一万文字超。
「ん……。まだいけるわよね、ジョン?」
常のツインテールを解き、栗毛を真っ直ぐに下ろしたイリナが囁く。
さらりと流れる彼女の毛先が、少年の胸板を擽った。情事の臭いと、彼女の匂いが鼻腔を擽る。
その身を起こせば肌触りの良い毛布が落ちて、少女の真っ白な裸体が見える。
寝台の上に寝転がった少年の上、覆い被さるようなイリナの肢体。剥きだしの乳房が重力に従い形を変えて、樹木にぶら下がる果実のように、ふるふると揺れて実に美味しそうに輝いていた。
脇腹、腰のくびれ、丸みのある部分から太腿へ、影になりながらも綺麗に見えた。身体のラインの中央辺りに、つい先程まで少年のモノが入り込んでいた、大事な場所までくっきりと。
間近で揺れる、魅惑の果実。少女の乳房。思わず舌を伸ばせば、丁度口元に当たるようにと、少女が己の身体を動かして、先端の小さな突起が彼の口へと咥え込まれた。そのまま、赤ん坊のように乳を吸う。
直に吸われている少女の顔が、気持ち良さそうに蕩けて笑う。女の顔だ。
何処ぞの魔女には僅かばかり難しい、豊かな乳房を吸わせる快楽、優越感。それがイリナの口元を緩ませ、更に、想い人に乳房を吸わせている悦びで、股座から先ほど注いで貰ったばかりの精液と共に、新たに分泌された愛液が落ちた。
裸の足を毛布の中で組み替えて、少年の股間、一戦終えたばかりで勃ちの鈍い肉棒に触れる。
胸を吸わせながら、膝で優しく、その部分を愛撫する。
やがてモノが膨らみ始めると、膝から太腿、もう一度動かし、脛と脹脛で刺激を与える。
少年の側からは、すべすべとした少女の生足の感触が感じられた。
そこにイリナの両手が加われば、口元と股間、その両方から性の快楽が押し寄せる。
指の腹で陰嚢を弄られ、やわやわとした刺激に思わず腰を捩った。膝裏に優しく挟んだ陰茎は、若い素肌に愛撫され、先走りの汁が漏れていく。漏れたそれらが動きの中で引き伸ばされると、あっと言う間にイリナの脚が汚れていった。
やがて完全に勃起したものを軽く握って、紫の瞳が淫靡に笑う。
「……あはっ。これなら、もう入るよね」
男女の混合液でぬるぬるになっていた陰裂は、何の抵抗も無く、彼の陰茎を飲み込んだ。
少女が腰を振れば、その度に柔らかな媚肉の群れが棒を舐める。初めての行為からそれなりの時が経ち、今やイリナの内側は立派に女になっていた。
性交に熱が入って、呼吸が乱れる。少年が息苦しくなって乳房を離せば、再度押し付けるために少女が動いた。
呼吸が辛い。口元に触れるものが柔らかい。下半身は温かくて、気持ちが良い。
伸びた少年の舌が乳首を舐めて、唇は強く啜って水音を鳴らす。そうして興奮を増していき、一際強く、腰を押し上げ打ちつけた。
「っ、ぅんン!」
強引なピストンに喘いだイリナを押し退けると、今度は少年の方が上になって腰を振り出す。
重力で僅かに潰れた乳房の形が、押し潰すような彼の手の平で更に撓んだ。そのまま、力強く肉を揉まれてまた喘ぐ。痛いのに、だからこそ求められている事が良く分かり、それが少女には嬉しかった。
「っ、っん、ぅぁ、ああっ」
叩き付ける。押し込んでいく。何度も何度も強引な抽挿が繰り返されて、組み敷かれた女体が動く。その度に、穿られているイリナの膣内が悲鳴を上げる。歓喜の悲鳴を。
両手で彼女の胸を掴むと、引いて押し込んで乳房が伸びた。その先端に口付けて、音が鳴るほど強く吸う。
それと同時に、射精した。
白く溶けていく思考の中で、揉み潰された乳房の肉が、指の隙間から溢れるように歪な形で膨らんでいた。
絶頂の最中の痛みで鳴いて、やがて力尽きたようにイリナが倒れる。
断続的な射精が止むと、事後のけだるい空気が流れた。
「ひぁ、は、あ、ふぅ、う……っ」
何時もよりずっと激しい行為の後だ、息も絶え絶えのイリナが虚ろな瞳でジョンを見上げた。
彼の些か乱暴な行為の理由も、彼女は当たり前に知っている。
先日の、ディオドラ・アスタロトによるアーシア・アルジェントへの求婚劇が原因だ。未だ、その時の気持ちが、ジョンの中では冷めてはいないのだろう。
目の前で行われた告白に対する紫藤イリナの感想は、酷く複雑なものだった。
まず第一に、あの魔女が、この少年以外からの求婚を受けるわけが無い、という確信。
そして、仮に、もしも、万が一、ジョン以外からの求婚を受けるような事があれば、絶対に許さない、という矛盾した思考。
――自分から奪った癖に、それを捨てるなど許せるわけが無い。捨てられるほど軽いものだなどと、言わせてはならない。
それは、間違いなくイリナ個人の身勝手な考えだろう。以前からずっと、自分とジョンの間を邪魔する敵だと罵っているくせに、いざ消えるとなれば腹を立てるのだから、矛盾しているにも程がある。
理性的ではない、感情だけが先行した、子供のような我儘だった。
その自覚はイリナにもあるが、それはそれとして気持ちは変わらず、腹が立つのは仕方ない。
魔女の追放に巻き込まれ、ジョンはあるべき筈の未来を失ったのだ。
魔女が居るからこそ、紫藤イリナは恋の自覚と失恋の痛みを同時に得たのだ。今は必死にしがみ付いているけれど、負けた事実は忘れていない。何時か絶対にアイツも同じ目に遭わせてやるのだ、と黒い決意を胸に抱いていた。
ふつふつと怒りが湧いてくる。
何故、自分があの女の事に思考を割かねばならないのか。何故、あの女が視界から消えてくれるかもしれないのに、それを心の底から喜べないのか。
結局の所、イリナは、ジョンの事が好きなだけなのだ。
好きな相手を奪われれば、憎みもしよう。大切な人を軽く扱われれば腹も立つ。それだけの事。
「――ジョンは、
問い掛ければ、快楽と疲労で惚けた視線がイリナを捉える。
それに、やっぱりなんでもない、と言葉をかぶせて誤魔化した。訊いたは良いが、答えなんて聞きたくない。
羨ましい。ああ羨ましい妬ましい。アーシア・アルジェントが羨ましい!
自分も、あんな弱々しい見た目の女の子であれば、ああやって奪い返して貰えたのだろうか。そんな思考がイリナの中で生まれて消える。
守って貰った事くらい、今までにも幾らだってあった。これはただ、対抗心を持っている相手の事だからこその、つまらない嫉妬と羨望だ。自分にも同じ事を、あるいはそれ以上の事をして欲しい、という乙女の欲だ。
「好きよ。ジョン、だいすき」
好意を口に出して嫉妬を誤魔化す。答えは聞かず、少年の身体を抱き締めながら囁いた。
数日後の、グレモリー対アスタロトのレーティングゲーム。
ディオドラ側が勝てばアーシアを貰う、などという勝手な約束を口にして、それが周囲に広がっている。
果たして、イリナはジョンに勝ってほしいのか。それとも負けて欲しいのか。
アーシアが彼の傍から消えてしまえば嬉しい筈なのに、どこか不快感が拭えなかった。
それは例えば、空気の読めない第三者に抱くような。無関係な筈の赤の他人が、自分達の問題に無許可で首を突っ込んできた時の、邪魔ものに対して向ける悪感情だった。
魔女を押し退けるのは、自分でありたい。
相手側の試合放棄による不完全燃焼な決着ではなく、疑いようの無い勝利が欲しい。
――イリナの方がずっとジョンの事を好きなのだと、アーシア・アルジェントに認めさせたい。
「ね。勝ってね、試合」
「……ん」
小さく答える少年の首を抱きすくめ、紫藤イリナは目蓋を閉じた。触れ合う体温が心地良い。
後の運びは彼女が考えるような事ではない。
好いた相手はきっと勝つ。無思慮無根拠にそう信じて、ただそれだけで満たされていた。
□
「こちらが、教会から貴方へ贈られる事となった聖剣エクスカリバーです」
魔王の代理だという銀髪のメイド、グレイフィア・ルキフグスが事も無げにそう言った。
ジョンの目の前には聖なるオーラを発する剣。
本来あるべき7つの内の過半を占める、『破壊』『擬態』『透明』『夢幻』『祝福』の総数5本を錬金術によって融合させた、聖剣7分の5カリバーが置かれていた。
その形状は、既に見知ったものではない。感じるオーラも同様に、ジョンが知るよりずっと強い。これでも未だ不完全だと言うのだから、かつてのコイツは一体どれ程のものだったのだろうか。
ジョンに付き添っている主のリアスが、メイドに対して困った顔で小さく尋ねる。
「私としても眷属への贈り物は嬉しいのだけど……、良いのかしら、これは?」
「――はい。先ほど教会とは申しましたが、実質的には天使長ミカエル様からの個人的な贈り物、という事になります」
ファッキューセラフ。
聖剣に驚いていたジョンの顔が、凄く嫌そうなものに変わった。常の無表情なんてどこにも無い。
エクスカリバーが手元にあるのは嬉しい事だ。喜ばしい事なのだ。だがだがしかし、それはそれとして、熾天使の名前など聞きたくなかった。拗ねた顔をして聖剣の柄を撫で回す。
教会側、というよりも天界としての目的自体は単純だ。
未だ和平を結んで日の浅い悪魔側との関係を、少しでも良くする為のもの。いわゆるプレゼント作戦というやつだ。
三大勢力間の技術交流、情報交換。ゆくゆくは若い人材の交換留学等、意識の融和を進める事で仲を深めていくつもりではある。だが、現状ではそれらを実行するための準備も根回しも全然足りない。細々としたもので精一杯だ。
それではいけない。未だ和平そのものに納得がいかない者達も居るのに、今、勢力同士の繋がりが揺らいでしまっては、これまでの全てが無駄になる。協力関係が揺らいでいる、と見做されるだけでも可能な限りに避けたい事だ。
早急に、体裁を整える必要があった。だからこその贈り物。それも、エクスカリバーという重要過ぎるほどに重要な、価値ある聖具を贈るのだ。それだけの固い決意と紐帯があるのだと、内外に喧伝するために。
もとより、扱うのに特別な才を必要とするのが聖剣という武器なのだ。
人工の聖剣使いを生み出す事は可能だが、少量の因子のみを取り出す劣化『聖剣計画』では、その誕生にだって時間がかかる。以前より、デュランダル使いに『破壊の聖剣』を預けるなどという数的余裕が出来てしまうくらいに、聖剣使いは数が居ない。
ならば所有者の所属にこだわる必要だって、無い。
贈る相手がジョン・オーリッシュ、天使長が個人的に目を掛けている相手だという私情とて、実はこっそり混じっていた。
神の死を知り、その果てに信仰を取り戻した敬虔な信徒。
悪魔へと転生してもなお、未だ祈りを捧げる姿勢。それさえも、システムを管理するミカエルにとっては既知の事実なのである。痛みを耐えて祈りを欠かさぬ彼の信仰、これには日々を忙しく過ごす天使長もニッコリ笑顔で喜んでいた。
何かを、してあげたくなる。しかし互いの立場を考えれば、してはならない。だが、いや、しかし――。
悩んでいた最中に訪れた機会、今回の話は渡りに船である、と件の熾天使は考えていた。
要するに、贔屓である。
悪魔側との友好関係強化を名目に、どうせエクスカリバー使いなんてそうは居ないのだからと言い訳し、個人的に注目しているのに何もしてあげられなかった少年に向けて、とびきり価値のあるプレゼントを贈る。
――どう考えても贔屓である。千年前なら堕天していたくらいに、甘さの過ぎる扱いだった。
嫌われているのは知っているし、仕事が忙しく、立場上直接出向く事が叶わないからと、魔王伝いに聖剣を贈る。まるで反抗期の子供を持ったバカ親の如き、迂遠でありながらも無駄に豪勢な所業だが、ミカエルは何時だって大真面目だ。大真面目に、今回エクスカリバーを利用した。
一応、他の教会追放組に対しても、無視しているというわけではない。
アーシアとゼノヴィアは、ジョンと同じグレモリー眷属であるがゆえに、聖剣の恩恵を受けられるので損は無い。反して、イリナはどうにも立ち位置が悪く、贈れるものが特に無い。7分の5カリバーから分け与えても良かったのだが、せっかくの融合聖剣、その名の持つ価値を落としたくない。関係強化という口実を無視するわけにもいかず、今回は申し訳ないが先送り、という結果と相成った。
以上。ジョンの知らない、クッソどうでもいい裏の事情というやつである。
「ファッキューセラフ」
「ちょっと、ジョン!?」
つい口に出してしまったジョンではあるが、エクスカリバー自体は大歓迎だ。
手を触れさせれば光が生じ、デュランダル並に大振りの西洋剣が、小さな指輪に形を変える。
実に不可思議な質量変化、『擬態の聖剣』の能力だ。間違い無く組み込まれている事を確かめて、他の4つも順番に試す。
ジョンは何時も通りの無表情だが、瞳の色だけは常よりずっと輝いている。これがあれば糸目の間男、ディオドラ・アスタロトもイチコロだ、と。
わざわざ聖剣を持ち運んでくれたグレイフィアに対して頭を上げる、ジョン・オーリッシュ。その旋毛を見下ろし たおやかに微笑む女悪魔、延いてはその主たる魔王サーゼクスにも思惑があった。
堕天使率いる『教会』との諍い、フェニックスとの婚約騒動は悪魔側の事情ゆえに省くが、続いて堕天使幹部コカビエルや、今回のディオドラの求婚話。
――実妹であり義妹である、リアスに襲い掛かる数々の変事。
眷属として迎え入れた赤龍帝の影響だろうか? あらゆるものを引き寄せるドラゴンの体質ゆえか、あるいは変わりつつある世界の流れの一端か。これから先、リアスとその周囲に、更なる災いが降りかからぬとも思えない。備えはあっても損は無かろう。
だからこその、エクスカリバーの受け入れと、一下級悪魔への下賜へと行き着く。悪魔だからこそ他に聖剣を扱える有為の人材が居ない、というのもあるのだが、人工聖剣使いのイリナではなくジョンが選ばれたのは、ソーナよりもリアスの方が、災難に縁があるからだ。
セラフォルーも妹のために聖剣を欲しがってはいたが、シトリー眷属のイリナには代わりを、アザゼルから渡すという事で決着がついた。決め手は【
要するに、贔屓である。天界も冥界も、どっちも贔屓ばかりだった。
それで世が上手く回るのならば構わないのだが、相も変わらず私情が入るトップ陣。何にせよ、この場で無邪気に喜ぶジョンにとっては酷くどうでも良い事だ。
手の中の聖剣を弄り回して、視線だけで小さく笑う。
子供のような、まさに子供らしいその姿。身内に甘いリアスは、ニコニコ笑顔で見守っていた。
□
――貴族のお坊ちゃんが、元人間の転生悪魔に懸想して、遂には決闘騒ぎにまで発展した。
グレモリーVSアスタロトの対戦カードは、つまりはそういう下世話な好奇心の結実であった。
この場合、最も注目されているのはディオドラだ。
純血の貴族、元72柱アスタロト家の次期当主。今年レーティングゲームのデビューを飾る、年若き男性悪魔。容姿と財力に恵まれた貴公子の、耳に楽しい恋愛事情。――人伝に聞く噂話程度でも、大衆の興味を惹くには十分過ぎるものだろう。
恋のお相手が教会出身の元聖女だ、などという情報も、つい先日まで敵対していた悪魔の常識で嫌悪されるどころか、逆に面白がって盛り上げる要素へと変わってしまう。
道ならぬ恋だ。教会を脱走した恋人同士に水を差す横恋慕。略奪愛。女を賭けての決闘騒ぎ。
デビュー戦の数日前からこのような盛り上がりをみせる周囲を余所に、当のディオドラはアーシアを手に入れた後の事で頭の中がいっぱいだった。
別に、彼が噂を煽ったわけでもない。式典会場であそこまで目立つ真似をしたのだから当然の結果ではあるが、他人の口の端に上るのも悪くないな、とちょっとした優越感に笑みを浮かべるだけで話は終わった。悪くないどころか、内心凄く喜んでいるのは内緒である。
「随分と機嫌が良さそうだな」
「――うん?」
己が眷属のものとは違う声を聞き、ディオドラが僅かに眉根を寄せた。が、すぐに戻る。
声を掛けてきたのが彼の知る相手だったからだ。
式典の日の夜に現れて、「協力がしたい」と殊勝にも頼み込んできたから手を借りてやっている、という程度の相手。便利ではあるが、興味は無い。彼にとって、敬虔な信徒の女を手折る以上の価値など、世界の何処にも存在しないのだから。使える内は、使ってやる。そんな傲慢な考えだけで手を組んでいた。
「ああ、君か。――ふふっ、手筈通りに頼むよ」
「勿論だとも、ディオドラ・アスタロト」
笑う悪魔と、笑わない人間。
各々、その行いの果てに何があるのかも知らないくせに、来る未来に向けて歩を進めていた。
そして戦いの幕が上がる。
□
――試合なんて、始まりもしなかった。
初手は濃霧。
紫色の不快な霧が、転移した先、レーティングゲームの試合場全域に立ち込めていた。
何が何だか分からない。
分からないまま、気付けばグレモリー眷族は霧に――【絶霧】に呑まれて攫われていた。
転移させられた先は、先程までと同じ試合場、その一角。位置だけが移動させられていた。
周囲の景観に然程の違いは無かったが、己の陣地に居る筈のアスタロト眷属が、目の前に立ち、彼等グレモリー眷属を嘲笑っていた。
「これは――!」
驚愕の声をリアスが上げるが、反応そのものが遅過ぎる。
一斉に襲い掛かってくる敵を前にして遅れて身構え、自分達の周囲からジョンとアーシア、二人の仲間が姿を消している事さえ分かっていない。辛うじて木場とゼノヴィアが目敏く気付くが、しかし、この状況では応戦以外の何も出来ないままだった。
一方、若手同士の試合を今か今かと楽しみにしていた貴賓席。
「申し訳ありませんが、少々席を外させて頂きます」
「――ふむ? 儂が行こうと思うとったんじゃがな」
「お゛、オーディン様!? 何を仰っているのですか!?」
ゲームフィールドには霧が満ち、此処貴賓席も侵入してきたテロリスト達に襲われている現状で。
黄金の翼を翻す熾天使が席を立ち、隻眼の老人が顎鬚を扱いて面白そうな笑みを浮かべた。
老人の傍らでは戦乙女が騒ぎ立てるが、誰もそれを咎める事はしない。耳を傾ける者さえ、一人たりとも居なかったので。
「駒王町の会談ではアザゼルが暴れていましたから、今度は私が。――構いませんね、魔王サーゼクス?」
問い掛けられた紅髪の魔王が、苦そうな顔で、辛うじて小さな笑みを浮かべた。
招いた立場で、せっかくの試合は邪魔されて、貴賓席への襲撃を許してしまい、果ては事態解決に賓客の御手を煩わせる。愛する妹とその眷属が事の渦中に居る事も合わせて、言葉に詰まっても仕方が無い。
問題が一度に起こり過ぎている。胃が痛い、という程度の心労では済まなかった。この件の補償を如何にするべきか、頭の片隅では為政者として最低限度の思考が回る。
「
「
彼の天使長に、個人的に気遣う相手が居る事は知っている。が、流石に、下級悪魔の身の安全のために天界の長が自ら動くというのは、魔王にとっても驚くに値する事実であった。
真顔で言い返す熾天使を目にして、客人の前でするべきではない程に大きな、本当に大きな溜息を吐いた。
既に己の『女王』であるグレイフィアは方々への指示のために席を外しており、魔王の胃を慰めてくれる者など誰も居ない。軽く頭を振って、それに釣られた紅色の長髪が僅かに揺れた。
「すぐに支援が向かう。程々で御願いするよ、天使長殿」
「ええ。――程々に、ですね」
笑う天使が莫大な光力を撃ち放ち、貴賓席の防護結界を一部撃ち破って身を躍らせた。
悪魔が招いた場での騒動に、天界の最高責任者を用いる。――改めて考えれば酷い話だった。問題にならないのか、と問われれば、問題になるだろう、と返すしかない。
だが、大義名分として対等な関係を築いている、天界の長が相手なのだ。北欧の主神を向かわせるよりは間違い無くマシだろう、と己を慰めて気を取り直す。
サーゼクスが、霧に包まれ内部を除けぬ試合場を、僅かに睨む。
不穏な霧だ。
あれが何なのかを、この場で答えは出せないが、どちらにしろ、事を行ったのは禍の団、という彼の予測はそう的外れなものではないだろう。
ディオドラ・アスタロトには特に不審な点も見い出せず、試合に際して、常通りの安全対策以上のものはしていなかった。この状況は、悪魔側が完全に後手に回った形だ。
「リアス……」
小さく呟き、興味深そうな顔で消えたミカエルの背を探すオーディンと、その周囲の他の賓客達の安全のために、彼もまた彼なりの、立場に見合った責務を果たすために立ち上がった。
□
「ディオドラさん、知ってますか。わたし、魔女なんですよ」
少女が聞かされたのは、魔女アーシア・アルジェント追放の真実。
――怪我をした可哀想な悪魔なんて、最初から何処にも居なかった。
騙して神器を使わせて。教会から追放させて。『教会』によって保護させて。彼の計画では、堕天使に殺された後に、優しい作り笑顔で拾い上げるつもりだったのだ。
嗤って種明かしをする悪い悪魔に、アーシアは微笑んで言葉を返す。
「だから。それくらい、へっちゃらです」
というのは半分嘘で、実はこっそり強がりだった。
騙されていた事に対して胸が痛む。けれど、結果として今の彼女は幸せで。ゆえにこそ、むしろ教会を出る切っ掛けとなったディオドラに対しては、感謝の気持ちを向けても良い。
何も知らず、ゆえに綺麗な心のままで、皆に聖女と持て囃されていた少女は、何時しか汚れて成長していた。まだまだ子供の内には入るが、それもきっと、時間と共に変わっていく。変えられていく。
彼女は愚かだ。
最近は要らぬ知識ばかりが増えてはいるが、その本質は未だ変わり果ててはいない。
困っているから。苦しんでいるから。怪我をしているから、だから癒した。ただそれだけだ。それ以上の難しい理屈なんて、馬鹿なアーシアには分からないだろう。
今、あの日の真実を知ってしまって。けれどこれから先、同じような光景を目にしたとする。その時 彼女は、きっとまた、相手を助けようとするだろう。
だから。そう。
つまり。
あの時の行いに対する後悔なんて、彼女の中には一つも無いのだ。きっとまた、何度だって間違える。喜び勇んで、信徒のくせに悪魔を癒すような悪い行いを重ねるだろう。
――そんなどうしようもなく頭の悪い魔女だから、今の彼女は幸せなのだ。
そう告げる彼女の身体が、実は小さく震えていても。その気持ちだけは、嘘じゃなかった。
「あ゛あ、――っ!」
ディドラが呻いた。大きく、空を仰ぐように声を上げる。
再び下ろした視線の先には、変わらぬアーシアの姿があった。
あの頃と同じ翠の視線で、まっすぐに悪魔であるディオドラの顔を見つめてくれている。
実に。実に、実に、実にっ! ――圧し折ってやりたくなる顔をしている。
ディオドラの顔が大きく歪む。口の端に引き裂くような笑みを浮かべた。
彼女を堕とすには言葉じゃ足りない。無理矢理押し付けた過去の境遇にも、不幸が少しばかり足りていなかったようだ。ならば、力で手折るのが常道だろう。今までもそうやって、愉しんできた。沢山の女達を、出会った数と同じ分だけ踏み躙って此処まで来たのだ。
うひ、と嗤う。卑しい雄の、笑みだった。
震える聖女の姿がよく見える。確かにその心に後悔は無いのだろう。だが、それは今この場で感じる恐怖とは全く別だ。捕らえられた状況で、逃げ出す事の叶わない身で、一体どこまで彼女の心が耐え切れるのか、それを確かめたくて仕方ない。
「これはっ、かなり滾ってきたなあ! 最っ高だよアーシア!! さあっ、今すぐ僕と――」
「――うるせえ死ね」
頭上から落ちてきた聖剣の一閃で、少女へ伸ばすディオドラの片腕が斬り落とされた。
「あっ。ぇわ――?」
目の前で塵と化して消えていく、右前腕部。
聖剣のオーラに炙られて消滅する、己が肉体の一部を眺める視線が、ゆっくりと腕の切断面へと向けられる。
そこで、ようやく理解する。痛覚が働き、脳が認識して命令を下した。
絶叫。
叫びを上げる悪魔に向かって、更に光が閃いた。
逃走を防止するための両脚切断、翼は保留だ。ディオドラが絶叫しながら苦し紛れに放った、制御の拙い魔力攻撃に、聖剣が分厚い大盾に『擬態』して全てを防ぎ、攻撃が絶えた次の瞬間、盾の中央部から溶けていくように、大型の馬上槍と化して正面の胴体部を刺し貫いた。
「ぅギィ、――い゛っ!?」
爆発するように、身体の内側から聖剣の光が浸食する。
あっさりと胴体を貫通した『破壊』力に重ねるように、直接触れた事で『祝福』が発動、悪魔であるディオドラの力が聖なる祝福で弱体化していく。同時に、物理的にも崩れ始める。
槍が溶け、『擬態』の力で剣へと戻る。救助対象であるアーシアの下まで退り、追撃は控えた。
何時でも殺せる相手であるが、今は状況が悪かった。
「前座にもならなかったな。――ゲオルク。邪魔だ、
頭上に立ち込める霧が渦巻き、ディオドラを包んで、何処か遠くへ転移させた。
そして、代わりのように輝く槍を手にした男が現れる。
男が片手を振るうと、一本の剣が、聖剣を構えるジョンの眼前へと突き立った。
見覚えのある、形と波動。暫く振りに見る『天閃の聖剣』が、すぐ手の届く位置で輝いている。
「さあ、
禍の団英雄派リーダー、曹操が当たり前のようにそう告げた。
天閃の聖剣「やあ」
始まって即終わるディオドラ戦RTA、所要時間十秒以下。多分これが一番早(略)。
RTAというよりイベントムービーかもしれません。
本当は原作で影の薄いアスカロン先輩を主武装の無いオリ主に預けて活躍させる予定だったのですが、龍殺しの活躍する機会がシトリー戦での匙イジメくらいしか思い付かなかったので急遽エクスカリバー選手が登板しました。
さんきゅーアスカロン。ふぉーえばーアスカロン。