何故か突如Fate/zeroの蟲蔵に立っていた狩人様(上位者姿)
───……新しい悪夢か?
取り敢えず鎮静剤を一気飲み。
外…というか上から聞こえる老人の声と、幼子の声。
念のために蟲蔵全体に神秘を散布し、様子を見る。
杖をついたハゲと、怯えながらその後ろに続く幼女。説教でもされていたのかと思ったが、老人が何やら喋ったあと、幼女の背中を押し、先ほどまで自分が立っていた蔵の底を見せる。
そこは、いつの間にやら気持ちの悪い蟲で床が埋め尽くされていた。
これには宙に浮いていた狩人様もドン引き。
小さな声で『嫌だ』『やめて』と言うものの、老人は呵々大笑しながら幼女を突き落とす。
ちなみに床は石畳。頭でも打てば大怪我だ。
狩人様は幼女が床に激突する寸前で抱きとめ、蟲が届かない位置まで浮き、老人を睨みつける。
老人は困惑する。蟲に凌辱され泣き叫ぶ幼女見て愉悦するはずだったのに、肝心の幼女は目の前で宙に浮いているからだ。
虚数魔術が開花したのかと思ったが、どうやら違うようだ。
幼女も困惑する。何も見えないのに何かに抱かれている感触は感じる。自分の背と膝裏に、柔らかいが弾力のある物が触れている。
興が削がれた老人は、蟲に幼女を襲うように指示する。
すると、蟲達の背から翅が生え、まるで蝗害のように幼女へ群がった。ガチガチと小さな牙が生え揃った顎を鳴らし、幼女の柔肌を喰い破るために。
幼女はあまりの恐怖から失禁し、声も出せずにただ泣いた。
狩人様(上位者姿)は、より一層しっかりと幼女を抱きしめ、自分を中心とした半径5メートルに不可侵領域を形成。
これにより蟲は狩人を中心とした球状の結界に触れた途端、塩になって崩れ落ちた。
依然として幼女以外の物が認識できていない老人は、赫怒を露わにする。
幼女は恐る恐る目を開き、そこで初めて目の前にいる孔の空いた顔を認識した。
だが、不思議と発狂することもなく、自分を抱き締めているこの生き物が自分を守ってくれたのだと安心感を覚える。
狩人は非常に怒っていた。
───薄汚い蟲風情が。
幼女を片腕で抱き直し、空いた左手を老人に向ける。未だ何やら喚きながら蟲を嗾ける老人は、急に視界が歪み、尻餅をついてしまう。
しばらくして老人の殻に魂が存在していないことに気付いた狩人は、この建物ごと潰そうとする。
幼女と共に建物の上空へ転移し、建物に向けて神秘を行使した。
建物に大量の血雨が降り注ぐ。それはこの世ならざるものの血であり、生命にとって何物にも勝る劇毒だった。
葉に軽く飛沫が当たっただけで木が腐れ落ち、土は死に、建物の隙間から流れた血で残っていた蟲が蒸発する。
老人は脱出しようと試みるが、今まであった筈の出入り口が無くなっていた。そこにはただ壁があるだけ。翅刃虫に壁の破壊を命じるも、壁に触れた途端に虫はその血肉を沸騰させながら死んだ。
老人は恐怖した。何が起きているかわからない。理解が追いつかない。凌辱する筈だった幼女もいつのまにか消え、今や自分が死にかけている始末。
ついに天井が崩壊し、そこから滝のごとく血が流れ落ちる。
老人は絶望した。何故自分がこんな目に遭わなければならないのか。
「桜、降りてこい! 碌に魔術も使えん者がこの世界で生きていけると思うのか!? お前の父はさぞかし落胆するぞ! いいのか!? お前は儂のモノだ! さっさと戻って来なければお前の姉を殺すぞ!!」
当然、聞こえるわけもない。
狩人は血を操り、間桐邸を地盤ごと宙に浮かせる。
───ああ、長よ。無論、わかっているとも。蟲は潰す。そこに例外はない。人の淀みは消し去らねばならないのだから。
そのまま狩人は、左手をゆっくりと握り込む。
血が波打ち、徐々に間桐邸を包み込んでいく。屋根も壁も床も柱も、何もかもが砕け散り、凝縮され、全ては真っ赤な球体に成り果てた。
狩人がその左手を完全に閉じると、直径50メートル以上はあろう球体は、一瞬にして5センチほどの玉に縮小した。蟲の他に2人ほど人間の命を握り潰した感触があったが、狩人には関係なかった。
力を解くと、玉は更地となった地面に落ちる。
幼女を再び両腕で抱いた狩人は地面に降り、ヒタヒタとその玉へ向かって歩く。
一歩ごとに水音が発生し、足跡状に広がる粘液が月明かりに照らされ冷たい光を放っていた。
玉の前で足を止めた狩人は孔の空いた顔でそれを一瞬間眺めた後、右足を玉に乗せ、躊躇いもなく踏み潰す。
グリグリと暫く踏み躙ると、気が済んだのか興味が失せたのか、狩人は元間桐邸に背を向けた。
◆
ヌチ─────抱き締めるとそんな音があちこちからする。
目の前にいるこの生き物は、私が6歳の頃に出会った。遠坂の家から間桐に養子として送られて、間桐の当主に酷い事をされそうになった時だ。
当時のことは、あまりよく覚えていない。
ただ、ひたすらに怖くて泣いていたことは覚えている。自分を抱き締めるこの生き物に必死に縋り付きながら、ずっと泣いていた。
生き物は何も言わない。
しかし、抱擁を解くことはしなかった。
その時の影響なのか、今ではこのヌメついた抱擁を全身で感じていなければ眠れない。
ひんやりとしているけど、決して冷たくない温もり。私だけが感じられる、この生き物の鼓動。
あれから、お父様にも、お母様にも、姉さんに触れられても、ここまで気持ち良い感覚にはならなかった。
自分が持っている熱を、ゆるゆると蕩かしてくれるこの温もりが、私は大好きだ。
13歳になった頃、私はこの生き物にキスをした。
唇に当たった感触は、やはりいつも自分を抱き締めているものと同じだった。そのあと無性に恥ずかしくなって、その時はそこまでで終わった。
しかし、時が経つにつれて保健体育の授業などから自然と『性』に関する情報が入るようになり、私は徐々に『性』に興味を持ち始めた。
当たり前だが身体も成長し、今や胸のサイズはお母様よりも大きくなっていた。
そして、成長とともに私は、私を抱き締める生き物に更なる行為を行うようになる。
キスは日常化し、生き物の肌に舌を這わせたり、身を捩って身体を擦り付けたりした。時には生き物の腕らしき箇所を掴み、股に挟むこともあった。
我ながら性欲が暴走していたと思う。
自慰行為を覚えてからというもの、自室や風呂、トイレ、ひどい時には学校でも生き物に『性』を求め続けた。
この生き物は私の半身。この生き物がいなければ、私は私として成立できないとさえ思っている。
理由はわからない。
でも、知る必要もないと感じている。
私はこの生き物を愛している。私を抱き締めて離さないこの生き物を愛している。
まだ、全てがハッキリとは見えないけど、それでも目の前にいることはわかる。私以外は見えるどころか、触れることも感じることもできない生き物。
この生き物から、私は沢山の大切なものを貰った。
だから、私はこの生き物に、私が持っている1番大きなものをあげようと思う。
明日は私の16歳の誕生日。
今までありがとう。これからもずっとよろしくねって言うために。
私、遠坂桜は、一生分の勇気を振り絞ります。
「私は、あなたを愛しています」
◆
「桜、今日は早いのね。わたしちょっとやることあるから、先に食べといて」
「はい、姉さん。でも、冷めないうちに戻ってきてくださいね」
「わかってるわよ」
何気ない日々。姉と2人で送った、ちょっと寂しいけど幸せだった日常。
「桜、あんたやったじゃん!全国よ全国!」
「はい!ありがとうございます!」
「いやー、可愛い後輩が大躍進して私も鼻が高いよ」
弓道で好成績を収めて、主将に褒められた日があった。ドサクサで胸を揉まれたけど。
「……どうしたんですか?」
『◼︎◼︎ ◼︎◼︎ ◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ ◼︎◼︎』
「え、危険? 生理は終わったばかりなので妊娠するのはまだ先ですよ?」
『………◼︎………◼︎◼︎…』
「む、呆れている様子。私だって分別はあります。学生の間はちゃんと気を付けるつもりですよ」
『………………………………………………◼︎…………』
「え、そうじゃない…?」
いつものように交わり身体中に精を浴びたあと、告げられた注意喚起のメッセージ。
転換期は、まさにその時だったのだろう。
ガラスの割れる音がした。
「おいっ……!あの女、何を引き連れてんだ…ッ!?」
「ば、化け物だ!なんだよ…何なんだよアレは!!?」
ある日突然、学校へ向かう途中で異変に気付いた。誰も彼もが私を忌まわしい物のように見て悲鳴をあげ、逃げ惑い、時には石を投げつけられた。
幸い、
「……どうして、みんな私を拒絶するの。ねぇ、姉さん」
「桜、悪いことは言わないわ。今すぐソレから離れなさい……!」
「…………姉さんまで、みんなと同じことを言うんですね………イヤです。離れるなんて考えられません」
「桜………ッ……あんたね、今自分がどうなってるかわかってるの!?」
「わかっています。6歳の頃からずっと一緒だったんですから」
「なんでそんな冷静なのよ!そんなの……ッどこからどう見ても、
スラリとした腕や脚には隙間なく触手が巻きついており、膣や肛門には男根型の触手が常時挿入されている。みっちりと自分を埋め尽くし、愛液と腸液を啜られながら私は神秘の汁をお腹いっぱい吞み干すのだ。
胸にはブラの代わりに触手が覆っており、時折何かを小さく吸引するような水音が鳴る。
これの何がいけないのだろう。もうかれこれ10年くらいは
「それの何がダメなんですか…?」
姉さんまで私を異常だと言い、みんなが彼を化け物だと言う。彼は私のヒーローなのに、彼は何もしていないのに、私は彼を愛しているのに……。
どうして、拒絶されるのだろう。
「とっても気持ちいいんですよ。それに、私が安全に赤ちゃんを産めるように色々考えてくれているんです」
「……ッ」
「私、高校を卒業したら結婚して、
目の前で姉が宝石を構える。それを合図に触手たちが騒めき、私の膣と腸を刺激する。その動きで身体が愛液と腸液が分泌され、生き物は触手からそれを啜り始める。
私から体液という魔力を取り込み、減った分は彼の粘液が私の中に吸収されて補われる。
『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ ◼︎◼︎◼︎…◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎』
ああ、やはり。彼は10年前のように、あの時のように、私のことを身を呈して護ってくれているのだ。
◆
遠坂凛の目の前で、妹はナメクジかイソギンチャクのような化け物に
同性からして尊厳を踏み躙られているとしか思えない姿。もはやまともに見えるのは頭部くらいだろうか。そこすら化け物に吸い付かれて見えなくなる時がある。
気持ち悪かった。妹を貪っている化け物も、嬲られているのに心底嬉しそうにしている妹も。それを見ているのに平静を保っていられる自分も。
『赤ちゃんを産む』?
確かに女としての幸せには当てはまるだろうが、それでもコレは違うだろう。こんな動物としてすら認識したくない化け物の子供が自分の腹の中に収まるなど、考えただけで死にたくなる。
「…………その胸糞悪い夢から醒ましてあげる。歯ァ食いしばりなさい!」
「嫌です。夢でも何でもいいんです。だって、幸せだったじゃないですか」
例え今が微睡みの淵で見ている夢だとしても、そこから醒める必要がどこにある。大好きな人と日常を共に過ごして、大切な家族と日々の生活を楽しみ、充実した学校生活や青春を謳歌する。
素晴らしいじゃあないか。
現に、遠坂桜は笑えているぞ。蟲に陵辱されることもなく、間桐の胎盤として調教されるわけでもない。何においても不遇な一生を歩むことなく、愛し愛され絡まり合う幸せを享受できている。
「こんなに幸せなのに、どうして壊そうとするんですか!」
「その化け物引っ剥がしたあとでいくらでも教えてあげるわよ!」
生まれて初めての、本気の姉妹喧嘩。
片や今までの当たり前を周囲に全否定され、駄々をこねる妹。片や化け物の贄になりながらも恍惚としている妹の目を醒まさんとする姉。
飛び交う宝石と神秘の爆発。
しかし、どう見ても残弾に限りがある遠坂凛が圧倒的不利な状況だ。
(どうする…! 考えなさい、この場を打破する方法を!)
残る宝石は8個ほど。重力術式や炸裂術式を付与してはいるものの、ここから己を逃がすことすら難しいだろう。
対する妹のリソースはおそらく無限。あまりにも不公平が過ぎないだろうか。おまけに、誰かに助けを求めようも人払いの術式が練られており、周囲には人どころか虫すらいない。
土埃で汚れた上着を脱ぎ捨て、左手に宝石、右手にアゾット剣を持つ。下に格闘戦を補助してくれる礼装を着込んでいるが、役立つかは微妙なところだ。
「……いくらなんでも無謀よね……」
この期に及んで、凛は1人で桜と相対している。
だが、その選択も理解できないものではない。教会に救援を求めれば桜は間違いなく封印指定を受け、世界中の魔術師からその命を狙われるだろう。父の時臣も教会と繋がっている。どうしても、頼れなかった。
「でも……ッ!」
四肢に身体強化を施し、距離を詰める。
「私はあんたのお姉ちゃんなのよッ!!」
◆
夕暮れを背に、勝敗は決した。
結果はまあ、予想通りだ。体液交換による無限リソースを振るう化け物と、たった1人で残弾も僅かな魔術師の戦い。瞭然も瞭然、子どもでも簡単に判断できる展開だ。
気を失い、触手に縛り上げられた遠坂凛。目の前でプラプラと揺れる姉を見て良い笑みを浮かべる桜。
「フフフ…可愛いですね、姉さん。いつも猫被ってるところも可愛いですけど、こうして打ちのめされて無防備に揺れているのも可愛いです。こういうの、まな板の上の鯉って言うんでしたっけ?」
『◼︎◼︎……◼︎』
「どうするも何も、
『◼︎◼︎◼︎◼︎、◼︎◼︎』
宙ぶらりんの姉の頬を指で撫で、ニコニコと話しかける桜。粘液によって艶かしく濡れた手で触れているため、凛の顔は陽の光に妖しく照らされていた。
「大丈夫ですよ、姉さん。お友達もいっぱいいますから、寂しくなんてないですよ。姉さんは覚えていないでしょうけど、コトネさんも毎日愛して貰っているんです」
……そう。あの日、化け物に救われた桜は暫くの間家に帰ることもなく、所謂『悪い子』になって夜の冬木を見て回った。山の頂上、車のヘッドライトが行き交う大橋、繁華街とは別世界のような雰囲気を漂わせるコンテナ街……そして、下水道。
もともとは、化け物がこの冬木を知るための散策だった。その一環で立ち寄った下水道。何故下水道など立ち入るのか聞いたが『豚はコロス』という物騒な思念が返ってきた。
まあ、後々桜もその理由を理解するのだが。
さておき、そこで出会った光景は悲惨の一言だった。咄嗟に神秘を注入されていなければ、桜は発狂してしまっていただろう。
斬り刻まれた幼子、全て内側、粘膜を曝け出された地獄絵図。彼らの口と喉から漏れる音は、声なのか息なのかも判別がつかない。
なんということはない。この現状を作り上げた下手人は、遊んでいたのだ。
『……◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎』
己にしがみついている化け物は触手を伸ばし、子どもたちの遺骸を回収する。触手は子どもたちを巻き取ると、小規模の霧を生み出し、その中に沈んで行く。
少女たちは上の階層へ、少年たちは下の階層へ、それぞれ損傷部位や欠損部位を治癒させるため、一旦は神秘の海に浸けられる。
現実では死んでしまったが、夢の中で
さて………………
『
「…………………うん…」
そして、次の日。猟奇殺人犯の雨生龍之介が遺体となって発見された。十字架に無数の釘で貼り付けられ、己の千切れた右手に胸を貫かれた無惨な姿で。残った左手には、彼のキリングレシピが記されたノートがナイフで打ち付けられていた。
…
……
………
「認識阻害って便利ですよね……何で今更になってバレたのか納得はいきませんけど」
遠坂凛を霧の中に回収すると、桜は元の学生服に戻る。これで遠坂凛はこの世界とは切り離され、もともと居なかった者として再認識される。時臣と葵の娘としても、言峰綺礼の教え子としても、穂群原学園の学生としても、魔術師としても、全てにおいて忘れ去られるのだ。
今や遠坂凛を知っているのは桜と、時間軸と世界線を超えた先に存在する『遠坂凛を知る英霊』のみ。
「……まあ、今はいいです。記憶改竄と認識阻害をもう一度やり直すだけですから」
『◼︎◼︎◼︎◼︎、◼︎◼︎』
「そうですね……少しの間は
『◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ッ』
「…っんぉ゛……ぉぉ゛…っ…!」
潜るための準備なのか背中の化け物は触手を桜の顔に張り付かせ、そのまま喉頭蓋をこじ開けて取り付き気道を確保する。軟体生物のように形を変え、頭から爪先まで隙間なく桜の体を覆う。
霧の向こう側に行くには、彼の力が必要不可欠だ。
そしてその間の光景は、彼自身が見せることを許さない。毎回彼の中身で喘がされ、気が付けば夢の中に足をつけている。
何故そうするのかはわからない。
だが、少なくとも自分に対して何かしらの配慮をしていることは理解できる。その程度のことは察せられる。桜は大人だからだ。
ズブズブと霧の海を潜る。移動は全て化け物に任せ、己は淡い眠りに入った。
◆
かつて狩人の夢とされていた場所は、今ではヨセフカ診療所、カインハーストの城、実験棟、時計塔が増設され、さらには地下空間まで設けられていた。
その敷地面積は昔の比ではなく、もはやこの夢は一国として扱える程度には巨大化している。
清潔に一新した実験棟では毎夜の如く出産が行われ、赤子の数は万を優に超えていた。今もベッドに寝かされた養殖人貝、カインハーストの幽霊達が膨れた腹を撫でている。
しかし、一見すると異様なその光景の中に、およそ普通と思われる女性達も多数居た。
綺麗な白銀を放つショートボブヘアの女性が、赤子を腕に抱いている。口元のホクロが絶妙な妖艶さを醸し出し、薄いブルーの瞳は興味深そうに腕の中で眠る赤子を見つめている。
その隣では悪夢の人形のように
無機質などではない。彼女らは生きている。1人の生命として、1人を産んだ母として生きているのだ。
2人の上官にあたる女性には実験棟の院長を務めてもらっている。600名を超える部下のナースを率いて、今日も健康管理をキッチリと行っていた。
ここにあの少年はいない。楔として、終わった世界に留まったままだ。激情に振り回され仇の女を殺して、出口のない道を延々と歩き続けている。口の端からぶつぶつと、機械に対する憎悪を垂れ流しながら。
哀れと言う他ないだろう。既に死んでしまった大切な仲間たちは、全員この悪夢に堕ちているというのに。
死んだ先が終わりなどと誰が証明したのか。終わりの無い終わりを彷徨っているのは、いったい何方なのだろうか。
まあ、死ぬつもりなど毛頭無い彼には、永遠に答えは出せないだろうが────
少なくとも彼女らは、死んでから答えを得て、死んでから生きて、生きながら未来を作っている。絶望の表情など微塵もない。
何故なら、彼女達は知ってしまったからだ。世界は1つではなく、自分たちが守ろうとしてきた人間が生きていることを。
夢がなくなればそんな世界も見られなくなる。だから彼女達は実験棟で新たな任務を始めたのだ。人間の無事を確認するために、この夢を維持、成長させ、生きている限り守り通すことを。
別に、あの化け物に惚れた訳ではない。
だが、絶望の中で死ぬだけだった自分たちをあの化け物は掬い上げた。かつては記録でしか触れられなかった人間に引き合わせてくれた。それがどれだけの救いを彼女達に齎したのか、おそらく化け物は理解していないだろう。
彼女達はその返しきれない大恩に報いるため、赤子を産み育てている。
本来人間がどのような感情で愛を育み、子を作り、育てるのかを記録でしか知らないままに。
◆
赤子もいずれ成長し、自分たちの進む道を見出す。上の階層で狩人となり冒険する者、下の階層で苗床となり悪夢の種子を産み続ける者。主な選択肢はこの2つだが、時には現実世界に目醒める者もいる。
しかし、赤子達が夢から離れることは永遠にできない。へその緒で悪夢と繋がっているからだ。
それは切ろうと思って切れるものではない。物理学上に存在するものではなく、精神的に確認できるものでもない。
もう繋がってしまっているのだ。断つことなど出来はしない。如何なる刃物、魔術をもってしても見ることすら叶わない。
へその緒とはそう言うものだ。
尤も、赤子も、その母も、化け物も、へその緒を断とうなど考える訳もないのだが。
そうして悪夢に繋がるへその緒は木の根のように様々な世界に張り巡り、結果としてその世界と狩人との間に縁ができる。
縁ができた世界には根を伝って狩人の神秘がじわじわと浸透し、世界のルールが上書きされる。選ばれた者は死後、悪夢に招かれるということだ。
その意味ではあの悪夢は天国、或いは地獄と表現するのが正しいのだろう。たまに狩人自身が出張って直接引き摺り込むこともあるが。
「今の私みたいに、ですか?」
揶揄うような口調で桜が言う。夢に帰ってきた化け物は再び桜にしがみつき、2人は一緒に凛のいる部屋に向かっていた。
凛は現在、病室のベッドに寝かされている。服はナース達によって着せ替えられており、貫頭衣のような服を身に纏っている。
「あら…身体はもう大丈夫なのですか、コトネさん」
ベッドの横には出産を終えて間もないコトネが座っていた。
「ねえ、桜ちゃん。どうして凛ちゃんを連れて来たの…」
「……嬉しくないんですか?」
「ううん、嬉しいよ。でも、ちょっとだけ嫌な気持ちなの」
確かにコトネの表情は芳しくない。困惑に加えて、苦しそうな面持ちもある。
幼い少女にとって、かつての親友が無事に成長していたことは喜ばしいのだろう。
しかし、『ここ』にいるという事実が、何より少女を苦しめていた。
「私は、死んじゃったから此処に来たの。でも、凛ちゃんは生きてる。生きてるなら、此処にいちゃダメだよ」
「関係ありませんよ。生きているか死んでいるかなんて、この夢では何の意味もないんですから。此処は、まだ生きたいと思った人が集まるところ。例外はあっても、基本的なルールは変わりません」
「……」
「姉さんは、私に負けて『まだ』と思ったから此処に来られたんです」
夢とは不思議な場所だ。気紛れに人を選び、気紛れに取り込み、いつの間にか抜け出せなくなって、気付いた時には故郷となっている。ましてそれが悪夢ならば、選ばれてしまった者たちはより深みに嵌るだろう。
生前、或いは今際の際に残した未練を見初められた哀れなる落とし子。神秘に
皆が皆赤子を孕み、産み、育て、親となって新たな価値観を持つ。その過程に拒絶はなかった。
「そろそろ戻ってあげたらどうですか。赤ちゃん、泣いちゃいますよ」
「うん……じゃあ、またね、凛ちゃん」
ナースに連れられ自室に戻ることね。
それを見送りながら、桜は釈然としない顔をする。
「……私、今のコトネさん好きじゃありません」
『◼︎◼︎◼︎、◼︎◼︎◼︎◼︎』
「だって…あれじゃまるで、
狩人は何も言わない。その真意は読めないが、己が口を出すことではないと考えているのかもしれない。
「私にとって、此処は天国なんです。好きな人と一緒にいられて、いつでも愛し合えて、怖い思いも痛い思いもしなくていい。でも、コトネさんは違うんでしょうか……」
やはり狩人は答えない。触手を揺らし、桜に絡み付くことしかしない。桜は何かを確かめるように触手に舌を這わせ、舐め取った粘液を嚥下する。
5分程だろうか、小さな水音を立てていた桜は触手の1本を手に持ち、目の前で眠る姉に向ける。
そして、先ほどまでコトネが握っていた手に触手を握らせた。
「じゃあ、あとはお願いしますね。姉さんに、私の天国をたっぷり感じさせてあげてください」
人はそれぞれ、大切なものを持っている。それが実体のあるものなのか目に見えないものか、手元にあるのか無いのか、多少の違いはあれど大切なことに変わりはない。
桜にとっては自分を救った狩人がそれであり、コトネにとっては親友の凛がそうであるだけだ。
まあ、それはそれとして狩人は身体を変質させていく。およそ生物とは考えられないほどに薄く広く身体を変えた。ぱっと見は大きめの布といったところだろうか、その裏側には余す所なく触手が生え蠢いている。
狩人はゆっくり凛に覆い被さると、口と鼻の中に肉の管を通す。
「…ッ…ぉ゛、ごぇ…ぁ゛っ」
そのまま頭の先から爪先までを包み込み、腋と股に対してスリットを作る。左右の手足を隙間なく包み込み、最後に背中側で肉の端と端を繋げる。
全身が薄い肉膜に覆われ、まるでスーツを着ているようになった。全身の自由が効かず、己の意思ではなく狩人によって呼吸まで管理される姿に成り果てた凛。
意識のない中、神秘の霧を肺に循環させられ痙攣を起こしている。スーツの中では穴という穴に触手が入り込んでいる。毛穴は勿論、涙腺や涙点といった極小の穴にまで触手が侵入し神秘を塗りたくっている。
耳からは脳味噌にカレルを焼き付けるための触手が、女陰には神秘を植え付けるために、菊門からは内臓粘膜から神秘を吸収させるためにと、ありとあらゆる孔を冒涜的な方法で犯された。
彼女にとってもう一つの命と言える魔術回路すら、今や神秘を循環させる道に過ぎない。魔術師としての遠坂凛は、既に終わっていた。
しかし、彼女が目覚めることはない。
遠坂凛は目覚めないままに常人から隔絶するだろう。此処の夢の住人どもと同じ、人の形をしたナニカに。当たり前だが彼女の意思は介在しない。この行為も、言ってしまえば改造手術だ。
そして、次に目が覚めたとき、遠坂凛の未練は成就する。
『まだ死ねない』
『まだ桜と一緒にいたい』
『まだ──まだ────まだ─────……』
桜の身を案じたゆえの愚かな好奇。その代償として、遠坂凛は自由を奪われた。赤銅の髪を持つ男との幸せも、白髪の髪と褐色の肌を持つ男との幸せも、
桜の言う天国とは、在りし日の未来を捧げて停滞した幸福を深く味わうこと。
彼女ら姉妹は、もはや誰もが想う
薄ら明るい病室には、悍しい音がいつまでも響いていた。
お久しぶりです。
Fate/HFや就活やコロナショックなどが神秘的な交わりをもたらした結果生まれた話でござい。
あとはダクソ考察見て思考回路が変な軌道を取ったことから、『救い…救い、か??』となるような内容に。
このクソ長い自粛期間の慰めになれば幸いです。
では、またいつか。