高山流水さん、いつも誤字訂正ありがとうございます。
「悪いな。お前が何を言いたいのか正直分からなくて考えていた」
「え、その、私が言いたいのは……も、もっと段階を踏む必要があると思うのだけど」
目を踊らせて顔を振られ、鈴音の顔が鎖骨に擦り付けられる。火照った滑らかな肌の心地良い感触に目を細める。
「そうか?」
「そ、そうよ。だって、心の準備が……」
胸元でスリスリしながら、上目遣いで見上げてくる。
つられた様に手を伸ばして鈴音の頭を撫でる。
ぽふぽふ、ぽふぽふ。
「んっ」
心地よさに鈴音も目を閉じ、キスをねだるような表情をする。
「堀北さんっ……目細めて、あんなにっ……気持ち良さそうにっ……私にはしてくれなかったのに……男の人って……女の人って……男なんて……女なんて……」
たらりと、背筋に冷たい汗が流れる。
まったく意図していない無意識の行動だったが、一之瀬はある程度理性を取り戻し、オレの方に感情をむけ始めたようだ。
怒りと憎しみの感情だが、呆けられたままでは何をしても無駄だった。一歩前進したと思おう。
「心の準備?そんなの必要か?もう知らない仲でもないのに」
「確かに、そういわれてみれば……そうよね」
キスをしない非難を込めたボーッとした目つきの僅かに理性を戻し始めた鈴音(と一之瀬)をさらに言葉で責める。
「だろう。恥じらうお前は可愛いが、途中で耳を塞ぐな。ああいう時は俯くくらいで、耐えろ。恥じらう可愛い姿をオレに見せて耐えて欲しいな。もちろん、お前が嫌ならお前の意思を尊重する」
「な、何言っているのよ……あ、あなた。知らない仲と言ってもまだ半月しかたっていないのに」
「は、半月って、綾小路くんが部屋に行って良いって聞いたら……忙しいって…え?……ああ?そっか、そうだったんだ……うらぎってたんだ。綾小路くん…………男なんて……女なんて」
……いい加減に落とした商品を拾うべきだぞ一之瀬。
はぁ、と吐息を漏らすと鈴音が静かにこちらを見つめてくる。
「あ、あなたが、変わったというかマシになったから、話したいことがあるのよ。聞いて」
「お前のことか?」
「リボンのワンポイントに拘る理由を話そうと思うのだけど……聞きたいわよね」
「気になるからな。聞きたい」
いつも通りの、強引さと理不尽さを混ぜた強気な姿勢も愛らしく思えるものだ。
「堀北さんって……男の人に興味ないって顔して、あんなっ……抱きついて体すり寄せて……男なんて……女なんて」
「そ、そう。聞きたいの……私って兄さんの真似ばかりしていたわよね。いえ、依存していたわ」
「そうだな」
「はっきり言うのね。正直、ありがたいわ」と、くすりと自嘲をこめた笑みを浮かべる。
「昔は、何で私が男じゃないのかって時期さえあったわ。男なら兄さんに少しでも近づけるのにって」
「なるほど」
驚くほどのことではない。鈴音なら納得しかしない。
「その時でも、体の一部にはリボンを着けていたのよ。当たり前だけど、兄さんはつけていなかったのに」
「兄貴につけている姿を誉められたのか?」
首を振って否定する。
「兄さんは関係なくずっと体の何処かにリボンをしていたのよ。ずっとね。兄さんに近寄るなって言われる前も後もずっと。体が育って女らしくなって、明らかに兄さんと違うようになっても、リボンだけはずっと」
体に鈴音の重みがかかる。まるで、自分の大切なものを渡すように。
「今ならわかるわ」
「私にとってリボンって、私が女の子だという証みたいなものなのよ。昔も今も」
変でしょうと微笑む鈴音に首を振って否定の意を伝える。
「そう、そっか……変じゃないの。あなたはそう思ってくれるの」
一度目を閉じ、目を開けて顔をほころばせる。
「あなたに誉めてもらえて、女の子だって受け入れてもらえて……その……嬉しかった」
堀北兄、あんたの気持ちがよくわかった。
確かに、この笑顔をみると何もかも理解できる。
「ありがとう」
はにかんだ笑みは百の言葉よりも雄弁だ。
「ふぁぁっ……堀北さん可愛いよう……これじゃあ、綾小路くんだって……ううんっ……男の人って……女の人って……男なんて……女なんて……」
良いところで水を差される。
……勝手だが、ついに女性不信の気さえ持ちつつある一之瀬が居なければと思わずに居られないな。悪いのはオレだとしても。
「にしても」
自然と浮かべた笑顔に戸惑ったのか、咳払いひとつすると鈴音が視線を合わさずに切り出してきた。
「あんなに、あなたが私の容姿をほめるとはね。昔から、び、美少女だと思っているのなら言葉に出さなくても、態度に出してほしかったわ。ほかの男子はともかく、あなたときたらいつも無表情だったし」
どこか責めるように言ってくる。
「お前の容姿を誉めたのはお前が喜ぶようになったからだ。入学した頃は誉めなかっただろう」
「……今は喜んでいるとでも」
「ああ」
「……断言するのね。私が、容姿を誉められて喜ぶようになった根拠でもあるのかしら」
「お前、兄貴みたいな一見して完璧な存在になることしか興味なかっただろう。あの頃、清潔であることと体裁が整っていること以外自分の容姿に興味なかった。ほかの男子にそんな目で見られても何とも思っていなかっただろう?」
「うざったいとは思っていたわね。今もだけど」
「いいや、今は違う。少なくともオレに褒められてうざったい以外の感情を覚えるだろう」
「……」
プイと横を向くなよ。子供かお前は。いや、情緒面は子供だな。オレと同じく。
「良い女になったってことだ」
「良い女ね……あなたに抱かれたから…そうなったと言いたいの?」
「別に処女じゃなくなったから女になる訳じゃない。内面が変わらない女は腐るほど居る。ここ数日で、自分の内面が変わったことをお前が一番解っているだろう」
「確かに……そうね……あなたと同じくらいには変わったわ」
兄を理想ではなくただ兄と受け入れた少女に問われ、リスク回避を最優先にしていた少年は答える。
「そうだな。オレも変わった……で」
「ん?」
「喜んでいるのか?オレに可愛いと誉められて」
「……っ……」
「堀北さん、真っ赤になって俯いてぷるぷるふるえてるのに…何で、聞くの?」
後ろからなにか聞こえる。そんなの自分の口で言わせたい以外の理由が必要なのだろうか。
「…知りたいの?」
「当たり前だろう」
「そう、わかった教えるわ……これで、どう、かしら?あなただけよ。見て良いのも。さわって良いのも」
「胸に、綾小路くんの、手…」
一之瀬のぼんやりした声を聞き流す。
柔らかく暖かな感触が手に浸透する。ふるふると震える体と上目遣いで微妙に目を合わさない。手に振動として伝わる鼓動が想いを伝える。さらに想いを知ろうと手に力を込め。
「ダメよ。これ以上シワにしたら…」
「……試着じゃなければいいのか」
「……ええ」
「この下着を買わないか。お前によく似合っている」
「買うわ…だがら、その手を一度離して頂戴」
「お前がオレの手を押さえている手を離した上に」
「上に?」
「綺麗と言われて嬉しかったかの答えを言えば離す」
「…………」
後ろから息を吸い続けている音が聞こえる。どう考えても、肺活量の限界を超えていると思うのだが大丈夫だろうか。
「…認めるわ。ええ、認める。あなたに綺麗と言われて嬉しくて喜ばしいと感じているわ…変わったわね、私」
「オレにとっては嬉しい変化だ……だから、次見せてくれないか。もっとオレを楽しくさせてくれ。お前の可愛い姿を見たいんだ」
「……待ってて」
シャッと音を立てて紅く染まった鈴音の姿が消える。再度の、鈴音のはにかんだ笑みに思わず見惚れてカーテンの音がするまで呆けてしまった。こんな関係になって笑顔を何度か見たが、ここまでのは初めてだな。堀北兄が見れなくなったのを悔いていたわけだ。
さて──
余韻を飲み込んで振り向く。
下着に隠れ、目以外、花のような満面の笑顔を浮かべた少女と目があう。
「忘れられていた女の子は思いました」
人食い鮫のような鋭い視線と目を合わせる。
「たとえ恋人であっても、他人の前で猿のようにいちゃつくのはどうかなって」
棘しかない言葉を冷静に流して呼び掛ける。
「一之瀬」
一之瀬はオレを睨みながら、手につかんだ下着──もちろん売り物をぐしゃぐしゃにしだした。
「っ……女の子は恐ろしいものを見ました」
弁償の必要があるな。オレが。
「恐怖、衆目の中でクラスメイトの胸とお尻をもみしだく変態男」
「一之瀬」
責められても、波風一つ立てずに冷静な口調で話すオレについに耐え切れなくなり、花のような笑みを崩す。
若いな。まだまだ経験不足だ。いや、元々感情を素直に発露する一之瀬にしてみればよく持ったと言うべきか。
「えっち」
「一之瀬」
「綾小路君は、えっちだね」
「一之瀬」
語気を強めると一之瀬に変化が訪れる。
「な・あ・に」
一字一字区切りながら気合いの入った笑み──綾小路が知るはずがないが神室が見た坂柳と同じ笑み。
俗に言うコロス笑みを深めて、夫の浮気を咎める妻のような口調。
今、一之瀬に話して効果的な言葉を脳裏で探す。破裂して理性が飛んだ状態の相手だ。長くては意味がない。一言で致命的な、獲物をしとめる言葉を。
「鈴音だけじゃない」
「………ふぇ」
予想通り目と口を丸く。額縁に『仰天』と題して飾っておきたい表情で固まる一之瀬に背を再度向ける。
「桔梗」
「…………ふにぁ?」
ゆっくりと振り返りカーテンの閉まったもう片方に声をかけると、背後から人間の声とは思えない一之瀬の鳴き声が聞こえる。
ガタン
「なっ、何っ」
驚き何かにぶつけたような声が響く。
「え?…………この声……まさか……うそ、うそ、だ……よね」
「大丈夫か」
「だ、大丈夫。大丈夫。だいじょうぶ。わ、私はね、堀北さんと違って、今まで色んな人に誉められてるからね。そう簡単にはいかないからねっ。綺麗とか可愛いとか言われ慣れてるから。堀北さんみたいにはいかないからね」
静かだと思っていたら、鈴音に対する称賛をずっと聞いていたようだ。それを、自分に置き換え、軽いパニックになっているらしい。
「色々誉めた奴をお前はどうとも思っていなかっただろう」
「ま、まるで、じ、自分は違うみたいだね。自意識過剰じゃ──」
「そう思っている」
「っ」
「いや、そう思わせてくれ」
「っ~~!?だ、誰っ、あんた誰っ!?」
「綾小路だが」
返答に重いため息がひとつ聞こえる。
「はぁ~~っ……まあ、いいか。清隆くんだもんね。驚いていたらキリないし」
いいらしい。
「……え?……え?……き、桔梗ちゃ……ん」
驚愕のあまり抑揚さえも消え失せ『無』と評すべき一之瀬の声を聞きながら、桔梗に意識を向ける。
さて、桔梗とのいちゃつきをして、一之瀬に対する精神的調教の段階を上げるか。
ちゃくちゃくと壊していきます。
卒業前に、堀北兄が堀北さんの笑顔を見ることができますように(祈