌の『声』も頭に響いた。
そういえば昨日は四葉とルシル、二人と少し話したきり帰宅してしまったのだったか。
「じゃあ、黒羽先輩達も?」
「いいえ。私と葉月先輩だけです」
『和泉君を二人占めにしたかったから』
話しているうちに生徒会室に到着。
綾瀬が鍵を開けて入ると、言葉通り室内には誰もいなかった。中央のテーブルに弁当箱を置き、窓を開けて換気した後、三人で並んで座った。
これも宣言通りの二人占め。
「あ、和泉君。せっかくだから真ん中に座ってください」
「え、でも」
『いいからいいから』
万里歌、綾瀬、知尋の順で座ったところ、綾瀬が自分の分の椅子を引く。仕方なく椅子をずらして真ん中に移動すると、綾瀬が知尋のいた位置に居座った。
……主賓をもてなすため、というよりは退路を断たれたような。
先輩二人に挟まれると愛華に申し訳ない気分になってくるが、これは生徒会の一員としての交流だと思い直した。
「あれ?」
正面のテーブルに目を落として気づく。
移動の拍子に知尋の前に残されたままの綾瀬の弁当箱。その形が、既に包みを解かれた万里歌のものと同じだった。
綾瀬が取り上げ、それを開くと中身まで同じだ。女の子っぽく、彩りと栄養の考えられたメニュー。
「……これって?」
『私のお弁当は、葵ちゃんが作ってくれてるんだよ』
「一緒に食べる時だけですけどね。葉月先輩は放っておくとコンビニのご飯ばかりなんですもの」
『食堂は使いにくいから仕方ない』
声が出せない万里歌は、見知った人間となら『伝心』の能力で会話ができるが、よく知らない相手とは意思疎通がうまくいかない場合がある。
特に、学食のような場所では気が引けてしまうのも頷ける。
納得しつつ、知尋も愛華の作ってくれたお弁当を開いた。こちらも彩りは豊かだが、男の子が食べることを考慮して肉がしっかり入っている。ちなみに今日は豚の生姜焼きだった。
三人で「いただきます」をし、さっそく箸をつけようとして。
「知尋君の彼女さんはお料理上手なんですね」
「っ」
おかずを口に運ぶ前で良かったと思った。
「あ、ありがとうございます。綾瀬先輩も上手ですね。凄く美味しそうです」
『うん、美味しい』
「はい、ありがとうございます。女子力を高めるために日々精進してるんですよ」
そう言って微笑む綾瀬の女子力は正直十分だと、知尋には思えた。
と、綾瀬がふうっと息を吐く。
「あいにくお付き合いしてる方はいないんですが。どこかにいい方はいないでしょうか」
「……あはは」
なかなか反応に困る話題だった。
いったい、男の知尋にどういう回答を期待しているのか。だったら自分が……などと言うほど節操無しではないし、紹介できるような友人もいない。
……一瞬、舞阪の顔が頭をよぎるが、彼は色々な意味で却下だ。
『葵ちゃんなら大丈夫。そのうちきっといい人が見つかるから』
「さすが葉月先輩です。じゃあ、もし見つからなかったら私のこともらってくれますか?」
『ん、考えとく』
……考えるんだ。
もちろん雑談というかじゃれ合いの一環であって本気ではないのだろうが。
綾瀬と万里歌の二人は、なんというか。
「仲がいいんですね」
『うん、仲良し』
「そうですね、仲良しです」
思わず呟けば、二人は幸せそうな顔でそれぞれに答えた。
現生徒会のメンバーは全員、良好な関係を築いているものの、綾瀬と万里歌の二人は特に仲がいいらしい。
プライベートでもこうして時々、一緒にお弁当を食べたり遊びに出かけたりしているのだとか。
「そういえば、黒羽先輩とルシル先輩もいいコンビって感じでした」
「ああ、そうですね」
『仏の会長と鬼の副会長』
「納期の厳しさや、融通の利かせ方という意味ではまさにその通りですね」
人当たりがよく社交的な生徒会長、四葉が「生徒会の顔」としてあちこちに顔を出す一方、実務面は副会長のルシルが迅速に片づけていく。
時に無慈悲なルシルと外部が衝突する場合は四葉がとりなし、ルシルが「会長が言うなら」と折れる形で譲歩する……そうやって現生徒会は回っているそうだ。
「計算とかの地道な業務や、メンバーへの連絡は葉月先輩がしてくれますし」
『雑用とか細かいチェックは葵に任せておけば安心』
「いいチームなんですね」
そう聞くとなんだか知尋がいらない気がしてくるから不思議だ。
と、綾瀬がくすりと笑って言った。
「和泉君もチームの一員として期待してますよ。ルシル先輩が今のところ大人しいだけで結構な成果なんですから」
『健闘中』
「あはは……」
万里歌に鬼とまで呼ばれたルシルの厳しさを見てみたいような気がすると共に、己の身で体験するのは絶対嫌だと思った。
それからも三人はとりとめのない話をした。
一年生の新人に気を使ってくれているのだろうが、綾瀬はしきりに口を開いて話題を提供してくれる。万里歌もなんだかんだいいタイミングで合いの手を入れてくるので十分な存在感を発揮している。
……というか、食べながらでも流暢に話せるあたり『伝心』の能力が物凄く羨ましく見えた。
「そういえば、委員会がない日は生徒会室に顔を出した方がいいですか?」
「出してくれたら嬉しいですけど、無理しなくていいですよ。暇な時だけで」
『他の用事も大事だから』
雑談の合間に割と重要なことも確認することができた。
「誘っていただいて、ありがとうございました」
「いいえ。今度は和泉君から誘っていただいてもいいですよ」
「え。ええと……それはちょっと勇気がいるかな、と」
学年的にも性別的にも冒険すぎる。
「ふふ。ごめんなさい、冗談です。じゃあ、また機会を見てこちらからお誘いしますね」
『また』
「はい、ありがとうございます」
綾瀬達とは笑顔で別れ、教室に戻った。
午後の授業をこなして放課後。
知尋はまずクラスの女子生徒のところへ向かった。
「そういうわけで、実行委員会の無い日なら大丈夫だよ」
メイド服の採寸の件である。
スケジュールを立てるにも早い方がいいだろうと報告したのだが、そうしたら相手の対応も迅速だった。
「よし。じゃあ今日やっちゃおう」
早く済ませた方が生地の購入等も進めやすくなるから、ということだ。
「う、うん。わかった」
やや面食らったものの、それはそれで問題ない。
むしろこちらとしても早く済むのは好都合だと、知尋は彼女の申し出を了承した。
すると、会話の間に傍に寄ってきていた愛華が囁いてくる。
「知尋君。あっちは大丈夫なの?」
「ん、大丈夫だよ」
真里亜には最低限の水と食事を与えてある。
また今朝までの拘束と違い、必要に応じて体勢を変えるだけの余裕もある。授業の間、放置していても平気な状態なのだから、ここで多少、時間が伸びたところで大差はない。
気持ちははやるが焦りは禁物。
今の真里亜の状態は愛華と李狐、華にもメールで伝えてある。
愛華はそれでも不安だから尋ねてきたのだろうが、真里亜と付き合いの長い李狐はさほど心配していない様子。
「それじゃ、またね高槻さん」
「え。あ、うん。ばいばい李狐ちゃん」
無造作に鞄を手にしながら愛華に挨拶し、教室を出ていくのが見えた。他のクラスメート達に挨拶する姿にも気負いは見られない。早々に帰宅する姿からは「家のことは任せろ」という意思を感じる。
それを見て、愛華もほっとしたのか軽く息を吐いた。
そこに先の女子生徒がにんまりと笑みを浮かべて言う。
「ね、高槻さん。和泉君の採寸に参加する?」
「え、えっと。私、今日も医務室に……」
「そう? なら和泉君の採寸は私達でやっちゃおうかな。メジャー使うから結構密着することになるけど」
「や、やっぱり私がやる!」
――そんなこんなで採寸が実施された。
何故か興味津々の女子生徒達が見守る中、愛華がメジャーを使って肩幅、胸囲、ウエストなど各部を測ってくれる。
「……知尋君、動かないでね」
「う、うん」
計測の際、知尋は制服の上着を脱いだ状態で座ったり立ったり、腕を上げたりするのだが、そこに愛華が寄ってきてメジャーを当ててくる。
当然手や指が身体に触れることは何度もあったし、鼻腔から愛華のいい匂いを嗅ぐこともできた。胸囲やウエストを測る時など、ともすれば愛華の胸が制服越しに触れるのではないかという瞬間さえあった。
そのせいか知尋はつい赤くなってしまうが、愛華は照れつつもてきぱきと採寸作業をこなしてくれた。
「さすが、彼氏彼女だと違うよね」
「うん。私は恥ずかしくて何回も止まる自信があるかな」
「私はむしろ和泉君に何回も悪戯してると思う」
その間、ギャラリーが口々に漏らす感想は割と言いたい放題で……。
「もう! こんなに何人も残る必要ないでしょ!」
愛華が不満を漏らすのも無理はなかった。
ともあれ採寸は滞りなく終了。裁縫が得意な生徒が、愛華のメモした各数字を見て頷いた。
「……へえ。やっぱり和泉君て華奢だなあ。女の子のMサイズで十分着られそう。これは作りやすくていいかも」
何やら聞こえたあまり嬉しくない台詞を聞き流すと、彼女は顔を上げてにっこり笑た。
「ありがとう、高槻さん。ばっちり」
「じゃあ、これで衣装が作れるの」
「うん。まあ、まずはデザインを決めてからだけど」
案ができたら和泉君にも希望を聞くからよろしくね。
そんな言葉に、やや引きつった感じの笑みを返し、知尋は教室を後にした。
医務室に寄って行くという愛華とは途中で別れてマンションへ。
「ただいま」
玄関の扉を閉めて声を上げれば、すぐに私服姿の李狐が顔を出した。
「あ、知尋。お帰りなさい」
「李狐、真里亜は?」
「ん。普通にベッドで寝てるよ」
顔色と体温だけ確認して問題なかったから放置した、とあっさり言われる。
かなりいい感じの適当具合である。
「だって、真里亜の体力考えたら心配する必要ないし」
「あはは」
まあ、実際その通り。
知尋は李狐にお礼を言い、着替え――寝室に置いた服は使わず、朝にちらっと着た服をもう一度身に着ける――を済ませてから真里亜の様子を見に行った。
「ただいま、真里亜」
「………、お帰りなさいませ、ご主人様」
ベッドへ右向きに横になっていた真里亜は、知尋の声に少し遅れて反応した。
首を動かし、緩慢な動作で身を起こしてベッドに座る。
……李狐の見立て通り顔色はそう悪くない。
しかし、乱れた髪や虚ろな瞳、かすかに開いたままの口元など……全体的な雰囲気からは彼女が精神的に疲労している様子が見て取れた。
頃合い、か。
心中で思って頷き、知尋は真里亜にゆっくりと告げた。
彼女の鈍った心にもしっかりと染み渡るように。
「それじゃあ、真里亜。そろそろ本格的な調教を始めようか」