今回はエロではないのでご注意。
次で『お前も家族だ』。
最初に狩人として目覚めた場所。
いや、失った場所だろうか。
目元を包帯で隠した怪しい車椅子の医者、覚えのない自筆の走り書き。
そう、全てはあの診療所から始まった。
その後の冒険でわかることだが、あそこは2人の女性が管理していたと思われる。
しかし、私は彼女らが一緒にいる場面を一度たりとも見たことがなかった。どちらか片方に住民を預け、見返りとして輸血液や感覚麻痺の霧などをもらう。私と彼女らは、いわゆるギブアンドテイクの関係だった。
まあ、どちらともマトモとは言い難い人格であったが……。
あの診療所の下には、夥しい数の屍が打ち捨てられている。白骨化しているものはもちろん、地下水と肉のある死体が混ざって湖のようになってもいた。
どこから湧いたか肉をついばむ虫が水中を泳ぎ、獣の病の影響なのか巨人になり損なったモンスターまで存在した。
恐ろしかった。いくらなんでも無茶苦茶だと思った。必死に走って奥へ逃げ込み、ボロボロのはしごを見つけた時は、あろうことか警戒することすら忘れていた。
一刻も早くあそこから離れたい……そんな一心で、カビ臭いはしごを息を荒げて登り──
そして、登りきった先で私は言葉を失った。
───………………ッ………………。
そこは診療所の裏庭だった。しかも振り返ると、先ほど這い出た出口は暮石の真下だったのだ。
意味がわからなかった。ここの医者はいったい何を行なっているのか。診療所という名が指す通り、ここでは死者が出るのだろう。それは理解できる。
だが、数がおかしい。いったいあそこには何百人分の遺骸があったのか……声からして私が話したヨセフカという女医はまだ年若いはずだ。診療所の名も『ヨセフカ診療所』と、彼女の名がそのまま用いられている。
───確認、しなければならない…。
彼女と話をしなければ。なぜ住民の避難先として診療所を私に教えたのか、なぜそれを生き残りに伝えるよう念を押してきたのか。
走った。もしかすれば私は、とてつもない間違いをしてしまったのかもしれない──そんな焦りが私を苛む。
───…なぜ、ここにいる……ッ。
目の前には脳喰らい。そして、あれはどう見ても獣ではない。体毛のないツルリとした肌、歩く毎にペチャペチャと濡れた音を立てる人型のナニカ。私の認識はそんなものだった。
あれは名の通り脳を
私は咄嗟に武器を変形させ、出来るだけ距離をとった。
あれは危険だ。捕まれば最後、あの細腕からは考えられないほどの力で体を拘束される。どんな行動を起こされようが、確実に避けられる間合いを保たねばならない。
「ヴォィィイイイイイッ!」
───っ、ォオッ!
「ヴォィッ!」
案の定両腕を広げて突っ込んできた。私は目の前に迫るイカ擬きを
「…ヴォ?……ヴォイ??」
空気を抱擁した腕をしげしげと眺め、脳喰らいはさっきまで目の前にいた獲物を探してあたりを見回す。
その背中は、あまりにも無防備で───
───せァッ!
「ンヴォイッッ!?」
狩人にとってはいい的だった。
背中を深々と斬られ、その勢いから思わず膝をつく脳喰らい。
それはもう、この勝負が決したことを示していた。鉈をその場に落とした狩人は、指を鉤爪のようにして背中の傷口を抉るように突き刺した。
白濁した、どう見ても血液とは思えない体液を撒き散らせながら手に当たったハラワタをむんずと掴み、一部の骨ごと引き抜いてやる。
脳喰らいは声すら出せず、空気の抜けるような音を出しながら倒れた。
───ハァ…ハァ…ッ
情報の整理など御構い無しに、次々と面倒が舞い込んでくる。狩人といえど荒い息も吐きたくなるというものだ。
とにかく、彼女らのもとへ向かわなければ。
◆
あれからどれほどの時が経っただろうか。
私は彼女らを殺し、へその緒を奪い、取り込んだ。あれだけ理性的に会話できていた人物でさえ、上位者に手を伸ばせばあんな有り様になってしまう。
やはり上位者どもは碌でもない、つくづくそう思った。
しかし、同時に少し羨ましかった。根本的な人格にさえ干渉し、人間を意のままにできる力。自分がどれだけ努力しても変えられなかった彼女らの運命を、奴らは容易く捻じ曲げる。
羨望もあるが、やはり嫉妬…なのだろう。醜い感情だ。助けたいと思った存在を端から掻っ攫われ、いつも一歩出遅れている。
なにより、好意を持った相手を孕ませられたということが、私の心をドス黒く染めた。上位者との接触は、対象に少なくない狂気を齎す。結果、彼女らは1人残らず気を狂わせ、ただ壊れた笑いをこぼす抜け殻になっていた。
狩人は石畳をコツコツと踏みしめ、診療所に通じる墓標の前に立つ。
服装は、イジーを彷彿とさせる上半身裸。肌の色はほんのり赤黒く、粘液が薄く皮膚を覆っている。腕はそのままだが肩口からは数本触手が生え、デロンと垂れ下がっていた。半上位者といったところか。
「……流石の私でもその格好は気味が悪いぞ」
───……ああ。だが、念のためだ。
「念のため、か…何故そこまで?」
───強いて言うなら……出遅れぬために、だな。今度こそ、間に合わせるさ。
「そうか……無理はするなよ」
ヘンリエットが呆れ半分、心配半分といったような表情で見送りに来た。
彼女を抱いてから約3日、この夢の中で過ごした。ヘレナや人形とも打ち解けたようで、よく水盆の近くで何か話し合っていた。たまにクスクス笑う人形を見かけると、少しホッとした気分になる。
「貴公、何か私にできることはないか?」
───唐突だな。
「なに、家のことは任せろというやつだ」
───ふむ……では、ヘレナに狩人の
狩人が前々から考えていたこと。
それは、ヘレナに自衛手段を覚えてもらうことだ。これから彼女は自分の足で前に進まなければならない。寄り添うのもいい、立ち止まって休憩するのもいい。振り返るのも、時には泣くことも、人間には必要なものだ。
しかし、背負われたままというのはいただけない。停滞は人生を灰色にしてしまう毒だ。
幸いヘレナには狩人の適性があった。初めて啓蒙を得た時も、本人が自覚できないほど負担も少なく見えた。
父親に合わせるとなれば、それなりの備えはしておかなければならない。
───ステップや立ち回りならあの歳でも可能だろう。
「あぁ、まぁ…構わないが……」
───あの娘はいずれ、あの景色と向き合わなばならなくなる……。
そう、ヘレナと交わした約束。父と母に合わせること。
だが、狩人は知っていた。自分が診療所で目覚めた時にはもう、彼ら2人は手遅れであることを。ゆえに、ヘレナが向き合うのは死んだ母親と、もはや人間性が消えかかっている父親だ。
特に父親のガスコインは熟達の狩人。最低限の備えすらない状態で臨めばたちまち散弾で蜂の巣にされ、斧で頭から唐竹割りにされかねない。
───私はもう行く。
「ああ、任された。……ふふっ、今のは少し良いな。いってらっしゃい、旦那様」
───…………………………………………反応に困る。
「ははははっ、良いじゃないか、余裕があるというのは」
どうやら、あの夜から彼女は自分の中で諸々を整理したらしい。人形とはまた一味違うが、私を夫として認識してくれている。
嬉しい。今までとは全く違ったこの状況。これが俗に言う団欒というものだろうか……少しズレている気もするが。
おそらく、今はまだ順調だ。踏み外していない。手探りではあるがそこそこ上手くいっている。この幸せを噛み締めていたいが、時間がない。
「理由はわからんが、貴公は助けたいのだろう?そして、その為に手段を用意した。ならば立ち止まっている暇などあるまい」
───ヘンリエット…。
「引きずり揚げてこい。このどうしようもない悪夢に、貴公の答えを示してやれ」
彼女の強い言葉と手が、狩人の背中を押す。
思いのほか強く押されたのか、よろめくように墓石に寄りかかる。それを使者たちは迎え入れ、狩人をヨセフカの診療所へと飛ばした。
ヘンリエットは押した手のまま自分の掌を眺め、ふと笑う。
(どれだけ言い繕おうが、やはり貴公は人だよ。智慧を持ち、有り余る精力を子作りに注ぐ。何処にでもいる、一人の男だとも)
その手は自然と腹を撫で、今も子宮で元気にビチビチ蠢く精子を感じる。
暫くして、ヘンリエットは人形にヘレナのことを伝えるべく、裏庭の扉を開けるのであった。
◆
薄れた意識が次第に明瞭化し、気付けば診療所の灯火の前に立っていた。
それがこの診療所にはない。
おそらく、彼女らの頭にはまだ、奴の印は存在していない。
───人は、言葉を使う……か。
一瞬、扉をブチ破ってやろうかとも考えたが、それではあまりに乱暴すぎる。
ましてや、今回は別に問い詰めに来たわけではないのだ。
コツコツと階段を上り、扉越しに話しかけた。
「…まだ、何かご用ですか? でも、今の私にできることは、もうないのです」
───ヨセフカ女史、今回はそのことで来たのではない。
「では、どのような用件で?」
───見せたいものがあるのだ。
人ならざる血色をした腕を、欠けたガラスの隙間から見せた。扉の向こうで息を呑む気配がある。
しかし、悲鳴は聞こえない。
……10秒ほど経っただろうか。
鍵を開ける音が聞こえ、今までどれだけ斬っても削っても殴っても爆破しても開かなかった扉が開いた。
そして、その先には険しい顔をしたヨセフカが立っていた。
「聞きたいことが山ほどできたわ。さあ、入ってちょうだい」
◆
ランタンを持ったヨセフカに連れられ、狩人は診療所の二階へと進む。
「あなた、いったい何があったのですか?」
───上位者、という単語に聞き覚えはあるか?
「ええ、あるわ」
───そいつらを殺した結果がこれだ。
あまりにもシンプルな理由。
しかし、それはヨセフカが知りたい情報とは、少しだけ的が外れているものだった。彼女が知りたいのは『経緯の詳細』。狩人が話したのは、感覚に基づくものだ。
なんとなく納得いかない顔をしていたヨセフカだが、しばらく考え込むと「まあいいでしょう」と言い、血液検査用の道具を持って来た。
───検査は必要ない。
「……では、何故ここに?」
───貴女
「なにを、言っているのですか……?」
「この診療所には、私とあなたの2人しかいませんよ」
遅くなってしまい申し訳ない。
まあ、諸事情ありましてモチベが一度ゼロになってしまいました。
無事復活できてホッとしてます。
この話も2週間くらいかけてチビチビ仕上げたものです。
前書きのアレなんだよって?
作者が再起動したから書いた。深い意味はない。
何かいっぱいあとがきで書きたいことあったけど忘れました。
読んでくれてありがとう!
感想待ってます。