一万文字超。
「……まさか、この国で君と顔を合わせる事になるとはね」
神妙に呟くその男は、紫藤トウジ。
そして此処はジョンとアーシアの住まう部屋。
同じマンションに住むイリナとゼノヴィアから彼等の部屋番号を聞き出した後、二つ隣のこの部屋へ、客人として訪ねてきたのだ。
目的は、ジョン・オーリッシュとの面談である。
一方、運動着でセックスして、プールで散々遊んだ後に水着着衣セックスして、と運動続きで疲労困憊なアーシアと、満足気なジョン。二人の体力差ゆえに見た目は実に対照的だが、疲れているのは共通していた。
正直に言えば、こんな状態で客を歓待するなど御免蒙りたい。が、相手はイリナの父親だ。
友人想いというか、好意を向ける対象が極少数に留まっているため、その結果として情に厚い一面を持ってしまっている彼は、友人の親が相手だと無下には出来ない。したくない。
一応面識もある事だし、仕方ないかと気だるい身体を引き摺りながらも相手をしていた。
今にもベッドに倒れ込みそうな顔をしたアーシアが、御客様用に用意した御茶を机に置いた。
「ど、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
無論、紫藤トウジは魔女と呼ばれたアーシア・アルジェントの顔を知っている。
此処で彼女を目にする事に、顔に出さずとも驚く気持ちが当然あった。
が、今はそれを置いておく。
そもそも、教会からの沙汰は既に下った。彼女の受けるべき罰は、教会を追放された時点で終えている。
罪も罰も、本来ならば神のみが定めて、人間はあくまで地上において代行するのみ。神の死を事実として踏まえればまた別の解釈もあるのだが、ともあれ、今更一信徒に過ぎないトウジが個人で彼女を罰する事など有り得ない。
不必要に刺激する事もないだろう、と指摘もせずに茶を飲んだ。
その結論を、ジョンもまた相手の振る舞いから察している。紫藤トウジの大まかな人となりとて、彼は過去の面識から知り得ていたのだ。戦う事さえ覚悟していたが、今の所はその必要が無さそうなので、内心では安堵していた。
勝てるかどうかも分からないし、進んでやりたい事でもない。相手はイリナの父親なのだから。
「成程、今はグレモリー公爵家令嬢の保護下に」
「はい。――『天閃の聖剣』を対価に、身分の保障を約束して頂いております」
まず、今まで何をしていたのか、という所から二人の話は始まった。
アーシアとの初対面時の詳しい遣り取りに関しては当然伏せて、堕天使レイナーレ率いる『教会』の話、グレモリー眷属との契約を切っ掛けとした婚約騒動、そしてコカビエルとの一戦に至るまで。流石に性的な話題やイリナの首絞め事件等、刺激的過ぎる部分は省いたが。
今の今までアーシアが聞いた事が無いような丁寧な口調で、詳し過ぎるほどに詳しく語る。契約の対価に『天閃の聖剣』を差し出した事まで、隠さずに、だ。
純血の上級悪魔。元72柱。現魔王の実妹。リアス・グレモリー。――その契約者。
それを誤魔化す意味など何も無い。むしろジョンからすれば、積極的に話すべき事だ。
自分はグレモリー家次期当主と懇意にしている。聖剣は正式な契約手続きの上で悪魔側に渡してしまった。その反面、教会側のエクスカリバー奪還だって命懸けで手伝った、と。
自分達は悪魔の庇護下にある、だから仮に手を出せば勢力間の揉め事に、なる可能性がある。
持ち出した聖剣だって悪魔の生業、契約の対価ならば無理に取り返せば衝突は必至だ。
――それは非常に分かり易い、紫藤トウジへの牽制だった。
教会側に立つトウジも、彼の言いたい事は理解出来ている。出来ていなければジョンの側としても不味いのだが、残念ながら年季が違う。
湯気を立てるカップに再度口を付け、栗毛の男が穏やかに笑った。何の動揺も見えない所作で。
「実は、この町には聖剣エクスカリバーの回収のために来ていてね」
それを聞いた少年は、肩を竦めて視線を逸らす。あからさまに気まずそうな、態度で。
問題が問題だけに、誤魔化す事など出来はしない。紫藤トウジに断りを入れて、亜空間から一振りの聖剣が姿を現す。
両手で捧げ持ち対面の相手に差し出して、『祝福の聖剣』が渡された。
「……うん、確かに」
聖剣が本物である事を確認し、そのまま己の隣に置いて言う。
「これで『祝福の聖剣』は回収完了だ。それと、『天閃の聖剣』に関しては仕方ない。流石に、私の裁量を超えているからね」
何食わぬ顔で盗品扱いだった聖剣一つを回収し、牧師服姿の栗毛の男が言葉を続ける。
これで何も問題は無い。悪魔側に渡ってしまった聖剣に関しても、教会が君を責める事は決してさせない、と。当たり前のように言い切った。
ジョンからすれば気味の悪い対応だ。何を考えているのか分からない。
だってエクスカリバーだ。
世界で一番有名な聖剣と言っても過言ではない、教会秘蔵の七つの一つ。秘めたる力云々よりも、その名と権威こそが重要で、だからこそ面子に懸けても絶対に管理下に置かねばならない重要な聖具。
軽く扱って良いものではない。
実は『天閃』の現所有権は、フェニックスの件の貸しによって既に彼の下へと返って来ている。
イリナ達が聖剣返還の為の帰国をしていない、と聞いた時点で回収役の来日も予測済みだ。
念の為、リアスに頼んで一時的に『天閃』を預かって貰っていたが、この物言いだと警戒自体が無意味だったかのようだ。
だが、何故そうなるのかが分からない。聖剣窃盗の罪で捕縛されてもおかしくないのに。
エクスカリバーを私物化した異端者の扱いが、こんなに良いなんて有り得ない。と、それがジョンの考えだった。
ずっと維持し続けていた無表情の奥で、少年が幾度も考える。
対するトウジは、朗らかに笑って彼の思索を遮った。
「実際問題、悪魔側と事を起こすわけにもいかないんだよ。君が気にする事ではないさ」
何か、含みのある物言いだった。気のせいだろうか、と訝しむ。
聖剣エクスカリバーを盗み出した下手人、もはや信徒でさえないジョンに対して咎め立ての一つも無く、ただただ穏やかに接する男。その内心が、賢しらな少年にはどうにも読めない。
そんな娘の友人に対して、くつくつと可笑しそうにトウジが笑った。
「君は少しばかり疑り深い。戦場においては強みになるが、時と場合によってはそれが己の足を引く事を、憶えておくと良い。もう少し、目の前の物事を素直に受け止めてみても良いんじゃないかな?」
――私としては若者のそんな姿もまた、微笑ましく感じるがね。
かつて素直に受け止め過ぎていた結果が教会追放からの絶望と、アーシアに対する強姦未遂事件なのだが、その件を知らないトウジが言っているのは、それらとは全く別、ジョン自身の生き方の話だ。
目の前の少年は、どうにも思考が臆病に過ぎる。
腰が引けている、というわけではない。常に最悪を想定し、その最悪は己を攻撃するものなのだ、と決め付けている。楽観しない。期待しない。切り捨てるものを、容易く選ぶ。諦めが早い、と言っても良い。
そういう荒み切ったものの考え方は、年長者の視点から見れば少しばかり心配になるのだ。
教会の戦士としての今までの経験ゆえに、仕方の無い部分はあるのだが。
元72柱の悪魔という分かり易過ぎる後ろ盾の強調や、エクスカリバーに関する話を振った際の、あからさまに気まずそうな、態度。そして今し方の、渋るような態度の割に、すぐさま『祝福』の返却を行った潔さ。
――それが保身のための演技である事は、教会のエージェントを長年勤めてきた紫藤トウジにはバレバレだった。
もう一度言うが、年季が違う。
ジョン・オーリッシュの見せる無表情無感情の仮面、馬鹿丁寧で口数の多い説明口調。見た目だけでは計り辛いが、きっと内心では焦っているのだろう。
自分と、恐らくは傍に居るアーシア・アルジェントを護る為に。教会で一定の立場にある信徒、紫藤トウジに怯えている。怯えながらも毛を逆立てて戦っている。
それを思うと、いや本当に、微笑ましい。トウジは笑みを深くした。
その笑顔こそがジョンの警戒を更に深める一番の原因なのに、割と天然気味なイリナの父は、そこだけは全く気付きもせずに、ニコニコ笑顔で言葉を続ける。
「エクスカリバーの件に関しては、私の方で話を付けておこう。なに、君はイリナの友人だ、先の一件でもあの子が世話になったそうだから、これくらいはさせておくれ」
そう言って、教会の牧師さんらしい穏やかな笑顔を向けるのだが、やはり少年の警戒は晴れてはくれない。ちなみに世話云々はイリナからの精一杯のフォローなので嘘っぱちだ。実際にはアーシアの首を絞めた件での殺害未遂など色々あった。が、流石にそこは内緒の話。一生背負う秘密であった。
何を言われてもジョンの態度は変わらない。ただ、ここまで問題なく進むなら直近に迫る危険は無い、とだけ納得する。その内面では未だ心が ざわついていた。
イリナ繋がりの顔見知りではあっても、決して親しい間柄ではない男二人だ、そうすぐに緊張が解れる事は無いのだろう。もう少し個人的に交流を持つべきだったな、とトウジは今更になってかつての己を顧みたが、個々の性根に関しては、大人が少々口煩くした程度で容易く変われるものでもない。今回は一旦切り上げて、また次の機会にと先送りをする。
そもそもの話、至極簡単に聖剣返却と窃盗の免罪が終わった事に関しては、ジョンの考える通りに裏があった。
近く、三大勢力合同の会談が開かれる。
中心となる議題は恐らく、勢力間の関係改善。――極論すれば、和平への動きだ。
その妨げとなる要素は可能な限り、どんなに小さなものであろうと、事前に取り除いておきたい。だからこその、聖剣の窃盗、及び譲渡に関する無罪放免。やり過ぎなくらいの、温情だ。
神の死亡から既に千年。教会内部でも、悪魔と堕天使双方との平和的関係の構築に向けて、度重なる根回しが行われてきた。
長年敵対してきた天敵同士の問題なのだ、そうそう容易く賛同を得られるわけでは無いが、だとしても、そういった動き自体は既にある。
エクスカリバー強奪から始まった、三大勢力全てに等しく関わる戦争再開のための不穏な動き、コカビエルの起こした駒王襲撃。これを奇禍ではなくて奇貨として、此度の会合で新たな未来に向けた決定的な何かが起こる、かもしれないのだ。
なる、かもしれない。ならない、かもしれない。先の事なんてはっきりとは知れないものだ。
だけど娘を持つ身の親として、紫藤トウジは争い事から程遠い未来を願っている。其処に至るまでに立ちはだかる問題が余りにも多過ぎる事を理解していても、これから先永遠に敵対し続ける事によって生じる数々の不幸を受け入れられない。
各勢力のトップ陣も、現在の対立関係を延々継続し続ける事の愚かしさは知っているのだ。
常に何処かしらで他勢力の手が蠢き、衝突から来る被害の件数は減らぬまま。鎮圧のために手勢を使えば戦争で減った数が更に減り、しかし対応せねば被害は増えていくばかり。
戦って、戦って、戦い続けて。それを、もう嫌だと、変えねばならぬと考えている。
そうでないのは、直接被害を受けていない者達、あるいは他者の犠牲をこそ強く望む、各勢力内の一部だけ。少なくとも天界と冥界の上層部は、その大半が終わりなく争い合う現状を変えたがっていた。
公言はしないが、今この時に、ただでさえ使い手の少ない聖剣一本で事を荒立てるのは馬鹿らしい。
それが、リアス・グレモリーという特殊な立場の後ろ盾を得ている相手の事なら、一考するだけの余地は充分。
先の説明は確かに効果があったのだ。ジョンの側に、その手応えを感じられないままであろうとも。
天界と悪魔の関係が決定的に軟化すれば、聖剣そのものがどちらに在っても損は無いのだ。
無所属の、天然ものの聖剣使いジョン・オーリッシュ。グレモリーの悪魔だって、きっと彼には目をつけている。あちらには悪魔の駒という便利な代物もあるのだし、あるいはそちら側に転生した彼が件の『天閃』を任されるという事も有り得るだろう。
その際に心配なのは、愛娘であるイリナの友人に対する気持ちだが……。あの娘はあれでしっかり者だ、きっと何があっても大丈夫。
常の親馬鹿ぶりと愛娘への信頼ゆえに、紫藤トウジは割と楽観的に考えていた。
「あの、御代わりを、どうぞ」
「――む。ああ、すまないね」
空になった紅茶のカップに、あからさまに緊張した様子のアーシアが、震える手つきで代わりを注いだ。
トウジは彼女の給仕に礼を告げ、次にジョンへと向けて、変わらぬ笑顔で口を開いた。
「さ、仕事の話はここまでだ。実は先ほど会って来たんだが、君にも言っておきたくてね」
□
――イリナの事をよろしく頼むよ、という紫藤トウジの声を背に、アーシアの後ろで扉が閉じた。
ほう、と大きく息を吐く。
教会の人間、それも中々に上の立場に居るらしい彼が訪れた事で、思った以上に気疲れしていた。
いや、それは恐らく言い訳だろう。彼女自身も理解している。
紫藤イリナ。
ジョン・オーリッシュの教会時代からの古い知り合い。大切な友人であり、親しい異性。
彼女の話題が紫藤トウジの口から出てきて、それにジョンが答えを返す。そんな常識的な遣り取りが、何故か苦しい。
自分の知らない時期の、自分の知らない知り合い。友達なんて一人も居なかったアーシアとは違い、彼の少年にはそういう相手が確かに居たのだ。アーシアよりもずっと長く傍に居た、人が。
それが同い年の、綺麗な見た目の少女である事が酷く苦しい。
貴女のせいで、と言われた事は憶えている。
アーシアの首を絞めて、泣きそうな顔で叫ぶ栗毛の少女。あれは大切な相手のための怒りだった。魔女を罰する激情だ。甘んじて受け入れるべきだ、とアーシアの中の甘ったるい部分が訴えていたのに、助けが入って嬉しかった。
彼が助けてくれた事が嬉しくて、しかしそれと同時に「やはり」と思った。
――やっぱり、ジョンさんはわたしを助けてくれるんだ、と。
「わたし、いやな子かもしれません」
彼のために叫んだ少女を、冷たく突き放したジョンの姿が嬉しかった。己のためにそうしてくれたのだ、と喜ぶ自分が確かに居たのだ。
無意味な程に無垢な心のアーシアは、そんな自分を嫌だと思う。だけど喜びは消えてくれない。
住居の外、マンションの廊下。自室の玄関扉に背を預け、ずるずると腰が落ちていく。
疲れた身体と、揺れる心。疲弊した少女の耳に、とある少女の声が届いた。
「――む。キミは確かジョンの同居人だな。どうしたんだ、鍵でも失くしたのかい?」
ぼけっとした顔のアーシアが向けた、視線の先。
同じ階層、二つ隣の部屋の住人。見た目だけならクールビューティーで通る青毛にメッシュの優しいゴリラが、悩める魔女へと親切に訊ねた。
その数分後。
イリナとゼノヴィアが住まう住居の中は、どうにも不思議な空気に満ちていた。
その原因と呼べるものがゼノヴィアには分からない。
部屋に居るのは彼女とイリナ、そして先ほど廊下で出くわし此処まで引っ張って来た少女、アーシア・アルジェントの三人ぽっち。
それが何故こんな空気になるのか、頭脳明晰なゼノヴィアさんには分からなかった。
向かい合う形で座るイリナとアーシア。
片や、つい先ほど教会の戦士を正式に止めたばかりの聖剣使い、ジョンの友人紫藤イリナ。
対するは元教会の聖女、ジョンの現同居人である おっとり魔女、アーシア・アルジェント。
互いが互いに視線を向けず、俯き加減に向かい合う。
ぽつりとイリナが音を漏らした。
「貴女は」
一拍置いて、僅かに室内の空気が淀む。
目も合わせずに、言葉が続いた。
「どうして、ジョンと一緒に住んでいるの」
何時も素直で天真爛漫、明るい性格が目印の美少女、紫藤イリナ。
そんな彼女が、平坦な口調で御菓子を食べつつアーシアに問い掛けた。
「どうして、って」
どうして、と問われれば、それはジョンが求めたからだ。
追放されて僅か数時間の後、突如飛び掛る人影に首を絞められ押し倒されて。――唇を奪われた。色々と、性的なあれそれを無理矢理された。
最初は、明確に理由と呼べるだけのものは無かった。
魔女となった自分のせいで教会から追放された少年。始めの頃は何よりも先に罪悪感があり、苦しそうな彼の姿に自分の立場も弁えないで心配をして、引き摺られて、流されて、気が付けば『教会』の所属となって。
毎日毎日、性的な行為を強要されて。
――助けられて。
思えばずっと、アーシアは彼の行動に従うばかりだ。
自分から動いた事なんて、僅かに一度か二度程度。それは人形か、奴隷か、あるいは。
あるいは、夫の三歩後ろを歩く妻のよう、に――?
かあ、と顔が熱くなる。
最近は恋するリアスと話す機会が多いせいか、少しだけ思考が飛躍していた。
「じょっ、ジョンさんが、言う、ので。それで」
質問の答えを考えている内に、段々恥ずかしくなって身悶える。
照れた表情で、彼が望んでくれたから、みたいな桃色に染まった言葉を返す。
「そう」
聞いたイリナはただ一言。
短く答えを返すだけ。
視線は手元のスナック菓子に向けられたまま、ぐしゃぐしゃと粉にする作業が実に捗っていた。
「む、このバナナのやつ美味しいな」
二人の遣り取りに耳を傾け、内心では「成程。ジョンの奴め、人助けか。あとで御菓子持って行って褒めてやろう」などと暢気に考えているゼノヴィアだけが、変わらぬ姿で腹を満たしてのんびりしていた。
「貴女は、その」
「……イリナで良いわ」
「そうですか。イリナ、さんはその、ジョンさんとは、どういう……?」
淡々と返すイリナだったが、問われた事で手を止める。既にサラッサラの砂みたいになっていたスナック菓子が、袋ごとゼノヴィアの方へと寄せられる。受け取ったゴリラは開いた袋を傾けて、口の中へと勢い良く流し込んだ。そして咽た。
栗毛の少女は考える。
イリナとジョンの関係と言えば、幼馴染で友人だ。
少女の側は、数年来の付き合いから密かに育った想いもあるが、少年の認識はずっと変わらず異性の友人。立ち位置としてはゼノヴィアと同等、色恋なんて別に無い。
だから、関係性と言えば友人だ。が、それを正直に言うのは嫌だった。
何故嫌かと言えば、先頃自覚したばかりの少女らしい感情ゆえだが。今この場に限っては、自身の知らぬ間にジョンに近付いた魔女の存在がとても大きい。
――負けたくない。
そんな漠然とした感情がイリナの中で燃え上がり、やがて口から飛び出した。
「ジョンとは一緒に御風呂に入ったわ」
えっ、とアーシアが驚いた。その反応に、イリナは「勝った」と先走る。
別に勝ってなどいない。
金色の少女が思い出すのは、グレモリー眷族と共に行った対フェニックス用強化合宿。その大浴場での事だった。
雑に計って二時間くらいだろうか。ずっとキスばかりをしていたあの夜、未だ彼女が純潔を保っていられた頃の事。
明かりを付けっ放しの大浴場を訝しんで訪れたリアスが、顔を真っ赤にして「かっ、風邪を引くでちょう!?」とかなんとか、羞恥や興味等、様々な感情を誤魔化しながら二人を叱る光景。
今思い出すと実に恥ずかしい思い出なのだが、先のイリナの物言いに眉尻が下がった。
そこにあるのは、自分だけではないのか、という想い。
目の前の栗毛の少女。自分よりもずっと彼の傍に居たイリナも、同じ事をしたのだろうか。
そう考えると、胸が痛い。息が苦しくて気落ちする。大きく叫んで逃げ出したくなった。
「――ああ、あの任務か。三人で一緒に入ったな。怪我したジョンを私が洗ってやったやつ」
喉に張り付くスナック菓子の粉をジュースで全て流し込み、空気を読まない女が言った。
イリナは恥ずかしがっていたから私だけで、などと続けているが、ぱちりと瞬きをするアーシアには詳しい事まで分からない。
ただ、そっと視線を向けた先、俯くイリナは手元のプリンをぐちゃぐちゃに掻き混ぜて、下りた前髪で瞳が見えない。何を考えているのか、その表情が分からなかった。
アーシアが、コップを手にして考え込んだ。
自分の考えは先走ったものだったのか。あの少年がああいった行為をスるのは、自分を特別だと思ってくれているから。自分だけの事なのか。
好きだ、と言われたあの日の事を忘れていない。
全身で抱きすくめ、強引に己の唇と言葉を貪る少年の顔を憶えている。
「わたし」
イリナが言った。
思い出話を続けるゼノヴィアと、考え込んでいたアーシアの動きが同時に止まる。
「貴女の事、まだ許せないわ」
「……そう、ですね」
彼女の言葉は普通の事だ。魔女に友人を奪われたなら、腹を立てない方がおかしい。
追放も異端の認定も、教会が決めた事ではあれど。起点となったのはアーシアだ。
彼女が余計な事をしなければずっと変わらず、少なくともコカビエルの一件までは、互いの仲が拗れる事も無く過ごして来れた。そう考える。八つ当たりなのかもしれないが。
仄かな想いを寄せていた少年と離れ離れになった事で傷付いてからの、僅か数ヶ月。生来の妄想癖が悪い方にばかり働くせいで、イリナの心はどこかで形を変えてしまった。飾らず素直で明るくて、誰にでも笑顔で接する事の出来る紫藤イリナは、その心の深い部分に、今も鬱々としたものを宿しているのだ。彼への好意と密接に繋がるような、心の奥に。
切れた絆は元に戻った筈なのに。かつてと今は、何かが違う。
「――それでも、私はあの人と一緒に居たいです」
俯いているイリナからは見えもしないのに、アーシアが笑っているのが分かる。
結局そのまま会話も途切れ、三人で黙々と御菓子を片付け、魔女は自宅へ帰って行った。
残されたのは、イリナとゼノヴィア。
「ねえ、ゼノヴィア」
「どうしたイリナ?」
いそいそと御菓子のゴミを片付けている友人が、俯く姿に変わらぬ声音を投げ掛けてくれる。
「わたし、ジョンが好き」
「そうか」
そうかそうかと何度も頷き、本当に分かっているのか不安になる様子でゼノヴィアが掃除を続行する。その内心は恋愛感情とか全く全然分かっていない。好きは好き、嫌いは嫌い。子供のように純粋に、「私はイリナもジョンも好きだぞ???」という気持ちが表れていた。
思わず小さく笑ってしまう。
今のイリナはこんなにも暗いのに、接する彼女は変わらない。
変わらない事が時には煩わしくも感じてしまうが、今は、凄く救われたような気持ちになった。
「その、ね。ゼノヴィアのことも、好きよ?」
むむむ、と掃除中の彼女がなにやら呻いた。
そっと視線を向けて見れば、どうやらド直球な好意の言葉に照れているらしい。それが少しだけ意外に思えて、笑ってしまう。
「笑う事はないだろう。――ほら」
伸ばされた手の先には小さな飴玉。どうやら掃除中に見つけた、食べ損ないの一つらしい。
丸くて黄色いそれを、イリナは素直に己の口で受け取った。
甘い。
パイン味の安っぽい甘さ。一粒で10円から20円ほどだろう、何処にでもある味だった。
ころころと口の中で転がして味わう。気付けば、先ほどよりもずっと気持ちが楽になっていた。
きっと当人にそんなつもりは無いのだろうが、ゼノヴィアに気遣われるなんて珍しい。などと失礼な事を考えながら、イリナは部屋の天井を見上げながら目蓋を閉じた。
「あの子には絶っっ対に、負けないんだから」
相手の見えない場所で、一方的な宣戦布告。
真実を知らない一人の少女が、小さく笑って気持ちを固めた。
砕けるまでは、あと僅か。
□
夏を目前とした、湿気の多い夜だった。
今日は特に蒸し暑く、ベランダに通じるガラス戸を開ければ、外の風が優しく吹き込む。
其処で、少年の股間に少女が顔を埋めていた。
小さく、短く、何度も繰り返す水の音。床に直接腰掛けた少年は、少女が与える快感によって僅かに喘いで膝を震わす。
く、と呻き、後ろ手を突いて天井を仰いだ。
彼の下半身では金髪の少女が陰茎を咥えて、拙い動きで舌を動かしている。
それは基本的に自分から事に及ぶばかりだった少年に、未知の快楽を与えてくれた。
股間ばかりに意識が集中して、伸ばした両足が弛緩する。なのに快感で震えるたびに、足先が緊張してびくびく跳ねる。
「
うあ、と みっともない声が漏れた。
彼の肉棒に触れている舌と唇が、発言に伴い刺激を増やした。
その、素直な反応に気を良くした少女は、より一層熱心に、口での奉仕に精を出す。
引き続き、責められる少年は喘ぐだけ。
何故こうなったのか、彼にはあんまり分からない。
珍しい事にアーシアが、自分から行為を強請った結果。友人であり、恋する相手を持つ同士であるリアス・グレモリーがこっそり見せてくれた、如何わしい雑誌の数々から得た性の知識の、実践だ。
慣れない刺激に腰が動く。己の最も汚い部分を、綺麗な彼女が口にしているという事実が狂おしいほどの快楽と罪悪感を齎していた。
少女の金髪が腰に、太腿に、擦れて落ちる。それだけでも、ぞくぞくと震えて気持ちが良い。
何時かの陰茎を用いた自慰といい、アーシアは主導権を握るとジョンの予想もしない方向から攻めてくる。確かな快楽があったが、少しばかり釈然としない。性行為は男性主導であるべきだ、というのは、非常に宜しくない禁忌の数々を任務で目にしてきた元戦士ゆえの偏見であるが、女性に口でさせるのは如何なものか、という元信徒としての常識的な考えも混じっていた。
程なく、少年のソコから白濁が飛んだ。
口で受け止めたアーシアであるが、小さな口内に収めきれずに陰茎を離す。
若干あひる口になりながら唇の端から精液を零し、入りきらなかった分が顔に飛び跳ね、衣服や床へとぱたぱた落ちた。
顎へと伝う白を手の甲で拭って、口の中のものを飲み込むべきなのに飲み込みきれない。
困ってうーうー唸りながら、涙目になったアーシアが少年の顔を窺った。
彼の視線の先、己を見上げてくる少女の困り顔。
朱に染まった頬。涙に濡れた綺麗な瞳。その整った顔を汚す、垂れ落ちていく己の子種。
吐き出したばかりの下腹部に、渦巻く熱が確かにあった。
その細腕を引いて抱き締める。突然の動きに驚く少女が、閉じた口から声だけを漏らした。
アーシアからの奉仕によって、少年の心の内側はずっと興奮し通しだった。
自分に対して何かをしたい、と伝える彼女の姿に、こみ上げる嬉しさが隠し切れない。
「アーシア。セックス、したい」
「んっ。」
口の中に精液を溜めたまま、困った顔をした少女が抱き締められながらに腰を上げる。
スカートの内側に手が入り、下着を下ろして本格的に行為を始める。
開けっ放しのベランダのガラスが、室内の運動によってガタガタ揺れた。
部屋の外側、天上は綺麗な星空で。
部屋の両隣は木場と小猫、悪魔の仕事で不在中。
二つ隣のベランダには、星を見上げる少女が一人。
漏れ聞こえてくる見知った少年少女の性の営みを、一つ余さず聞き留めながら。
「……なんで」
――どうしてじょんは、その子とそんなことするの?
栗毛の少女、紫藤イリナが呟いた。
傍にヒロインが三人も居るのにオッサン相手の描写が最も濃厚な第十六話。
教会はなんでデュランダルを放逐したのん……? とか割と真面目に悩みましたが、それなりに誤魔化しつつ描写していく予定です。
以下、設定メモ。
アーシア
オリ主に対する感情は、肉欲と愛情が半々。
頼めばきっとお尻だって舐めてくれる奉仕大好き系ヒロイン。
イリナ
オリ主に対する感情は、愛情混じりの恋愛先行。
恋愛に対しては割と乙女な思考をしていた。――だがもうなくなった。
ゼノヴィア
オリ主に対する感情は、愛情寄りの友情。
頼めばセックスして妊娠して出産からの愛人関係だってOKしてくれるけど、あくまで友情。
友情と愛情の区別がついていないが、ジョンとイリナは世界で一番大事な相手なので気にしていない。多分イリナとのレズセックスだって求められれば普通にヤれる危険人物。