一万文字超。
※D×D世界観に関する捏造設定があります。
※レイプ表現に御注意下さい。
口を塞がれて、反射的に鼻から吐息が漏れ出した。
胸板に添えられた少女の手の平と指先が、衣服越しに肌を擽る。くすぐったいから止めて欲しいが、そういった文句は舌を絡めているせいで言葉にならない。
ずるりと吸われて、息継ぎ一つ。粘ついたものが糸を引き、離した箇所から繋がっている。
「……アーシア?」
紫藤トウジ来訪の、翌朝。不意に彼女の方からキスを強請って擦り寄ってきた。
不安そうな、恥ずかしそうな、物欲しそうな顔で。
離すまいとして強く抱きつく、おかしな態度。その内心が、少年の側からは分からない。
少女もまた、そうするに足る明確な理由が自分自身で分っていない。
ただ、彼女の中で紫藤イリナの顔が過ぎって消える。何度も。何度もだ。
その度にアーシアはどうしようもなくジョンの身体に触れたくなって、自分の中の気持ち悪い何かを誤魔化すように彼へと触れた。今日だって朝から、寝起きのまま、顔も洗わず互いの口を舐め合っている。
拒む理由は、ジョンには無い。
求められるのは嬉しい事だ。そうされる事で、自分の全部が肯定されているような錯覚さえあった。
二人の関係の始まりが唾棄すべきものであったからこそ、尚更に。かつて被害者だったアーシアから性的な行為を求められれば、許しを得たような安堵と共に男としての喜びを感じる。
手を伸ばして乳房を揉んだ。衣服の向こう、下着の奥で、ぷくりと乳首が勃ち上がる。
互いの股間を擦り付ければ、熱く膨らんだモノと蜜の溢れ出す箇所とが夜着を挟んで触れ合って、耳に届かない程度の小さな水音がソコで鳴る。
一人用の狭苦しい寝台の上で、上と下とで重なり合った男女が次の段階へと移る、直前に。
来客を告げる鈴が鳴った。
□
――うちに熾天使が来た。
それを認識した瞬間、ジョンの右手が閃いた。
亜空間から取り出された聖水瓶が五本くらい同時に飛んで、頭上に光の輪を浮かべた金髪の美男子の、その麗しい御尊顔に音を立ててぶち当たる。
連続する殴打音。瓶同士の衝突音に、肉とぶつかる鈍い音。
聖水の詰まった瓶が五本とも、一つ残らずヒットして下へと落ちる。困ったような笑みを浮かべる金色の翼の男性は、何の痛痒を感じた様子も無く、身を屈めて手ずから全ての瓶を拾い上げると、そっと投擲の主へと差し出した。
応えるために手を伸ばしたジョンが、口を開く。
「すみません、手が滑りました」 「こちら、落としましたよ」
玄関先に立つ金髪の美男子が、同じタイミングで口を開いた。
完全に棒読みな前者と、親切という言葉が音を成したような後者の響き。
元教会の戦士ジョン・オーリッシュと熾天使ミカエル。両者の初の邂逅だった。
「じょっ、じょじょじょ、じょんさんっ! だっ、だめですよう! この、このひと天、てんん――!?」
そして突然の暴挙に驚いたアーシアが、必死にジョンの袖を引いて泣き喚く姿が非常に可愛いらしくて面白く、ついつい二人揃って笑ってしまった。
その直後、天使と同じ理由で笑みを浮かべた自己嫌悪で玄関先に唾を吐いた少年も居たが、余り重要ではないので割愛する。
熾天使ミカエルは、その名の通り、天使である。
聖書の神によって生み出された聖なるいきもの。神に侍り、神に仕え、神のために生き、やがて必要とあれば命を投げ出し死に至る。そういうものだ。そういうもの、だった。
その当然が壊れてしまったのは千年前。大戦争の最終局面。
偉大なりし父なる神の、死。絶対者の喪失こそが終わりであり、今にまで続く始まりだ。
大戦後、四大魔王を全て同時期に失った悪魔側の混乱とて相当なものだったが、天界のそれは他の二勢力の比ではない。
当たり前だ。
聖書の神こそがまさに当神話体系の中心であり、天使や信徒、彼等にとっての拠り所。全知全能、全てを生み出す創造主だ。殺されれば死ぬ、なんて至極当然の理とても、彼の唯一神にだけは適用されないと本気で信じて生きていた。
なのに信仰は覆された。神は死んだ。残されたのは、導を亡くした羊だけ。
神の奇跡、神話世界観の維持を行うシステムだけは天界の最上部に遺されていたが、その機構を知悉する管理者は先に述べたように死んでいる。
神のシステムを何もせず放置し続けていれば、何時誤作動を起こすか分からない。仮に停止するだけで済んでも、未だ戦争の残り火の消えない世界においては致命的だ。加護によって護られている信徒達の身の安全、あるいは世界そのものへの悪影響など、可能性だけなら数え切れない程に考えられる。
管理も手入れもろくに分からず、それでも生き残った天使達は必死に動く。遺されたものを失わせないためという使命感と、これ以上失うかもしれない恐怖、そして神の死からの逃避を兼ねて。
神の死を伏せたのは、何よりも現世界の維持のため。
信仰とは神話にとっての力の根源。決して欠かせぬ必須要素だ。
人間達からの信仰によって神々は力を得、力をもって信徒達へ加護を与える事で、更に信仰を吸い上げる。その正の循環こそが、各勢力の支配領域、延いては神話体系の維持を成す。
奇跡、法則、神秘、果ては新たな生命の創造まで。一定以上の信仰があるからこそ、神はそれらを行えるのだ。
聖書の神もまた、その点に関しては他の神々と変わりなかった。
世界最大宗教、聖書の神話体系。
天界や冥界という人外の領域のみならず、人間の住まう惑星上の大半をもその影響下に置いた、世界の支配者。天上に君臨する神こそ死んだが、遺されたシステムさえ動けば不完全ながら代行は出来る。どれほど劣化した拙いものでも、維持が叶う。世界の維持が。
実相世界を支える神秘を含んだ物理法則、神の奇跡。
――聖書神話の核たる『システム』。
これの維持と稼動には力を要する。つまり信仰の維持とは世界の維持に繋がっているのだ。足りなくなれば、当然止まる。あるいは誤作動を起こすだろう。
余りにも増え過ぎ、広がり過ぎた人々の信仰が揺らげば、供給されるエネルギーが急激に減少したシステムは動きを止めて、やもすれば惑星そのものが物理的に崩れ出す恐れすらあった。
それを嘘や冗談とは言い切れない。聖書の神話の版図とは、それ程までに致命的な規模と影響力を誇る。誇っていたのだ。
だが、それは困る。星もそうだが、其処に生きる人類種族の絶滅は、あらゆる超常の存在にとっての損失だ。それこそ、人類の消滅が各神話の消滅に繋がったとしても、なんらおかしな事ではないほどに。
だからこそ天界のみならず、冥界に住まう二勢力も、その他神話体系さえも、おぞましいほどに偉大過ぎる聖書の神の死を、隠蔽したのだ。
全ては今在る世界を維持するために。――己自身が、生き延びるために。
「神の死に関しては、貴方方も御存知の通りですが――」
熾天使がその言葉を吐き出す直前に、ジョンが彼の顔面を殴りつけようと拳を握った。
が、先の邂逅時の暴挙を知るアーシアが止めた。止めてしまった。
もう一度同じ事があったら自分が止めよう、などと優しい彼女は決意しており。それゆえに、物の見事にジョンの動きを制止し得、少年は熾天使の口を封じる事に失敗したのだ。
「かみの、……死?」
傍らからジョンの腕に飛び付いたアーシアが、途切れ途切れに呟いた。
何を言っているのか分からない。音が頭蓋の内を反響し、それでも理解が追い付かない。
腕ごと捕まえられている少年が顔を青くした。彼女を傷つける事が出来ないからと、ミカエルを黙らせる動きが鈍った事が口惜しい。だから言わせてしまった。
聞かせてしまった。
「おや。まさか、貴女は」
分かり易く驚いた顔を見せる熾天使が、次いで罪悪感に塗れた表情を作った。
黙れ、と怒鳴りつけてジョンが少女の顔を覗く。
その顔色は、今の彼以上に分かり易いくらい、真っ青だ。
「ジョンさん、いま、あの、今の。わたっ、わたし」
アーシアが訊ねるが、答えはない。否、質問自体が形にならない。
彼女は聖書の神の死を知らなかった。――ジョンが教えなかったからだ。
別に知らなくたって彼女の人生は変わらない。知ってしまえば傷付くだろう。だから、今でも日々の祈りを欠かさない敬虔な一信徒に敢えて知らせず、今日まで来たのだ。
傷付いて欲しくなかったから。
それは確かに彼女への気遣いだったが、同時に、真実から遠ざける意地の悪い遣り方でもある。知らない方が幸せだという意見も、傷付いてでも知るべき真実も、善悪はともかくとして、考え自体は人それぞれ。そしてジョンは選んだ。選んだ上で一方的に押し付けて、まさに今、失敗という結果を得たのだ。
結局彼女は知ってしまった。それも、真実を知る経緯としては割と最悪に近い、奇襲染みた発言によって。
アーシアの視界。少年の苦しげな顔を見れば、嘘でない事はすぐに分かった。
そもそもそれを言った相手は熾天使なのだ。翼を仕舞っていてさえ感じる神々しさも、当人の自己申告も、グレモリー家所有のマンションへの立ち入り許可証も、彼の尊い立場を証明している。
果たして熾天使が、最も偉大な天使の一人が、いと高き主の不在を他者に騙るだろうか。
ああ、と喘ぐように少女が呟く。
神は死んだのだ。
己の仕える主は、居なかったのだ。
それを理解して。アーシア・アルジェントは打ちのめされたように気を失った。
□
「……彼女の事は申し訳ありません。私の配慮が足りませんでした」
――気持ち悪い。
絵に描いたような善人面で、熾天使ミカエルが只の人間に謝っている。
それが酷く、不愉快だった。
今までも、こんな優しそうな顔で一勢力の長として天上に君臨し続けていたのかと思うと、込み上げる不快感から怒鳴りつけてしまいそうだ。玄関先でも瓶ではなくて、中身をぶつけるべきだった。種族の特性上有り得ない事だが、それで浄化されれば溜飲も下がる。
大きく、これ見よがしに溜息を吐いた。
教会を追い出された事、神の死を隠蔽して信徒を集め、今も働かせ続けている事。それを思えば強い怒りが湧いてくる。居もしない
上には上の都合があるのだろうが、下にも下の感情があるのだ。
捨てられた身分で、裏切られた身の上で、不利益を被った立場で、傷付けられた側に立つジョンの主観からすれば、天界側の最上位者であるミカエルを好意的に見るのは難し過ぎた。
初対面時に聖水瓶を投げた事も、そうだ。
善であるとされる天使の長が、天界、あるいは麾下にある教会の不備で異端とされた元信徒に対して、手荒な真似はしないだろう。――そういう俗な計算も確かにあったが、行動の理由は結局の所、ジョン個人の悪感情だ。人生全てを台無しにされた、怒り。
手が滑ったなんて言い訳、当人も相手も信じていない。つまらない挑発、あるいは迂遠な罵倒の言葉。それで少しでも気分を害してやれれば胸も透く、と考えた上での事だった。
それで仮に反撃されれば容易く消し飛ばされてしまうのに、感情のまま、彼は我慢する事なんて考え付きもしなかった。そういう、自分勝手な行動だった。
膝の上で眠るアーシアの頬を、微かにくすぐる。
くすぐったのに、反応は無い。随分と深く眠っているようだ。そうさせた熾天使相手に舌打ちをしたくなる。原因が自分にもあると知ってはいても、嫌いな相手はより強く罵倒したくなるものだ。
頭が回らない。胃がムカムカする。腹の中で物理的な何かが渦巻いているかのようだった。
「今日は貴方方に、教会に戻るつもりが有るかどうかを訊ねる為に来たのですが……」
お断りだ、と吐き捨てる。口調を整えるだけの自制も出来ない。まるで小さな子供のように。
そして手厳しい言葉をぶつけられたミカエルは、本当に悲しそうな顔で謝りながら微笑むのだ。
良い子ぶってんじゃねえ、と言いたくなる。それくらい、綺麗だった。綺麗過ぎた。
光力を発しているわけでもないのに、どこか輝くような風貌。善意の体現と言えるだろう、中身の無い暴言の一つ一つにさえ余さず対応する姿。ああ天使さまだな、と皮肉を篭めて胸中で呟く。
まるで人形。そう振舞うように設計された、ロボットのようだ。
それほどまでに理想的な善の振る舞い、に見える。無論、それは天使を罵倒するためのジョンの勝手な言い掛かりだが。
「彼女にも、貴方にも。我々の都合で本当に申し訳無い事をしてしまいました」
悔いるように、ではなく真実悔いているミカエルがそう言った。立場ゆえに、頭だけは下げられなかったが。
天界の維持、勢力の維持、システムの維持、神話体系の維持。天使長ミカエルの背負う責任は、大き過ぎるほどに大きなものだ。共に背負う者は他の四大熾天使を始めとして多々居るが、それでも頂点は彼である。
今日まで重責に潰されきっていない事が不思議なくらいに、過ぎ行く日々の全てが苦しい。
本来は神が背負うものなのだから天使如きが耐えられないのは当然だったが、それでも必死に勤めてきたのだ。神が死んで以降の、千年間。
ミカエルは天使だ。神に仕えるものなのだ。そう創られて、生きていた。
神の代わりなんて、出来るわけがないし、したくもない。
力があっても、システムの管理者権限があっても、己の不足ばかりが目についた。
出来ない事は当然だ。だって、彼は決してそういう用途で生まれてきたわけでは無いのだから。
考える事も、決定する事も、裁く事も。彼本来の役割ではない。それらは全て、かつては神が成していた事。神の使い、天使達の長に過ぎないミカエルの職分の外にある。だから上手く行かない、失敗する。
手が届かなかった。良い方策が思いつかなかった。幾度も切り捨て取りこぼし続けて、それでも残ったものを必死にかき集めては、僅かな成功に安堵する。その繰り返し。
命令通りに動いていられた過去の自分が羨ましい。天使達の纏め役程度ならともかくとして、下に居る人間達を含めた一勢力の長なんて立場、向いていない事を自分が一番よく知っているのだ。
今、三大勢力の平和的関係構築に向けた動きがある。
思い返せば、あれから千年の時が経った。長い、長い千年だった。
千年かけて、やっと、前へ進むための準備が整った。
木場祐斗の至った禁手【双覇の聖魔剣】を始めとした、システムの齎す不備の確認。何時崩壊するかも分からない世界の中心で、神経をすり減らしながら、ようやく一応の結論を得たのだ。
神は無くとも世界は回る。
星は崩れない。物理法則は変わらずあった。命あるものは生きている。
聖魔のバランスの不均衡と、神の不在によるシステム運用の不足はあったが、今日も明日も世界は続く。その結論を出すためだけに、千年もかけた。
今の時代になって、ようやく天界勢力は、ミカエルを始めとした天使達は、神の死したあの瞬間から脱しようと、未来に目を向けられるようになったのだ。
なんて遅い親離れ。これでは腐れ縁のアザゼルに笑われてしまう。
「そういえば、飲み物も何もありませんね」
「聖水でも飲んでろ」
何を言っても睨まれる、話題に困った熾天使が、ふとそんな事を口にした。
決して自分が欲しいというわけではなくて、対面の少年を気遣った善意の言葉だ。
それへの返答は、どん、とテーブルの上に置かれた聖水瓶。玄関先でミカエルが拾った奴だろう、土埃が付いているのがよく見えた。
ありがとうございます、と微笑む熾天使。その内心は、実は結構傷付いていた。
目の前に居るのは被害者だ。至らない自分、不相応な天界の長が手を差し伸べられずに切り捨てた相手、その一人。多少手酷く扱われた程度で、嫌うわけがない。怒りも湧かない。むしろ責任ある立場として、望んで負の感情の捌け口になろうとさえ考えていた。
だから、やはり彼は笑う。少年の行いを受け入れる、己の気持ちを表すように。
へらへら笑ってんじゃねえぞ、とか思われているなんて気付きもしないし、気付いても変わらず、完全に逆効果な精一杯の誠意を持って。ミカエルの管理するシステムの加護を受ける信徒に対し、優しく微笑みながらほぼ一方通行の会話を続けた。
この後は、先日教会を出たばかりの聖剣使い二名への勧誘。そして夕方になれば、当代の赤龍帝に対して聖剣片手に媚を売る仕事が待っている。
本来ならば他に適任が居るだろうに、忙しい予定の合間を縫って、此処に来ていた。
仕事。仕事。仕事。重責。物言わぬ神の遺品を相手に、システムの不調を取り返す作業。天使達への指示出し、教会からの報告に目を通して、悪魔と堕天使との予定の調整、根回し色々。実に忙しい。目が回る。
だからこれは、息抜きなのだ。決してそうは見えないだろうが、ミカエルは今のこの時間を楽しく思えた。
ジョン・オーリッシュは、システムが司る奇跡の加護を受けている。自分が管理するシステムの、加護を。
教会のそれではなくシステム側の、彼の信徒としての履歴を見ればはっきり分かる。一時祈る事をやめてしまった彼が、先日、コカビエルの一件から再び祈りを捧げ始めた事が。
異端追放の件から神への信仰を捨てた少年が、今は真実を知った上で、信徒としての道を歩いている。それは神の不在という絶望を乗り越えた事の証明だ。
天界の長は、乗り越える事が出来なかった者達を知っている。人に限らず、天使さえもが、数多く堕天し己の指揮下を立ち去った。
だから、ミカエルは少年の事を評価していた。彼に対する好意と尊敬があった。あからさまに嫌われているのは悲しい事だが、出来れば、自分の下で共に未来の為に働いてくれれば、などと考えてもいる。
絶対に叶わない希望を思い描いて、熾天使は聖水の瓶に口を付けた。そうして再び語りかけては、無下にされて密かに落ち込む。飽きる事無く繰り返し、根気強く話をしていた。
幼子のそれに似た、酷く分かり易い敵意と悪意をぶつけられながら時間まで、ずっと。
反抗期の子供を持つ父親のように、困り果てながらも微笑んでいた。
□
ミカエルが帰って、玄関先に塩を撒いて、眠るアーシアの傍に付き添って。
夕日が差し込む時間になって、ようやく少女が目を覚ました。
だというのに、今のジョンは家の外で立ち尽くすだけ。
――少しだけ、落ち着くための時間を下さい、と彼女は言った。
だから抱き締める事もキスをする事もせず、少年は少女の部屋から背を向けた。
居た堪れなくって家からも出て、玄関扉に背を預け、ずるずると腰を落として座り込む。何時かのアーシアがそうしたように。
自分は間違っていたのだろうか。
マンションの廊下で俯いたまま、溜息を零して考える。
過保護だったのか。彼女の気持ちを蔑ろにしていたのか。今になって、アーシアに神の死を伏せた自分の選択を後悔している。
答えは出ない。それでも何度も考えている。何度も何度も考えている。
今更正解を知っても仕方がないのに、未練がましく うじうじと。
「――ジョン?」
名前を呼ばれて、顔を上げる。
其処に居たのは見慣れた少女。
紫藤イリナが、彼の目の前に立っていた。
□
少女の右手が、下着の中で蠢いている。
ジョンのものより細い指、それが熱く膨らむ彼の陰茎をまさぐっていた。
熱い。熱い。熱い。そして少しだけ、冷たい。
下着の中に篭った熱気が、僅かな隙間から漏れていく。なのに体温は徐々に上がって、汗は次々吹き出すばかり。唯一、男性器を弄る少女の手だけが僅かに冷たく感じられ、指先で柔らかい棒状のソレを撫で回しては刺激を与える。
「イリ、ナ……っ」
駄目だ、と言った。
言えば、今も彼の股間を愛撫している栗毛の少女が、悲しそうな顔で彼を見るのだ。
「嫌なの?」
嫌か、と聞かれれば分からなくなる。そうして悩む間も、陰茎を直接摩る手の平の動きが止まらない。ふよふよと弄ばれる小さな袋も、棒の表面に浮き上がる血管のラインも、好き放題に
愛撫されていた。
その度に言葉が喉に詰まる。胸が苦しくて、アーシアの顔が何度も浮かぶ。
「いや? ……ねえジョン、私じゃ、駄目?」
媚びるような声だった。けれど同時に、泣き出しそうな、物言いだった。
狭苦しい下着の中で、棒の根元から先端までを何度も上下に摩って少女が訊ねる。
イリナの吐息が少年の首筋に当たっていたが、生温かく感じるそれに嫌悪の情を抱けない。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
先日の紫藤トウジの訪問。朝方の熾天使ミカエルの訪問。アーシアからの、小さな拒絶。
そして今、数年来の友人が己を寝台の上に押し倒し、甘く囁きながらその手で男性器を扱いている。気持ちが良いのに、嬉しくない。
わけが分からなかった。泣きたくなるくらいに意味不明だった。
彼にとっての紫藤イリナは、そういう対象ではない。ただの仲の良い友人なのに。
彼女はアーシアではないのに、齎される快楽が彼の
仰向けになった少年の胸板。上から覆い被さる少女の乳房が、サマーセーター越しの柔らかい肉を押し付けて、その身を揺する度に少年の性欲を刺激した。
セーターの裾に隠れてろくに見えないショートパンツ、そこから伸びた健康的な少女の素足が少年のものに擦り付けられて、その度にひくひくと太腿が震える。厚い布地越しでも、彼女のそれがすべすべとして、実に気持ち良い事が伝わってきたから。
だめだ、駄目だ、駄目だ。と何度も繰り返す。
どうして、と友人に向かって問い掛けた。
好きだと言ってくれた少女の顔が、イリナを言葉で拒絶する度に、頭の中に過ぎって消える。
肩に手を置いて、軽く押す。それ以上の抵抗は出来なかった。
「ジョン。わたし、わたしね――」
だって、イリナが泣いている。
「あなたのこと、好きよ」
大切な人が泣いている。
ジョン・オーリッシュにとって、世界でたった三人しか居ない、大切な相手が。
命の危機があると知っていても、堕天使の幹部格が相手だとしても立ち向かえてしまう程度には、大切な人が。今、目の前で泣いている。
その理由が、彼には全く分からない。
必死に歯を食い縛った。そこまでが彼の限界だ。
駄目だ、と口で制止するのが精一杯。力尽くで押し退けるなんて不可能だった。
泣いている彼女を更に泣かせるかもしれない事を、少年は絶対にしたくない。かつて何度も彼女を蔑ろにした事への後悔もあったが、身勝手な庇護欲で好きな女の子を傷付けた直後だからこそ、尚更に。彼の心は衝突に怯えて動けない。
戦う事も殺す事も慣れてはいるが、彼の心は人間として未熟が過ぎる。恋愛と友情の区別が付かないゼノヴィアとだって大差無い。戦術的な思考と異なり心の形は子供のままだ。性欲だって、今はともかく最初の内は、ひたすらに感情を発散するための手段の一つに過ぎなかった。
だから無理だ。拒めない。それが出来るほど彼の心は強くはないし、大人でもなかった。
そうしている内に唇が重なる。
アーシアのものより、少しだけ湿り気が強いような、そんな気がした。
比べる事に意味は無いのに、追い詰められた思考の片隅が勝手にそんな事を考えている。
押し付けられる少女の唇が、何度も食むように少年のそれを啄ばんだ。
唇だけで味わうように、憶えさせるように、何度でも。その最中に彼女の右手が一時止まって、股間から湧き出してくる快楽が、少しずつだけど冷めていく。
彼の手はイリナの肩に添えられたままで、見る者が見れば、合意の上で行為に耽っているようにも見える。抵抗していない時点である意味間違ってはいないのだが、少年は未だ何も出来ずに固まっていた。
荒い息と共に少女の側が身を起こす。右手は未だ下着の中だ。イリナの手の平が汗とそれ以外で湿って熱い。
潤んだ紫の瞳が見下ろして、見上げる視線と焦点を合わせた。
「昨日、聞こえてた」
イリナが言うが、何の事だか分からない。
僅かに考え込んだ内に、再度右手が彼の陰茎を刺激しだした。小さく呻いて反応すると、少女の両目が薄っすら笑う。
それはひどく、嬉しそうに。
「――あの子と、えっちな事してたでしょ」
言われた言葉に驚きを覚えたが、衣類の擦れる音が聞こえるほどに激しくなった右手の動きで何も言えない。放置されて徐々に萎え始めていた陰茎が、再度血を集めて膨れ上がった。
痛いくらいの刺激であるのに、倒錯した状況が彼の本能を刺激する。気持ちが良い、と脳味噌のどこかが訴えていた。
上半身だけを起こしたイリナは、荒い息のまま言葉を続ける。
「ねえ、私じゃ駄目? わたし、けっこう、……おっぱいあるんだよ? あの子よりきっと」
言って、もう一度覆い被さると頬を寄せた。
顔同士が触れ合う事で、彼の背筋がぞくりと震える。
身体に当たった乳房が潰れて、その感触がはっきり分かる。上の下着を着けていないと、今更になって彼も気付いた。ふわりと下りてくる栗毛の先が、ずっと嗅いでいたくなるような少女の香りを鼻腔に届ける。
彼も彼女も、息が荒い。下着の中で限界まで膨れ上がった彼のモノが、先走りで少女の右手を汚してびくびく震える。
いりな。いりな、いりな、いりな。懇願するような声音で言った。やめて欲しいと口にする。
上り詰めるような快楽で、心の中のアーシアの顔が曖昧になっていく。駄目だ、嫌だ、と声にならずに胸中で叫んで、なのにやっぱり、決定的な拒絶は出来ないままで。
彼は精液を吐き出した。
少女の手指に白濁が跳ねる。下着の内側に飛び出した精液が、すぐさま布地に打ち当たり、窮屈な空間を臭い匂いで一杯にした。
好いた異性への手淫という、初めての体験にイリナは目を見開いてじっと見ている。
見るべきものは右手の先では無い。雄の快感に高潮した頬を見せる少年の、快楽に潤んだ瞳と打ち震える表情だけをずっと見ていた。
「きもち良かった?」
問われても、彼は答えない。答えられないし答えたくない。
何か、とても酷い裏切りを働いてしまった気がする。よく分かってもいないくせに、そう感じる。
心の内に金色の少女を思い描きながら。子供のように未熟で、歪な心を持った少年が声も出せずに泣いていた。
それを、そっとイリナが抱き締めた。頬に唇を寄せて、何度も優しく擦り付ける。動物が親に甘えるように。あるいは匂いを擦り付け、己の印を残すかのように。
下着の内から引き抜いた右手を、顔の前へと持ち上げた。
鼻から深く息を吸って、口から吐き出す。
「
嬲るような台詞とは裏腹に。
言った少女は、酷く嬉しそうに微笑んでいた。
淫らに。艶やかに。男を知った女のように。紫藤イリナは彼を見下ろし微笑んでいた。
少年の衣服を割り開き、かちかちとベルトの音が鳴る。
晒される下着と男の身体。汚れた右手で、手ずから彼の下着を引き下ろした。されるがままの少年は、どうすれば良いのか分からない。何を間違ったのかも分からない。ただ友人を見上げて、辛そうな顔で抵抗しない。
少女が己の下着を下ろし、細く透明な糸を引く。
歯車のズレる、音がした。
トップに向かない穴埋め人事の現社長ミカエルさんと、逆レイパーイリナちゃんの話。
ここまでキャラを歪めた上で色々積み重ねれば逆レイプを敢行しても異常ではない、筈です。
システムって何だ(哲学)。
天界の事情、システムが惑星の成り立ちや他神話にまで大きく影響する点に関しては捏造です。