---ジム---
風化の境目で引き返してきた。あれ以上先に行くと、戻れない予感がしたから。進むかどうかを考える。
一人で考えてみても、結論は出なかった。そこで、『迷宮亭』に行き、ロックに相談をしてみた。
「それは、難しい問題だな。たぶん、ジムの話を聞く限り、お前の予想通り、神の杖の先端に着きそうだな」
そうなるかぁ…
「俺は90フロアまでしか、経験が無いが、神の杖の中心部分には、不可解な柱があるんだ。もしかしたら、100フロアへ行く正解ルートかもしれないぞ」
あの先端にエレベータのような物があり、100フロアまで運んでくれるって感じの推理を披露してくれた。
「そうだとすると、神の杖というダンジョンの役割は?」
「地上に住む者に対する試練か?」
「それにしては、あの螺旋廊下は無防備すぎる。僕以外に探検した者がいないっていうのも」
あの螺旋廊下に関する情報は皆無だった。そもそも、どうやってつくったのだろうか?わざわざ床材を持ち込んで、敷き詰めた理由がわからない。
「そうなると、100フロアからの脱出ルートかもな。降りてきた者を見たことがないのは、出口が別にあり、街から出て行った可能性はある。入り口は街の外れにあるんだろ?」
「あぁ、それは有るかもな。100フロアに到達したら、街の者に情報を漏らさないように街から出ろとか…あぁ、そういうことは有りますね」
「逆ルートからは攻略できないはずだ。試練を受けない者が良い思いは出来ないと思う。ジム、確かめて来いよ」
って、あの先を探検することを、勧められた。
「わかった。行ってみるよ。もしかしら、100フロア到達者に逢えるかもしれないし」
僕は『迷宮亭』を後にした。家に戻り、自分の得物を研ぎ直す。万全の体制で行こうと思う。回転半径は短くなっているので、先端まではもう少しだと思うので、3日分の食料を持っていくことにした。
蒼い鎧を取り出して、磨いていく。劣化部分がないかをチェックしながら。
そして、充分な睡眠を取るために、少し早いが寝る。
◇
夢を見た。
神様が桃源郷で愉しんでいる。喘ぎ声が響く桃源郷。女性は皆、全裸で神様と交わり、神様の体液を舐めている。
不思議なことに、男性の姿は、神様以外見当たらない。
鎧や剣などが置かれていて、神様が手に取り、箱に詰めて階下に投げ捨てている。何でそんなことをしているのか?この者は本当に神様なのだろうか?
桃源郷には湖があった。その湖からヴィヴィアンの声が聞こえてくる。
『早く来て…ジム…』
そこで、目が覚めた。
◇
ヴィヴィアンって誰だ?なんで、あの声を、ヴィヴィアンっていう者の声って、何で分かったんだ、僕は…
目が覚めて、呆然としている僕。過去の記憶が思い出せないのは、何か理由があるのだろうか?思い出せない記憶の中で、ヴィヴィアンという者と出逢っているのか?
ねぇ、どう思う、ブルーム?
え…ブルームって誰だ?なんで、僕は知らない者に意見を訊いたんだ?記憶が混濁としている。僕は一体…何者なんだ?
◇
鎧を装備して、刀2振りを腰に差し、剣を1本、背中に背負った。そして、食料などがはいったバックパックも背負う。この街に来た時の恰好になった。僕はどうして、こんな恰好でこの街に来たんだ?街に入る前のモンスターとの戦闘以前の記憶が、まるで無いない。
自分自身に疑心暗鬼を生じさせながら、あの洞窟に向かった。洞窟の前にはフル装備のロックが待っていた。
「俺も行く。ジムを一人で、行かせられないからな」
っと、笑顔で僕を見つめている。
「店はいいのか?」
「たまには休業もいいんじゃないかな。あの後、色々訊き込んだのだが、この街には、蛇の道という迷宮があったらしい。もしかすると、それなんじゃないかな?」
蛇の道?確かに蛇がとぐろを巻いているような構造ではある。僕達は洞窟に入り、廃墟迷宮、蛇の道へ侵入した。
「確かに、この時点では廃墟だな。壁も床も風化しているし、モンスターの気配がない」
ロックが第一印象を語った。
「この先、ずっと通路だけだ、分かれ道も、隠し部屋も無く、淡々と神の杖の先端を目指しているようだ」
僕は、これまでの情報を伝えた。
「奇妙な迷宮だな。いや、迷宮と言って良いのかな?」
そう、迷宮というより、通路だ。でも、こんな場所に通路って…誰の為?何の為?
淡々と風化の境目まで歩く僕達、そして、風化の境目に到達した。その風景にロックは目を奪われていた。
「おい、ジム…この床材って、高級な石じゃないか…」
そう、持ち帰れれば、高値で売れるが…重くて持ち上がらない。どうやって、敷き詰めたんだ?ロックも持ち上げようとするが、持ち上がらない。
「確かに妙だな。どうやって敷き詰めたんだ?あっ…」
何かに気づいたロック。
「この床材…神の杖のセーフティーフロアに、敷かれているのと同じだ。そのなると、ここも神が創ったのか?」
そうなのか…そうなると、ロックの推理通り、100フロアからの脱出ルートの可能性はあるな。セーフティーフロアと同じ…魔物除けの効果が有るのだろうか?そんなことを考えながら、壁に刻まれた絵や文字を見ながら進む。
「どこかで見た気がする文字なんだけど…」
僕の独り言を聞いたロックが、
「90フロアに刻まれていた文字に似ている。ジムはどこで見たんだ?神の杖に入ったことは無いんだろう?」
無い…僕はロックに僕の秘密を告白した。
「この街に来るまでの記憶が無いのか?なんで?う~…」
僕の鎧を見て、固まるロック。
「なぁ、ジム。蒼い龍と湖の精霊っていう昔話を知っているか?」
「知らないよ。僕は本を読まないから」
「本ではなくて、親から子へ口伝で伝わっている童話みたいな物だ。だから、正しくは伝わっていない可能性もあるんだけど」
「どういう話?」
「昔、蒼い龍がいて、英雄の手で倒されたんだ。でも、湖の精霊が龍のことを憐れに思い、鎧にしてあげたって感じの話だ。いや、お前の鎧を見て、ふと、この話を思い出したんだよ」
「この鎧をどこで、手に入れたかを思い出せないんだよ」
「そうか…なんか、寒くないか?」
ロックが寒さを感じ始めた。確かに多少の風が生じていた。なんで通路の奥で風なんかが生じているんだ?
半径が10mくらいになってきた時、目の前に門が現れた。門から冷気が漂っている。
「これが寒さの原因みたいだ」
「あぁ」
ロックは頷いた。何かしらの恐怖を抱いているようだ。
「開けてもいいかな?」
「…」
ロックは無言だ。彼の方を見ると、彼は分解されていた。彼の身体は光の粒子で構成されているようで、その粒子の1粒1粒が徐々に上に昇り、地上を目指して通路を戻っていく。
「ロック…どうしたんだ?」
僕は叫んだ。
「思い出したしたよ。俺はとうに死んでいたんだ。そう、100フロアに着いて…アイツに殺されたんだ。ジム…頼む…狂気…倒して…く…」
ロックは完全にこの場から消えた。100フロアで何があったんだ?100フロアに何がいたんだ?リース達が向かっているんだぞ…おい!
リース達のことが心配になり、僕は目の前の門を開いた。
◇
そこには何者かがいた。
「やっと、解放してもらえそうだな」
その者が口を開いた。
「誰だ?お前は?」
僕は、その者がいるエリアに足を踏み入れて、その者に問うた。その瞬間、脳裏に記憶がフラッシュバックしていく。血塗られた湖の惨劇…蒼い龍…彼に寄り添う女性…
「ブラーム…逢えた…やっと、逢えた」
目の前の者…ヴィヴィアンが涙を流しながら、僕に抱きついてきた。
「ヴィヴィアン…なんでこんな事に?」
「あなたの連れの方…私を拘束する冷気で作られた氷…あれが真実を映す鏡になって、真実を告げてしまった。ごめんないさい…」
湖の精霊のヴィヴィアンを捕らえた者は、ヴィヴィアンを氷らせて拘束していたようだ。
「ロックは?」
「死んでいたことを思い出して、天に昇っていったわよ」
「死んでいた?」
「そう、神の杖の100フロアに達した男達は殺し合いをさせられて、生き残った者だけが、街で同じ人物として転生されるの。90フロア到達者としてね」
「なんで?」
「より強い女性を100フロアに送り込むための情報屋として」
「どうして、ヴィヴィアンはここに?」
「真実を映す私の能力は、ここの統括者にはジャマだったっから」
「殺さずに幽閉って?」
「ここの統括者には、女性が殺せないのよ」
それって…
「100フロアに到達した女性の冒険者は?」
「統括者の性の奴隷…死ぬまで…そして、何度も女性冒険者として転生し、同じ運命を辿るのよ」
なんてことだよ…リース達が向かっているんだぞ。
「ジム、この世界を変えましょう」
「でも、ブルームもグリームも見つけていないし」
「100フロアに行けば逢える…そんな予感がする」
それって、おい…
「ここから100フロアに行けないの?」
「行けない。神の杖は、私を封印するための物だから。でも、ここは私の湖があった場所なのよ♪」
それって…僕の鎧から力を感じる。蒼い龍が覚醒したようだ。背中に背負っていた剣が、僕の手に握られていた。これを使えってことかな?
「封印を解いたようね、ブラーム。ここは土なのよ。あなたには分かるでしょ」
記憶が戻った今、僕に何が出来るかが分かる。ヴィヴィアンのいたエリアに、上から突き出た土の針のような物。僕はその先端に指を当て念じる。
『崩れろ』
頭上から地響きが聞こえた。何かが崩れる音だ。
「さぁ、行きましょう」
僕とヴィヴィアンは地上に転移した。
◇
地上では、神の杖が崩れて、たぶん、90フロアが地面に接しているような高さになっていた。
塔から投げ出された者達は、塔が崩れた時に出来た土山がクッションとなり、死んだ者はいないようだった。ロックと同じ様な者達は、光の粒子となり昇華しているのか、空を見上げるとキラキラしていた。
「神の杖から解放された生者は生き残り、死者は昇華されたわ。89フロアまではね。90フロアから上は、土で出来ていないから、あのように残っているけど」
神の杖が崩れたというのに、街の人々は意に返していない。
「地上にいる者には、神の杖の存在が記憶に残っていないのだろうね」
ヴィヴィアンがよく分からない説明をしてくれた。
「どういう意味?」
「神の杖…桃源郷を夢見た神のイタズラよ。私が解放されて、真実が見えるようになり、神の杖などという幻は、人々の記憶の中から消えたのよ。実際にあんなに大きい物を作ったら、天界にバレて、処罰対象になるもの」
あぁ、真実が見えないように、ヴィヴィアンを監禁というか封印をしていたのか。生き残った人々、女性ばかりだけど、そこにはリース達の姿を見つけられなかった。
「最近は入った時点で、男性達に殺し合いをさせていたのかしら?男性の姿が無いわね」
まぁ、男が一人だったら、モテるよな…
僕とヴィヴィアンは、残った神の杖に潜入した。無傷の90フロアは、街としての機能が生きていた。何事も無かったように、人々が生活をしていた。ここはヴィヴィアンの真実を見せる力が及ばないのか、男性の姿も見える。
街で訊き込みをすると、リース達はすでに91フロアに踏み入れたようだった。遅かった…
「ブラーム、ブルームとグリームは記憶が戻れば、浄化されるわ。妖精なんだから」
身体が清められても、いたぶられた記憶が…いや、そもそもリースはブルーム達なのか?
「私達も100フロアを目指すわよ」
僕とヴィヴィアンは91フロアを目指して、歩き出した。