高山流水さん、いつも誤字訂正ありがとうございます
おかしい。綾小路くんが何股かけたときのことを話せる相手が南雲くんくらいだから出して、一度叩き伏せてから起き上がらないと南雲くんだと相談一つもしてくれないなと書いていたら、こんなに長く。それも終わりませんでした。
抱き合い終わり、オレたちと目があっても多少紅くなったくらいで流そうとする朝比奈の努力に応え、抱き合った姿を目撃したことも出歯亀したことも流す。朝比奈が「うわっ、この二人かぁ、この子、やっぱ雅の同類か。ほな」とか唇を動かしたが気にしないでおく。
「ちっ……こんにちは。朝比奈先輩」
「お久しぶりです。朝比奈先輩、南雲先輩」
しかし、桔梗はともかく鈴音はいつの間に朝比奈と仲良くなったのか。
後一歩で潰される所まで追い詰められた桔梗は、南雲とは距離を置き挨拶どころか目を合わせない。オレはもっと色々あったが仕方ないか。
「意外と元気そうだな」
オレのぶっきらぼうな発言に、二人は何かを察したらしく、様子を伺い始めた。
「なずな。綾小路と話がある。少し良いか」
「鈴音、桔梗、オレも少し離れる」
「うんOK。じゃ二人ともどんな下着選んでるか先輩に見せてみようかー」
「わかったわ……先輩、同性でもセクハラになるんですよ」
「うん。行ってらっしゃい。いやいや男の目がなくなった今、見せ合おうよ」
「そうそう。女は女だけで楽しくやろうよ。あ、雅、あまり遠くに離れると女の子バリアなくなるから見える範囲に居てよ。女の子の秘密の話声聞いたら容赦しないからね」
「ああ、わかってる。見えても声が聞こえないところに行く」
「それなら、そこの角がいいわね」
「あー、あそこなら誰かに声かけられてもフォローできるね。じゃ、あそこで話しててよ。あ、椅子あるんだ座って良い?」
「あ、はい、どうぞ」
周囲の店員が「あの子の後輩か。道理でね」と納得した視線を向けてくるのを不本意に受けながら移動した。
「ふぅ」
思っていたより気疲れしていたようだ。周りがカラフルな下着に囲まれたとはいえ男だけの空間に、安堵の吐息を漏らしてしまう。
「大分お疲れじゃないか」
「ああ、男一人、女二人だからな。周囲からのプレッシャーが半端じゃない。あんたは違うんだな」
「今回は一対一のカップルだからな」
「他のパターンがあるのか」
「男一人ってのは無かったが、男女複数はわりとな。男一人でこんなところに女複数は、俺でもしない暴挙だぜ。危うく爆笑するところだった」
「なら、こう言うときどうすれば良いか聞いて良いか」
「聞いてどうする気だ」
「参考にする」
答えず、南雲は静かに三人が居るところを見つめる。
「桔梗に鈴音か、また遊びで済まないのに手を出したな。特に桔梗の後始末としては下策だろ」
「桔梗については考えがある。それと、遊びではないつもりだ。二股だがな」
恵については伏せる。
「そうか、ならあんまり参考にしない方がいいな。俺のは遊びだった」
「それでも、あんたにはこういう店にきた経験があるだろう」
「まあな」
「経験のない、可愛い後輩にアドバイスをしようとは思わないのか」
「可愛い後輩はここに居ないな。居るのは能力隠した挙げ句オレを叩きのめした奴だけだ」
南雲から拒絶、いや空虚な気配がする。身が入っていない。それでも、大概の奴に比べて厄介な奴だ。
オレも桔梗と鈴音と居る今出会ったからには、空手では不味い。何らかの約定を目指すべきだが、今の南雲にはその気力さえなさそうだ。
――活を入れるか
「あんたが、オレに隔意があるのは理解している。それでも、普段から異性と遊び慣れていて場慣れしているんだ。場馴れしていないオレにアドバイスの一つくらいくれないか」
下手に出ると、南雲は気に食わないと一度唇を歪めて話し出した。
「勘違いしているな」
「何がだ」
「慣れているから大丈夫?下着専門店だぞ。男子禁制の場所に入り込んだ今のお前ならわかる筈だ。女子とマンツーマンじゃない下着専門店がどれだけ面倒だったか。俺も今日なずなとマンツーマンで来て始めて理解したほどだ」
「今マンツーマンではなく来ているんだがな。一つ聞かせてくれそんなに面倒なのか」
「ちっ」
舌打ちして眉根を寄せるか。これ以上、下手にでるのは辞めた方が良いな。南雲に響かない所か逆効果だ。
「ああ、面倒だ。多人数だと一人への褒め言葉一つで他の視線が変わる。一人を褒めすぎると残りが不満そうにして目をあわさないようにするならいいんだが、大抵の場合、自分もあの女より褒めろと群がる。
それで、自分が思ったより褒められなかったりアピールポイントを褒められないと、がっかりしてふてくされる。それでいて、自分がよりいいと思うやつを見せてくれと言えば、探してくれないんだ私はどうでもいいんだとぶつくさと。なりは育っていても子供だな」
「……そういう時あんたはどうしたんだ」
「複数の男で来たといっただろう」
「ああ」
「カーストが低いやつを手招きしてそいつに擦り付ける。そうすると女はおとなしく俺の言うことを聞く」
「なるほど、参考にならんな。それが分かっただけでもありがたい。感謝する」
「お前に礼を言われるとはな」
駄目だな。この流れでは、南雲と実のある会話はできない。
話を変えてみるか。こいつとの共通の話題なんていくつもない、心の中で対象の一之瀬に詫びる。
「遊びで思い出したんだが」
「なんだ」
「あんた、何で一之瀬口説いたんだ。一之瀬も遊びですませられる相手じゃないはずだが」
「……帆波?」
この場で聞いてはならない名前を聞いたように、目を見開いてオレを凝視する。
「……この状況で帆波の名前を出すか。お前は本物の鬼畜だな」
オレから目を逸らして買い物を楽しんでいる鈴音と桔梗を見ると、ドン引きしながら無礼なことを呻く。
「……まあ、つまらない疑問だな。解ってて聞いているのが特につまらない」
一度周りを見回し朝比奈を含めた誰もこちらを見ていないことを確認して話す。
いや、朝比奈だけを見た。朝比奈には聞かれたくないらしい。朝比奈は良い首輪になっているな。
「今の帆波は遊びでは済まされないのは確かだが、あの時の帆波は違う。そんな関係になっても最後には……解るだろう?」
流石に決定的なことは言わないか。答えなければこれで話は終わりだ。
選択肢がある。南雲に踏み込むか、反らすかだが。
「へー、鈴音はサイズ…だったんだ。よくあったね」
「ええ、割りと苦労してましたけどデザインにさえ拘らなければ……なんです?」
「うーん、くんくん、これは最近下着を着飾るのが気になるようになった匂いがするね。どうしてかなー。先輩しりたいなあ」
「や、先輩、何す…櫛田さんも」
「おっきくなったの色気付いたのもあるよね。きっと」
「それはあなたもでしょう。あと先輩、サイズを口に出さないでください」
「あれだけ小声で言ったのに?」
「それでもです。南雲先輩に聞こえたらどうするんですか……何で、笑うんです?」
「いやあ、綾小路くんには聞こえて良いんだなあってね」
「っ」
「そっかー、ごめんね。知ってるのは言う必要ないよねー」
「せ、先輩、何を」
「うんうん、わかったわかった。で、綾小路くん二人の新しいサイズもう知ってるのかな。それとも、まだ?」
きゃっきゃっ……ほとんど聞き取れないが、後が完全男子禁制空間になったことは理解した。南雲に活を入れて話し合いをして約定を結ぶには踏み込むしかないか。
「捨てても一之瀬の自滅で終わると言うことだな。万引きの時のように」
オレが同意して踏み込んだことで、録音なしと判断して話を続ける。
「そう言うことだ。帆波はそこまで持っていくのが面倒なだけで、遊んで捨てる相手としては極上だったんだ。
オレは、あいつから万引きして半年自分を責め続けたことを聞き出していた。あいつが、中学卒業のタイムラインがなければまだ引きこもっていた確信と共にな。なら、解るだろう」
状況としては、船で恵を追い込んだ時に近いくらいの急所を握りしめたからな。
当時のオレが知ったら、Bクラスを崩壊させるために利用する可能性もあった。
「たとえ捨てても、方法さえ間違わない限り、一之瀬は自分を責め続けて殻に籠り、あんたを恨むことはない。そうするのは容易か」
「その通りだ。幾つか手を考えていたが、本命は、帆波に飽きた頃帆波が適当な男と仲良くしている時に糾弾して別れ話を切り出す予定だった。男を用意した上でな。帆波を抱けると言えば候補には困らない」
「罪悪感にさいなまれる一之瀬とそこまで行くのは難しいと思うがな」
「それは、そいつ次第だ。傷心を抱えていると紹介されて、そこまでいけないならその程度だろう」
その程度の奴をけしかけ、一之瀬をさらに追い詰めただろうに。合理的だな。
「一之瀬には周囲に人が居る。誰か助けた可能性があるが」
「人はな。ただの有象無象だ。帆波を助けられる人材じゃない。実際、お前という人材が介入しなければ坂柳の時、終わっていた。そのお前も、俺の色に染まった帆波を助けない。俺を強化するだけだからな。解りきったつまらない事話すなら、話を切り上げるぜ」
苛立ち混じりの南雲は、下手なことを言うと話を切り上げ引き上げるな。
「確かに、その状況なら一之瀬を助けないな」
そもそも、助けたのは桔梗の情報力の確認の手段だ。一之瀬が南雲のモノになった後なら自滅させるべく放っておくか、南雲を恨ませ――るかだろう。素直に認めると、南雲は陰がある目を細める。
「あの容姿と性格の女を道理で切り捨てられる。お前はやっぱイイな」
「男に言われたく無かったな」
「安心しろ。そんな意味は欠片もない」
信じるぞ。最近洋介からの感情が友情だけだと信じられないときがあるからな。
「まあ、あの容姿だ。殻に籠っても、しばらくは気が向いた時可愛がっていただろう。食料とか日用品を手ずから持っていって、口先だけで励ます。そうしているうちに、帆波は外部と接する相手をオレだけに限定して依存する。
完全に捨てるのはその辺りだな、陰気になりすぎて萎える。タイミングとして悪くないタイミングだ」
「捨てるのは確定か」
「この流れだと、あいつはオレに依存するが恋はしない。そうなるように仕組むし、そうさせる。遊びと依存だ。長くは続かないし続ければ俺が破滅する」
「なるほど」
「遊びで済まない相手には手を出さず、別れるときには此方に害なく別れるのが遊びの基本だ。その点、あの頃の帆波は捨てるタイミングと流れを間違わなければ、捨てても捨てられた自分を責め続けて殻に籠る。坂柳が少し小突いただけでああなったように。遊び相手として最適だろう」
「そうなるだろうな」
「他人事のように言ってくれるな」
陰険な目つきで責めるように俺を見てくる。
「あの時、俺は二年三年は元より学校側で帆波を救える奴を封じていた。残るは一年だけだが、一年で帆波を助けられる能力を持っていたのは、高円寺と坂柳と龍園くらいだ。高円寺は論外。坂柳は仕掛人。龍園は帆波が潰れてメリットしかない。何より、あの頃は傷心中だったからな。介入しないと確信していた。勝利の喜びを欠片も発露させない奴にやられた無力感というか咀嚼しきれない気持ちはよく解るぜ」
目が笑って居ないが、ようやく笑みを浮かべるくらいには余裕を取り戻したようだ。
オレの反応はどうでもいいと話を続けてくる。
「女々しい思い出だな。あの時、俺は詰みの段階だった。後は過去を知っている者として帆波を慰め、モノにして飽きたら捨てるだけだった。お前が居なければな」
睨み付けてくるが、まだどうにも力がない。
「助けて依存させるのではなく、自力で立てるようにするとはな。そこまでとは思っていなかった……堀北先輩の目は俺より確かだったな。今なら、認められる」
自らの過ちを認める。一皮剥けたと言えれば良いが、南雲の場合腑抜けただけだ。何らかのきっかけはないかと耳をすます。
「うーん」
「あの、どうしたんですか先輩。そんなに首筋を覗いて、何かありました?」
「いやね、二人とも見えない服の下にキスマークたくさんあって、どう見ても昨日今日のなんだよね。これ。……あー、二人同時、なのは、まだ、見慣れてるから………その、良いんだけどさあ。この手首の痕とか……あの、もしかしたらと思っちゃって」
「あははは、まっさかー。手首に痕があるからって、変な想像しないで欲しいんですけど。まさか、先輩そういう趣味が」
「いや、でもね。桔梗……あー、そっか、雅よりヤバイところあるのか、綾小路くん」
「あれだけの女性と浮名を流した南雲先輩よりはましだと思うんですけど、先輩が今南雲先輩と付き合っているの信じられないくらい酷かったじゃないですか」
「ああ、雅のあれはね。フォローしようがないし、するつもりもないんだけどさ。ほかの人はともかく私は許した。だから、私の前では言わないでほしいな」
「……先輩が、そう言うのなら」
「だからさ。私も二人が二股かけられてること秘密にするし、綾小路君も悪く言わないよー」
「ちょ、先輩。抱きつかないでください」
今あっちから得られるものはない。危険だ。ごく自然に南雲と同類のカテゴリーに入れられてしまっている。
――その通りだが。
「その上、やられるその時まで気付かなかった。自分の無様さに笑えてくるぜ」
「自分語りはそのくらいにして、一之瀬についての話を続けたらどうだ?」
自身の中にもぐられても南雲は立ち直らない。外に向けさせなければ。
「まだ帆波か?最後には、すべてを拒絶して自己嫌悪の中に終わる奴だ。多少面倒見れば、こちらに迷惑をかけないようにしてな。自分で自分を始末してこっちに火の粉がかからないようにするんだ。私物の遊び相手としてこの上ない相手だった。そうならないと思う?か」
「いいや。そうなるだろうな」
同意すると影かある笑みを浮かべる。
「やっぱり、お前は人でなしで俺好みだ。今の言葉を聞いて、相槌打つでも、追従するでも、嫌悪するでもなく。理解だけで留めるところが特にな」
「いや、一之瀬の友人として不快だ」
「だが、その不快な情を理性の上には置かない。有象無象の上に立つなら必須の人でなしの資質を、お前は堀北先輩より持っている。そして、帆波は人でなしにはなれない奴だ。あいつは私物止まりだプレイヤーじゃない」
あまりにも簡単に一之瀬を切り捨てた南雲に、きっかけを掴んだ確信と同時に、呆れ交じりの苦い感情を覚える。友人を罵倒され怒りを抱いたのかもしれない。
「あんたは、一之瀬を過小評価しているな。一之瀬が作り上げたクラスの団結力は、オレにもあんたにも出来ない。人でなしにはなる必要がないと評価すべきだ」
「違うな。あんな仲良しごっこはやる必要がないだけだ。実際、戦えば潰せる。人でなしになれない奴は事が起こったとき脆い。どこまでも私物にしかならない」
「戦えば、な。有事に弱いということを平時の安定よりも過小に評価しないほうがいい」
「この競争社会で安定か」
「競争社会だからこそ、平時の安定に長けた一之瀬のような誰もが善良と認める人材は必要だ」
きっかけは完全に掴んだ。踏み込む。
「一応聞いておく、お前の私物扱いは能力を見ていないんだな?」
「ああ、外面だけの評価だ。人でなしに、いや人の上には立てない帆波には正当な評価だろう」
「確かに、一之瀬はリーダーではないな」
「だろう」
肩をすくめる南雲を見ながら思い出す。
南雲がポイントと交換に付き合えと言われた時に、自分を犠牲にしてクラスを守ろうとした。
本人は、自分もリスクを負うだの言っていたが、必要のないリスクを負うのは自己犠牲以外の何者でもない。
あれは補佐役の決断だ。リーダーではない。
あの時、あれだけの団結力があるクラスでのリーダーとしては、最悪の決断だった。裏切ったと言っても良い。
一之瀬の決断は、Bクラスの崩壊を先伸ばしにしただけだ。
後々「一之瀬がクラスメイトを救うためのポイントのために南雲と付き合った」とばらされれば、BクラスはBクラスたる団結力が故に崩壊した。
同学年に限っても、坂柳、龍園、状況によってはオレも躊躇わずにやる。
Bクラスのリーダー足りえるのなら、一之瀬は共有すべきだった。南雲に口止めされていたとしても、オレや朝比奈のように知っていた者は居たのだ。手段を講じれば共有するのは容易かった。
南雲にポイントと交換で付き合えと言われていると、クラスメイトと共に悩み苦しむべきだった。
他の誰でもない、クラスメイトのためにそうすべきだった。
間違いなくリーダー失格の決断だ。だが、それは一之瀬帆波と言う人材が補佐役を天性としていると判断するべきものでもある。
「お前がオレに敗北した理由の一つが知れたな」
「……なに」
目を細めてくる。ようやく響いたか。
「人間は、疲れもすれば磨り減る。一之瀬は誰かが疲れていたり磨り減ったならば、間違いなく気付く。そして助けようとする。その前にそうならないように努力する。お前の言う通り仲良しごっこでな」
「意味がないように聞こえるが」
「そう聞こえるなら、あんたは平時云々以前に本当の意味で組織を理解していない。特に人材を育成できないな」
「何?」
「あんたはまぎれも無く有能だが、他人には自分ができる高度な分析や戦略立案はできないと信じて疑っていない。違うか?」
「違うな。お前のような奴が居ることを理解した。ある一面いや複数の面で、俺と同等かそれ以上の奴が居る現実を今の俺は理解している」
「なら、そういうあんたが思う組織とは何だ?」
「何を問題としているのかわからんな。だが、答えてやる。優秀じゃない奴が圧倒的な多数だ。お前のような優秀な人材が機会を得て、権限を得、働く。その責任を俺のようなリーダーシップが優れた人間が取る。優秀ではない凡人の下々は、その下であくせくだまって働く。それが俺の思う組織だ」
「生徒会長就任演説の通りだな。言っておくが、それは優秀な人材の活用法でしかない」
「……」
にらみつけてくる南雲を流す。
「優秀な人材に、仕事を割り振っているだけだ。最初から優秀なんだから、複雑な面倒なことも出来るだろう。あんたの生徒会のようにな」
「優秀な人材を活用しているのが、間違いだと言うのか」
「間違いだな。生徒会の誰かが病気になったりして動けなくなったら終わりだ」
「優秀な人材がもっと必要だと言うことなら、俺は改革したぞ」
「あんた、その優秀な人材に当たるまでに何回生徒会役員を除名させたんだ。オレが知っているだけで9回はしただろう」
「……何を問題としているのか分からんな。除名した連中は能力に欠けていた凡人だから外した。代わりに優秀な奴を入れて厚遇した。何の問題もない」
「問題だらけだ。あんたが除名した奴等は普通の人材だ」
気概が戻ったのは分かったから、睨むなよ。
「普通の人材を凡人と切り捨てるのと、普通の人間として組織で活用するのとでは話がぜんぜん違う。
確かにあんたみたいな優秀な奴が一人で何でも仕切れば、話は早い。だが、他の人間にはあんたが、どういう前提で、どういう理屈で、どういう筋道の上で、その判断を下したかがわからない。
……指示をしているから大丈夫だと思ったな。なら、あんたの指示が途絶えてその間に状況が激変すればどうする。状況が変わり結末が見えなくなれば、あんたの考えている組織は優秀な人材が四分五裂に動くか、あんたに盲目に従った普通の人材が何もできずに機能不全だ」
「……そうか。あの時、お前はそうやって俺を潰したのか」
血走った目で殺意を込めて睨まないで欲しい。
「要素の一つではあるが、それだけだ」
「……話を続けろ」
呼吸一つで屈辱を噛み締められたか。近い未来苦労するかも知れない。
「あんたが言っている優秀な人材に仕事を丸投げして責任を、というのは単なる甘えだ。普通の人材の組織的活用に無関心といっていい。
あんたはあんたが思うほど組織運営者としては優れていない。
破綻しなかったのは、地味に組織的仕事をする連中が居たからに過ぎない。
普通の人材の苦情、要請、疲弊それらを纏めて調整していた奴が居た心当たりがあるだろう」
「……生徒会では、帆波と桐山だった……そうか、そういうことか」
片手で顔を覆う南雲は、敗北し屈辱と恐怖に震えたあの時と違い自身への怒りで震えている。面倒な名前が出てきた回避しなければ。桐山にはまだ使い道がある。南雲が疑っているからこその使い道が。
南雲に桐山を疑わせるように誘導したことを、心の中の別の棚にしまい込んで続ける。
「桐山はよく知らないが、一之瀬ならそうだろうな。一之瀬は補佐タイプだ。幅広い分野で能力が高く。性格温厚で情緒を解し、他人のミスをカバーすることを厭わない。だから、周りがこの人なら信用できると頼る。それでいて、トップの決断に異を挟むことは少ない。補佐役として適任だろう。
端から生徒会を観ていた限り、巧く一之瀬も機能していなかったが」
一之瀬は補佐役だ。参謀役でも一部門のリーダーでもない。
外部交渉と内部調整。特に後者は未熟な高校生相手に現実的な財貨貯蓄の内部調整をしてのけたほどに適正が高い。労多くして功少なく大抵の奴がストレスを感じ避けることを、苦にせず喜びとすることができる。トップと機能を同化させる天性の補佐役タイプ。
女房役と言い換えてもいい。
本人に華がありすぎるからリーダー格になってしまうのが欠点だ。
「優秀な人材活用を怠ったと言いたいのか。凡人と優秀の両方を必要としろと?それなら俺の意見と同じだろう」
「違うな。組織という仕組みに、性格の異なる人材を適材適所に配置するのとは違う」
退学した山内にも使い道はあった。当時のクラスが組織として機能せず、適所にすえていなかっただけだ。
「一之瀬には悪いが、一之瀬を例にする。一之瀬はあんたに、意図を教えて欲しがったり、他者に寛容を求めたことがあっただろう。それをあんたは流したか煙に巻いた。違うか?」
「確かに、そうした。だが、俺が命令して巧くいくのを帆波は見続けた。ならば、意見せずに指示範囲の中で工夫した方がいいと判断するだろう」
「意見じゃない。補佐しようとしただけだ」
「補佐だと?」
「一之瀬は優秀だ。あんたがしたように一部門を任せても、あんたが満足する働きをしただろう」
「実際、帆波の働きには満足していた。が、お前から見たらあいつは本領を発揮できて居なかったということか?」
「その通りだ。あんたは絶対の自信を持って揺るぎなく前へ進むが、その分あんたが言う普通の人材の不満や反骨心は目に入らないし、入れようとしない。綻びが出来る。突ける奴がいれば突ける綻びがな」
「お前のように?」
答えるのかと探るように見てくるが、南雲に活を入れようとしている今は答える。
「オレのようにな。そんな些細な綻びを一之瀬は取り繕うとしていた。綻びを取り繕るとは平時の安定と同義だ。
組織を理解しているという点において一之瀬はあんたより上だな」
「……クラスメイトと悩みと苦悩を共有せず、仲良しごっこのお友達は居ても仲間さえ居ない帆波がか」
「それは一之瀬の天性が補佐役なだけで、クラスにリーダー不在だったたけだ。違うか」
「……違わないな」
仕掛けただけに、南雲はよく分かっている。
あの時、Bクラスにリーダーが居たならば、やるべきことは明白だ。オレがしたことをすればいい。
美味しい話に疑問を抱いて情報収集し、サシで一之瀬を呼び出し真実を突きつけて吐き出させ、龍園のポイントを得た伊吹なりひよりと交渉して解決の道筋をたてた上で、クラスで共有すればいい。
オレがやったことをやればいい。が、誰も居なかった。
リーダーが居た場合に、一之瀬がすべきことも明白かつ安易だ。
普段通り善良であればそれで良い。それだけで良い。クラスメイトの不安を聞いて、リーダーに話を持っていき補佐する。リーダーがクラスメイトに意図を説明する横でリーダーの方針を信じていると笑顔を浮かべながらクラスメイトの不安を一つ一つ見つけて砕いていけば、それが補佐になる。普段通りだ。
一之瀬も、もしオレが同じクラスだったならば吐き出した後に頼っただろう―――
「なんだ?」
固まってしまったが仕方ない。天性の補佐役の前でリーダーがすべきことをしてしまっていた事に気付いた。
最近、一之瀬がオレの部屋にまで来て愚痴るわけだ。
「いや、何でもないんだ。で、あんたは一之瀬の補佐にどうしていた?」
「……凡人の我儘に構うなと遠回しに伝えた」
「おそらく生徒会で、一之瀬は黙ることが多くなっていたんじゃないか」
「……黙っていたな。確かに。仕事を黙々と確実にこなしていたから、ようやく俺の意図が通じたと認識していたが、違ったか」
「違うだろうな。オレは一之瀬ではないから、一之瀬が補佐役としての役目をあんたにしないことにしたとしか分からないが」
本人に散々愚痴られたから知っているんだがな。
南雲に話す前と後に、どれだけ一之瀬が他者の意見を聞いて汲み上げ、受け入れられず謝ったことも。
本当の意味で、自分の意思が反映されることはないと諦観して、まだマシな選択肢を選ぶ方にシフトしていったことも。
一之瀬が上司としての南雲に「補佐させてくれない人」と見切りをつけたのは何時だったか。
愚痴りながらの苦笑から本人はまだ気付いていないが、あくまでもまだだった。誘導すれば一発だろう。
「……俺は、帆波の最大の長所を殺したのか」
「一部門を任せたのはそこまでではないだろうが、あんたと付き合った場合は確実にそうなっただろうな」
オレが何を言おうとしているのか理解して舌打ちする。
「一之瀬が補佐役として徹底できるのはあの人格によるものだ。あんたの思い通りにあんたと付き合う流れでは、一之瀬の人格が変貌して長所は消えた。それどころか害になるだけだ」
「……そうなるだろうな」
「適切なときに適所に置かなかった好例だ。失敗したな。一之瀬を巧く使えばオレはあんたを仕留めるのに苦労しただろうに」
「お前の存在が無くとも、組織運営に失敗していた俺は何時か躓き崩壊させた。それをフォローできる奴を私物扱いで使い捨ててしまった上で、か。
……確かに、帆波、いや、色々な奴の使い方を失敗したな。俺のミスか……負けたわけだ……俺も所詮凡才だったか。なずなに面倒ばかりかけるだけの……お前と違って」
俯く南雲。勘違いしたまま、崩れ落ちられては困る。
「何か勘違いしているようだな。客観的に見て、あんたはオレと比べ物にならない優秀な人材だ」
「あ゛あ゛っ゛!?「雅?」悪い何でもない気にしないでくれ」
大声で奇声を上げた南雲に、心配そうな視線を向けた朝比奈に笑顔を向け安心させると、オレを睨み付けてくる。
言っちゃなんだが、保護者と被保護者だな。患者と看護師からは前進したが。
「……どういうことだ」
自明のことに、額に血管を浮かばせて目を血走らさせなくても良いだろうに。流れには乗っているが面倒だ。
「どうもこうもそのままだ。
人材を評価するとき、主に二つで評価する。信用と信頼だ」
血管を蠢かせながら続きをと目で促してくる。
「信用は、今まで成した実績からくるものだ。文武に優れた生徒会長と、平均的な無名の一般生徒。どちらが、信用に値する?」
「……生徒会長だ」
「信頼は、信用から相手がどのくらいのことをやってくれると推し量り、どれだけのことを任せられるかという期待だ。信用も信頼も、オレはあんたよりどう考えても下だ。オレはあんたより人材評価で遥かに劣る」
「確かに……いや」
一度頷き首を振る南雲は、納得してはいるが受け入れていないな。
「俺はお前に負けたぞ。あの時のおまえは確実に俺より上だった。それは、俺よりお前が優秀な人材だというなによりの証明に――」
「ならないな。仮に(強調)あんたより俺の方が優秀な技能を持っていたとしても、あんたより評価が高くなることはない。オレ個人があんた個人より上のスキルを納めているだけの話だからな」
南雲の額に蠢く血管が増えている、切れないか心配になるくらいだ。
「個人で出来る範囲は驚くほど狭い。だから、組織という仕組みを人類は発明したんだ。個人と組織。どちらが、上か。生徒会という組織を運営し、学年一つ支配したリーダーだったあんたなら自明だろう」
「……組織運営経験がある俺とないお前では、評価されるのは俺か」
急所を貫かれたように、呆けた顔でぼんやりと呟く。
「はっきり言って比較対象にもならないな。ケチがついたとはいえ一つの組織を巧妙に運営したあんたと、綻びを見つけてそこをついただけのオレ。生徒も教師も理事会も国も、オレよりもあんたが優秀な人材と判断する。後ろになればなるほどな」
「そうか、そうだ。そうだ、な。あれだけ俺を完膚なきまでに叩きのめして土を舐めさせた奴は、評価では、俺の遥かに下か……はっ……ははっ、はははっ」
うつむき肩を震わせて笑い続ける南雲。保護者の朝比奈を呼ぶべきだろうか。
「二つ聞かせろ」
「答えられることならな」
座っているが穏やかな眼差しで俺を見つめてくる。朝比奈を呼ぶ必要はないな。
「お前、あの時地べたに這わせた俺を踏みつけて言ったな「オレに直接手を下させただけでお前は十分優秀な奴だ。負けたことを悔しいと思う必要はない。お前が俺より劣っていた。それだけのことだ。泥の味と共に噛み締めておけ」と、あの台詞の意図は何だ?」
「あんたを無力化するための止めだ。意識を刈り取るより効果的だっただろう」
「そうか……」
何かを振り払うように軽く首を振る。あんな戯れ言を一字一句覚えていたとは、どうやら予定以上にトラウマになっていたらしい。
惜しい。このトラウマ、色々と利用できただろうに。
こんな所で桔梗と鈴音と一緒に居るところを見られたのが、つくづく痛い。
「……で、偉そうなことを言っておいてお前はやらないのか?」
「帰宅部の取り立てて実績のない一生徒に何を言ってるんだ。今さら、オレが表に出てもクラスには害にしかならない」
鈴音と洋介がうまくやって、クラスは組織として動いているのに俺が出る幕は無い。混乱を招くだけだ。
なのに、胡乱なものを見る目で南雲は俺を見てくる。
「……思うんだがよ。お前とサシでやりあって血まみれにするほど殴れるんなら、退学くらいしても良いな」
「あんたが、一対一でオレに暴力沙汰で勝てる道筋が見えないが。そもそも、やらんぞ」
「わかってるよ……」
重い吐息を吐き出すと、どこか南雲が晴れ晴れとした表情になった。
今の南雲となら交渉できるな。
「……なるほどな。負けたわけだ……今度こそお前を警戒してからやりあいたいんだが、俺と遊ばないか?今、俺のこの学校での目標の一つはお前と遊ぶことになった」
「オレに利がないだろそれ。話に出た坂柳と龍園にでも相手してもらうんだな」
と、坂柳と龍園を売る。高円寺は頭数に入っていない。
「龍園は、本命がつれない時の相手としては選択肢に入るな。理事長代理が居るときは坂柳もアリだったんだが、今のあいつは駄目だ。色ボケしやがった。ごく一部とはいえ、理と情で情を取る」
「そうなのか」
「……ああ、そうだ。そうなんだ」
何故か達観した表情をする南雲。
つい先日、将棋をした時はそんな素振りを見せなかったな。
経験があるオレによる指導対局だったが、何度かやるうちに急激に腕を上げていく坂柳との時間は楽しいものだった。経験者に、未経験者が何度もヒヤリとさせたのは坂柳の優秀さ故だろう。
――思い出しても、あまり変化は見当たらない。
ハンデのある体で有りながら、旨い食事でもてなしてくれたのも。
片付けだけでもと共にさせてもらったのも。
終わると深夜に女子フロアを歩くためにカメラに対処をしたのも。
月城が居なくなってから割とあることだ。
体にハンデ持ちの理事長の娘。しかも他クラスのリーダーの部屋に泊まっていけと言われても、リスクを考えると泊まれるはずないことくらい解っているはずなんだがな。色々あって心境が変わった今なら、泊まって楽しむが。
ふと、思った。
そういえば鈴音と今の関係になったのは、その次の日だったな。と。
……ぞくりと背筋が震えた。
――――何故か、とても、不味いことを、順番を間違えてしまった予感がする。
最近鈴音と桔梗と恵を抱いてばかりで、坂柳の部屋に誘われたり一之瀬に部屋に行って良いかと言われた時に、断っていることが関係しているのだろうか。
一之瀬さん、彼女には間違いなく「幸運」スキルみたいなのがあると思います。
9,10巻で助かりましたけど、綾小路くんの状況か判断によっては地獄へ直行していたとしか。
死神が味方してくれるタイミングで良かったです。
一之瀬さん勝手に補佐役にしましたけど、華がありすぎる彼女の場合、同じく華のある南雲くんは補佐しにくいんですよね。下手したら主役を食ってしまうから。
逆に、綾小路くんだととても相性良いんですけどね。
優しいところがあるけど陰のある冷徹非道な主役に、温厚篤実な華がある補佐役は。