一之瀬の下着の試着を見た後、新しい下着に着替えカーテンを開けた──見計らったタイミングだった──鈴音と一之瀬は無言で会釈だけをした。
鈴音の下着を称賛した後、桔梗が新しい下着に着替えカーテンを開けて、初めて一之瀬に気付いたように会釈したときも無言だった。
鈴音と桔梗に送った意図を示したチャットには、待ち構えていたのだろう直ぐに既読がついたのだが、呼吸するがごとく自然と無視された。
お陰で人目のある店内である程度カタをつける都合の良すぎる甘い目論見は消えた。
店の中は勿論、荷物を手に持った三人を苦心して背負った帰り道も、部屋に帰ってから食事の準備をしているときも桔梗と鈴音と一之瀬の間には一切の会話がなかった。
まるで、噴火前の火山のような腹の底に違和感のような淀みを感じさせながら、無言だった。
──で、食事が始まってからこうなっている。
「……そもそも不純異性行為自体が良くないことだよ。今までは兎も角として、これからは辞めた方がいいと思うんだ。ほら、生徒会の一員として見過ごせないし」
「生徒会長の南雲先輩は?今は朝比奈先輩一筋とか言っても、少し前の南雲先輩が色んな娘と遊んでいたことを、一之瀬さんも知ってるよね」
「……たとえ、あの人がそういうことに奔放だったとして、私たちがして良いことにはならないよ」
「その通りね。流石よ、一之瀬さん。生徒の見本としての姿を体現してるということは素晴らしいわ。私にはできないわね」
「そうだね。流石、生徒会って感じがするよ。生徒の見本なら少し固いくらいが正しいね」
鈴音と桔梗は誉めている。
嫌みではなく心底誉めている。
まるで、幼い子供に頭を撫でて偉いねと言うように。
一之瀬では出せない女の笑みを浮かべて。
「──っっっ!!??」
ガチャンと一之瀬の方から物音がする。
まるでコップを手から滑らせて落としてしまったような音だ。
「大丈夫、帆波ちゃん」
「大丈夫だよ。気にしないで桔梗ちゃん、堀北さんも気持ちだけで大丈夫。ありがとう」
直ぐに桔梗がハンカチを取り出しながら、一之瀬の手を拭こうとするが、身を乗り出した鈴音と一緒にやんわりと一之瀬が止める。
「そう、解ったわ。でも、追加は必要ね。清隆君、あなたも新しいのがいるでしょ。紅茶でいいわよね。ミルクなし砂糖ひとつ」
直前まで、オレを石の置物のように扱って放置していたのに、こんなことをする鈴音が恐ろしい。
「どっちかというと黒糖の方が清隆くん気に入ってるよね。私が持ってきたの」
「そうだったわね」
自然と合わせながら一之瀬を攻撃する桔梗も恐い。
オレが何一つ言葉を挟むことなく、目前にぬるめの紅茶が置かれる。
飲まないと選択するのは、勇気ではなく蛮勇だろう。
──旨い。好みの味と丁度良い熱さに思わず顔が綻んでしまう。これを飲んだら引き戻せなくなると分かっていても、長いホワイトルーム生活で味覚が死にかけていた舌が旨さに踊り表情に出てしまう。
「……二人とも、綾小路くんのことよくわかってるんだね」
半月で遅れに遅れた差を見せつけられ、焦燥感と危機感にカタカタとカップを鳴らしながら一之瀬が平坦な口調を崩さずに話しかける。
「積み重ねた時間が違うもの。入学当初からの隣人でこういう関係になったんだから、当たり前じゃないかしら」
「……ふうん」
「あはは、下世話だけど、ベッドの中の癖もしぐさとか、喜び方と喜ばせ方を知るようになったらね。知ってるかな、抱きしめられたまま突かれ続けたら意識飛んじゃうんだよ。で、突かれた衝撃で意識取り戻してまた飛んでを続けられた時なんか……もう、言葉に出来ないよ」
「……へえ」
カチャンとゆっくりと一之瀬が静かにカップを置く、てっきりカップとソーサーがカタカタうるさく鳴り響くと思ったが、物音ひとつ立たない。
一之瀬が落ち着いたのだろうか。
「寝たら綾小路くんの全部を知ったことになってるんだ?それって都合のいい女っていうんじゃないのかな?知ったんじゃなくて知ってるつもりなだけだと思うよ」
頭の中でコングが鳴り響いた。
「あはは、後半から答えるね。知ってるんだよ。知ってるつもりじゃなくて知ってるんだよ。清隆くんの冷たいところも、怖いところも、暖かいところも、優しいところも。全部。で、何だっけ……ああ、そうそう都合がいい女だよね?ありがとう一之瀬さん。清隆くんのこと何も知らないって公言するなんてね」
桔梗は笑顔だった。優しい笑顔だった。何も知らない幼子に向ける笑顔だった。
「……さっきも店で私が見てる前でエッチなポーズしてたよね。ポーズもだけど、体に残るロープの痕を私に見られて恥ずかしいとは思わないのかな?正直、変態だと思うんだけど」
「もちろん恥ずかしいけどなんの問題もないよ。これは私が清隆くんに愛された証拠だからね」
「……っ!?そんな風に考えるんだね」
「ええ、牽制だから」
「牽制?」
一之瀬の疑問の眼差しに、鈴音と桔梗は一度目を見合わせて、何かを確認するように頷き合う。
「分からないなら良いわよ」
「一之瀬さんは本当に可愛いね」
またもや女の笑みを浮かべる。今度は意味が分かった。
女として「あなたと違って愛されたのよ」と言ったのに一之瀬が未成熟すぎて通じなかった笑みだ。あれは。
……それを一之瀬も理解した──してしまった。
「……性欲に塗れた同い年の女の子って初めてみるけどさ。正直、見ててキツいよ」
「そんな風に考えるのね」
普段の一之瀬を知る者ならば目を剥く辛辣な言葉に、ふう、と鈴音は一口茶を飲む。以前にはなかった艶かしさを見せつけながら。
一之瀬にはないモノを見せつけながら。
「あなたは本当に善良な良い子なのね。一之瀬さん。部屋に来てもベッドに誘われない。そして、自分からは傷つくのが怖くて誘えないのね、あなたは。自分が可愛いだけで、口を開けて清隆君が振り向いてくれるのを待つだけの良い子」
教え導くような優しい声だ。
紅茶を淹れてもらった後、置物のように放置されている身としては、重苦しいモノを飲み込んだような気分になる声だが。
「男の都合の良い女にさえなれない良い子ね」
「っ」
あからさまな罵倒に、無表情のまま一之瀬が遂に眉を上げた。
「分からないなら、教えてあげるわ。他の男は知らないけど、清隆くんってこんな風に無表情だけど穴に突っ込みたくてサルみたいに発情しているのよ。突っ込まれて胎の底で理解したわ」
……三股かけていることが露呈している時点で紙屑になっているとしても、オレの名誉を考慮してもらいたい。それでも、腹の底の間違いではないのかと無粋な突っ込みをしないのが、たしなみだ。
一之瀬もモノにしたいとチャットで伝えたのに返答がなかったから程度荒れると把握していたが、ここまでになるとは、想定の範囲とはいえ結構キツいな。
「……綾小路くん、そんななの?」
食い付く一之瀬に鈴音が即答する。
「ケダモノよ」
「……具体的には?」
「突っ込まれて責められると、圧迫されて呼吸が出来ないわ。吐き出せても吸う余裕がなくなるの、それが何十分も続いていくのよ。泣いても懇願しても止めないどころか楽しそうに責めてくるわ。
だから酸欠にならないように、隙を見てキスしたり胸に手を誘導して意識を反らさせて、タイミングを計って酸素を求めるのよ。呼吸を僅かな時間で最大効率でする練習は必須ね」
「……は?」
想像するも理解できずにポカンと一之瀬が口を大きくあげる。
突然始まった女の猥談に、居たたまれないオレを横目に桔梗も参戦した。
「言っとくけどしてる時って、普段の半分も頭働かないからね。目の前が白くなって、上下の感覚がなくなって、身体が宙に放り出されたような浮遊感……そうだね。高熱で意識が朦朧としている時が近いかな」
「違いは、高熱の時は気持ち悪いけど、している時は気持ち良いわね……慣れてきたから、胎内に入ってる圧迫感さえ心地よくなるわ……押し広げられる痛みが薄くなれば、だけど」
「そ、そんなに、痛いの?」
「痛いし酷いよ。口でしたらアゴ外さないと全部入らないくらいのモノ突っ込まれているんだよ。喉までくるのに全部飲み込めない」
「の、喉っ」
喉元を抑えて戦慄する一之瀬。
あまりにも生々しい話に、流石に辟易してきたな。何時まで続くのだろうか。
「ええ、口でするときはするときで、吐いたり窒息しないように出来るまで長かったわ……本当に死ぬかと思ったわね」
「……」
「出した後のインターバルも短くて、ほっとくとすぐ回復するんだ。だから、長引かせるために手と胸を駆使するんだけど、そういうの知ってる?」
「……知らない」
理解不能の存在を見る目で、一之瀬がオレを見詰めてくる。
目を反らさずに受け止めると、他者をそんな目で見詰めたことを悔いるように善良な一之瀬は目を反らした。
そんなオレたちには目もくれず鈴音が言葉を続ける。
「そこまでしても、最後には前後不覚にされるわ。今まで意識を保てたことはなかった。いつも、体液まみれの体を暖かいタオルで拭われる感触で目を覚ましているわ」
「っ!?」
「目を覚ましても、意識は朦朧としててピクリとも動かせないんだよ……男の人に体の隅々を後始末される恥ずかしさには慣れないよ」
そういうときの可愛らしい反応に何時もそそられているのだが、そんな事を黒い瘴気さえ見せるこの場で考える訳にはいかず蓋をする。
確かに、ここまで言われても加減しようなどと考えもしないオレはケダモノだな。
「一之瀬さん。よければ、貴女が私達が言ってることどれくらい理解できたか教えてもらえるかしら?」
「……三分の一、くらいかな」
悔しげな気配を出しているが、正直なところ想定より理解している。最初の時の鈴音と比べれば余程上だ。
そんな風に考えていると、鈴音が柔らかな声音で語り始めた。
「……一之瀬さん、私はあなたよりも性に疎かったわ」
「え?」
「と、言うより興味がなかったのよ。けど最初に抱かれた時に理解したわ。性を忌避していたらやってられない、学ばなければ体か壊れるかもしれないと」
「こ、壊れるって」
「本当だよ。一般的な男と女の関係云々じゃなくて、私達が相手してるのは清隆くんだからね。他の人知らないから、聞いた話で判断するしかないけど、かなり特殊だと思うよ清隆くんは」
「特にあなたは元陸上部だから私みたいに鍛えられているはずよ。だから締め付けが違うと思うわ……大変よ」
「締め付け?」
「うん?ああ、そっか、それもわからないか……まあ、直にわかるから気にしなくていいよ。さっきの話だけどさ、一之瀬さんが言ったこともあながち間違ってないんだよ。相手しているうちに、性に塗れたと自分でも思う。官能って、動物みたいに貪られるんじゃなくて、愛し合う心の優しい交歓だなんて甘い妄想してたんだけどね……ああ、そういえば、一之瀬さんも甘い夢見てそうだよねえ」
「でしょうね。現実を厭忌して想像さえしないあなたは、都合の良い女にさえなれない良い子でしかないわ」
「っ」
男には理解できない所で一之瀬は負けたらしい。鈴音の断つような言葉に悔しげに顔を歪めると、俯き目を逸らす。
が、直ぐに顔を上げた。
溜め込んでいたモノを表に出した一之瀬がこの程度で壊れるはずかない。
「意外と頑張るわね」
「結構芯脆い方だと思ってたんだけどなあ」
「……綾小路くんのお陰でね」
「都合の良い女にさえなれない良い子でも、男の人にすがりつけはするんだね」
「良い子だから、すがりつくのが上手なんじゃないかしら」
「っ!?……現在進行形ですがり付いてる二人が言うと説得力が違うね。一つ勉強になったよ」
「へぇ」
「一つ、で良いのかしら」
細める目から嗜虐的な色さえ見える二人は、本気だ。本気で一之瀬をなぶり尽くすつもりだ。
疑いすぎだったな。
鈴音と桔梗に何らかの企みが有るのか疑っていたが、一之瀬と絶交さえ有り得る所まで諍うならば企みなど意味がない。
無表情のまま息を飲んだ一之瀬も、予定通り折れない。
ならば、今ここでオレがやるべきことは一つだ。
……聞き流そう。聞き流しながら彼女たちの様子を見て、決定的な時にだけ口を挟もう。
二人が一之瀬を落とすだけ落としたあと、オレが浮かばせれば良い。この場合の落差は良い印象を与えるからな。
そう考えながら、これからも続く女の争い──諸悪の根源はオレだが──に英気を養うためにカップを口につけ気を緩める。一瞬、ほんの一瞬緩めた。緩めてしまった。
「そうそう、清隆くん。そろそろ一之瀬さんに四股目の白羽の矢を立てた理由を聞かせてもらえないかしら、聞かせてくれたら今日はお暇しようと思うのだけど」
だから、一之瀬を叩いたまま間髪をいれずに鈴音が発した言葉に隙を突かれて一瞬固まってしまった。
当たり前だが、自分以外の女を恋人?に愛されるということを快く思える女性は少数派だ。堀北鈴音という少女も例外ではない。否、兄しか見ていなかったお陰でそういった情感の芽生えが遅かったため、許容できない情は強いほうだと言っていい。
それを押しとどめていたのは綾小路という男の倫理観が、例えば、堀北鈴音が「他に好きな人が出来たから股をかけたい」と言えば、認められる相手なら是とする倫理観だからそれを尊重して
──なわけがない。
綾小路が他に手を出した最初の相手である櫛田桔梗の事を、よりにもよって手を出した後で情事の時──しかも絶頂した後男の胸に顔をうずめ荒い息を吐きながら気だるげな幸せを味わっている時──に告白するなどという、生ぬるい感情など吹き飛ぶような馬鹿げたこと(確信的)をしたお陰で、一周半感情が回り冷静になれたからだ。
後日、櫛田と肝胆相照らせたのもこれが無ければ危うかった。
が、当たりまえだが互いに嫉妬を覚えているし、何とか飲み込めているだけだ。綾小路が思っているように、了承しているわけがない。というより、同じ男と関係を持つ女同士の関係が巧くいくはずがない。それなのに。
それなのに、昨晩3Pして身も心も搾り取られた後デート──初めてのデートだ!なのに3人で!──でようやく、そう本当にようやく『絶妙なタイミングで卑怯なくらいハートを鷲掴みする言動をしてのける女の敵、綾小路清隆』もデリカシーもムードを少しは覚えてくれたのを実感
──(顔が綻ぶから思い出さないようにしよう)して、これで犠牲者が減る、本当良かった。
と思っていたら、前から粉かけていた内の一人、学年でも評判の美人で性格の良い一之瀬にも手を出したいとかチャットで連絡してきたかと思えば、どうするか思案しているうちに耳を疑うような悪辣な手段で口説き落とした。
確かに、以前説明すれば納得するとは言ったがこれは無い。そもそも一人二人ならまだしもこの短期間で三人とはどういう事だ。
そう追及したとしても、綾小路のことだから以前の言質を武器にして押し返してくるに違いなかった。
前一度泣いて弱さを見せてしまったからだろう、泣きたくなった。
といっても泣けるわけがなかった。
以前のような、やっと過ちに気付いて兄と心通じしばらく会えないと理解して見送った時、初めて流した所を見せた万感の想いの籠った涙なら、冷徹非道で優しい綾小路と言えど心を動かし慰めてくれる。
だが、ここで取り乱して、泣いて勝とうとするならば、綾小路は堀北鈴音を見切る。口では慰めようが、内心でその程度の女と値札をつけ見切る。
そして、性欲解消の手段のみとして情愛を消す。残るのは理性だけだ。
綾小路清隆の理性のみの判断。想像するだけで背筋が冷たくなり戦慄する。それこそ、泣いて過ごさなければならないだろう。
すがり付いて泣いたのでは、私──堀北鈴音の負けだ。
これだけは確信できた。
だから、自分のやるべきことは泣きわめくことではない。
女の意地を示すしかない。
そう思い定めたならば、やることは明らかだった。綾小路に、技能という点ならば兄さえ超える存在に、自分が特別な存在だと刻み付ける。
綾小路みたいな男の相手をするならば、意地でも肩を並べて伸びなければならない。その伸びの止まった時には、玩具か軽視すべき利用物と見なしそれにふさわしい対応をしてくる。
それだけは我慢ならない。
私は今の『隣人及び、こ、恋人?』の座から、知識・理解力・先見性・その他の分野でも比類ないのに行動力(というより動機)が伴わない不可思議な存在である綾小路清隆がどう変化するのか見ていたい。
向こうにも見てもらいたい。
全てを見透かし動じないくせに、たまに葛藤と寂寥に陰る瞳で見てもらいたい。
ようやく、私の前で感情を表すようになった瞳で見てもらいたい。
失意の時になぐさめてなぐさめられて、脱線したら補われて叱っていく。振り回されたっていい、ぶつかり合ったり、励まし合うのもいい、利用し利用されるのもいい。
だが、事理よりも情で訴える「語るに足らない相手」
そんな辱しめだけは受けられない。
ただでさえ、自分の女心をそこまで考慮する必要はないと決めつけ、次から次へと女に手を出しているほど舐められているのだ。
──表面には出さないが間違いない。
歯噛みするだけで、初めての男女関係の戸惑いと楽しさで甘い顔を見せてしまったことが過ちだった。
(目にもの見せてやるわ)
燃え盛る心意の炎に炙られながら思考する。
だが、どうするか。
学力で敗れ。
身体能力でも敗れ。
策略でも敗れ。
大局観と戦略立案能力でも敗れた。
以前私の方が上だと断言したが現実は違った、認めよう、家事以外の技能で私が清隆くんに勝るものはない。
あえて言えば大衆受けしない彼に対して、私はまだ大衆受けはするだろうが、軽井沢さんという大衆受けする駒が居るから意味がない。勝てない。
だからといって舐められてたまるか。
自分を磨いて、何れ追い付いてみせるし、清隆くんを人間として成長させてみせる。
長い間兄を目指して居たときと違い、清隆くんに負けたくないと意地を張りながら自分の道を驀進する時に感じる、心地好い快感に似た熱を味わいながら思案する。
(必要なのは、今一矢報いる、いえ勝つこと)
それくらいのことをしなければ、清隆くんは特別に思わないし、何より
(寂しがるわね)
内心でウダウダ考えているのだろうが、色々あった私から見た清隆くんは、周りの世界に予測を超えた驚きなどなく、人生は予定調和されているものでレールに乗っていてもたまに寂しく感じるだけで降りるほどの衝動を持たない人。
つまり、寂しがり屋だ。
寂しいという響きは可愛らしいが、たまにこうして彼の予測を越えたことをして感性を刺激し調教しなければ、何をするかわからない辺り可愛くない。
入学の時テストの点数を50点で統一するような遊びならまだしも、レイプや暴行等の非道を理性的に『必要』──どうしようもないときだから仕方ない、だからやろう──と判断出来てしまう、寂しいから必要に傾いてしまいそうな困った子なのよね。
そんな、高すぎる能力を十全に発揮できる冷徹な人格を持っているのに、理性という名の怪物に飲まれそうな寂しがり屋な側面を持っているから、私──堀北鈴音は恋をした。
(決めたわ)
自分の手札を確認していく内に気付いた。
自分は女で、女性という性を行使した盤面に引きずりこめれば手はあると。
そういうわけで、櫛田さんと連絡を取り合い、罪悪感と快感──嫉妬をぶつけるのは快感なのだと覚えた──を感じながら一之瀬さんをいたぶり、怒りのあまりそれに夢中なのだ──怒りの限界を超えると逆に視野が広くなることも知った──と清隆くんに思い込ませた。
あまりに生々しい女の争いに、男の本能で忌避した清隆くんの虚を突いた。
すべてはこの一撃のために。
(これで、どうするかによっては、私が棄ててやるわ)
ここまでして、口先だけで何とかしよう等とする誠意のない男なら、私が肩を並べる価値がない。
(私も、意地が悪いわね)
身体の奥底で感じ取った、今までの学校生活で育まれた綾小路清隆という少年にある品性が、そうしないと確信している。
それでも、男の性根と器を見据えたい女の本能に苦笑を噛み殺す。
(不思議なものね)
男の性根を見極めようと決意した瞬間から、心が落ち着き、一之瀬さんの限界を見極めていじめることが容易くなり、視線を向けなくとも普段はまるで理解できない清隆くんの心の動きさえ感じられた。
(さて、と)
目を逸らさず微笑みを作り柔らかな声で、唖然とした──初めて見る──表情に心を踊らせながら、清隆くんに優しく語りかける。
「どうしたのかしら。一之瀬さんに四股目の白羽の矢を立てた理由を聞かせてくれたのなら、あなたがして欲しいようにお暇するのよ。さあ、理由を聞かせて」
時間不足で軽井沢さんを呼べなかったことが残念だわ。可能ならばこのタイミングで部屋の呼び鈴を鳴らしたかった。
いえ、わざとらし過ぎて清隆くんが冷静になってしまうから無理ね。
まあ、止めは用意してあるから些事よ。
「白羽の矢を立てたのは──」
いきなりの事態の自失から回復するための時間稼ぎにおうむ返しに言いかけたのと、桔梗が玉を転がすような弾む声で笑いながら手を上げて止めるのは一緒だった。
「くすくす……うん、分かってるよ。ねえ清隆くん、たとえどんなきっかけからこういう関係になっても、男子と女子の間には情の絆はきっとあるよね。なのに、好きだからもう一つ股かけようとしてるのに、店のこともそうだけど、一杯やりながら私たちと一之瀬さんの話を聞いて機会をうかがうなんて、そんなのはただの卑怯だよ。さあ、私たちの前で、男らしく、思いのままを言ってよ。そうしたら私も帰るからさ。帆波ちゃんもそれで良いよね」
ぐう、の音も出なかった。男の嘘と卑劣を鮮やかに二人は抉り出して見せ付けてきた。
これだけ鮮やかにやられては、オレのような人間であっても──否、だからこそ、二人が自分にとっての特別な存在だと無視できない。
見事だった。間違いなくこの場は、いや、店からオレは負けていた。
負けたのだオレは。
「私もそれで良いよ」
爽やかさえある新鮮な驚きを味わってしまい数瞬自失してしまったオレを他所に、桔梗の言葉が空間に染みると間髪入れずに一之瀬が望むところだと受けとる。
一之瀬にはメリットしかない選択だ。自分への好意を他の女の前で言わせる。
この場面で即座に最大利益を得る挙に出たのは流石と言っていい。第三者ならそう言える。
……当事者としては逃げ場が完全に無くなったわけだが
「ありがとう。それなら、私たちもここで聞いているわね。綾小路くんに言われたことに思うことを返してあげて」
解けた氷を溶かしそうな優しい声で鈴音が言い終わると、鈴音と桔梗と一之瀬はオレを見据えた。
「「清隆くん、どうぞ」」
かつてない危機を迎えている。恋人?の前で、ほかの女を口説けとは……
真剣な眼差しで見つめる一之瀬は、目が覚めるようなあでやかさだった。
それに加えて、悪戯っぽい微笑みを浮かべる鈴音と桔梗が眩しすぎて、何故か緊張してしまう。
──もし、綾小路清隆があと数年マトモな人生を送っていれば理解できただろう。
この微笑みが、一瞬にして豹変して手が出る時の前触れだと。対処を間違えれば般若に豹変すると。
未だ少女であっても、女性がこういう表情をするときは、とても怖いことを考えているのだと。
残念ながら、未だ綾小路には経験が不足していた。しかし、直感に従い対処を間違えなかった。
──一之瀬に対してだけは。
呼吸を一つ、濡れているような三対の視線に、自身のエゴをこれ以上なく掘り起こされ抉り出されながら言葉を出す。
「一之瀬──」
包囲下に居る、退路はない。いや、退路など要らない。血路を開き進んで欲しいモノを得るのみ。
「お前が──」
「ちょっと待ちなさい、一之瀬?」
「この場面で名字呼び?」
「綾小路くん……」
屑を見る目と呆れた目と悲哀の目で睨まれた。
何時のまにか、二対一傍観一から三対一になっていた。
「初めて名前を呼ぶのは二人きりの時にしたいんだ」
さらに包囲が狭まるが抗う。流石に恥ずかしすぎる。
「分かったよ……その代わり、情熱を込めて笑顔で言ってね」
「……」
「股をかけていても名前呼ばなくても、本気ならそれくらい出来るよね。やれるよね。冗談や遊びでないなら、そうやって男らしく想いを言えるよね」
問う一之瀬は真剣な瞳だった。空気を呼んでなにも言わない鈴音と桔梗も。
本気で応えるしかない。
オレが立ち上がると、一之瀬もそれに合わせて立ち上がる。
恐怖と動揺と願望と渇望で染まった縋るような瞳を真っ直ぐに見つめ返して、オレは一之瀬の肩に手を乗せた。
「一之瀬、お前が好きだ。抱きたい。オレの女になってくれ」
余計な言葉では着飾らずに、ダイレクトに思いを伝えた。
「遅いよ……あの日、あの春休み、言ってくれると思ってたのに……」
普通はそうしただろうな。いや、本当に。南雲が言ったように鬼畜だった。
「だから……今、気持ちが溢れちゃて……整えるから……少し、待ってね」
「ああ」
肩に置いた手で優しく一之瀬を撫でた。
恐ろしく疲れた、これ程の羞恥が半生で有っただろうか。でも、終わったのだ。
「それじゃあ次は私ね。私も、まだあんなに情熱的に言われてないから、楽しみだわ」
……え?
「うーん、次は私だと思うんだけど」
──好機
「なら──」
いがみ合う隙を突こうとした言葉は、鈴音の鞭を鳴らすような声で遮られた。
「私達で決めることじゃないわ。清隆くんに決めて貰いましょう」
……待て、待ってくれ。
「そうだね。そうしよっか」
『悪戯っぽい笑顔』の鈴音と桔梗。オレはこの時、女の怖さを学習することになった。
「う~ん、スッキリしたね。堀北さん」
「ええ、これが勝利の美酒というものなのね。……正直、私は少し複雑だけどね。櫛田さんは?」
「悪くない。ううん、最良だと思っているよ」
清隆くんに一撃喰らわせた帰り道、盟友にして宿敵の堀北さんが周囲を見回してから話しかけてくる。
「このままだと一之瀬さんが清隆君に抱かれるのが?」
「そうだよ。一之瀬さんみたいな子を、あっさり壊して堕とすとか、清隆くんは清隆くんだなあって思うけどね」
視線を別れた二人がいる部屋の方向に向けてすぐ戻す。
私も堀北さんも一之瀬も、大抵のことは自分で出来る。
そんな私達が頑張ってもどうしようもないことを、清隆くんは私達が想定する最上以上の結果で助けてくれるかアドバイスしてくれる。
熱をあげるのは当然だろう。
結果、堕ちてしまった。あっさりと、完璧に。女としてこれ以上ないくらいに辱しめられたのに、もうダメだ、私。
……あのままだと、一生独り身か、社会に出て躓いて壊れただろうから、軌道修正出来たと思えば、なんとか、受け入れる。いや受け入れようと思う。 自分が破滅に一直線だったことと、それを気付けたのが、男に散々犯され辱しめられたから。
……我ながら、自身のダメさに頭痛がしてきた時に、盟友が聞いてきた。
「今から清隆君に抱かれるかしら、やっぱり」
「傷心と混乱で頭ぐちゃぐちゃになって、他の女と一戦交えた後で、気になってる男の子と二人きり。本能が欲しいって叫ぶね。私はそうだったよ」
「……ええ、確かにそうね。でも……不満はないの?」
「あるよ。もちろん……正直、複雑だけど、最良の流れだよ間違いなく」
「そうかしら?」
知性の差ではなく思考の方向性の違いだろう、盟友は納得していない。
盟友は何だかんだ言って、根が善良だから思い付かないのだ。清隆くんみたいな悪党と比較したら、私も善良にカテゴリされるけど少しは黒いことを考えられる。
「堀北さんって一之瀬さんのこと嫌いかな?」
「いいえ。偽善者と疑っていた最初はともかく、彼女を嫌うのは無理よ。特に今日ぶつかったから尚更好ましいわね」
帆波ちゃんではなく一之瀬さんと呼ぶ私に、誤解してしまったようだ。暗に、私が一之瀬を嫌いなのかと疑っている。
私の中で一之瀬に対する好感度は初めてプラスになっているのに
「私もそうだよ」
好き嫌いで言えば、一之瀬を嫌いになれる奴なんて、そうはいないだろう。そんなところが癪だから、私にとっては過去を知る堀北さんを除けば、一番嫌いだった。
今までは。
「なのに、その対応……さっき一之瀬さんが私達を睨んだことを気にしているの?」
「ううん?清隆くんに見せないように、最後にだけ表情膨らませて睨んできた一之瀬さんは可愛いよね」
先に意中の男に抱かれた優越感、あの一之瀬に優越感、それも完全無欠の優越感を抱けた。嫉妬に濁った瞳に睨み付けられたあの時あの瞬間、私はさらなる至福の中に居た。
盟友が思っているようなマイナスな感情を抱くはずがないじゃないか。
それだけでも後々まで楽しめたのに、あれが前菜とデザートでしかなかったとかさあ。
メインディッシュ、あの清隆くんに私と堀北さんどっちを先にするかを選ばせた時、あの時の清隆くんの苦悶と決意と告白ときたら──絶頂ものの特別感。
あんな風に表情が変わるとは想像さえ出来なかった。てっきり、無表情だと思っていたのに。
最高というものは更新されていくものだ。幸福には上限はない。
「一之瀬さんが清隆君に抱かれるとどうなると思う?」
「どうなるって」
「当たり前だけど清隆くんは私達を捨てないよね……死ぬかと思ったけど」
意識があるときは犯されているときだけってどういうことなんだろうね、本当に。
二人だと手加減する必要がないとか殺されると思った。あの無表情で目だけ情欲の色を灯してドSとかどうしようもない。
「そうね。嫌と言うほど昨日理解したわ……代わりに腹上死の可能性を想定したけど」
「だよね」
二人がかりだと加減なしで犯してきた畜生を思いだし同時に頷く。あいつは私達を壊すかもしれないが、飽きて捨てはしない。絞りかすまで食べると胎で理解した。
一撃喰らわせたお陰で、何だかんだ言ってもまだ他人に関心が薄い清隆くんの、私達に対しての興味が深くなったことも捨てられない要因になった。けれども、清隆くんが異常性欲者ということは変わらない。
「だから、私達が嫌いじゃない一之瀬さんとは手を組めるし、最低でもローテーションが組めるよね」
「────」
盟友が全てを理解した目でみてくる。
「一之瀬さんは好きな人に抱かれて、清隆君は一之瀬さんみたいな美人を抱けて、私達には仲間が出来る。道徳や感情を無視して、理性だけで見れば有りだわ」
「生理の日とかどうしようって、思ってたんだ。私」
「オーラルセックスか、短い間隔で誰かが抱かれていたわね」
「軽井沢さんに一之瀬さんが加わると、これで四人」
「余裕が出来るわ。清隆君に抱かれてから……勉強を少ししたらすぐ限界になって、ベッドに倒れて泥のように眠る生活から解放される」
「出来合いの物でご飯を済ませるのは、栄養とカロリーと肌がね」
目を見合わせて清隆くんの部屋の方向に視線を飛ばす、 盟友は生贄の羊を見る目で見ているが、私もだろう。
「一之瀬さんには複雑だわ」
「同感、申し訳なくてありがたくて」
「……そして癪ね」
その通りだよ盟友。
「軽井沢さん、部屋に居るらしいよ」
「行きましょう」
結論として、明日の昼に一之瀬さんを救出して恩を売ることで私達三人は同意した。
文章ろくに確認していないので、誤字脱字や意味不明なところがあるかもしれません。指摘していただければ、修正するのでご指摘お願いします