一万文字超。
※残酷な描写に御注意下さい。
聖剣エクスカリバー。
最も広く名を知られた、現存する伝説の一つ。かつて最強と謳われてさえいたのだが、今在るものは戦争で折れた彼の聖剣を再生利用した劣化品。四散した破片から生まれた七つ子だ。
各々異なる能力を有した劣化聖剣。
その中で最強である行方不明の『支配の聖剣』を除いた六つは全て、教会の各宗派ごとに二振りずつ保管されていた。
聖剣使いである紫藤イリナ、ゼノヴィア両名に預けられた『擬態』と『破壊』。
ジョン・オーリッシュが出奔に際して窃盗、及び持ち逃げした『祝福』と『天閃』。
そして残るカトリック、プロテスタントが各自保管していた『透明』と『夢幻』は、――強奪された。
結果だけを見ればジョンの持ち出した二種を合わせて、7分の4が盗まれている。過半の被害が出ているのだ。更に最強の『支配』も長らく行方不明とあっては、教会に残されたのは先の戦士達が有する二つのみ。主より賜った聖なるものの所有権を主張する教会の面子はボロボロだった。
堕天使組織『
教会からの聖剣強奪という、あからさまに派手な犯行を行ったコカビエル。此度の一件は他勢力への影響がとても大きく、複雑だった。
荒ぶる信徒達。幹部級が動いた事に事態を重く見る天界。堕天使側の突然の凶行に対する不審と、未だ天界側に対して何ら声明を発する事の無い不可解さ。此度の件が外に漏れた場合の、悪魔側が見せる今後の動き。そして三大勢力間の緊張状態に伴う、他神話体系の反応予測。
――ざっと考えるだけでも、問題の火種が多過ぎる。
千年続いた小康状態。決して良いとは言えないが、大戦中と比較すれば今の時代は平和そのもの。
それを、崩されるわけにはいかない。脅かされるなど、許せない。
これ以上、三竦みの状況を騒がせるわけにはいかなかった。
教会の威信に懸けて、必ずや聖剣を奪還せねばならない。だが、ならば如何なる人員をもって事を成すのか、という所で躓いた。
追跡術式の状態は良好だ。むしろ良好過ぎて、泳がされているという懸念が強い。
それに加えて、反応の出た座標が問題だった。
向かう先、二つの聖剣の予測到達地点は駒王町。
其処に現魔王の血縁者が複数居る事は、教会上層部にとって知るには容易い常識だ。もしも彼女等に一変事あれば、身内を害された魔王二人が何をするかと不安が生じる。
種族の長が情で判断を誤るとは思いたくないが、悪魔などという敵対種族をそう易々と信じる事も出来ない上に、仮に問題が起きた場合、堕天使幹部との相乗効果を起こして事態が悪化拡大する可能性が恐ろしかった。
ならば他勢力へ与える刺激を最小限度に抑えるために、広く名の知れた者達は送れない。
腰の引けた判断によって事態を収拾出来なくなってもいけないからこそ、実力も装備も相応に、且つ先の条件を踏まえた上で、現地に送る部隊規模は少数精鋭。それらに適した戦士を派遣し、堕天使コカビエルから二種の聖剣を取り返す。
端的に言おう。――そんな都合の良い人材は居ない。
ゆえに会議は盛大に踊った。
『教会最強のエクソシスト』や『ミスター・デュランダル』を送り込めれば確実なのだが、代わりに悪魔がいきり立つ。戦力としては非常に信頼出来る反面、他方面への影響力が強過ぎる。
とはいえ大戦以降 数が減りに減った天使勢を向かわせるのも、場所が場所ゆえに、魔王の血族やその周囲からの過剰反応が予測出来た。
結果として、派遣が決まったのは聖剣使い二名に加えて後方支援のエクソシストが極少数。
数日後、教会の戦士 紫藤イリナとゼノヴィアが、駒王町へと足を踏み入れた。
□
「イリナ。ほら、手を」
「ん、いい。私は平気よ、ゼノヴィア」
弾まぬ会話が少女達の間で交わされていた。
青髪に緑のメッシュを入れた外見の少女ゼノヴィアの気遣いを、栗毛の少女イリナが手を振って拒絶する。断りの際にも謝るように小さく笑みを浮かべていたが、それだって見るからに弱々しくて、本調子ではない様子。
支えるための手を伸ばしても、強がる彼女が取る事は無い。断られたゼノヴィアは不機嫌そうな顔を見せたが、それはむしろイリナを心配するがゆえのものだ。
ジョン・オーリッシュが姿を消して以来、紫藤イリナの様子は憔悴する一方。だというのに、実力自体は増している。
懊悩するだけの精神的、及び時間的余裕の大半を、彼女は戦士としての鍛錬に費やしているからだ。
身体を動かしていれば気も紛れるし、悩まない。何より戦士として他者の役には立てている。
顔色こそ悪いが、此処最近イリナが任された任務にしても、全て残らず及第点以上の評価を得ていた。だからこそ、今回の聖剣奪還も任されたのだが――。
その陰で、父親である紫藤トウジに頭を下げてまで今回の件に関わる機会を得ようとした事実を、友人のゼノヴィアだけは知っている。
ジョンの阿呆め、と胸中のみで呟いた。声に出さないのは、イリナに負担をかけない為だ。
彼が悪いかと言えば、言葉に詰まる。だが、今のイリナの変調は間違いなく奴が原因で。最後に顔を合わせた際の遣り取りだって、ゼノヴィアは彼女の口から聞いているのだ。
魔女の追放。巻き込まれた友人。聖剣の紛失と、直後の混乱。日々憔悴するイリナの姿。
まるで何処かの誰かが災厄の引き金を引いてしまったかのように、矢継ぎ早に事件が起こる。
彼を追放すると決めた教会の動きも、ゼノヴィアにとっては腹立たしい。
彼女にとっての彼は、イリナに引き合わされる事で友誼を結んだ異性の友人。自分と同じ、生まれながらの聖剣使い。聖剣を扱う訓練や、任務を共にした事とて多数ある。
イリナと並び、ゼノヴィアにとってはたった二人の大切な友達だ。
彼の生真面目な性格を知っている。日々の鍛錬に歯を食い縛りながら、弱音を吐かずに繰り返す姿に、強い信仰心と敬虔なる信徒としての振る舞いも。
――決して神の教えに背くような人間では、なかった。
だから当然、そんな相手が異端認定されるだなんて納得いかない話ではある、――が。
ずっと間近でイリナという大事な友人の苦しむ姿を見せられていれば、遠く離れた友に対して反発の一つも湧いてくる。どうせ逃げるなら事前に行き先くらいは言っておけっ、と空っぽになったジョンの自室で怒鳴ったものだ。
ふんふん鼻息を荒く吐き、殊更明るい声でゼノヴィアが言った。
「ほら、イリナ。そろそろキミの幼馴染という彼の家に着くのだろう? そんな顔ではせっかくの再会が台無しだぞ」
「ぁ、……うん。そうね。ありがとう、ゼノヴィア」
任務で訪れた土地ではあるが、幸か不幸か此処は紫藤イリナ生誕の地。
少しでも気を持ち直して欲しくて、「任務中だから」と言って幼馴染との数年振りの再会を渋る友人の背中を、気遣うゼノヴィアが押したのだ。これで元気になれれば良いが、と気を揉む友達思いの青髪少女。
その、視界の、中に。
紅髪の悪魔と連れ立って歩く兵藤一誠が通りかかった。
「すいません部長。部長に見合った御持て成しなんか、ウチじゃ全然用意出来なくて……」
「いいのよイッセー。元々わたしの方から無理を言って訪れたんだもの」
恋人同士、というほど甘い雰囲気はそこには無い。
だが、赤の他人と言えるような心の壁もまた、見えなかった。
先日行われたライザー・フェニックスとのレーティングゲーム。その最終局面において【赤龍帝の篭手】に封じられたドラゴンに右腕という対価を支払う事で、勝利に至る最後の一手を担った、リアスの『兵士』兵藤一誠。
己のために犠牲を払った少年の姿に、割と古臭い乙女思考を持つリアスはときめいた。
恋をしたと言うにはまだ早い。だけど確実に、彼女の中に炎が灯った。
今はまだ小さな種火だが、きっと大きく燃え上がる。そう思えるだけの、確かな熱が。
それゆえの恋愛攻勢。御宅訪問。
まずは彼の御家へ顔を出そう、という果断な選択。一誠が悪魔に転生した直後にも御邪魔したのだが、あれはまだ眷属として以上の好意がなかったからノーカンね、と謎の計算でリアスは兵藤邸へと遊びに来ていた。
今は丁度、その帰り際。
だから、これはただの偶然だ。
「あれは、どちらも悪魔か? 紅髪ならばこの地の管理者の」
「ぅ、ぐう――」
至極冷静に状況を見て取ったゼノヴィアと、対照的な少女の姿。
二人で連れ添う姿を目にしたイリナが口元を手で強く押さえて、――その場から逃げるように駆け出した。
一瞬だけ、ゼノヴィアが呆けた。その一瞬で、イリナが遠く駆け出すには充分だった。
何が理由で彼女の体調が悪化したのか。何故この状況で周囲の耳目も無視した上で走り出すのか。
紫藤イリナの幼馴染に関する情報をろくに持っていない彼女には、分からない。
それは大切な誰かが遠ざかる、という過去の体験の焼き直し。
一度目はこの町を離れる際の、まさに今目の前に居る一誠を相手に。
二度目は当然、突如姿を消したジョンとの間に。
そして三度目。
知っている筈の相手が、親しかった幼馴染が、手の届かない遠くに行く姿。知らない誰かと仲睦まじく過ごす光景。両者の距離は確かに近く、この場での部外者はイリナの方だ。きっと、今話しかけても届かない。
また、居なくなった。と心の何処かが誤解する。
緻密な論理は必要無い。彼女の精神がそう判断し、肉体がソレに答えただけだ。
込み上げる吐き気を押さえ付け、友人の事さえ見えなくなった彼女はただ一心に駆け出した。
今のイリナにとっての一番の恐怖。嫌なもの。嫌いな事。――寂しい、と心が言っている。
だから走った。居なくなる前に、自分で逃げた。
何処まで逃げれば
□
ざわざわと、多くの人達の声と雑音が耳に聞こえる。
先程までの住宅街から離れた何処か。随分遠くまで走ってきたのだな、と紫藤イリナの戦士の部分が冷静に言った。
今回の聖剣奪還で堕天使から『祝福の聖剣』を取り戻し、ジョンがあの聖剣を盗み出したという疑惑を晴らす。――それがイリナの秘めた目的である。
無論、教会から任された任務も大切だ。手を抜くつもりは微塵も無い。
三大勢力の泥沼の戦争を生き残ったほどの強者が相手なら、彼女が死ぬ危険性は高過ぎるほどに高かった。現に今回の任務に参加出来るようにと根回しを頼んだ父だって、娘であるイリナを心配して、何度も考え直す事を勧めてくれた。
「っハハ。そうだよね、任務中によけーな私情は、よくないよね!」
今ある全力で搾り出した大きな声が、盛大に空回って虚ろに響く。
良く目立つそれを聞き届けた繁華街の通行人は、白マント姿のおかしな少女に眉を顰めて距離を取る。足を止める者は居なかった。
泣き出す寸前の荒い呼吸で、イリナは必死に心を宥める。
根回しなんて、考えた事自体生まれて初めての事だった。頼んだ父は、娘がグレたのかと心底驚き泣いていた。いや、泣いたのは、間違いなく彼女の心を労わる為の道化た演技だろうが。
今の彼女は無理をしている。そして、それへの自覚はほとんど無い。
聖剣泥棒の疑いが晴れたからと言って、消えた友達が帰って来るわけでもないのに。
どうして、と不満や不安を誤魔化すために考える。
どうして己が独りであるのか。どうして彼が消えなければならなかったのか。
悪いのは教会だろうか。彼の生まれ持った神器だろうか。それともやっぱり――。
「見てくださいジョンさんっ。こんなに
「アーシア、今の発言もう一回」
「え? ……えっ???」
イリナの視線が、会話の発生源へとゆっくり向かう。
日本語ではない言葉の羅列。楽しそうにはしゃぐ、少女の声。
それに応えた、聞き覚えのある、聞き慣れていた筈の、――声。
ジョン、と小さく呟いた。
何も出来ずに、その場にそのまま立ち尽くす。
やがて見知った少年は所用が出来たのか、すぐに済むからと少女の傍を離れて消えた。
向かう先は立ち尽くすイリナの元、ではない。彼は彼女の存在に、気付いてさえいないらしい。
イリナとは無関係な場所へと入り、残された金色の髪の少女は本当に嬉しそうに、少年の背中を見送った。
それはまるで、恋人同士の逢瀬の情景。
「なにそれ」
冷えた声音が飛び出した。
誰が言ったものなのか、イリナには全く分からない。
彼女の視線の向かう先には、こちらもまた知った顔が立っている。
ジョンの失踪に際して調べた、魔女の顔。諸悪の根源。イリナの友人が教会を追い出された、そもそもの原因である筈の女。
少女の思考が先のものへと巻き戻る。心を誤魔化すためでなく、捌け口を定めるためだけに。
悪いのは、教会だろうか? ――思うところはあるが、保留。神の御心は計れない。
それとも彼の生まれ持った神器だろうか? ――主の与えたもうた奇跡が悪のわけも無い。
それともやっぱり。やっぱり。やっぱり? ――魔女アーシア・アルジェントのせいだろうか。
「其処に居たのかイリナ。まったく、突然私を置いて――」
鍛え上げられた両手が伸びた。
背後から掛けられた言葉を余所に、人外種族に比肩する戦士の両腕が魔女を捉える。
くあ、と締め上げた喉から音が零れた。酷く細い、鍛えた事も無い女の首だ。
翠色の視線が揺れて、睨み付けた彼女の顔を見上げている。伸ばされた魔女の指先がイリナの腕や身体に当たったが意味は無く、力の差は歴然だ。
教会の戦士として何年も修練を積んできたのだから、魔女の抵抗が実る事は無い。このまま力を篭めるだけで首を握り潰す事だって容易くて、だからイリナはそのまま――。
「あなたのっ、せぃでェッッッ!!!!!」
「やめろイリナ!!」
「――死ね」
最初にイリナ。掌中の獲物に対して限界寸前の心が叫んだ。
次にゼノヴィア。友人の行った突然の凶行に、大声を上げて手を伸ばす。
そして最後に、彼女等の友人ジョン・オーリッシュが吐き捨てた。
「ジョン、さっ。――駄、目」
か細く呼び掛けるアーシアの事しか見えないままで。神聖なる『祝福』の剣閃が抜き放たれた。
膨大な光力が弾け飛ぶ。
酷く甲高い非現実染みた衝突音が、繁華街の一角に響き渡った。
「何をッ!! ぇ、いや、そんなっ、――ジョン? 何故キミが」
「は? ……ゼノ助?」
亜空間から引き抜く動作そのままに振り切った、聖剣。断頭の刃は標的であるアーシア暴行犯の首に当たるよりも僅かに早く、加護を受けた身体能力の差によってほぼ完璧に受け止められていた。
太陽の如く強く輝く切っ先が、白布に包まれた『破壊の聖剣』に阻まれている。
その持ち主は当然、ゼノヴィア。教会の戦士であり、ジョンにとってもたった二人きりの友人枠に入る少女。
ならば防がれた聖剣が狙った先は――。
「イリナ?」
「……じょん?」
名前を呼んで、名前が返る。
今更になって、彼は下手人の正体に気が付いた。
かつてフリード相手に暴れ回った時と全く同じだ。アーシアに手を出された狂犬は、周りも見ずに凶器を振るう。相手が誰かなんて関係無しに。
だから今更。今更だ。余りに遅い。ようやく此処で、彼は友達の存在に気が付いた。
呆然とした瞳が、少年のそれを見つめ返している。
以前よりも窶れて見える、ツインテールの栗毛の少女。目の下の隈も、彼女の美少女面には全然全く似合っていない。ケアぐらいしろよ、と俗世に塗れた思考が過ぎる。
まるで幽鬼のような立ち姿とて、以前の彼女を知る彼から見れば異常であった。
更に言うまでも無い事ではあるが、伸ばされたイリナの両腕の先には。
「手を離せ」
意識せず、厳しい声を放った。
ジョンが言えば、弾かれるようにイリナが離す。殺意から解放されたアーシアは、くずおれるように少年の腕に抱き止められた。地にある土埃一つ触れる事無く、即座に。壊れ物を扱うかの如く、優しい仕草で。
イリナにとっての憎い相手を、イリナの友達が抱き締めていた。
「なんで」
少女の声が大きく震える。
なんで、どうして庇うのだろう。
思い返してみたが、分からない。確かにイリナのやった事は悪い事だ。だけど、相手は魔女で、それでも、仮にイリナが先の行動によってパパや教会やその他各関係機関から罰せられて、死刑とか追放とかそういう何かの対象になったとしてもそれはジョンには関わりの無い事の筈でいやでも友達だけど彼は魔女のせいで教会を出奔したのだから関係ないわけでも無くてだから抱き締めているのはどうして久しぶりに会った一誠くんは綺麗な人だったなあの紅髪のひと結局わたしは寂しかっただけで甘えるために一時的にでも重荷を投げ出すために苦しくて彼に会いたくなってそれはつまりただ利用するだけのひどく酷いあつかいで何時かの笑顔はとても嬉つまり私ってたぶんずっと前からジョンのこと、――どうしてじょんはソイツを抱き締めるの?
紫藤イリナは逃げ出した。
□
ごめんなさい、とアーシアが言う。何度も何度も。泣きじゃくりながら繰り返す。
何度宥めても止まらないから、焦れたジョンは彼女の唇をキスで塞いだ。
「っふ! ……ふん、ぅうっん」
両手首を捕まえて、顔と首の動きだけで口を封じてキープする。
塞いだのにまだ何か言っているから次は舌を捻じ込んで、彼女の舌から言葉を奪った。
繰り返される水音の中で、徐々に呻くような女声が失せていく。
だけど心はざわめくままだ。
――お前のせいだ、と少女が言った。
憎いのだと。嫌いだ、と。今此処に居るアーシア・アルジェントの存在そのものを否定していた。
解放された後、ジョンから説明を受けて得心する。
先の少女紫藤イリナの手元から、自分という魔女は友人一人を奪い去ったのだ。
平穏な生活で忘れていた。自分が、傷付けた側だという事を。
悪魔を癒した。神器が狂った。追放されて、巻き込んだ。ズレた彼女の価値観で見ても、彼だけは魔女の被害者なのに。
奪った癖に、親しく振舞う。キスをしている。何度も何度も触れ合った。そしてきっとこのまま時が過ぎれば、いずれアーシアは彼の手に抱かれる事になる。
女になる。愛される。
幸せに、なるのだ。
「そんなのっ、駄目、です」
許さない人が居る、と知ってしまった。だから少女は否定する。
不意に離れた口の端から弱音が漏れた。
うるさい、と言ってジョンが唇で声を奪う。それでも、少女の心は晴れないままだ。涙を流して止まらない。
手首を掴んでいた両手を離し、次は身体を抱き締めた。
衣服越しの背中を撫でて、今日のデートに備えて履いてきた精一杯のミニスカートの、滑らかな布地ごと尻を揉み上げて刺激を与える。閉じようとする細い両脚の間に己の膝を差し込んで、路地裏の壁と自身の身体でアーシアの全身を押し潰す。
口は互いに合わせたままで、呼吸も出来ないから鼻が鳴る。
くすぐったくて堪らない。互いが互いの鼻息を浴びせられているのだから当然だけど、もう、そんな事は気にならなかった。そんなものよりもずっと強く、少年は少女の事を欲しがっていた。誰に何を言われたとしても、彼の心は真っ直ぐだ。それが多少歪で傷があろうと。子供のように純粋だった。
胸板に押されて乳房が撓む。絡み合う足の間から、幾度も肌を擦るような音が漏れる。
離した口と口の間に、短く橋が架かって輝いた。
両手を離すと、壁に背を預けたままのアーシアがジョンの顔を黙って見上げる。その抵抗は、酷く弱い。
かちかちと僅かな金属音が鳴り、互いの腰の辺りで雄の象徴がぶるりと震える。
アーシアは、視線を絡めたまま下を見もせずに呟いた。
「わたし、魔女です。魔女ですよ、ジョンさん」
何をシようとしているかは分かっている。自分がそれを求めている事も同様に。
それでも訊ねた。
彼にとっての魔女であるのに、それでも本当に求めてくれるのか、と。泣きながら。
彼女の中に、栗毛の少女の顔がちらつく。なのに浅ましく欲しがっている。彼よりもきっと彼女の方が、ずっと激しく求めているのだ。
いけない事だと分かった上での、これが最後の抵抗だった。
「好きだ、アーシア」
少年が言った。
本当にそうなのかなんて知らない癖に。それでも素直に口が動いた。
恋愛感情なんて彼にとっては未知のもの。人として、あるいは友人として、好意を抱いた事はあっても異性を抱いた事は無い。信徒として生きていたからこそ縁遠く、戦士として沢山の汚い性のまぐわいを見てきたがゆえに忌避さえしていた。
狂ったのは、魔女のせいだ。
間違いなく、これは真っ当な恋愛観では無いのだろう。似たような境遇の者同士で肌をすり合わせ、傷を舐め合うが如き一面もある。互いの事情は二の次で、心の問題も未解決。
肉体的な欲求こそが先んじており、恋人だなんてとてもじゃないけど呼べはしない。
それでも、目の前の相手を欲しいと思う気持ちだけは確かにあった。手放したくない。抱き締めたい。それを好きだという言葉に変えて、今のアーシアを受容する。
口にしてなお彼には恋の自覚が全く無い。だけど間違っている気もしなかった。
真っ直ぐな言葉と視線によって、少女の涙がようやく止まる。
求められた側であるアーシアが、何を言うかなんてずっと前から決まっていた。
「――わたしも、あなたが好きです」
ずらされた下着の脇を抜け、少年の性器が少女と繋がる。
ふ、と息を吐いて硬直する。性交の始まりは彼女にとって、想像以上に息苦しかった。
両手を伸ばして、少女が少年の首へと回す。そのまま重心を全て彼の側に預けると、挿入し易いように、と持ち上げられた片足に釣られて腰が浮く。
未だ入りきらぬ其処が彼の手によって繋がるための動きを始める。
ふつり、と誰にも聞こえない音が鳴った。
性的な行為に慣れた女体が潤滑の汁を多めに吐き出し。そこに紛れ込むように、幾らかを陰茎の表面に滑らせながら、それでも大半の赤が愛液と一緒に地面へ向かって落ちていく。
だが未だ結合は先端のみだ。行為自体は始まったとさえ言い辛い。
下へ。下へ。僅かずつでも、棒の先端が潜り込む度に息を吐く。軽く持ち上げられた少女の身体を少年がゆっくりと動かした。奥へ進む度に割り開かれるような苦痛が増して、その度に少年が手を止める。
吐き出す息は互いに荒い。時折苦痛に耐えるような声まで混じり、休み休みの稚拙な動きで初めての行為を続行する。
真新しい傷の部分を擦られながら、ざわめく膣の入り口が彼の一部を飲み込んでいく。
互いに見合わせた顔は、苦しそうで。けれど内心は別方向に飛んでいる。
熱くて、柔らかくて、気持ちが良い。と少年が言う。
熱くて、硬くて、酷く苦しい。と少女が思った。
肉棒の半ばまでをどうにか挿れて、そこで息をつき動きを止める。もっと強引でも良い、とアーシアが言ったが、流石にそれが強がりである事は、色々と疎い彼にも分かった。
何より、彼自身既に限界近い。
未だ男性器の全長は入りきらないが、それでも強い快感が込み上げてくる。動きを止めた今でさえ、内側で蠢く膣肉の粒が彼の性器を愛撫していた。
気持ち良いからもっと欲しい。正直休まず動きたいが、動けば出る、とも自覚する。
「っぁ」
伸ばした舌を、仕舞い込まぬまま絡め合う。
キスというより舐め合う動き。力を篭めて舌を伸ばせば、棒状に近くなったソレをなぞるように相手のものが円を描き、くるくると丁寧に舐め上げた。舌の先端同士でつつき合ったり、舌中近くの中央部分で軽く擦って刺激を与える。
ぱちりと唾液が弾けて落ちた。
舌同士でのセックスが盛り上がり、気持ちを高めた少女の膣内がゆるりとうねる。
少年の側だって然して変わらない。そもそもキスが好きなのは彼の方だ。舌で舐め合う動きだけで限界に達し、少女側から齎される膣の刺激がトドメとなって、全く耐え切れずに吐き出した。
はく、と呻く。
射精の快楽に忘我した少年の側がキスを中断、うっかり離れた舌同士から下に向かって練り上げられた大きな唾液が真っ直ぐ落ちる。
少女の身体は背中の部分を壁に預けて、下半身だけは少年に掴まれ、前へと引っ張られる形で繋がっていた。
つまり丁度、結合部分が、落ちた唾液の真下にあった。
「――……っ」
音も無く落ちて、刺激が生じる。陰茎と女陰の繋がる其処を、二人分の唾液が舐めた。やがて断続的に吐き出される精子が僅かに外へと漏れ出して、これもまた一緒に混じり合う。
口も舌も性器も唾液も互い吐き出した体液も、視線さえもの全てがまぐわい、ようやく終わった。
お互いに、長く息を吐いて呼吸を休める。
二人の間の地面には、白と赤と透明と、色んなものの混じった体液がとろりと落ちては広がっていた。
ああ、と少年が意味の無い声を呼吸と一緒に外へと漏らす。ようやくの性交に感極まったような声だった。
それを見上げていた少女の方も、肉体的には足りずとも、精神的には満たされていた。
一人だけ達した彼に対して思うところが無いではないが、今は何よりも、確かに繋がる事の出来た事実がとても嬉しい。そこに至った経緯にしても、今この時だけは忘却している。
股座から上ってくる疼くような痛みも熱も、アーシアの心の充足を乱すには到底足りない。
再度視線が絡み、そっと近付く。開いていた距離はあっという間に縮まった。
彼等以外の誰も居ない、誰にも見えない路地裏で。
彼と彼女はもう一度だけ、今度は優しいキスをした。
※当SSはハッピーエンドを目指して執筆されております。
恋天使イリナちゃんと、その裏で悲願達成処女童貞W喪失する糞カップルの話。
やはり恋愛ものはトライアングル以上だからこそ燃え上がるのだな、と思いました(小並感)。
イリナVSアーシアの首絞め案件は内情的にはジョンの時とほぼ同じ、第三者の存在以外は然して違いがありません。
第一話から持ち越したイリナちゃんフラグはこれで消化完了です。