今日も朝から、門番業務である。僕の後ろでは、裸足で瞬動術を鍛錬するクルスがいる。真空斬り会得に兆しが見えたらしく、新たな課題として瞬動術を提示されたようだ。
祖父ちゃんの瞬動術は、足の指で大地を掴む感じで、その掴んだ大地を後ろに投げ捨てるように移動するイメージである。応用すれば、空気を掴むようにすれば、空中散歩も可能になる。浮遊術と違い、身体能力だけで出来るのがメリットである。大抵の浮遊術は、魔力や精神力を糧に発動することが多いから。また、水を掴めるようになれば、水上散歩も出来る。割と便利なスキルである。
「大樹…出来無い…」
クルスが珍しく泣き言を言っている。彼女の足の指に手を伸ばし、掴むと言う動作をしてあげる。
「あぁ…掴むって、そういうこと?」
全然掴めていなかったクルスの足の指。
「引っかけるんじゃなくて、文字通り掴むんだよ。足の指に力が無いと難しいけどね」
「なるほど…大樹は出来るんだよね?」
クルスの目の前で、空中散歩をして見せた。クルスの目がキラキラ輝いているようだ。なんか、祖父ちゃんと出会ってから、クルスの表情が豊かになった気がする。こんなかわいい女の子だっけ?
「すごい…すごいよ…大樹」
木より上に昇ったことで、森の異変に気が付いた。何かが暴れているようだ。
「クルス!何かが暴れている!ミリム、クルムも頼む!」
4人で、何かが起きている場所へと急いだ。そこは沼だった。沼の周囲の木々は折れている。何かが暴れた証拠のような気がする。
「臭い…」
クルムが沼の臭いに反応した。確かに臭い。腐敗臭のような臭いである。沼に何かがいて、獲物を沼に引きずり込んだのかもしれない。何がいるんだ?
『ドラゴンバスーカー!』
ミリムがドラゴンのオーラを沼へと撃ち込んだ。大抵の生き物であれば、飛び出てくるはずである。だけど、何も出てくる気配は無い。
「う~ん…『ドラゴンナックル!』」
沼にダイブして拳をたたきつけたミリム。後で温泉で洗ってあげた方がいいな。
「ぐぉぉぉぉぉ~!」
漸く沼から出てきた何か。口には、ブタ並の狼をくわえている。見た目鼻の無い象である。牙は立派な物が2本。
「猪?」
「デカイ…」
そういえば、村の衛兵募集欄に狼と猪に困っているって…クルスが覚えたての真空斬りで首元を狙うが、切れなかった。いや、皮は切れているが、内部までバッサリとはいかない。
ブタさん系って、脂肪が厚いんだよな。固い物を斬るには真空斬りは最適であるが、柔らかくてダメージを吸収してしまうクッション系には最適では無い。真空刃で牙だけ切り落としておく。突進されると危険だから。
「えっ?真空斬りの素手バージョン?スゴイ、大樹」
クルスが真空刃に興奮している。いや、それよりも、目の前のアレ、どうにかしないと…クルムが胴体を掴み、投げ捨てた。沼から出したのはいいが、象さんよりデカイ気がする。ミリムがマウントポジションを取り、殴りまくるが、あまり効いていないようだ。祖父ちゃんも言っていたっけ…猪八戒系は嫌いって。刀が直ぐにダメになるって。脂肪が纏わり付き、酸化するので、刀の刃面が傷むらしい。
森の中である。火あぶりにすると森林火災が怖い。それがあるから、クルムも炎を吐かないようだ。火災なんか起こしたら、祖父ちゃんの躾対象になるしなぁ。
「大樹、どうするよ、コレ?」
ミリムに訊かれた。躾されずに、倒し方法を考え無いとダメだ。クルスは、首元をきり裂作戦を続行している。が、厚い脂肪の前に、キレ味が落ちていくのがわかる。
沼の中にいたってことは、水攻めもダメだろうな。あっ!閃きの神様が僕の脳裏に舞い降りた。
『強制転移』
巨大猪を上空に強制転移させ、重力加速度による墜落死を試みて見た。
ドッスーン!
大地が揺れる…落下した処は大きなクレーター状態になった。果たして、猪はどうなったやら。探査能力で調べて見ると、首の骨を折り、即死のようだ。
「終わった…強敵だったなぁ…」
寧ろ、ドラゴン相手の方が楽かもしれない。手早く解体をして、肉に毒が無いかをチェックして、無毒のようななので、肉を村へ持ち帰った。皮は沼の臭さが染みこんでいるので、パスした。
その日の夕食は猪の肉で鍋である。巨大だった為、村人全員に配ってもまだ余ったので、干し肉にして保存することにした。
◇
翌日、村に来客が来た。僕を見て、ご立腹な少女が一名。
「お前…大樹かあ!何?クルスもいるのか…」
見覚えの無い少女。誰だ、コイツ?クルスは関心が無いのか、地面を掴む鍛錬を続けている。
「誰?」
「何?覚えておらんのか?妾は魔王軍四天王が一人! ヴィヴィじゃ」
「四天王?4人とも倒した気がするが…」
「四天王は5人いるものだ!」
5人いて四天王?はて?
「クルス、そういうものなのか?」
「うん、常識…」
この世界では常識らしい。今夜は何を喰うかな。
「おい!妾のことを忘れるな!」
あぁ、来客中だった。
「で、ご用件は?」
「用件だとぉぉぉぉ~!貴様、自分のしでかしたことを棚に上げてよくもまあ…」
「四天王を倒したことを言われても困ります」
「そうでは無い!妾が手塩にかけて育てた猪を奪っておいて、…よくもまあ、反省は無いのか?」
あぁ、あの美味しい猪の生産者か?
「牧場で育てろよ。あんな場所で飼うな!迷惑だ」
「な、なんじゃ、怒っているのはこっちである。大樹、貴様には死んで貰う」
ヴィヴィはそういうと、呪文の詠唱を始めた。さすがは魔族。巨大な魔力が膨れ上がる。そんな彼女にタッチをして、魔力をドレインしていく。こんな場所で放たれたら迷惑である。
「な、なぜ、貴様、ナイフ使いのはずでは……」
「魔力ドレインは体質の問題だよ。僕には魔法攻撃は一斉効かないんだよ」
「チートな奴め!」
まぁ、自覚はある。どうとでも言ってくれ。って、ヴィヴィは無詠唱でファイアーボールを放った。無詠唱だからだろうか?僕目掛けて飛んでこず、一昨日の方向へ…僕達の小屋へ…
「えい!」
クルスが真空斬りを放ち、ファイアーボールを消失させた。
「何をしてくれるの?」
無表情のクルスがヴィヴィに近寄っていく。恐怖を感じたのか、ヴィヴィは声を上げずに、失禁して意識が飛び去ったようだ。