高山流水さん、いつも誤字訂正ありがとうございます
ショートカットしたはずなのに、何だかんだ一万字近く行ってしまいました。
「――こんな感じだ。どういうことか分かったか?」
「……オレにはデリカシーもムードも無かったんだな」
南雲にアブノーマルなプレイを除きながらぼかして相談した今、表には出さないがさすがに少しショックを受けた。
「その通りだ。お前のセックスはどう考えても技巧だけで情感が無い。相手を玩ぶのならそれで良いが、違うんだろう?」
「ああ」
「なら、相手に感謝しておけ、おまえの技術だけのセックスを相手が情感で埋めていなければ間違いなく破綻していた」
「感謝する。今まで以上に」
「キスしたときには手ぐらい絡めてやるか。首に手を回しあうんだな。胸や股間を刺激するのはその後だ、真っ先に性感を刺激してどうする。嫌悪に顔をしかめることも逃げることも無かったのは、ただ相手がお前に情を抱いていただけだ。荒々しいセックスのときは荒々しくするのもありだが、緩急をつけるか荒々しいセックスで通すと一言くらい言ってやると未熟な相手に余裕ができる」
「余裕を与えるのか?」
態々立て直させる必要の有無を問うオレに、南雲は違うと首を降る。
「リラックスさせてやると思え。相手のセックスの技巧が未熟でも、余裕があれば情感に回せる。互いに楽しめるし、慣れるまではそうしてやったほうがいい。そこの二人のためにもな」
「心に刻んでおく。あんた、女の後輩には優しいんだな」
「当たり前だ。男と女の後輩が居る時、条件なしなら女に天秤を傾ける。少なくとも俺はそうだ。心に刻んでおけ」
「そうか。刻んでおく」
そういうやり方しか知らなかったとはいえ、巧みに性的快楽を与えるかを追求するかが普通と認識していたオレに南雲の具体的なセックスのハウツー法は刺激的だった。
サディストと覚醒したからといって情を交わすのは当たり前だ。レイプしているのではないのだから。
優しくいじめなければ、と益のある会話によって身勝手な決意をするオレに南雲が語りかけてくる。
「なら、テストだ」
「なに?」
顎で鈴音たちの方を示すのに合わせて意識をあちらに向けて耳を澄ます。
「え?鈴音、そんな安い化粧水使ってるの?ちょっとこれ試してみて」
「はい。あ……全然、違う」
「でしょ。これこの店の化粧品売り場で買ったんだ。鈴音と桔梗も店員さんに言ってさ。色々試してどれか買っていきなよ」
「でも、高そうですよね」
「何のために男連れで来てると思ってるのさ。一つくらいプレゼントしてもらう気持ちでなきゃダメだって。綾小路くん、それくらいの甲斐性あるでしょ」
「ええ、ある、と思いますけど、下着を買って貰うんです。流石にそれ以上は」
「下着以外にプレゼントしてもらうなんて、清隆くんに悪いですよ。私も下着だけで十分すぎます」
「二人とも自分を安売りしすぎて、分かってないね。綾小路くんは、下着代だけで二人の下着姿見れるんでしょ。しかも綾小路くんが好きそうなのわざわざ選んであげたのを」
「せ、先輩声が……」
「イエス、ノー。どっち」
オレたちに背中を向けたまま、頷く二人。にんまりとした笑みを朝比奈がオレたちに見えるように浮かべる。
「加・え・て、初デートでしょ。初デート。なら、プレゼントの一つくらい義務だよ義務。綾小路くんはそれくらい理解してる子だよね」
「そ、そうですね。確かに」
「うーん、義務かあ。思いつかなかったなあ」
「桔梗も本当にデートしたことなかったからねー。でどうする?」
「じゃあ、後で買って貰えるか探ってみます」
「私も、清隆くんに選んで買って貰えるか探ってみます」
「OKOKそれでいいよ。相手の懐も考えてあげないとね」
無言で視線で南雲に問う。
「初デートで買い物に来ているんだ。当然だな」
「そ、そうか」
「念のために言っておくが、100パーなずな達が正しい。ここでプレゼントしないとか、人として最低の線を割ってる。最低限の良識だ」
「そうなのか」
「ああ、見てみろ」
鈴音と桔梗の姿を見る。
「嬉しそうにしているじゃないか。期待どころか想像もしていなかったプレゼントをしてもらえるかもしれないだけで、あの喜びようだ。なずなを見ている気分だぜ」
いちいち惚気ないと済まないのかこいつは。そんな反発さえ沸いてこない。
「欲しい物持ってねだって買ってやればヤれる奴とは違うな。お前に情を抱いてなければああはならないぜ。
で、どうする?あの二人なら、プレゼントなしでも納得するだろうな」
「……試しにつけてもらってから、オレが嗅いでオレ好みの匂いがした化粧水の中で肌に合ったものを二人に選んでもらう。どうだ?」
「その行動に値段つけるのは、あの二人だ。俺じゃない。あの二人が喜んだら合格だろうよ。よく観察して行動に移すんだな。本気ってのはそう言うことだ」
「……そうだな」
「一つだけ言っておくが、ポイント、予算範囲は伝えておけ、あの二人は言われない方を気にするだろう」
そこまで見抜いたか。
「言えば言うほど遊びですまないということが分かってくるな。今から、試着らしいが、お前が思ったことを率直に伝えてやるんだな。変に飾り立てるほど拙いことはない」
「……ああ」
おそらく、鈴音あたりが化粧水を連想させる動作をした。それに南雲は気付き朝比奈と組んでフォローした。オレは気付かなかった挙句に、フォローされたか。
相手の気持ちを見抜いて、適切な対応を取る。当たり前の事を出来ていなかった。
南雲に対して敗北感を感じる。心地好い敗北感だ。
「面倒臭いだろう。だが、本気で複数股をかけると、相手が増える度に、加速度的に時間がなくなる。何だかんだ相手しないとお前を刻み込めないからな。それが嫌ならば他の男に管理させるんだな。手を出したいときに出せて楽だぜ」
「あいつら相手で楽をしようとするつもりはない。」
もう嫌だと泣いて言われたが、3Pいや4Pは必須だな。
「他に重要なのは」
「腰だ。腰以外にない。指、舌、おもちゃ、ベッドテクは、相手を究極的に満足させることはない。最後は腰が男の値段だ。確たる腰があってこそ、セックスは充実する。セックスが充実していれば自信も付く」
何度か頷く。
「正直、初めてあんたのことを先輩だと思えた」
「俺も初めてお前が後輩だと思った」
発言中ずっと、チラチラなずな先輩に聞こえていないか、なずな先輩がどうしているか確認していたから、生暖かい気持ちで見ていたが、今は先輩への感謝がある。
「なら、後輩。なずなにずっとちらちら視線を送るな。あれは俺のだ」
「あんたも、鈴音と桔梗をオレの許可なしで名前を呼んでちらちら見るなよ。先輩」
と、いうわけで先輩と後輩として誓約する。
「分かった。なら、これでいいな。堀北、櫛田」
「は、ははい」
「わ、わた私もそれで」
ちょうど下着を選び終わって近づいてきた二人は、突然の奇襲を喰らい慌てふためく。
オレたちの誓約が聞こえていたのは、反応ですぐ分かる。
背後の二人に振り向いて止めを刺す。
「もし、名前で呼ばれたら教えてくれ。文句言いに行く」
「っ~~~~」
顔を合わせると、喜びと恥じらい、幸福感と感激、驚愕と仰天で、可哀想に顔を真っ赤にして眼を潤ませていた。緊張の余り、未だろくに力の入らない足はプルプル震えている。
タイミングを南雲と合わせた甲斐があった。こんなやり方もあったんだな。とても楽しい。良いアドバイスだった。
「朝比奈先輩も誤解させてすいません。オレは鈴音と桔梗の様子を見ていただけなんです」
「あー、うん。君がどういう子なのか、よく、解ったよ……ひゃっ…ちょっ、雅」
「見せつけてんだよ。良いだろ」
これは俺のモノだと、朝比奈先輩を後ろから抱き止め体をまさぐり始めた姿に、視線を逸らして意思表示をする。鈴音と桔梗がそわそわしているが品物を持っているから難しいな。手だけでも繋ぐか。
「待たせたな」
手繋ぎから腕組みに移行した時に後ろから声をかけられる。
右腕に鈴音、左腕に桔梗。柔らかく暖かな感触の心地よさを堪能しながら、振り向くと、荒い息の朝比奈先輩と店員と南雲が居る。
「それじゃあ、何時もの所をお願いします」
「はい、どうぞこちらへ」
南雲が「面白い時間を過ごせた礼だ。俺が何時も使っている。更衣室がある」と言ったので二人を誘い、南雲たちと別れ付いていく。
店員が案内しようとした場所と同じのようだが、せっかくの厚意だ。口に出す必要はない。感謝だけを口に出す。
店外から見えず店内からも死角になる試着室に連れて行かれながら、これ以上手を広げるのはやめておこうと決意する。鈴音と桔梗と恵、十分すぎる。南雲との会話は良い刺激になったな。
そんなオレの視界の隅で、朝比奈が携帯を握りしめた姿が見えた。
「うーん、うーん」
「まだ、迷ってんのか。お前が好きな奴、最低二股かけてるぜ。同じクラスの奴だ。やっぱり付き合うのなら同じクラスだよな。違うクラスの帆波はどうする?って伝えるのがキツイなら代わろうか」
「そんな風に伝えるわけないでしょ。伝え方はこっちで色々考える。
それに、そのくらいなら辛くはないんだよね。好きな人が、友人知人関係なく遊びで手を出して、私にも遊びで口説いてくるから、遊びじゃなきゃ付き合うって何度も伝えたらさ。
いつも、じゃあ良い。って返してきた挙句、他の娘と遊んでるのを見せつけてくるだけなら耐えられたんだけど。
何もかも巧くいっちゃうもんだから、段々調子に乗って傲慢に成って、好きな人が好きな人じゃ無くなっていくのを見続けるのに比べたら」
ほぼ一息で言いきり、逃さないと見つめてくる。
「辛くないんだ」
「……お、おう」
「まあ、そんな雅が嫌だから壊すために綾小路君と組んだから、裏切ったって言われても仕方ないけどさ」
ここで、逃げ道を作るなずなに俺は転がされているかも知れない。
「いや、綾小路には絶対知られたくないが、正直、負けて良かった。なら、何を気にしてるんだ?」
「うん……もしかしたら、帆波とも好い仲かも」
自分でも信じてないことを祈るように言う。俺と付き合うようになってから「帆波に相談されることが出来たんだよね、内容は秘密」と、嬉しそうに話していたなずなにはキツイだろう。
「それはないぜ」
「う……」
断言して止めを指す。
「負けたから分かるが、綾小路は徹底したリスク回避を主眼に置いている。まず、安全を確保する奴が他クラスのリーダーに手を出すか?そうすりゃ、俺たちなら噂くらい聞こえるはずなのに聞こえない。答えは、明らかだろ」
「だよね……桔梗と鈴音も今の今まで知らなかったし、こんなとこに男独りってことは本気かあ……はぁ、綾小路くんには義理あるんだよね。鈴音と桔梗も可愛い後輩なんだよ。本当に」
そう言いながら、迷いながらも携帯で通話しようとする。
「でも、帆波には義理も恩も借りもあって相談もされてるから比べられないんだよね」
「そこで区切りを付けられるところも好きだぜ。綾小路の撒いた種だあいつに刈らせれば良い。」
帆波のは、純粋な恋慕だ。初恋らしい。なずな曰く、男と女は互いに愛し合う相手だけを愛するべき。そんな価値観を持つ奴の初恋。
――今そこで二股していた奴に対しての初恋。疲れに溜め息をつきたくなる。
「ありがと……まあ、股かけてるけど、不誠実じゃないからそれは良しとしていいか。股かける奴にはなれてるし」
「だろうな」
「そうそう、私の好きな人がそうだからね。遊びで散々股かけた挙句、私もその一人に誘い続けて、帆波までその一人にしようとした奴。それに比べたら遊びじゃなくて誠実だからマシだよ」
「今はお前一人だ」
「じゃあさ、さっきから連絡先尋ね回ってる相手教えてよ。女の子でしょ」
言葉に角が有ったのはそれでか。
「坂柳だ。連絡先知ってるか?」
「あーあの娘かぁ。昔は超然としてたとこ有ったけど、回りに良い意味で愛着もつようになった娘だよね。恋をすると女は変わるね」
後輩の成長に、嬉しそうに目を細める。坂柳が綾小路にとはな、なずなに教えられなければ気付かなかった。
数年越しの特別な想いが最近恋になったらしい。もちろん初恋。
――重い。その相手が二股かけている所に立ち会ってしまった。運がない。
「あ、連絡先はないや。あの娘のクラスの何人かはあるんだけどさ」
「いや、良い。今連絡先が分かった」
「そう、でも雅、どうしてあの娘にも連絡するの?私が帆波を応援してるって知ってるよね」
帆波派のなずなとしては気になるだろうな。
「二つある。一つは、綾小路への嫌がらせだ」
「本気」
衝撃に真顔で固まる。
「雅、あの子は怖い子だよ……導火線が何処にあるか分からないし消す方法も分からない、そもそも導火線があるかさえ分からない。正直、得体が知れない。
それでいて、理知的で、義理堅いし、人格は安定している。怖いよ。本当に」
「……」
「私さ。何時、用済みで消されるか不安だった。だから、今日の鈴音と桔梗と過ごす姿見て心から安心した。私たちのこともだけど、帆波をぶつけても大丈夫だって、本気の想いには答えてくれる子だって安心した。でも、あんたはあの二人じゃない。綾小路くんを心から好きな帆波でも坂柳でもない。嫌がらせなんて止めて、どうなるか分からない」
「安心しろ。俺もそう思っている。あいつが怖い。露悪的な言い方をしてすまないな。ただのお節介で終わる話だ」
今日それなりの本性と話して確信した。
間違いなく、あいつは他人の痛みを理解して情を抱いていても、躊躇わず理性で踏み潰せる奴だ。それも、行き着く先までやりかねない。
あの野郎、帆波を使って俺を始末しただろうと聞こえるように言っても、視線一つ動かさず流しやがった。
最大の禁忌の殺人に、表情どころか視線さえ動かさずに受け入れた男。修羅場をくぐった経験は間違いなく俺より上だろう。
あいつとは「遊び」で止めるべきだ。不戦を結べて良かった。
「……どうするつもり?」
それでも、不安なのだろう眉を寄せて怯えている。好きな女にさせるような顔じゃないな。
「綾小路に聞かれたら後輩の応援と答える。男よりも女の後輩を優先しただけだ。どうだ、ただのお節介だろ」
「あー、それは確かにそうだね。帆波と坂柳本気だからさ。先輩として応援してあげたくなるよね」
心から安堵した笑みを浮かべ、何時もの調子を取り戻したなずな。
「……でも、本音は嫌がらせなんだ」
「俺だからな」
綾小路の事だ。俺たちに知られた今、リスクを計算し始めているはず。これ以上手を伸ばすことはない。
向こうからつつかせる必要がある。
俺の有り難いアドバイスをタダで聞いた奴には良い嫌がらせだ。
嫌がらせで済むんだここまでは。
「あはは、それでこそ雅だよ。間違いなく雅。それならお節介だね。うん、お節介」
俺が復活したことに喜び目端に涙を浮かべて俺を見てくるなずなに、愛しさを覚えるが今は抱きしめられない。その前にやることがある。
「で、こっちがメインなんだが、女の情念を湛えた坂柳と帆波の相手をしたくない。ここで会って話をしたことも何時か耳に入る。拡大変色した形でな。女はそんな時、誰にヘイトの矛先を向けるんだ?恋する男か、デートしていた女か、交流があるのに教えてくれなかった先輩か」
「教えてくれなかった先輩。恋敵はまだ敵だから敬意を持てるけどさ、裏切り者にはそんな価値さえなくなるね」
なずなは笑みを消して同じ女として答えると、どこぞにメールを打ち始めた。
「裏切り者か。帆波は兎も角、俺とお前は坂柳の連絡先さえ知らないんだがな」
裏切りにはならないのではないか、儚い願いに女としてなずなは明確に答える。
「それが?」
「だよな」
儚い、あまりに儚い望みを潰したなずなは、どこぞにメールを打つと帆波にコールする。
「…………あっ、帆波。今、大丈夫かな」
「――」
「あ、うん。そうそう、今雅と買い物してるんだよね。なんで分かるかなあ」
「――」
「えっ、そんなに嬉しそう。まいったなあ」
「――」
「んふふ、下着を買いに来たんだよ。下着専門店の〇〇でね。い・っ・しょ・に、見てもらって……やー帆波は可愛いなあ。真っ赤になってるでしょ」
「――」
「あはは、ゴメンゴメン……うん?いや、違うよ電話したのはね。店で珍しいというか有り得ない顔見てさ」
俺には聞こえないが、帆波らしい反応に浮かべていた笑みを消しガラリと口調を変える。
「帆波、ごめん。帆波に自分で自覚してもらうのを優先して下手打っちゃた。気をしっかり持って二つ聞いてほしくってさ。電話したんだ」
「――?――」
「まず、深呼吸して……うん、よろしい。一つはね、綾小路くんがここに居る」
「―――?」
「そう、綾小路くん。綾小路くんが〇〇に居るの。下着専門店の〇〇に」
「――――?」
「ううん。一人じゃないんだ。女の子と一緒に来てる」
「―――……?」
「女の子と一緒に、閉店間際の下着専門店に居る……この意味、分かるよね?」
「――!??――!!!」
電話越しでもわかる金切り声の悲鳴をスルーして、携帯に集中する。坂柳の奴、鳴り続ける知らない電話番号を調べているな出やしない。
「ごめんね。誰って教えられない」
「――!?」
「何で教えてくれないかって?他人のプライベートだよ。話して良いことかくらい帆波なら分かるでしょ。逆に聞くよ、何で帆波は知りたいの?」
「――」
「でも、だって、か。うん。帆波は興味本位で聞いて良いことか理解してるね。理解してて、それでも知りたいんだよね。帆波はどうしてか分かるかな…いや、それは重要じゃないか。今重要なのは」
一拍だけ置くと話を即座に続ける。見事だ。あれなら余計な事を考える余裕がなくなる。
「今帆波がどうしたいかだよね」
「――?」
「うん。帆波が今どうしたいかを教えて欲しいな」
「……――」
「分かってる。直ぐに決められないよね。でも、どうしたいか考える時間はあるから大丈夫」
「――?」
「何でって。綾小路くんが彼女と店の奥に行ったからだよ。試着には時間かかるでしょ。だから、時間は気にしないで迷えるじゃない」
「――!?」
「もちろん、私も待ってるよ。だからさ、焦らずに帆波が今したいことを教えて」
「――」
「うん。待ってるよ……ううん。気にしないで、先輩をドンと頼りなよ」
坂柳はまだ出ない。なずなが耳から携帯を離した姿を見て疑問をぶつける。
「なあ、なずな」
「何」
耳から離した携帯から目を逸らさないなずな。
「何で燃料投下したんだ、あれがお前の考えた伝え方か?」
帆波が、あの態度で自覚無かったのかよりもこれが気になる。
自らの内面に問いかけ想いを確認し始めた瞬間に、急がなければどうなるのか不安を煽りながら行動を迫る。
今、帆波は身を焦がすような焦燥感に駆られているはずだ。
来る。間違いなく来る。
あれだけ焚き付けられて来ない奴は居ないだろう。俺のからかい混じりの露悪的な言葉とは違う。燃え盛る炎にガソリンをぶっかけたようなものだ。
下手すると此方にまで飛び火しかねない。
「そう、あれが私の考えた伝え方。私のお節介なんだ」
「……綾小路に何か恨みでもあるのか?態々修羅場にする意味があるとは思えないんだが」
修羅場がほぼ確定した場所から速く逃れるため。坂柳に伝えて逃げなくてはと内心焦る俺に、なずなは静かに目を向けてきた。
「雅ってさ男だよね」
「は?」
「帆波には必要な事なんだよ。あの娘我慢しちゃう娘だからさ。ひたむきすぎるから……間違った道を進んでも後戻りしないで傷ついちゃう。
夢は一つしかかなわないって思い込んで多くを望まない娘だからね。本当に、欲しいならぶつかることを知らないと」
「帆波が遠慮するのを避けるために、まず綾小路に突撃させるのか。女が二人居ると言わなかったのはそれでか」
「うん。二人居るなんて聞いたら帆波のキャパ越えちゃうからね。知るのは、突撃したあとで良い。それに、綾小路くんは本気でぶつければ受け止め――あ、もしもし、帆波。うん、まず落ち着いて息吸って…吐いて」
「はぁ、はぁ」
電話越しにでも聞こえる帆波の荒い呼吸から、意識を逸らす。
綾小路が修羅場になろうがどうでも良いが、俺たちが無事に出るためにも、坂柳には速く出てもらいたい。
「あ、そうだ」
帆波が落ち着くのを待っていたなずなが、唐突に声を掛けてきた。
「綾小路くんに恨みはないけど嫉妬してる」
「雅を元に戻したのは、綾小路くんだからね。女としてモヤってしちゃう」
「……お前の献身があったからだ」
「うん、分かってる。それでもさ。あっ……帆波、慌てないで、どうするか決め……来るんだね!」
グッとガッツポーズしながら歓喜に声をワンオクターブ上げる。そりゃ、そう仕向けたから来るだろうよ。
「ううん。綾小路くんは迷惑に思わないって」
「――」
「夜道を女一人で歩くんだよ。まず落ち着いて、服装は動きやすくても可愛いので……あー、走るから靴は運動靴か……ダメダメ、もう少し服に合ったのにして、見せる相手は綾小路くんだよ。その辺分かってる?」
「――」
「よし、分かった。私が直前にチェックして身嗜み手伝ってあげる。制汗剤とか一通り持ってるからさ。汗だくでもいつもどおりのかわいい帆波にして見せるから、帆波は身一つで来なよ。場所は?店の前?」
「――」
「ケヤキモールの入り口でね。何だったら雅も付けるよ。男の人の視点欲しいでしょ「おい」あ、ちょっと待ってね……何?」
「なずな、さっきも言ったが女の情念抱えた奴の相手は、厄介で面倒――」
「雅」
花が咲くような満面の、しかし底知れない何かを込めたなずなの笑みに気圧される。
「私と、女の情念抱えた帆波、どっちが怖い?」
坂柳、三度目の呼び出しだぞ。いい加減とってくれ。
「……帆波には面倒をかけた借りがある。返しても良い頃合いだな」
「だよねー」
視線が携帯に逸れたお陰で圧迫感が消え――
「雅、ひとつ覚えておいて」
「あんたが言った女の情念ってやつは、女の子のひたむきな想いの結晶。厄介でも面倒でもない。次言ったら承知しないから……ごめんね~帆波。雅も俺でよければだってさ」
「――」
「ああ、お礼は直に言ってあげてよ。帆波が此処に着いたときにさ」
坂柳、まだか、速くしてくれ。今の俺にはお前の礼儀正しく愛想のない声が必要だ。
「うん、待ってる。帆波、二つ聞いてほしいって言ったの覚えてる?着替えながらで良いから聞いてもらえないかな」
「――」
「ありがと。もう一つはね。帆波、まだ勝負も何も決まってないよ。まだ、女の子と下着専門店に来てるだけなんだからさ」
「――?」
「私と雅を思い出して。雅がどれだけ色んな娘に手を出して、私と――」
予想通り、話が飛び火した瞬間、待ち望んでいた声が聞こえた。
「はい」
待ちわびた声に、逸る心を呼吸ひとつで落ち着ける。
「坂柳か。南雲だ。今話したいことが有るんだが時間はあるか?」
「連絡先を教えても居ない方が、夜中に何度も電話をかけてくるとは不躾ですね。今私は(夢のような時間の、棋譜を思い返すのに)少々忙しいので、後程お会いした時にでもどうでしょうか?」
迂遠に断ってくる坂柳が、この後どう反応するかを想像して声に出して笑えればいいんだが。修羅場になりつつある場所に居る今は、笑えない。
「そうか、実は綾小路の事で至急教えておきたい事が有ったんだが、忙しいなら仕方ないな」
「……手短にお願いします」
何故俺から綾小路の名前が出るかと問わず、腑抜けていた俺をからかわずに、直截に聞く辺りこいつも女だな。
電話越しさえ感じる聞き漏らすまいと張り詰めた空気。綾小路の野郎、放置しているな。
モノにした女を優先する。男として正しい。本当に正しい。
が、俺は男と女の後輩を並べた時、躊躇わずに女の後輩に味方する。心に刻んだだろう。
「実はな――」
坂柳はどうするか。俺の知る坂柳ならまず情報収集に走るだろう。そして、出遅れたことを認識して手を打つ。
――いや、まさかとは思うが来ないよな。体が悪いあいつは来ないはずだ。
ここ数話で、一番女性として強かにしたのは朝比奈先輩のつもりです。