人によっては若干の鬱展開なのかな、ドシリアス。
でも綺麗にするように頑張ったよ。
もう何度、こいつを刻んだだろうか。
既に事切れ、血も肉も内臓も全てぐちゃぐちゃに潰されている。原型などもってのほか、何人纏まっているのかさえ分からない血塗れの肉塊。
ガスコインは、それでもなお、斧を振り下ろす手を止められなかった。
ひたすらにこいつが憎くて、ひたすらに悲しかった。妻が目の前で殺されて、その死体に群がろうとしたこいつらが憎くて仕方がなかった。
獣にかまけ過ぎて、肝心な守る存在を取り零した。間抜けもいいところだ。大切な妻1人守れなくて何が狩人だ。何が獣狩りだ、馬鹿馬鹿しい。
よりにもよって、自分の中にある野生衝動と欲望にすら勝てなかったクズどもに自分の家族は殺された。
ああ、憎い…ッッ。
殺しても殺しても、悲哀と憎悪は煮え切らない。さっさとどちらかに傾けばいいものを、何をぐずぐずしているのやら。
「クソッ……」
ブチブチと肉の繊維を引っ掛けながら、ひたすらに切り刻む。
もはやこの頭と胸で渦巻く感情のせいで目も耳もおかしくなった。包帯を巻いた目は包帯越しにも光をとらえ、耳は異常なほど遠くの音を拾う。
クソ喧しい上に視界は常時真っ昼間だ。勘弁してくれ。
「いつまで、やっているんですか…」
女が、いた。
肩を掴まれ、言葉を投げかけられた。それと同時に渾身の力を込め斧を振り切る。人語など喋りやがるな獣畜生が、とでも言わんばかりに。
「……ッッ…何だと」
しかし、刃はその女の腕半ばで止まっていた。奇妙な感触だった。何かに食い止められているはずなのに、骨のような硬いものではない。ミチミチと肉のようなものに刃が噛み付かれているかのようだった。
咄嗟に斧から手を離し、改造した散弾銃を至近距離でぶちかます。普通なら頭がザクロになるどころか、首から上が消し飛ぶだろう。
「ちィッ…!」
だが、無傷。依然として軽傷だ。弾丸で風穴が空くどころか皮膚を突き破りもしない。
目の前の狩人の肌に当たった散弾は、やがて勢いを失いポロポロと地面に転がった。
ガスコインは焦った。腐るほど獣を狩り、その過程で頭がイカれた狩人を殺したこともある。
その上での判断だが、こいつのような化け物は見たことがない。人の形をしているが、それだけだ。陽炎のように曖昧な癖に、視界の中からは決して外れない。
「………」
女は何も言わない。得物も持たず、銃も腰に下げたまま、ただ淡々とこちらに歩み寄る。まるで交戦の意思などないと言わんばかりに。
さらには腕に引っ掛かっている斧を外し、こちらに手渡してきた。
その舐めた態度にもイラついたが、何よりガスコインを激怒させたのは、目の前の女から娘と同じ匂いがするということだった。
少なからず血の匂いもする。変わり果てた自分の鼻が如実にそれを伝えてくる。
「貴様……誰だ」
「わかりませんか…」
質問に質問で返してくるとは、まったく人間らしい。言外に察しろということなのか。
だからこそ怒りを抑え、聞き出さねばならない。お前は誰で、娘と何の関わりを持った人物なのか。
「わかるものか。俺がわかるのは、貴様が狩人で、その体から俺の娘の匂いがすることだけだ。さあ、言え。貴様は誰で、その匂いを何処でつけたッ!!」
虚偽は許さない。少しでも誤魔化そうとする気配が見られたら即座に叩き切ってやる。
ガスコインは受け取った戦斧を目の前の女狩人に突きつけ、問うた。それに対して女狩人は幾ばくかの間目を伏せ、帽子と口元を覆う襟を解いた。
─────…………
綺麗な顔だった。およそ血の味を知らないだろうと思えるほどに、艶やかな肌をしていた。月光を反射する金髪は後頭部で美しく整えられており、目は宇宙に輝く星空の如く鮮やかだ。
「……バカ、な──その顔は…っ」
しかし、
いつしか神父は突き付けていた斧を下げ、赫怒を鎮めていた。包帯を巻いた眼からは涙が滲み出し、現実として認めたくないのか脚が勝手に後退る。
「逃げないで」
それを見て尚、女狩人はこちらに歩み寄る。その正体など半ば理解してしまっているにも関わらず、神父はその現実を受け止めきれずにいた。
墓石が背中に当たり、やっとその逃げ腰が止まる。見てはいけないものを見た様な、底の見えない大海原に放り出された様な、そんな不快感と孤独感を感じていた。
「…あり得ん。その顔はヴィオラのものだ…ッ、娘の匂い、妻の顔、いったい何なんだ貴様は…!!」
「もう、わかっているはずよ……お父さん」
「ふざけるなッッ!!」
震える手で、銃を構えた。今すぐにでも目の前の女を殺してやりたいのに、その女本人から漂う紛うこと無き娘の匂いの所為で体が勝手に拒否反応を起こしている。
有り得ない。その言葉だけが神父の頭蓋を埋め尽くしていた。
なぜなら神父が知る娘ヘレナは、まだ10歳にも満たない幼子だ。夜が来るだけで母親に甘えに行くほど臆病で、獣の鳴き声が聞こえようものなら腕の中で声を殺して泣いていた子だ。
「そうだ、俺の娘はまだ子どもだ!貴様の様に狩人になんぞなっていてたまるかッ!」
もっともな叫びだ。事実ガスコインは、ヘレナが次の誕生日を迎える頃にヤーナムを
しかし、その日を迎えずして妻は死に、己もまた人の域を外れようとしている。その末路も、悍ましさも、この目で何度も見てきた。
だからこそ、そんな危険極まる恐ろしい世界にヘレナが足を踏み入れる訳がない。あの臆病で泣き虫の可愛い愛娘が狩人になるなど有り得ない。
事ここに至って、女狩人は武器を構えない。腰に仕込み杖と短銃を引っ提げ、既に間合いに入っているというのに。ただ静かに歩いてくるだけ。
「私は───
やめろ。名乗るな。
頼むから認めさせないでくれ。
全てを諦めた今に至って希望など示さないでくれ。もはや自分に時間はない。救いなどない、その意味をなさない。
だから、もう、やめてくれ。
───あなたの娘、ヘレナです」
◆
「狩人の業を教える…ねぇ。まったく、無茶を言う」
「?」
ヘンリエットは少しばかり頭を抱えていた。目の前の純粋無垢を体現しているような幼子に、獣を狩る技術を教えなければならなかったからだ。
頼られた手前役割は果たすが、どうにも気乗りがしない。と言うのも、ヘンリエット自身が誰かに何かを教えるということが初めてだからだ。
まあ、なるようになるだろう。とにかく武器を選ばねばならない。
そう思い、狩人がやたらと多くの血晶を放り込んでいる棚を漁った。出てくる物は見慣れたアイテムや道具の数々。どれも丁寧に仕分けられており、それぞれ100個近く揃えられている。
これだけで狩人がどれほどの時間を悪夢に費やしたか窺い知れる。
「ヘレナ、こっちに来なさい」
「なに?」
子どもに武器を選ばせるなど本来ならば御法度もいいところだ。
しかし、悪夢において法など意味をなさない。子どもであれ老人であれ、武器を取り戦わねば喰い殺されるだけだ。
何故か血石を使用した形跡のない武器が大量に収められていた棚から、比較的軽い部類の物を幾つか取り出す。
慈悲の刃、仕込み杖、落葉……寄生虫は論外。大体こんなところだろう。とは言え、この中で実用的な物を考えるならば杖だ。仕掛けを起動しても両手が塞がることもなく、射程が伸びる利点もある。何度も振り回す必要もないことからスタミナの消費も他に比べて少ない。
「……これが、今日からあんたが持つ得物だ」
「えもの…?」
「まあ、相棒とでも思っておけばいいさ」
初めて握る自分と同じか少し小さい程度の金属製の杖。その辺の格好つけた紳士が持っていそうな平凡な見た目だ。
しかし、その機構は至極実用的なものだ。金属製ともあり、そのまま鈍器としても用いられる。持ち手も握りこみやすく、先端は釘のように鋭い。ある程度の尽力と使い手の技術性が伴えば、獣の表皮を貫き、その骨肉に傷を負わせることも十分可能だ。
仕掛けを起動すればあっという間に軽量の蛇腹剣に切り替わる。細かく分かれた刃はワイヤーによって連ねられ、まるでノコギリのように荒い傷を刻む。
少し技術を多く必要とするものの、力の弱いヘレナにはノコギリ鉈や斧より手に馴染むだろう。
「……見ているんだろう。武器は決まった。私はどの程度で仕上げればいい?」
すると、石畳の下からヨセフカと偽フカを担いだ狩人が生えてきた。担がれた2人は小刻みに痙攣しており、意識を失っている。
狩人は2人を使者に預けながら、帽子と襟を解いた。
───期間は10年。夢の時間軸のみを固定して、他の悪夢から隔離する。
「10年…長すぎやしないか?」
───問題ない。アレを相手取るには、10年でも短いくらいだ。
そう、ヘレナに狩りを教え、いずれ超えねばならない因果に相対させる。でなければアレも悪夢から抜け出せず、永遠にあの夜を繰り返すだけの人形のままなのだから。
身内の死によって狂い果てたならば、同じ身内に刈り取られなければならない。そうすることで、アレはヘレナの中で『死んだ』と認識される。
アレの存在は、妻を失った憎悪と悲哀の他に『娘が帰りを待っている』『娘に生きていると信じられている』という支えがあったからこそ。
その支えを圧し折ってやらねば、アレは───ガスコインはこの悪夢から目覚めることは叶わない。
「……その間、私のことは放ったらかしか?」
───…いや、厳密に言えば、私がヘレナを拘束する期間が10年のうち8年。残りの2年を君が請け負う計算だ。
「それについては理解した。ただ、釣った魚には責任を持って餌をやれ。というか構え。肉の一片でも寄越せ」
要は嫉妬らしい。まったく、抱きしめたいほど可愛らしい女性だ。
しかし、ヘレナを8年かけて調整し、成長させるには狩人自らが付き添わねばならない。その間、肉体はともかく精神面では離れられない。
必然、言葉も何もない、半ば陵辱のような営みになってしまう。
獣の病を剋したヘンリエットは、己の獣欲を隠そうとしなくなった。獣を完全に制御下においた彼女は、今では人の身のまま欲に支配されるギリギリの線を楽しんでいる。
その結果、彼女と交わらぬ日はなくなった。どれだけ忙しかろうと、最低でも寝て起きるまでの間は、常に肉棒を咥え込んでいる。腹の中で肉を頬張り精を飲み干し、時には人形も巻き込んで多淫な宴を楽しむこともあった。
それは、もはや独占欲に近い。本人は自覚していないが、動物のマーキングのようなものだ。この男と最も多く交わっているのは私だと主張したいのだ。
なまじ狩人が一度に無数の雌と交わる機能を有しているため、己のみを見続けさせることができない。最初の赤子も人形が産み落としている。
ならば、せめて回数では頂点に立っていたかった。そんな願いの果てが、今の彼女だ。
「本当ならば貴公を子宮の中で飼っていたいが、流石にそこまで無理は言わん」
───……為すべきことを為したあとならば、私は一向に構わない。
「……冗談だ。だが、嬉しかったよ」
───もう一度言うが、8年だ。どうする。
「決まっているだろう。貴公の腹の中で過ごすとも。そうすれば8年などすぐだ。それに、新入り2人のことも知っておきたい」
クスクスと悪い微笑みを浮かべながら、ヘンリエットは狩人の内へ沈んでいく。杖で遊んでいるヘレナを尻目に、女狩人は夢から消えるのであった。
───……聖杯を模したトラップダンジョン……ふむ、これなら8年経とうが飽きぬだろう。
そして、相変わらず変な方向に智慧が働くのがこの変態上位者だ。簡易祭壇に聖杯を置き、捧げる供物は全て自分由来の肉と血と精液とし、内部の敵すら自分の欠片から作り上げた。
聖杯そのものから悲鳴が聞こえた気がしたが、この狩人は止まらない。どうせならやり過ぎるくらいやってやろうと、宝箱からトラップまで、全てに自分と同じ生殖器官を取り付けた。
紛うこと無き最低の所業だが、狩人自身の精神が伴わない陵辱だ。せめて
そうして完成した『性杯ダンジョン』にヘンリエットとヨセフカらを送り込んだ。
───よし……あとはヘレナだな。
◆
「ふざけるなッ、ふざけるなッ!お前がヘレナだと?
「そうよ。でなければ、私は此処に立てなかった。だから成ったのよ。この有り様に」
…もっとも、望んで成り果てたのだけれど。
繰り出されるは一撃一撃が必殺の斧。敵を叩きつけ、立ち上がらせることすら許さない重打。それに対してヘレナは杖で受け流す。
杖の背や腹を沿わせ、タイルが砕けるほどの一撃を水流の如く流しきる。銃は依然として使わない。時に片手で、時に両手で杖を操る。僅かな隙を見逃さず、確実に傷を負わせる一手。ステップを組み合わせたそれは、まるで舞のようだった。
これにはガスコインも攻めあぐねた。銃は効かず、斧の一撃も受け流される。今まで相手にしたことのない部類の敵だ。
もう何時間戦っているだろうか。徐々に体力が消耗していく。重心を揺らがされ、ふとすれば膝をつきそうになっている。ゼェハァと耳障りな息切れは止まず、動悸に合わせて全身に負った細かな傷から血が流れる。
そのせいで血が足りないのか、筋肉が痙攣して腕もうまく上がらないときた。今では斧を地に突き立てて何とか立っている状態だ。
「……満身創痍ですね。両ひざが地につきますよ」
「だ、まれっ…貴様に、話す…舌など──持たん……ッッ」
「そう、ですか……ッ───」
ただ、杖を振るった。それだけでガスコインの斧が叩き折られ、膝どころか両手をつかされた。跪かされた拍子に帽子が落ち、包帯で覆った目元が露出する。
ヘレナはその包帯を忌々しげに見つめた。
「───いい加減、現実を見なさい……!」
包帯を引き千切り、そのままガスコインの頬を強かに引っ叩く。
先程までの激闘に比べればダメージにもならないものだが、それは確かに巨体を倒れさせたのだ。
自分が何をされたのか理解できないガスコイン。叩かれた頬を抑え、呆然としたまま、自分を張り倒した相手を見た。
「な……」
それは、苦い顔をしていた。初めて肉眼で捉えたその顔はどのような感情を表現しているのか、見苦しい程にくしゃくしゃになっていた。
これでもかと眉間に皺を寄せ、歯を食いしばっているのであろう口は固く引き結ばれている。
指に絡んだボロボロの包帯を投げ捨てながら、彼女はなおもガスコインに詰め寄った。
「あなたは……あなたはいったい此処で何をやっているんですか!獣憎しでこんなくだらない夜に何度も何度もその人生を費やして!挙げ句の果てには家族を忘れて自分まで獣になり下がろうとしている!」
「…ぁ……」
「もう復讐は終わっているのに、あなたは今もそこで止まったままじゃないですか!私は…あなたの帰りをずっと、待っていたのに……ッ」
「お前、は…」
女は涙を流しながら、男の首に手をかけた。人外の力で、ギリギリと気道を締め上げる。
「……ッ…もう、前に進まなきゃいけないんです。『仇を殺し続ける』…そんな夢からは、醒めないといけないんです」
「…ッガ、ハ…ァぁ゛…ギィ……ッ」
事ここに至って、ようやく男は理解した。目の前の女が、正真正銘の愛娘であることを。もはや匂いや見た目など関係ない。他の誰でもない父親である自分が、そう自覚したのだ。
ああ、この泣き虫で優しくて愛らしい顔は、間違いなく自分の娘だ──と。
「…ク…ッうぅぅぅ……!」
苦しさなど、微塵もない。こんな優しい弔いがあろうものか。自分の子供にその死を嘆かれながら送られて、最期を看取られる。
母親を守れなかった自分に、こんな贅沢が許されるのか。絶望のあまり人すら捨てようとした父親失格の男に……ああ、本当に過ぎた最期だ。
「…っお、とぅ…さ…ぁっ……!」
まったく、立派に育ってくれた。自分を打ち負かすほどの力もそうだが、なにより誰かを想って涙を流せる人になってくれた。それが一番嬉しい。
未練がましい父を許しておくれ。最期に一度だけ、触れさせておくれ。
「────ハハ…」
「っ……」
……生きろよ、ヘレナ。
雨が降った。
ヤーナムの街に、血を洗い流すような雨が。
タイルを叩く雨は、いずれ排水溝を伝い、下水道に流れ込む。
汚物を流し、獣を濡らし、最後は底の見えない穴へ全てを流していった。
ヤーナムの市民たちは困惑の極みにあった。雨のおかげで火が消えて、濡れた石のせいで鼻もあてにならない。
玄関先に置いた獣避けの香は、雨と共に地面に流れ出た。騒いだ者から順に声を聞き取られ、殺されていった。
ヤーナムに、これまでにない差異が齎される。
はぁい、改めてお久しぶりです。
もはや生活に色々ありすぎて元のキャラなんか忘れてしまった作者でごわす。
取り敢えず短めですが、ガスコインとその娘のエピソードはこれで区切りです。これからのヘレナの出番はエロをメインにしたものになると思われ。
まあ、おそらく気分で変わりますが。
兎にも角にも久々にガッツリとストーリー進めたのでちかれた。
本当なら父親締め殺す時に「泣くな。泣きたくないから化け物になったのだろう」とか言わせたかったけど、お前死に際で喋りすぎィ!と没になりました。
やっぱ死ぬなら潔くないとね。
あ、作者は別に鬱展開好きとか胸糞好きとかではないのでご安心を。
簡単に例えるなら「寝取る」は好きだけど「寝取られる」は殺意湧かすタイプ。「寝取らせ」に至っては宇宙ネコになるので無理。
次回はエロを予定。なんでヘレナ成長してるのー?とか、ヘンリエット何してるのー?とか書くつもりです。